僕の最愛の奥さん
- ナノ -
今日一日の試合を終えて、自身も熱気が収まらない中、ウインディと共にランニングをしながら帰路につくカブは星を見上げて息を大きく吐く。

──ダンデ君に負けるといつも悔しい。だけどもっと伸び代が自分にはある筈だと気付かされる。
不甲斐ない試合をしたつもりはないが、それでも勝利をもぎ取れなかったことにどうしようもなく悔しくなるのだ。
若い子達の勢いには勝てない──なんて、思ったことは無い。自分もその勢いに負けずと、彼等には無い武器である年の功と積み重ねてきた経験を活かすバトルをするだけだ。

「しかし、オリーヴ君に聞いたが、まさかミナさんが新しいタオルを買って帰ってたなんて」
「ワォン」
「はは、そうだね。サンプルとかなら僕も幾つか貰っているけど、盛り上がってる会場で会場限定のものを買うのが楽しいって言いそうだ」

最高の理解者であり、同時にファンとして応援してくれる妻としては、サンプル品で応援というのはそれは味気ないのだろう。
単純に、会場の熱を自分も一緒に体感出来るのが楽しいのかもしれないが。
自分のファンで居てくれる彼女の愛情が、胸に満ちて熱を灯す。
自宅のリビングには明かりが付いていて、この光を見る度に「帰ってくる場所があるのだ」と実感する。

鍵を取り出して扉を開くと、廊下の奥からぱたぱたと歩く足音が聞こえてくる。顔を出してキュウコンと共に出迎えてくれるミナに、自然と顔も綻ぶのだ。

「お帰りなさいカブさん。お疲れ様でした」
「ただいま、ミナさん」

ベンチコートを脱いでハンガーにかけて、既にいい匂いが漂うリビングへと入る。
時間も時間だからか、付いているテレビはバラエティ番組のようだが、僕が帰ってくる直前の夕方の時間は今日の試合のニュースがどのチャンネルでも流れていたらしく、それをミナさんは嬉しそうに語ってくれる。


「ホウエン料理かい?嬉しいなぁ」
「今日はカブさんもポケモン達も頑張ってましたから。好きな物を用意したいなと思いまして」
「ありがとう、ミナさん。疲れた体に染み渡るよ」
「ふふ、本当に今日は試合お疲れ様でした、カブさん」
「一回戦は良かったんだけどね。二回戦目の試合はやっぱり悔しかったな」
「残念でしたけど……本当にいい試合でしたよ」

結果の善し悪しは毎試合変わるけれど、それでも毎試合楽しんで見てくれる彼女の存在は、激情のままに波立ちそうな感情もいつの間にか自分を安定させてくれる。

「そういえばカブさん、今日カブさんが話してくれてたルリナさんとキバナ君に偶然会ったんですよ」
「えっ、そうだったのかい?二人とも言ってなかったけどな。でも二人とどんな状況であの混雑した会場で出会ったんだい?」
「ウールーが転がって行っちゃいまして……それを止めてくれたのがお二人だったんですよ」
「はは、ウールーは慌てん坊だね。それなら僕も今度会った時に二人にミナさんのことのお礼を言わないと。そういえば、会ったのは初めてだったかな」
「えぇ、メロンさんやポプラさんには会ったことがありましたけど、ルリナさん達とは初めてでしたよ。素敵な子達でしたね」

自分の奥さんが一人の時に知り合いに出会っているのは少し気恥ずかしくもあるが、自分の知り合いの子達を褒めてもらてるのはやはり嬉しいことだった。
皿に盛り付けられた料理を一緒にダイニングテーブルに並べながら、今日あった出来事を話すこの時間が好きだった。

「それでは、いただきます」
「いただきます」

ミナの作ってくれたホウエン料理を僕と彼女のポケモン達と共に頂きながら、舌鼓を打つ。
口に含んで「!やっぱりミナさんの手料理は美味しいね」と伝えると、彼女は綻んだ顔で微笑んでくれる。

「そんなに褒めすぎても何も出てきませんよ、カブさん」
「素直に思ったことを伝えたかったんだけどね。こうして僕の好きな物を異郷のものとはいえ、用意してくれるなんて感謝しかないよ」
「……私、カブさんが美味しそうに食べて下さるのを見るのが好きなんです。美味しいって言って貰えるの、作り手は凄く嬉しいんですよ?」
「そっか……あぁでも確かに、休日に時々作る炒飯をミナさんに美味しいって言って貰えるのは凄く嬉しいからそういうことかな?」
「ふふ、そうです。カブさんが作ってくれる料理、本当に好きなんですよね。味もですけど……カブさんが作ってくれたってことが嬉しくて」
「コンコン!」
「ミナさん……キュウコンもありがとう」

家事が得意かと問われると、今となっては結婚してからミナさんに任せ切りで、家事を日頃は出来ていない自覚がある。
しかし、当然家事はミナさんやるものだなんて思っていないからできる範囲のことは勿論しているつもりだが、頭が下がる思いだ。

「会場に見に行くといつも思うことではありますけど……やっぱり、ファンの皆さんと一緒になって応援するのはいいですね。だって、周りの方もカブさんを応援してくださってるんですから」
「あはは、僕のサポーターは特に熱いというか、僕と同じように全力で喜んでくれて、全力で悔しがってかれるような気がするから、会場での雰囲気は特にテレビ越しとは違うかもしれないね」
「そうそう、その熱量を感じられるのも楽しいんです。エンジンシティから離れすぎるとなかなか見に行けないですから、限られてしまいますけどね」
「今度のシュートシティでの大きな大会とかはいっそミナさんも一緒にホテルに泊まって来てもらうのもいいかもしれないね」
「!それはすごく楽しみです!」
「ミナさんも一緒に泊まれるよう手配してもらうよ。そうしたら、大会が終わった後にシュートシティを少しでも回れるだろうしね」

休日にゆっくり夫婦で街を回る外出──若い子の言い方を借りるのならデートの時間は、お互いにとって大切な時間だ。そう思っているから、夫婦円満に過ごせているのかもしれない。

「ご馳走様でした。ミナさんの料理を食べるとほっと心が安らいで休める切り替えができる気がするよ」
「カブさん、クールダウンも大切ですけど……身体を休めることも、忘れないでくださいね?」
「はは、見抜かれているね。どうにも気分が高揚したままで落ち着かなかったが……そうだね、急に焦って今日の今日、トレーニングを厳しくしても仕方ないからね」

強く拳を握って、今日の負けた試合のことを思い返しながら「焦っても仕方がない」と自己暗示をかける自分の手に、そっと柔らかな手が添えられる。
公私共に支えてもらっている彼女の存在の大きさを、実感しながら彼女の頬を撫でて「ありがとう」と噛み締めるように呟く。
苦楽を共にしてきたミナさんが居るから、不調の時も乗り越えて今の自分があるのだと、インタビューでも何度も語ってきているが、本当にそうだと実感して止まないのだ。
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