あなたはこんなにも、
お互いに至る病





「そろそろ、帰りましょうか?」
時計が午後8時をまわった頃に七海が声をかけた。飲みすぎるわけでも楽しめる程度のお酒の量で、程々に食事も楽しんだ。

「ななみん、お腹足りた?」
「まぁまぁですかね。可憐さんは?」
「んー、あと少し食べたいんだけどなぁ。太るかな。」「細いじゃないですか。」
「気!を!つ!け!て!る!の!」
ムキになって答える彼女に七海は優しく笑った。

「そしたら、このお茶漬け食べませんか?残していいですよ、私が食べますから。」
「あ!そしたらななみんの一口もらえたら大丈夫!」
「わかりました。あ、食後に甘いものは?」
「ねぇねぇ、私のこと太らせたいの?」
「好きだったじゃないですか、アイスとか。」



「んー、」
メニューをぱらぱらとめくりながら可憐は、そしたらこれにすると抹茶のアイスを指さした。











『ねっ、ななみん!私チョコアイス食べたい!!!』
懐かしい記憶と少しだけ重なって七海は思わず小さく笑ってしまった。












「ななみんってさ、全然太らないの?」
「体質ですかね。」
「うわ、女子の敵。」「それなりに気をつけていますよ。」

お茶漬けとアイスを注文したら、気の回る店員さんが運んできた茶を啜りながら可憐はストイックめ、と舌を出して笑った。




「普段は外食が多いですか?」
「いや?自炊の方が多いかなぁ。近場で硝子と飲みに行くこともあるけど。ななみんは?」
「半々ですかね。」
「美味しいお店詳しそうだよね、ここもすごくおいしかった。」
「気になっていて行けていないお店が結構あったりするんですよ。サラリーマン時代はこんな時間に夕飯なんて食べれませんでしたから。」
「なるほど、そしたらこれからたくさん食べられそうだね。」
「ですが、あまり一人で食事が好きではないのでまたお付き合い願えますか?」


「おつ...!あっ、いや、うん。

今度はイタリアンがいいかなぁ。」
一瞬目を見開いてびっくりした顔をしたが、すぐに笑顔に戻って、イタリアンも好きだし、中華も私好きだよと可憐は指を折りながら話す。





それからしばらくして、お茶漬けと抹茶アイスが同時に運ばれてきて、七海の前にはお茶漬けが、可憐の前にはアイスが置かれる。

「ひとくちちょーだい。」と、アイスに口をつける前に彼女が言うと、七海はついてきた蓮華で鮭茶漬けを掬うと「熱いですからお気をつけて」と言葉を添えながら蓮華を差し出す。



蓮華を受け取ってくれると思っていたが、彼女は七海が持つ蓮華に静かに何度か息を吹きかけると、そのままぱくっと食べてしまった。




「ん!おいしい!!」
「.......それは、よかったです。」
油断していたのか七海は少し顔を赤らめてすぐ平然を保つ。


「アイスもおいしーい!ひとくちいる?」
「いえ、結構ですよ。ありがとうございます。」


先にアイスを食べ終えた可憐は、手を合わせて「ごちそうさまでした」と言ってから「ちょっとお手洗い行ってくるね」と立ち上がった。


「多分右手の奥だと思います。」
「うん、わかった!ありがとう。」




七海は彼女の背中を見送ってから、すぐに店員を呼び会計を済ませる。




(払っちゃったの!?と少し怒られるかもしれないな)
苦笑しながら、残りのお茶漬けを七海は味わった。





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「んー....なんもなってない、よな」
化粧室で眼帯をつけた左目を鏡で見ながら不審な顔をする可憐。


(ちょっと痛いような気がするけど、久しぶりに飲んだからかな、日本酒。)




そこまで気にする訳でもなく、軽く化粧を直してからすぐ席へ戻る。七海は既に食べ終わっていて、ネクタイを少し整えていた。

(ネクタイ、取ったらいいのに。)
何処までもきっちりしている後輩に苦笑しながら、席に戻る。




「お待たせ、出ようか。お会計呼ぼ」
「もう済ませました。」「えっ」
「あっ、じゃあ、いくらだった?」
「今日は私が誘いましたから、私の奢りで。」
「やられた、、後輩に、、」
「次はご馳走してください、先輩。」
からかうように笑う七海に困ったように彼女は「はい、喜んで。」と短く答え、立ち上がった。


「ほんと、ご馳走様。」
「いえ、お気になさらず。」
「クールか。......っ、」

店員に軽く礼を言い店の外へ出て、地上に出るための階段を登る途中で少し表情を歪めた可憐の様子を七海は見逃さない。



すぐに腰に手を回し、彼女を支えると
「大丈夫ですか、立ちくらみしましたか?」
「ん、多分、へいき。」

気にしないで、と一人で歩こうとする彼女を制して支えながら地上に出ると、近くがちょうどタクシー乗り場だったためそこにあったベンチに彼女を誘導し座らせる。










「先、帰って。少し休んでから、帰るから。」
「そんな訳には行きません。送ります。」
早口になる彼女の顔色は心なし悪くなり、息も荒くなっている。

隣に腰掛けると、ほぼ無意識なのか可憐は七海の胸元に顔を埋めた。




「ちょっと、、ちょっとだけ。」
消えそうな声で言う彼女の頭を撫で、少しだけ息がゆっくりになったのを見計らい、七海は彼女の腰を支えて立ち上がると、タクシーに乗り込んだ。






タクシーに乗り込むと、自分に可憐を寄り掛からせるように座る。彼女に住所を聞くが、また息が速くなってしまい答えられそうにない。すぐに考えを切り替え、七海は運転手に自宅の住所を伝えると、彼女の頭を膝に乗せるように姿勢を直して可憐の額に手を当てた。

ひんやりした七海の手が心地良いのか、少し彼女の呼吸が穏やかになる。





(呪力が、揺れている?)
左目の眼帯の奥から感じる呪力が少しだけ揺らいでいる。もしかしたら、義眼が何かしているのか。様々な考えを巡らせながら七海は額から手を目元にずらし、彼女の目を塞いだ。七海の手に、不意に可憐は自分の手を重ねる。


「あったかい、」小さな声は、狭い車内で七海にしか聞こえない。






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タクシーが自宅に到着し、カードで支払いを済ませると軽々と可憐を抱き上げて、七海はマンションに入る。

手慣れた手つきでオートロックを解除して、エレベーターで8階に上がり、自宅のドアを開けると可憐を抱きかかえたまま寝室へ直行し、彼女を白い清潔なシーツに包まれたダブルベッドに優しく寝かせた。



「失礼します。」
黒のヒールを脱がせて足元に置くと、ジャケットも脱がせてハンガーにかける。

もう意識がないのか応答がない彼女に、少し待っていて下さい。と声をかけて寝室を出るとヒールを玄関に置きながらスマホである番号を呼び出す。







「珍しいな、七海」
「お久しぶりです、家入さん。」
「どうした?」
「今、可憐さんと一緒にいるのですが、

彼女の義眼の中にある呪力が揺れている気がして、本人は頭痛のような目眩がしているようです。今はおそらく眠っているかと。」

電話越しの家入は、少しだけ考え込むように黙り込んでからゆっくり話し始める。そして余計な詮索はせずに要点だけきちんと伝えはじめた。


「あいつの義眼は視神経との接続が定期的に悪くなるんだ。そろそろ一年経つから頃合いかなと思っていたんだが、間違いなくその接続の問題だと思う。

明日、高専で診るからそれで問題ない。
今は冷やすと楽になるはずだ。もし本人なら嫌がらなければ眼帯を外して直接冷やすと良いと思うぞ。


目は閉じているから、眼帯外しても大丈夫。」
淡々と話す家入は、七海が疑問に思うであろうことを先回りして全て話した。


「はい、わかりました。では、明日は高専に行くように伝えておきます。

すいません、ありがとうございます。」
「七海、」「はい。」

「五条にしろ可憐にしろ、いつも七海に迷惑かけるね。

同期として謝るよ。」
言葉とは裏腹に電話越しでは笑っているような気もする。


「いえ、大切な先輩ですから。」




軽く挨拶をしてから七海は電話を切った。







突然に感じるあなたの熱を
わからないふりなんてできっこない


キッチンで手慣れた手つきで冷たい濡れタオルを作り、静かに彼女の待つ寝室へ向かった。









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