君はルギアに愛された
- ナノ -

強欲


スイクンの調査を今日は休み、ミナキはエンジュシティのジムへと向かっていた。
幼馴染が務めるジムへと向かうのはミナキにとってはその幼馴染へ用事がある時だけだ。
荘厳な雰囲気さえ感じられるエンジュジムを開くと、来ると分かっていたのかゲンガーと共に彼は待っていた。

「やあ。ミナキ君」
「すこぶる機嫌が良さそうだな、マツバ」

常に顔を合わせている訳ではないが、付き合いの長さゆえか。
お互い信じる者は違えども、純粋に追いかける者同士であるからか。
彼の変化や感情にミナキは敏感だった。
マツバの機嫌がやけにいいのは、直近の出来事をパズルのピースのように当てはめると、間違いなくシロネのことだろうとミナキの中で答えが出ていた。

「シロネちゃんが僕の試合を見に来てくれてね。格好いいって褒められたものだから、素直に嬉しくなってね」
「あぁ、そういうことか。本当に君は純粋な所があるよな」
「ミナキ君にそう言われるとはね」
「私としては十年も前のシロネへの運命めいた恋心がこの歳でも全く色あせていなかったことに少し驚きはしたからな」

ミナキのストレートな指摘に、マツバはぱちぱちとゆっくり瞬きをする。
シロネが戻ってきたという話はしたけれど、彼女に対して何を言ったのか。彼女に対してどのような感情を持っているのか。
それをミナキに話したことは無かったはずだが、彼はシロネと会った時の歯切れの悪い彼女の言葉ですべてを察したのだ。
再会したばかりの彼女に対して、マツバは恐らく愛の告白を改めてしたのだろうと。
――恐らく、ルギアの件で罪悪感があってエンジュシティを避けていただろうシロネに。

「そうだね。……色々思っても、彼女以外に居ないと思ってしまったからね」

指摘に対して、マツバもまた否定しなかった。

子供の頃の口約束。
淡くて若い恋心だったと過去形にすることの出来なかった、ゆっくりと紅葉して色づいた恋心。

それを運命だと言ってしまうのは、相手には迷惑な話かもしれない。
しかし、それが思い込みであるものだとしても。
マツバはその選択肢を信じて選び、進むことを躊躇わない求道者であることをミナキも知っていた。
ホウオウに選ばれる為に修行を積んでいることといい、謙虚に修行と研鑽を重ねるのがマツバでもあるのだが。

――ミナキは、彼の本質を良く理解していた。

「マツバ、君は謙虚に見えて……強欲だよな」
「ミナキ君にそこまではっきり言われるなんて。……でも、そうだね。自分の願いや欲の為に曲げない在り方は、ある意味強欲なのかもしれないね」

彼女が一途に好きだったという感情。
裏返せば、彼女の隣は自分であって欲しいという願い。
それは彼女の事情や感情を考えていないと言われても仕方がない程の強い願いだ。
しかし、例え対象に望まれていなかったとしても。マツバという人間は求めることを止められない。
愚直に求めるのだ。

「君の方が私より圧倒的にまともそうに見えるのは認めるが、案外そうでも無い所も目立つんだから、君に好かれたシロネは大変だな」
「ゲンゲン!」
「ゲンガーまで同意するなんて」
「君のことを一番長く見ているのがゲンガーと言っても過言では無いしな」

マツバがこれだと思った事柄に対して信念を曲げられない人であることは、全く違う陽気な性格をしているゲンガーも理解していた。
それを否定もせず認識した上で尊重し、一緒に居るのはパートナーたる所以だが。

「僕以外にシロネちゃんへ好意を抱いていた人が居るかどうかは分からないけど……彼女に大切な人が今居ないっていうのは、確かにかなり安心しているけどね」
「ふむ、私は彼女のあの性格ならきっと想われてただろうなとは思うが」
「……」
「真顔はやめてくれ」

あまり感情が分かりやすく出ない方のマツバの表情から笑みが無くなった様子に、それが彼なりの嫉妬や不満といった感情の表れだと分かっているミナキは肩をすくめる。
しかし、ミナキのこの予想は『恐らく彼女の隣に居るにはあまり相応しくない人が近付いてきたら間違いなくルギアが牽制していたはずだろう』という考えが前提にある。

「まあ確かに、シロネちゃんと再会した時はルギアにかなり警戒されたかな。彼なりにシロネちゃんを見守ってくれてるのは心強いけどね」
「よほどシロネを困らせているとルギアに思われたんだな、君は……」
「……、流石にそろそろ警戒しなくなってくれたと思いたいんだけどね」
「いつもの君通り、愚直に諦め悪く求めて伝えるしかないだろう。それがマツバなんだから」

ミナキが自分の幼馴染であり、思考は違えども理解者であることを実感して、マツバはミナキと頷き合うゲンガーの頭を撫でながら「ありがとう」と口にするのだった。

友人も帰り、エンジュジムは静けさを取り戻す。
シロネと顔を合わせたいとふと思ったマツバはジムを空けて「シロネちゃん、今エンジュシティに居たりする?」と連絡を入れる。
すると直ぐに「やけたとうの近くに丁度来てるよ」と返事が来て、マツバはゲンガーと共にやや早足で向かう。
このエンジュシティにおいて、やけたとうはあまり観光の名所とは言えない。
そこに彼女が居るのは、思い当たる理由は一つしかなかった。

「やけたとうに居るなんて、珍しいね」

オオタチと共に目の前の建物を眺めて、写真に収めているシロネの姿が、やけたとうの前にあった。
これまではマツバと会うと少し怯みがちだったシロネだが、マツバに声をかけられてにこやかに微笑んだ。

「ここ、ルギアを祀っていた塔だったみたいだから」
「あぁそうか、舞妓の舞台でもその演目があるけど、雷で消失してそのままになって、エンジュシティにルギアは来なくなったって話だからね。やけたとうが何の塔なのか知らない子も多いくらいだ」
「私も当時は知らなかったから……この街がホウオウだけではなくてルギアを祀っていた歴史があるのは嬉しいよね」

やけたとうの跡地を眺めながら、シロネはプレミアボールにそっと触れる。
再建することは無かったから、二度とルギアがエンジュシティで羽を休めることはなくなった。
だが、こうして形を変えて、縁がつながって再びルギアがエンジュシティのやけたとうに訪れたのは感慨深いものがある。

「はるか昔来なくなったルギアが……こうして今一緒に居るの、時々不思議になるというか、自分でも驚いちゃうんだよね」

シロネは平凡な自分がなぜルギアに選ばれたのか、自覚しきれていないのだ。
マツバからの恋心がなぜ自分に向けられているのかいまだにふにおちていないように、シロネは過小評価をし過ぎていることをマツバは見抜いていた。

「僕は、シロネちゃんがルギアに選ばれたことは、正直意外に思ってないよ。君は昔から……ポケモンの感情だとか考えてることが人よりも敏感に分かっていただろう?」
「そう、なのかな。私以外の感覚が分からないから本当にそうなのかは……分からないんだけど」
「シロネがどういう見え方をしてるかまで僕もはっきりとは分からないけどね。シロネちゃんが野生のポケモンと会っても襲われず、観察出来るのはそういう所があるからだろう?そういう透明な感覚がある君に、ルギアは直感したんだと思う」

マツバの指摘に、シロネは自覚していなかった自分自身を気付かされたような心地だった。
何故平凡な自分をルギアが選んでくれたのだろう、という疑問はルギア本人に理由を言われた後もやはり感じ続けている所だったが。
フィールドワークをする際にオオタチや、今となってはルギアを連れているけれども、野生のポケモンに襲われたという経験は無かった。
これまで、かなり多くの場所をオーキド博士と共に。或いは一人で回って来たけれど。
確かに、野生のポケモンと普通に会話をするように触れられる経験しかなかったのだ。

「ルギアは海の世界を生きるポケモンで、エンジュシティには残念ながら海がないし、この塔だって焼けたままそのままだ」
「……そうだね。私がアサギシティに家を借りてるのもそういう理由が大きいし」
「でも」
「なに?」
「シロネちゃんがエンジュシティに居てくれると、嬉しいなと思うよ。あくまでも、個人的にだけどね」

告白のような、恋慕が滲む言葉。
とくとくと心臓が鼓動する音が耳元で聞こえるようだった。

――運命という言葉が他の選択肢をまるで消してしまうようで恐れていたシロネの不安に対して、ルギアは『それを承知の上で運命と思った道を選ぶ決断をしているのだろう』と告げた。
つまりは、過去の想いを美化しすぎて本当はもっと別の道があったかもしれないマツバの可能性をつぶした上で、一緒に居たいと選ばれたことが怖いと思っていたのだ。

でもきっと。
こんなにも自分のことを好きでいてくれる人は、この先居ないのだろうとも、思えるのだ。

「……マツバ君」
「うん」
「……、その、二週間。貰ってもいい?」
「!あぁ、勿論だよ」

選んでくれた人をいつまでも優柔不断に待たせることは出来ないことを。断るにしても、手に取るにしても、選ばなければいけないことを。
ルギアと出会ったことで教わった。
それが本当に運命であっても、そうでなくても。選ぶことに意義があることを、パートナーを通してもう知っているはずなのだから。
- 6 -

prevnext