僕の最愛の奥さん
- ナノ -
実に多くの人で賑わう、本日のシュートシティ。
大会が行われる日のシュートシティは、スタジアムが設置されている他の街に比べても観光客の数が多いのは、それだけ他の地方から見ても注目度の高い試合が開催されているということでもあった。

「ニュースでも凄く取り上げられてる……分かってはいるんだけどこんな大会にカブさんが出るなんて凄いね」
「コンコン!」
「ぐめー」

ミナは今日行われる大会の出場選手が紹介されているプロモーションビデオの流れる街頭モニターを見上げて、カブが紹介された所で嬉しそうにキュウコンと顔を合わせる。
キュウコンとウールー以外に、声を大にして「夫がこんなに大きな大会に出場する選手です」とは言わないが、しみじみと実感するのだ。

夫は凄い人。
数多くいるトレーナーの中で、ジムリーダーになるだけでも凄いことだけれど。
『こうして大舞台で活躍し続けているカブさんは凄い人』だとミナは心の底から尊敬していた。

「他のトレーナーの方も強いのは分かっているけど……どうか、カブさんが勝ちますように」

勿論、他の出場者だって応援しているけれど、ファンとして。そして妻として彼を一番応援したくなるのは仕方がないだろう。
試合に勝った時に、無邪気な少年のような笑顔を見せて喜ぶカブさんが好きだった。
負けた時も、悔しさを隠さずに露にして。悔しさをバネにして、努力を重ねるカブさんが好きだった。

会場に行くまでの大通りを歩く人の中で、ぱらぱらと彼を応援するグッズでもある真っ赤なタオルを首に巻いているのを見ると、嬉しくなるのだ。

「それにしても……凄く豪華なホテルだったなぁ……チェックインしてビックリしちゃった」
「ぐめ……」
「ふふ、流石に転がっていかないでね?ウールー」

基本的にエンジンシティ以外の試合はテレビ観戦するミナだが、今回カブがシュートシティに来てほしいと言ってチケットを用意していた。
同時に彼はホテルの予約もしてくれていたのだが、想像していたよりも豪華なホテルで、ミナはロビーで何度もぱちぱち瞬いたものだった。

会場に着いたミナは、大会を満喫するように売店を眺めて、軽食や飲み物を買ってチケットに記載された座席へと向かっていく。
シュートスタジアムはエンジンスタジアムよりも大きいこともあって、会場内も多くのファンやトレーナー、ポケモン達が、これから始まる大会を今か今かと待ちわびているようだった。
今日の試合のトレーナー紹介が乗っているパンフレットを手に、試合が始まる前の昂る感情を抑える。

「今回の試合……あら、キバナ君とダンデ君が一緒のブロックに居る。珍しいな」

優勝候補である二人がよく決勝戦で戦っていたり、エキシビジョンマッチで戦っている所をテレビでも見るが、今日の大会はどうやら二人が順当に勝ち上がれば準決勝で戦うことになるようだ。
そして、カブは反対のブロックに居る。
しかし、相性だけで見れば不利なルリナや、ダイマックスを使わずとも強いあくタイプの使い手、ネズもそろっている。

『ガラルトーナメント!本日より開催いたします!』

開会宣言と共に始まった今大会。わああっと歓声が上がり、大会を盛り上げる様に花火が打ちあがる。
席について固唾をのんで見守り、祈るように試合の行方を見守る。
気付けばミナは無意識に手を合わせて固く結んでいた。


今回の大会は三日間で行われる。
一日ニ試合を行うこともあるが、ポケモンの万全な体調や作戦を立てる時間も考えて、日程が分かれていた。
第一試合をはらはらした気持ちで見守っていたが、カブは無事に次へと駒を進めて、ミナはほっと胸をなでおろす。
ホテルに戻ってもウールーを抱き上げながら「今日のカブさん凄かったね!マルヤクデもカッコよかったね」と無邪気に一日の試合を振り返っていた。

大会二日目は、一日目の勢いを受けて更に、盛り上がりを見せているような気がした。
勝ち上がっていけばいくほど、観客の期待値というのは高まっていく。
この試合を勝てば準決勝に進めるという期待とプレッシャー。
それを跳ねのけて、カブは勝利をした。
モニターに映った、カブの安堵するような表情が非常に印象的だった。

そして、準決勝と決勝戦が行われる大会最終日。
ニュースや新聞もこの話題で持ちきりになるほどの注目度が高まる試合。
──どうかカブさんが勝てますようにと祈りながら、ミナも緊張した面持ちでシュートスタジアムに足を運んでいた。

「今日はもっと緊張するね、キュウコン……」
「コン……」

身体を寄せてくるキュウコンの頭を撫でたミナの手は僅かながら震えていた。
しかし、今日の試合でカブが勝ち上がるかどうか緊張しているのはミナだけではなく、カブを応援しに来たファンも同じだった。
赤いユニフォームを着て歩いている観客が近くを通った際に、その会話が聞こえてきたミナは顔を上げる。

「頼むから俺たちのカブさんが勝ってほしいよなぁ」
「本当に!あんなに格好いいおじさま居ないよ!準決勝も勝って、ダンデさんとの決勝戦をしてくれないかなぁ」
「お前、本当にカブさん好きだよな」
「こっちまで熱くなるじゃん!見てるこっちの気持ちも燃え上がるようなあの情熱が大好きなの」

会話の内容に目を輝かせて、ミナはキュウコンを見下ろす。
カブを褒められた言葉を聞いたキュウコンの9本の尻尾もまたぱたぱたと嬉しそうに動いていた。
ファンの人にもカブらしさというのを好かれているのは、やはり嬉しかった。

その会話を聞いた2時間後。
『試合終了!エンジンジム、ジムリーダー、カブの勝利!』というアナウンスと歓声が響き渡る。
準決勝をキョダイマックスしたマルヤクデによって辛うじて勝ち上がったカブは、タオルで汗を拭って大きく息を吐いた。

「わああ!カブさん、決勝戦まで来た……!」
「コンコン!」
「凄いね、凄いねキュウコン。カブさん、決勝戦だよ」

勝てるかどうかはらはらしたけれど、遂に決勝戦だ。
つまり、反対のブロックを勝ち上がったダンデとの試合がこの次の決勝戦で行われる。

「ダンデ君との試合か……一筋縄ではいかないし、絶対に勝てるなんて楽観視もしない」
「ワォン!」
「あぁ、いこうか、ウインディ!」

無敵のチャンピオンに今日こそ勝つために。
勝利を信じて挑みながらも、決して楽観視をするわけではない。
それだけに、ガラルのチャンピオンというのは、強い男なのだから。

覚悟を決めてスタジアムに出ていくと、歓声が沸き上がる。
――既にフィールドに立っていたガラルの眩しい太陽は、何処までも眩しかった。


「まったく……本当に強いね、彼は」

ひと際大きな歓声が沸き上がったとともに試合が終わり、拳を固く握りしめる。
なんて悔しいんだろうか。
決勝戦まで行ったのだったら、何としてでも勝ちたかったものだったが。

無敵のチャンピオンという名を博しているチャンピオン・ダンデはやはり強かった。
善戦したが、正面から打ち砕かれた。
しかし、試合を終えた今、清々しくもあった。
汗を拭ってクールダウンを終えて、決勝戦を終えたカブは、関係者が来られるエリアに来ているミナに会いに行った。
彼女は腕に抱えているウールーと共に穏やかに手を振って、カブを出向かえた。

「ここまで来てくれて悪いね、ミナさん。今日こそはいけると思ったんだけど……やっぱり負けると悔しいね」
「本当にお疲れ様でした、カブさん。残念でしたけど……凄く格好良かったです」

惜しい試合だったと言える実力差ではないことはカブ自身自覚していた。
ダンデの背中は遠い。
しかし、その背を追いかけていると何時も"自分はまだまだ成長できる"と思わせてくれるのだ。
格好いいと言ってもらえるジムリーダーとしての姿を示せたのかは、彼女の反応を見ていると分かる。

「何時までも格好いいジジイ……夫でいたいからね。次こそ、勝ちたいね」

今大会は、準優勝で終わったけれど。
手を握って労ってくれるミナの体温を感じながら、次は優勝したいと胸に悔しさと共に刻むのだった。
- 4 -
prev | next