僕の最愛の奥さん
- ナノ -
今度の大会でミナさんもシュートシティに連れて行きたいと考えながら、カレンダーで次の大きな大会の日程を確認した時、思わずマルヤクデと顔を見合せた。
シュートシティでの大会の日程よりも大切な日が迫ってきていた。
それはまだ、髪が黒かった頃。
この先の生涯をこの人と共に生きていこうと誓って、プロポーズをした日だった。
ジムリーダーとして、未熟さや焦りが目立っていた中でも、彼女は「カブさんを傍で支えさせて下さい」と微笑んでくれたのだ。

「そうか、もうすぐ結婚記念日だったね……シュートシティでの大会が終わった二日後か……エンジンシティに戻ってディナーでも楽しむのもいいけど、たまには遠出した先でもいいかもしれないね」

それはいい案だとマルヤクデは頷いてくれる。
何せ毎回サプライズを計画的に準備出来るほど、気の利いた男ではないことを自覚している。
美味しいディナーのお店を予約するだとかはもう慣れたけれど、元来無骨な人間であるせいか、何時ものお店で、となりがちだ。

結婚した当時のことを思い出すと真っ先に思い出すのが、ミナさんの純白の姿だ。
このガラル地方での結婚式はウェディングドレスが主流だが、ホウエン地方らしさを感じられる式典がいいと言って、白無垢を着てくれたのだ。
ガラル地方の人の顔立ちはホウエン地方の人とは少し違うとは思っているが、ミナさんは和服が非常に良く似合う女性だった。

「ミナさんの顔立ちもそうだけど……きっと穏やかな雰囲気が似合う要因なんだろうね」

彼女の川のせせらぎのような穏やかで清らかな空気感は、何時だって自分という人間には欠かせない要素だと感じる。
自分は彼女に対して安心感を覚えているけれど、彼女にとって自分はどう映っているのだろうか。
夫婦生活が長くなってくれば、お互いの相容れない価値観も浮き彫りになることもあるそうだが、愛想を尽かすなんて縁遠く、この人と結婚出来て良かったと何度でも思うのだ。

「暑苦しいと……思われていないといいね」

炎の男と言われる程に、熱い男であることは自覚している。
歳を重ねても、火に薪をくべ続ける生き方だけは、変えられないのだ。

──本日ナックルジムで行われる試合。
チャンピオン・ダンデの姿はないが、ジムリーダーの半分は集結している。
今季もジムリーダーの顔ぶれは変わらないが、それが当たり前な世界ではない。負けが続けば、2部のリーグに降格することもある世界だということを、この中で一番身を持って知っている。
ミナさんが助けてもらったという二人の姿があって、二人に声をかけると、彼らは「おはようございます、カブさん」と笑顔で挨拶を返してくれる。

「キバナ君とルリナ君にはミナさんがお世話になったそうだね。ありがとう」
「あぁ、あの日のことか!いえ、どうってことないですって。偶然だったけど、カブさんの奥さんと会えたのはラッキーだったつうっか」
「えぇ、本当に素敵な人でしたね。メロンさんが穏やかな人って言っていたのがよく分かりました」
「妻をそう褒められると少し照れくさいね」

転がっていってしまったウールーを止めてくれた二人と詳しくどんな会話をしたのかはわからないが、知り合いの子たちから自分の奥さんが褒められるというのはやはり嬉しい。
自分から家の話をすることがあまりなかったから、こうして若い子達と妻の話をしているのは新鮮だった。

「今日は来ていらっしゃらないんですか?」
「ミナさんは基本的にエンジンシティでの試合を中心に見に来てくれるからね。帰るのが遅くなって家事が疎かになるからって遠慮されてしまうんだ」
「そうだったんですか。それじゃあ今度のシュートシティでの大きな大会も自宅で観戦してくれるってことか」
「いや、それだけはホテルに泊まって全日程見に来てもらうつもりなんだよ」
「へぇ!それは素敵ですね。大切な人が見に来てくれると、より一層気合も入りますし」

試合は何時だって緊張感があるけれど、大きな大会はまた一段と緊張感も高まる。
その試合を見に来て、応援してくれるファンや、家族の存在というのは、背中を支えてくれることをジムリーダーはよく知っている。
ミナさんにいい試合だったといってもらえるような試合を見せていきたいとは常に思っているが、リーグ2部から上がった時に実感したことになる。

今度の大会はダンデ君が出るから、彼と戦うまで勝ち上がりたいものだと拳を握った時、ルリナさんから距離を離すようにキバナ君が密やかに「カブさん」と声をかけてきた。
身長の高い彼が密やかに話そうとすると、少し腰を曲げて目線を合わせてくれようとする。

「あー、カブさん。ちょっと相談っつうか、参考に聞いていいですか」
「なんだい、キバナ君」
「カブさんって紳士だけど、中身がすごく熱い人じゃないですか」
「あはは、キバナ君にそう言われてしまうとはね。でもその通りだと思うよ」
「穏やかで落ち着いた人と、どうやっていい感じになったんですか?見方によっては反対の性格に見えるでしょうし」

キバナ君の思いがけない質問に驚いて瞬いてしまったが、彼にもきっと何か心当たりがあるのだろう。
その事についてからかうように「好きな子が居るのかい?」とは聞きはしない。
だが、その人がいると落ち着けると思うような人にキバナ君が好意を抱いているのなら、応援したくなる。
同じように華やかで目立つ人というよりも、淑やかな雰囲気の人だというのは少し意外だったが。

「僕の場合は、僕も彼女が居ると落ち着いて心休まる気持ちになれるのも含めて好きになったし、逆に彼女も僕の熱さが自分には無いものだから一緒に居ると感情が踊って楽しいと感じることが増えるって言って貰えたことがあるよ」
「……へぇ……向こうも、俺らしさをいいと思ってくれる、か……」
「お互いの違いをそう思えたら相性がいいってことかもしれないね。けど、その分苦労もかけてきた訳だから、愛想を尽かさないでくれたミナさんには感謝しているよ」

キバナ君は僕の言葉に何を思ったのか──静かに「なるほど」と呟いて、頭を下げた。
愛想を尽かさないでくれた。
この言葉は彼女に抱いている感謝の根底にある感情をくみ取ったものだった。
若い頃の勝つために何でもやるバトルスタイル。焦って焦って、2部リーグに降格した時の自分は心に余裕が無かったし、地に足を付けて身構えていられる在り方では無かっただろう。
その時の自分に愛想を尽かして離れて行く訳でもなく、苦楽を共にしてくれたのだから。

しかし、彼女にその件を直接確認したことは無かったような気がする。
2部リーグに所属していた時も献身的にサポートしてくれたし、1部リーグに戻ってきた時は泣いて喜んでくれたのを見て、僕が勝手にそうだろうと思っただけ。
一日の試合を終えて自宅に戻ってきた後、ミナさんとの食卓で、問いかけるのだった。

「ミナさん」
「?どうしましたか、カブさん。……食欲無いですか?」
「あぁいや、今日のご飯も美味しいよ。改めて聞くのもあれだけど……ミナさんは、僕の成績が落ち込んでた時、傍で支えてくれたけど……呆れて離れていこうとは思わなかったのかい?」

唐突な質問に、ミナさんは目をぱちぱちと瞬かせて、隣の椅子に座っていたウールーもミナさんの表情を真似するようにぱちぱちと瞬いていた。
どんな答えが返って来るんだろうと柄にもなく緊張しているせいか、好物の筈の副菜がなかなか喉を通っていかなかった。

「え?……そんなこと思ったことありませんよ。何時だって一生懸命なカブさんを尊敬してますし、そんな貴方だから、微力でも私が支えられたら、と思いましたから」
「そう、だったのかい」
「がむしゃらで、少し心配にはなりましたけど……ずっと正しい道だけを選択出来る人はそう居ないですから。振り返って間違えていたかもしれないと思っても、その時最善のことをしようと一生懸命なカブさんが……私は、好きなんです」

恥ずかしそうに頬を桜色に染めて、好きだと伝えてくれる彼女の愛情が染み渡る。
間違っていたとしても、否定するのではなく、その時出来ることを一緒に悩んで、一緒に歩んでくれた人。
そして思うのだ。
僕は良い人に恵まれたのだ、と。

「ミナさんと結婚出来て良かったよ」

恥ずかしさよりも、純粋なその愛情が言葉として自然と出てくる。
あぁ本当に、口癖になりそうだ。
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