心地のいい朝が来る
飾らない目を見せてよ






多分、家主が起きるより前に目が覚めた。眠ること自体がそこまで得意では無い可憐はカーテンの隙間から微妙に入る朝日を右目に感じて軽く目を開けた。




(恐ろしく綺麗な顔をしてる)
横にいた七海はまだ寝息を立てていて、金色の髪が少し乱れている。ふと、自分の右手を見るとまだそれは七海に握られていた。



起きてしまおうかと思ったが、繋がれた手を離したくなくてもう一度目を閉じてみる。
(今何時なんだろう、)
そう思っても、隣から聞こえる寝息にまたつられて少しずつ眠りの世界に落ちた。





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「.......おはようございます、可憐さん」
少し前に目をまた覚まし隣にある横顔を見ていてたら、七海が目を覚ます。


「おはよう、ななみん。」
手を離そうとすると、なぜかその手を引っ張られ、気付けば彼の腕の中に彼女はすっぽりと収まってしまう。





「あ、れ」
(もしかしてまだ寝惚けてる?)顔を上げて様子を窺えばまた寝息が聞こえてきた。
彼女はおもしろくなってしまい、小さな声で笑う。彼は、昨日の朝から任務もあったことを思い出して疲れているんだろうと身を委ねる。





(起きたらなんて言うんだろ、)
そんなことを考えながら、ふと可憐の脳裏にかつての恋人が浮かぶ。七海よりさらに長身でもう少し華奢な彼は、彼女を包み込むようにしていつも眠っていた。でも何処か危うくて突然壊れてしまうんじゃないかといつも感じてしまうのは、一番崩れそうな日を見ているからなのだろうか、あんなに最強な男になんの心配があるんだと頭ではわかっているのに、何故か放って置けなくなるのはなぜだろうか、頭の中で妙なループになりそうで、可憐は一度目を閉じた。








『ちゃんと、幸せになるんだよ』
あの言葉を守ることが、彼のためにできること。















「......おはよう、ございます。」
「ふふ、二回目。おはよう。」
七海の胸元から可憐が挨拶をすると彼はどう考えても照れ隠しのように大きな溜息を吐きながら静かに彼女から離れた。
「....すいません。」と短く謝るとベッドから起き上がる。




「朝食は食べられますか?」
「いつもななみんは?」
「トーストに、珈琲を。あとサラダやスープを食べたり食べなかったり。」
「そしたらおなじものを、お願いします。」


わかりました、と答え後に寝室から出ていくと思いきや不意に振り返り、まだベッドで寝転ぶ彼女に「珈琲よりココアにしますか?」と優しく聞く。



「うん、そーする。」
「まだゆっくりしていて下さい。出来たら呼びますから。」そう言って静かに寝室のドアを閉めた。




(めっちゃ早口になってたな、)
その背中を見送って、ゆっくり起き上がった可憐が枕元の時計を見つける。その時計は9時半を指していた。ベッドから降りて、昨日七海がかけてくれたジャケットのポッケからスマホを取り出す。

慣れた手つきでそれを操作すると一件だけLINEが入っている。同級生の家入からだ。




「相変わらず、仕事が早いなぁ」






【今日は治療で休みにさせた。明日も念のため休み。ちなみに、七海も今日明日は休みだ。

今日は一日医務室にいる予定。いなかったらまた連絡して。】


淡々とした彼女からのメッセージは、いつだってどこかに優しさがあると可憐は知っている。






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可憐はパジャマのまま寝室から出て、洗面所を借りて顔を洗う。七海が用意しておいたのであろう小さなタオルの上には使い捨ての歯ブラシが置いてあった。


「すごいな、」思わず感服しながら、それを使い歯を磨く。昨日いつもより痣が濃いような気がした左目はさらに色が濃くなっている。冷たい水で洗顔したからなのかわからないが、昨日の夜のような痛みはもうなかった。




洗面所から出ると廊下にまでトーストと珈琲の匂いがしていて、匂いにつられるように可憐はリビングへ。
そこは、夜にはわからなかったが大きな窓が開放的で外がとてもよく見える部屋だった。二人用のダイニングテーブルには向き合うように椅子が二つ置かれ、ソファは綺麗なブラウンのレザーのもので、その前には小さなテーブル。寝室同様、リビングも必要なものしかない部屋だった。





「テレビないんだね」
「あまり見ないので。あぁ、ですがプロジェクターがあるので映画は見えますよ。」
もうすぐ出来るので座っててください、と彼女の方を見るわけでもなく七海は続けた。


「おしゃれか。」
「場所を取らなくていいんですよ。とは言ってもあまり使っていませんが。」
手際のいい彼を変に手伝うのも足手まといになりそうだと、可憐は言葉に甘えて椅子に腰掛ける。



「はい、お待たせしました。」
「わ!美味しそ!」
厚切りのトーストに、透明の野菜スープ、それから水とココアが彼女の前に並べられると、子供のようにはしゃいだ声を出す。

「ジャムはないので、バタートーストです。」
自分の分も運び並べながら、七海が言うと、わーい!とまた彼女は笑った。



「それから、これも。」
カトラリーと共に、二人の食事の真ん中に置かれたのは綺麗に切られ皿に並べられた林檎。




「フルーツ大好き!」
「では、食べましょうか。」
「いっただきまーす。」「いただきます。」







食事を進めながら、可憐は先ほどの家入からのメッセージの件を伝えた。七海は短くわかりましたとだけ答えるとすぐに食事を続ける。








「今日は、夕食はどうしますか?」
朝食の真っ最中に突然聞かれた質問にパンを齧りながら可憐は固まってしまう。





「えっ、と、家?」
「そしたら帰りに買い出しをしましょうか。何か食べたいものでも?」
「........ん?」
「なんですか?」
「私、今日もここに帰ってくるの?」
「いけませんか?」「......え?」





「迷惑でしたら大丈夫ですよ。」
目の前の七海は表情ひとつ変えずに淡々と食事を続けていて動揺しているのは可憐だけのようだ。

「なにか、ななみんは私に用があるの?」
「はい、出来ればお話ししたいことが。」
「それは今でよくない、の?」
「出来れば、今夜が助かります。お話しする前に片付けたいことがあるので。」



「それで、お答えは?」











今なら少しは強引でも
ちゃんと目を見て話せるから






「わかり、ました。」
七海の圧に押されて返事をした後、
思いついたように可憐は、

「リクエストは、トマトパスタでお願いします!」と笑う。




分かりました、と答えてスマホを取りだす七海。その画面には先ほど読んだメッセージが残っていた。











【今日、五条は高専にいるよ】
家入からの短いメッセージだった。












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