声が届けばいいな、
今かいつかの話







先にどうぞと言われて、その言葉に甘えてななみんから貸してもらったどう考えても大きいパジャマと、ふわふわしたタオルを持って浴室へ向かった。

綺麗に掃除された脱衣所で服を脱ぎながら、左目の眼帯がないことに気がつく。


「あんなに、痛くなるなんて」
鏡に写る自分を見て左目の傷がいつもよりも色濃く見えた。左目に手を添えて、暖かい彼の温度を思い出す。



(悟の次に、これ見たのはななみんか、)
軽くシャワーで汗を流し、適当にソープを借りた。短くなった髪は洗うのがとても楽で気に入っている。

(メイクは落ちきらないけどそんなに濃くないし、まぁいいや。)
シャワーだけ済ませると脱衣所で体や髪を拭いて、目に入ったボディクリームをすこし拝借して、下着をつけてパジャマに袖を通す。




「おっきいな、さすがに」
180cmより大きい彼だ、女子にしては160cmを超える自分とも20cmほどは身長差がある。それもあり、借りたパジャマは上着を着るだけでワンピースのようになってしまった。


(ワンピースにしては短いけど、ズボンはさすがに履けないな。履いたら、なんか、能とかそういうのみたいだ。うん。)
1人で納得して、髪をドライヤーで乾かし、また適当に化粧水を借りた。少し肌にそれが浸透してからまた手慣れた手つきで眼帯をつける。







バスタオルと一緒にマフラータオルも貸してくれたのでそれだけ乾いたそれだけ肩からかけて、リビングに向かう。

「シャワーお借りましたー。

ねぇ、ズボン履いたら能みたいになっちゃいそうだから大丈夫そう、ありがとう。あっ、それからバスタオルは脱衣所の洗濯機の上に、あと、ボディクリームとかすごく勝手に使った。ごめん、」



「あれ、聞いてる?」
「あ、はい。問題ありません。ご自由に使ってください。

よかったら、どうぞ。温かいものがよかったらすいません。でもそこまで冷たく無いと思います。

では、私もシャワー浴びてきますね。」




すごく早口でそう言い残した彼の背中を見送り、小さなダイニングテーブルに置かれたコップを見てみると、そこにはココアが入っていた。




「よく、覚えてるな、」
(お砂糖なしの牛乳で作ったココア、私が好きな作り方。)




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(なんだ、あれは。)
ワンピースにしては短すぎるパジャマを着ていた彼女の姿が頭から離れない。冷静なフリして浴室に逃げ込んだ。




髪を洗い、いつもより冷たい水で顔を洗った。それから身体を洗う。思ったより汗ばんでいた自分に、任務があったことも思い出した。

(長い一日だった、な)
身体を拭きパジャマに着替えてから、軽くドライヤーをしたら、リビングに戻る。


リビングでは、ソファに体操座りで座って自分が用意したマグカップを傾ける可憐さんの姿があった。




「わーーー!新鮮!!!!!」
パジャマはシャツ派なのね、と笑う彼女はだいぶ顔色がいい。

「そんなに新鮮じゃないでしょう。」
「だって、サングラスしてないし、髪の毛降りてるし、スーツじゃ無いし?」
「あなただって、新鮮ですよ。」
「げっ、すっぴん全然ちがう?」
「そんなことは言っていません。なんかこう、少し幼くなりますね。」
「........それは、なんだろう。一応ありがとうと言っておく。」




「ココア、よく覚えてたね」
「私もたまに飲んでいたので」「うっそだー」
「飲まないならココアは家にないでしょう。」「確かに。」
ふと時計を見ると深夜の2時を回っていて、彼女は少しだけ残っていたココアをくいっと飲み干すと、「寝る?」と笑った。





「少し、話しますか?」
水を入れたグラスを持って隣に腰掛けると、自分の方を見てから彼女は困ったように笑う。

「大丈夫、ちゃんと眠たいよ」
「そうですか。それは良かったです。」
彼女は不意に私の右手を持つと、自分の眼帯をしていない左目を覆うように乗せた。



「よく見える、ななみんの顔。」
綺麗な右目で真っ直ぐに見つめられて、目を背けることはできない。





「寝よっか。」
手をすぐに離し、先に立ち上がると、彼女は先に寝室へ足を向けた。







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「1人なのにダブルベッド?」
「あぁ、背があるので狭いんですよ。」
「げっ、そしたらいま狭いね?」
「問題ありませんよ。ソファより全然広いです。」

左目を下にして眠るのが好きな可憐は、自分の左側に来て欲しいと七海を誘導した。触れ合うでもなく遠いわけでも無い距離。お互いの熱を感じることができる距離感。


仰向けで横になる七海の横で、左目を下にして横になった可憐は、静かに彼の横顔を見つめた。




「.......あの。」「はい?」
「何か私の顔についていますか。」
「ううん、全く。」
「でしたら、そんなに見ないでください。」
「あっ、そうか。分け目が逆になってるのか。」「は?」
「学生の時と分け目違うでしょ?あー、スッキリした。なんだろうなーって考えてたの。


これで、よく寝れそう。」
「それならよかったです。」



少しだけ声のトーンが眠そうになってきて、七海は安心する。枕に顔を埋めながら横目で可憐は表情が柔らかくなった七海を見て、すぐに目を閉じた。






「おやすみなさい、可憐さん。」
続けて全て消して大丈夫ですか?と聞く七海に、小さく彼女は頷く。











「手、だけ」
消えそうな声を出す可憐の右手は真っ暗になった部屋で、七海の手を探す。







「どうぞ、」
「いいの?」「もちろんです。」



右手を握られ、安心したように可憐の力がふいに抜けた。








どうか、安心して
昔と変わらぬ姿に少し安堵する










『ななみん、ななみん。』
『手だけ、かして』

二人で泊まりがけになってしまった最初で最後の任務の夜も、彼女はこうして手を探してた。



『夜がね、苦手なの


ぜんぶ持っていってしまいそうで』





あの夜も、今日も、華奢な手を握りしめた。











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