君はルギアに愛された
- ナノ -

運命


マツバに限らずジムリーダーがバトルをする姿は格好よく映る。
トレーナーにとって憧れの対象であるジムリーダー以上の存在のバトルというのは、見る人の心を揺さぶる。
それはジョウトに戻ってきてからの付き合いになったアサギシティのミカンの試合を見ても同じように感じることだ。
──ミカンの試合も、淑やかで大人しい性格に反してはがねの硬い体や巨体を生かした派手な戦いで、見ていて楽しく感じられる。

しかし、マツバの試合を見ていて感じた気持ちはミカンのそれとは少し違った。
エンジュシティの家屋の造りであるエンジュジムの独特な雰囲気やゴーストタイプの性質上、技や雰囲気はおどろおどろしいものに見られやすい。
マツバの試合を見ている時に感じた綺羅綺羅とした輝きは、特別なもので。

格好いいと思ったことが伝わってしまったらどうしようなんて、これまで何か他のことで思ったことあっただろうか。
シロネの記憶は、12年も前で止まっていた。
マツバのことだって、ポケモンバトルが得意で修行をしているジョウトの幼なじみ。
ルギアに出会ったこともあり、その後に連絡を一切取らなかったこともあって、もしかしたらマツバにとってそんな子が居たかもしれない程度の記憶にしか残ってないかもしれないという認識だった。

──ホウオウではなくとも、ルギアと出会って一緒に過ごしているというじくじくとした罪悪感だけ抱えて。


「ミカンちゃん、昨日はお疲れさま」
「シロネさん!今日も海ですか?」

アサギシティの海辺で出会った友人の姿に手を振って、オオタチは勢いよくミカンに飛び込む。
現在主な拠点をアサギシティにしているから、ミカンと話す機会は多かった。シロネのオオタチの頭から背中にかけて撫でて可愛がりながら「アイアンテールがうまく使えるようになったってシロネちゃんに聞いたよ」と言うあたり、ミカンらしい。

「アサギシティの海は綺麗だから。うずまき島にも繋がってるからね」
「海を中心にフィールドワークなんて凄いですよね。オオタチってなみのりが出来るとはいえ」
「あー……えっと、そうなの」

オオタチに乗って海を渡っている訳では無いが、ルギアが自分と一緒にいる事はあまり口外しないようにしている。
嘘をついているようで心苦しいが、うずまき島が比較的近いこの場所では人と日常を過ごしているルギアの姿は、あまり言うべきことでもないだろう。

「海は遅くなると危ないから、朝から行くことが多いけど……アカリちゃんの電気があるから、夕方になってもあそこがアサギシティだなって分かるの。ミカンちゃんもありがとうね」
「私は何も……アカリちゃんが体調悪そうな時に見てあげること位しかできてないんだけど、そう言ってくれる人が居るのはアカリちゃんも凄く喜ぶと思います」

デンリュウについての調査をする際に、野生やトレーナーのデンリュウは勿論、ミカンが時折面倒を見ている灯台に居るデンリュウについても調べさせてもらったことがある。
人を導くための灯台の明かりを灯す手伝いをするポケモンの生態、というのは非常に興味深い内容だった。

「シロネさんは元々ジョウト出身なんですよね。アサギシティの出身だったりしました……?私、同世代の子だったのに知らなかったなら恥ずかしいと思って」
「あぁ違うの。私、元々エンジュシティに住んでいて」
「エンジュシティ?もしかして、マツバさん達と同じトレーナースクールに通っていたりしたんですか?」
「……うん。マツバとは、幼馴染で。幼馴染も友達も、こうしてジムリーダーなのは凄いなーって」
「あのマツバさんに幼馴染の方が居るなんて……いや、誰かしらそういう縁があるとは思うんですけど、少し意外で」

この人は小さい時どういう人だったんだろうという想像した時に、同じジムリーダー仲間であるマツバは最も想像が難しい人と言えた。千里眼で、奥底まで、先まで見通すような
年齢にしては冷静沈着な読めない男性。
その人が小さな時、というのはミカンにも想像が出来なくて、ぱちくりと瞬きをする。

「たまたま同じ年齢で、たまたまその中でも気があったのもあってあの頃仲良くしてたの。だから、マツバ君と私が幼馴染っていうのも巡り合わせで……」

たまたま。
その言葉に自分の中で引っかかるものがあって、シロネは言葉を飲み込んだ。
偶然と、必然。そんな二つの考え方があるけれど、全てのことがあくまでも偶然という考えはシロネも持っていなかった。
勿論、逆に全てのことが必然だとも思っていない。

──マツバ君にとって、例えばミナキ君だとか、私との出会いはきっと運命に位置付けている。
だからこそ、12年もの時を経た後に再会したけれど、やっぱり僕は、君しか居なかったから。そう言ってくれたのだろう。
成長した後のお互いのことを知らない。どういう人生を歩んできたのか知らない。
特にマツバ君なんて、多くの人から慕われるような有名人だ。
そんな人が色々なものに触れた後に、自分との縁を特別だと思ってくれたのは少しむず痒くて、嬉しくて。

「で、でもきっとこうして会えたのは偶然だとしても素敵なことだし、ミカンちゃんと会えたのもきっと特別なご縁なんだろうなって」
「ふふ、ありがとうございます。そう言って貰えるのってすごく嬉しいですね。私、あんまり同世代のお友達って居なかったので……えへへ、嬉しいです」
「こちらこそ、照れちゃうなぁ。ミカンちゃんのジム戦も今度見に来るね」
「!それはぜひ!シャキーン!と格好よくて可愛い所見せちゃいますよ」

彼女の試合は純粋に見に行きたいと即答できるのに、マツバの試合を見るということにどうしようもなく緊張してしまうのは、意識している証拠なのだろう。
ミカンと別れたシロネは、波の音を聞きながら人が居ない海岸に腰かけ、ボールから出されたルギアを見やる。

『どうした、浮かない顔をして』
「私もね、ルギアと会ってから運命っていうのはある程度まであると思っていたの。だって、偶然って言葉で片付けるには貴方は特別だもの」

──ルギアと出会ったのは偶然。
そうは言い切れない所がシロネにはあったからだ。
偶然という言葉だけで、百年以上も永らく人と共に居なかったルギアが自分のパートナーになってくれるだろうか。
偶然、ルギアが一人の何も持たない少女を選んで、見付けてくれるのだろうか。

『……そうかもしれないな。私にとっては、君を見つけたのは数奇な巡り合わせのだろう』
「運命って、その人には他の可能性もあったかもしれないのに、他の選択肢をまるで消してしまうんじゃ、って複雑な気持ちだったの」
『あの者か』

これが運命かもしれないと思うこと自体を否定する訳では無いが、それによってその人が選べた他の選択肢に目を向ける機会さえ奪ってしまうことも有り得るのだ。
もしかしたら、選ばなかった選択が、今後運命的だったと言える可能性だってあるのに。
運命めいた必然をどこまで信じるか、によるのかもしれないが。

『あの者は、それを承知の上で運命と思った道を選ぶ決断をしているのだろう』
「え……」
『正解かどうかは己にしか分からない。だが、選ばない者には与えられた結果に満足するしかないだろう。悔いようと、選ぶ行為には意義がある。……特に、短い生を生きる人には』
「……、ありがとう。それが運命であってもなくても、選ぶことに意義がある、か……やっぱり私にルギアは勿体ない気がするなぁ」
『君も、あの日に私をボールに入れる決断をした。あそこで"私じゃない"と首を横に君が振っていたら、私もまた深海へと戻っただろう』

──運命であると信じて選び、進むことに対して。
自分が関わることに何処か罪悪感を覚えていたけれど、マツバ君は其れも全て承知の上で選び、歩む道を定めた。
私が、"私じゃない"と首を横に振っていたら。私も選ばなければ、今当然にあるはずの縁だってこの手から零れているのだろう。
12年前に、自分が決断をするまで静かに待ってくれたルギアを入れたプレミアボールを手に「私が選ぶのをあの時待ってくれてありがとう」と、震えそうになる声で呟くのだ。
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