僕の最愛の奥さん
- ナノ -
決勝戦が終わった二日後。
その日が、カブにとっても大事な結婚記念日だった。もう何度も祝ってきているとはいえ、また一緒に祝えるということが重要で、毎回特別な意味を待っていたのだ。

ガラルトーナメントが終わった後も、今回は家之あるエンジンシティではなく、カブとミナはシュートシティに滞在する予定だった。
荷物を片付けながら、カブは準決勝をダンデと戦ったキバナと会話を交わしていた。

「へぇ、カブさんはこの後観光ですか」
「あぁ、妻もせっかく来ていることだしね。お店もメロンさんにいい所を教えて貰ってね。……キバナ君は誘わないのかい?」
「はぁ……オレはそう気楽に誘える間柄でもまだ無いんで、寂しく帰りますよ。今回の大会の運営に関わってたから来てたけど、ルリナ達とショッピング行ったらしいですし」

頭を掻いて、片思いをしているという相手のことを語るキバナにカブは微笑む。
派手に見える若者のキバナだが、こうして恋に悩んでいる姿は歳相応で、カブの年齢からしたら可愛く見えた。
運営をしているということは、リーグ委員かマクロコスモスに関わっているということだろうかと思いながらも、その話を深堀はせず。
「キバナ君の想いが届けばいいね」と伝えると、目を丸くしたキバナは歯を見せて笑った。

(僕も、ミナさんと付き合う前は誘うの一つでも緊張したな)

硬派な性格であることを自覚している分、好意を抱いた相手に対するアプローチに非常に緊張した当時のことを思い出すのだった。


──試合が終わった後も、観光地であるシュートシティは多くの観光客で賑わっている。昨日までは試合を見ていた人が、時間が出来て次の日にゆっくり観光しようと考えるのは一人ではない。
二人もまた、翌日は買い物をしたり、近所の人に贈るお土産を見て回ったりしていた。

「おはようございます、カブさん。ウインディ温かかったなぁ」
「はは、君たちがあまりにも気持ちよさそうに寝てるからウールーが寂しそうに僕の所に来たよ」
「ご、ごめんねウールー……」

カブの昨日頑張ったポケモン達と共に、朝早起きのミナにしては少し遅めの起床だった。

ミナの体をすっぽり包むように寄り添って寝るウインディと、枕元で丸まるヤクデのおかげが温かくすやすや眠っている様子に、カブは朝から癒されながら起こさなかった。
朝早く起きていたウールーと共に、カブは新聞で昨日の試合を確認していた。
ファンは大盛り上がりで、ライブビューイングを見てくれていたらしく、真っ赤な服を着た人々がパブで大興奮した様子で観戦してくれていたという話を聞いていた。

欠伸をしながら寝癖を直している彼女にカブはくすくすと笑い「ミナさん」と声をかけた。

「今日は結婚記念日だから。美味しい所に食べに行こうか」
「もっ、もしかして予約を任せてしまいました?ありがとう、カブさん」
「いやいや気にしないで。大会の前後だと混み合うから予約して行った方がいいってメロンさんにアドバイスを貰ってね」
「そこまで気が回ってませんでした……そうですね、大会前後だと随分前からお店も混み合ってるかもしれないですし」

大きな大会の前後はホテルも食事処も混み合うというのに、調べたり予約を事前にしていなかったことを反省しつつ、既に手配してくれていたカブに、ミナは再度お礼を述べる。
至らない所をスマートに、でも少し照れ臭そうに紳士にカバーしてくれるのが、カブという人だった。

私服に着替えてホテルを出たミナとカブはシュートシティの街を歩きながら、昨日の試合の話をしている人の多さに気づいて顔を見合わせる。
ダンデのリザードンと、カブのマルヤクデ。
同じほのおタイプ同士の戦いは、観客の熱量を更に高めた。

「昨日の試合、街頭モニターでもハイライトをやってますね。ふふふ、カブさんのファン、増えてるんでしょうね」
「それは言い過ぎだよミナさん」
「そうでもないですよ?カブさんはご自身の魅力にもう少し気付いてください」
「ミナさんに怒られるとは……」
「ふふ、カブさんのその熱に、元気を貰える人は沢山居るんですよ。カブさんだからこそです」

カブは眉を落として、頭をかいた。
自分のような年齢のトレーナーでも、多くの若い子に伝えられるものがあるのは嬉しいことでもある。
しかし、だからこそ生涯現役とうたって努力をし続ける意味や甲斐があるといったものだ。

「何時もそういう僕だけではなかなか気づけないことを、口にして伝えてくれるね、ミナさんは」

穏やかな彼女は、あまりはっきりと強く主張するのはどちらかというと苦手で、芯が強い人だ。
しかし、本当に大事なことを、いつも彼女自身の言葉で伝えてくれる。
こういう所も、彼女に惚れた大きな要因なのだろうと実感しながら、手を伸ばす。

「え……」
「その、偶にはね。お手をどうぞ、ミナさん」
「ありがとう、カブさん」

ミナの小さな手を握って引っ張る。
しわが増えてきた自分の手を返してくれるその手の熱は今も変わらなかった。


──メロンさんにオススメをされて予約していたディナーは、シュートシティで有名なお店だ。
予約をしないとなかなか入れない店だが、堅苦しすぎない雰囲気がちょうどいい店だった。

「わ……素敵なお店ですね」
「僕も来るのは初めてだけど、素敵なお店の雰囲気だね」

二階の広めの席を用意してもらい、今回活躍したポケモン達も寛げるように手配してもらっていた。
悩まないようにコースメニューを注文してくれていたらしく、まずは前菜が運ばれてくる。
器に綺麗に盛り付けられた芸術的ともいえる料理に、同じく日々料理を作っているミナは「凄い」と目を輝かせた。

「前菜からもう美味しそう……」
「偶には美味しいワインでも頼もうか。飲むかい、ミナさん」
「カブさんがワインを飲むの、珍しいですね」
「はは、確かに焼酎だとかお米から作られたお酒の方が肌に合うというのはあるけど。折角ワインに合いそうな料理だからね」

試合が続いている間等、禁酒をしている時期も長いカブだが。
大きな大会も終えて、今日は結婚記念日だから、と提案したカブにミナも頷く。

ホウエン地方出身である彼が好むお酒はガラル名産のものではないが、ガラル地方の食文化も楽しんでくれているのは、ガラル出身のミナとしても嬉しいことだった。
異なる地方出身の人間がこうして出会って、同じ食文化を楽しめるのは幸せなことだと感じるのだ。

とくとくと注がれていく赤く瑞々しいワイングラスを軽く重ねて「乾杯」と声をそろえて、鼻を抜けるぶどうとアルコールの香りを堪能しながら口に含む。

「結婚記念日もそうですし、カブさんの準優勝をお祝いして」
「ありがとう。僕自身、勿論悔しがりながらも準優勝とかを素直に喜んでいいのか悩むときがあるから、人からお祝いしてもらうと"あぁ僕はあの時にできるベストを尽くせたんだな"って実感するよ」
「勝負事ですし……私自身はポケモンバトルをしないから分からないですけど、でも見ていて"カブさん本当に凄かったな"って思いますから。素直に受け取れない時だって沢山あるかもしれないですが……私は、カブさんをお疲れ様と甘やかさせてください」

優しい愛情が、溶けて染み渡る。
彼女と結婚できたことが幸せだと感じる瞬間は幾つも幾つもあるけれど。
ぽろりと「ミナさんのそういう所が、好きだな」と自然と愛情が口から零れ落ちる。

一生をかけて、彼女を幸せにしたいと思うのだ。

「結婚してくれてありがとう、ミナさん。これからもよろしくお願いするよ」
「……はい。こちらこそ、これからもよろしくお願いします、カブさん」

僕の最愛の奥さんへ。
不器用な愛情に火を灯して、二人の人生として煌めかせ続けるのだ。
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