Mrs. Velvet Doll
- ナノ -
黄昏に伸ばす手
初めは、なんて純粋で無邪気で、ソルジャーっぽくない人なんだろうと思った。

──アンタその歳で幹部の護衛やってんのか!?すげぇな!オレもそんな風に出世して……英雄にならないとな!
そんな風に明るく夢を語るソルジャー見習い。セフィロスのような英雄になることを本気で語るザックスに、頑張ってね、と本気にしていなかったけれど。
ゴンガガという村からやって来て、ソルジャーとして一歩ずつ着実に夢を叶えていくザックスは、眩しかった。
人懐っこく、物怖じせずに話しかけてくるその性格に、あの神羅という会社の中では救われるような気持ちだった。

特に仕事も入っていなかったこの日、入院していたことは特にエアリス以外に報告をしていないとはいえ、ふと壱番魔晄炉の爆破の影響が育った街であるスラム街に行ったのか気になり、プレートの下へ向かうために鉄道に乗り込む。
この街に住んでいたのは10年程前、神羅カンパニーに、そしてリーブに出会って野良猫のような自分を、自己流の剣技を見込まれて拾ってもらった時までだ。
スラム街はよく人が変わるから、もう知り合いも限られているが、早々に親を亡くした自分の面倒を見てもらった恩はある。

「多額の退職金も、給料もなかなか使わずに貯めちゃうの……多分、スラムの時の生活が身に染み付いてるからなんだろうなぁ……」

1ギルだって粗末にできないような生活をしていた期間が長かった。
だからと言って守銭奴という程ではないが、ついつい使うよりも貯めてしまう。

(魔晄炉爆破の影響……やっぱりあるんだろうな……)

ガタンと音がして、鉄道を降りたアンナは辺りを見渡す。
もう夜になってしまっているせいか、人通りは少ない。
昔からこの地区に居るマーレは時間が時間だから、寝ている可能性もある。
武器屋くらいしか、直ぐに会えそうな人はいないだろうと肩を竦めて、スラム街を軽く回ろうとしていたのだが。

丁度ある民家を出てきた人の姿に、一瞬、呼吸の仕方を忘れた。
時が止まって、遡ったような。
そんな感覚だった。

「……え?」

チョコボを思わせるような、金髪のつんつんと立った髪の毛。
服装は見慣れていた一般兵の服ではなく、ソルジャーの格好だが、それよりも。
彼は、ザックスやセフィロスと共にニブルヘイムへの任務へと向かい、それから行方不明となっていたはずだ。
もう死んだも同然だと思われていたのに。

「クラ、ウド……?」

生きて、いたんだ。
クラウド・ストライフ。ザックスと親しかった一般兵の彼。

神羅カンパニー内でよく話していたかと問われると、機会は限られていた。
何せ、自分もザックスを通じて彼と知り合ったから、二人で居る時に話しかけたり声を掛けられたりすることが殆どだった。
立場の違いを気にしてか、クラウドは一人の時に声をかけてくるようなことはあまりなかったのが事実だった。


「……アンナ、か?」
「あぁもう何処に行ってたのクラウド!?連絡も一切つかないし、心配したんだから!」


涙腺が緩みそうになるのを堪えて、クラウドに詰め寄る。
ニブルヘイムの任務以降、神羅カンパニーからも姿を消して生死不明になってから五年が経って。
純粋に彼が生きていたことが、嬉しくて堪らなかった。
アンナにとっては感動の再会だったのだが──クラウドの中の記憶では、ソルジャー時代に親しかった連絡を暫く取っていなかった先輩に偶然出会えたというものに改竄されていた。


「……すまない。神羅を辞めてから連絡先も変えたせいかもな」
「神羅を辞めた……?クラウドも?」
「アンナも辞めてたのか。知らなかったな、幹部の護衛だっただろう」


あのニブルヘイムでの任務の後に神羅を突然やめて、連絡先も変えたから彼の行方が分からなくなっていたのだろうか。
死んだかもしれないと思っていたことを考えると、それなら安心だったけれど。

(……それ、なら。どうしてクラウドの目……魔晄の目をしてるの……ソルジャーと、ザックスと、同じ色)

一般兵で辞めた筈の彼がどうしてソルジャーの格好をして、どうして魔晄の力を得ているのだろう。
それに何より、一緒に任務へ向かってそのまま行方不明となっているザックスはどうしたんだろうか。
しかし、その質問を先ず投げ掛けるのは危険だという根拠の無い直感から、アンナは質問をはぐらかした。


「私は……その、色々思う所があって。今は神羅を辞めて気ままに運び屋をしてるの」
「運び屋?護衛から運び屋に転身か」
「そう、秘密は守るデリバリーサービス。ふふ、クラウドもどう?」
「……運び屋も悪くないかもしれないが。そういうのも丸ごと引き受ける何でも屋をしているからな」
「へぇ!クラウド、何でも屋をしてるんだ」


まさかその何でも、という範囲がアバランチに加勢してテロの手助けをするということまでしているとも思わず、新しい道を歩んで生きていることにほっと安堵する。


「クラウド……その目、どうしたの?魔晄の色を、してるけど」
「アンナなら分かるだろ。ソルジャーの証だ。とは言っても……元ソルジャーだけどな」
「え……く、クラウド……何を……だってソルジャーは」


ソルジャーだったのは、ザックスだ。
それを指摘しようとした時、クラウドは苦しそうに頭を押さえて後ろによろける。
何となく、今そのことを追求してはいけないような気がした。
頭の中で、警鐘が鳴り響くような感覚。

クラウドの話しぶりが嘘をついているように見えないからこそ、それ以上の追求は出来なかったのだ。

──元神羅だった自分が、クラウドがソルジャーになった情報を取りこぼすわけが無い。それを聞きつけたら祝いに行っていた。
神羅を離れた後に魔晄の力を得てソルジャーとしての肉体に普通の生活をしていたらなるわけも無い。
空白の五年の間──ニブルヘイムの図面と北条が出入りしていた情報だけを知っていたけれど、もし、そこでクラウドが実験されていたのなら?
一緒に居たはずの、ザックスもまた。やはり、同じことを。

頭を押えたクラウドが横を向いたその時、アンナの思考は完全に停止をする。
水を打ったように、静かな動揺だけが残る。
どうして、クラウドがその武器を。


「クラウド……そ、の、バスターソード……」
「あぁ、これは俺の武器だ」
「……そっ、か……そう、なんだ……」


――この瞬間に全てを、察してしまった。
クラウドは多くを語らなかったし、直接的なことを言った訳でもない。

しかし、アンナの記憶の中で五年前に一般兵で神羅を辞めたという彼が使い込まれた傷だらけのバスターソードを持っているということは。
──ザックスは、死んでしまって。
そしてその意思をどういう形でなのかは知らないが、クラウドが継いだのだと察してしまった。

「クラウド、会えて、良かった。私、ミッドガルに居るから何か困ったことがあったらこの名刺の番号まで掛けてね」

どくどくと嫌な鼓動が耳の奥で響く中、息継ぎせずに言い切ってクラウドに名刺を押し付けたアンナは、手をひらひらと振って駆け出した。


「アンナ!……やれやれ、どうしたっていうんだ」


名刺を渡されたクラウドは久々の再会にもかかわらず、様子のおかしなアンナに疑問を抱きながらもその背を追うことは無かった。

逃げるように走って、走って。
スラム街から目を背けるように八番街へと戻って。星が見えていた空も、雲が厚くかかってぽつりと雨が降り始める。

(クラウドは生きてた。それは、凄く嬉しかった筈なのに。筈、なのに……)

八番街の噴水広場で足を止めて、力なくそこに座り込んだ。

別にクラウドに「ザックスは死んだ」と言われた訳では無い。
それでも、クラウドだけがこのミッドガルにザックスの剣を持って辿り着いたという事実が物語っているようなものだった。

ザックスが、五年も離れたエアリスに会いに来ようとしないわけが無い。
どんな手を使ってでも、ヒッチハイクをしてでもミッドガルを目指すような性格だろうから。
座り込んでから一体どれだけの時間が経っただろうか。

一人の女性が雨がポツポツと降る夜に広場で傘もささずに俯いているという、通りかかる人が見ても傷心なのだろうと察していた中。
その姿を見付けた知り合いが居た。
新羅カンパニーへの帰りのついでに監視任務もそれとなくやって行こうと八番街のアンナの家に寄っていたレノだった。
特に仕事が入っていないだろうと踏んでいた日の夜に不在だったことを疑問に思いながら、行き着けの店のルートを歩いてた所で、彼女を見つけたのだ。

(何でこんな雨の中で家でもなく、外でじっと座ってんだ!?)


「アンナ!」
「レノ、さん」
「こんなとこで傘もささずに、風邪ひくぞ」
「……」


レノに手を引かれたアンナは、顔を上げる。
雨に濡れて分からなかったその瞳からはぽろぽろと大粒の涙が零れていた。
動揺すると同時に、レノはアンナの異変の原因を察する。

「……、知ったのか」

どういう形で知ったかは分からないが。
彼女はザックスがライフストリームに還ったことを知ってしまったのだ。
──どうやって?どうして知った?
そんな疑問は湧いてくるが、雨に濡れたまま放心しているアンナを放って置くことも出来なかった。

「神羅が、憎いか?」

唐突に浮かんできた質問を、気付けばぽろりと口にしていた。
ザックスの死を隠蔽していたばかりか、都合が悪くなれば消すような神羅のやり方が好きな人間も限られているだろうが。
嫌いと、憎むは別だ。
暫く雨音だけが耳に響いていたが、アンナは「……ううん」と首を横に振った。
神羅に来たからザックスは死ぬことになった。北条も関わる魔晄の実験の末に。
それでも、彼は神羅にやって来てソルジャーとして英雄になる夢を叶えようとしたことを悔いてはいないのだろうから。

「今までだって……もう、死んでるかもしれないって思ってた筈なのに。本当にそうだって突きつけられると……」

覚悟はしていたし、もう"そういうもの"だと割り切っていたはずなのに。
待っていたあの子を知っているから、胸がどうしようもなく痛むのだ。

「大切な友人と本当にもう二度と会えないだなって、思って……彼が好きだった子にも、なんて、言ったら、いいんだろう」

堰き止めていた感情が止まらくなる。
エアリスに、なんて伝える?ザックスはもう居ないのだという残酷な事実を。
こんなことを話されても、レノが困るだけだと言うのに。「ごめんなさい……」と呟いて再び俯いたアンナに、レノは奥歯を噛み締めた。


「……病み上がりにこんなとこ居たら、具合悪い悪くなるぞ、と。……悪い、ザックスを保護出来なくて」
「……!」


申し訳なさそうに謝られた言葉が、アンナの胸を打った。
──タークスはザックスを保護、しようとしてくれていたんだ。
それが分かっただけでも嬉しかった。ぽろぽろと自然に涙がまた零れて来る程に。

レノはそれ以上詳しく話さなかったし、アンナもザックスについてをそれ以上語りはしなかったが──レノは腕を掴むような形でアンナの家までまた歩き出したのだ。


「……泣いてる女の面倒なんて鬱陶しいことさせてごめんなさい、レノさん」
「いーや、当然だろ、と。……普段割り切ってるアンナがそうなるなんて余程のことだし、タークスは無関係じゃないからな」


──もしも、自分が死んだ時も。アンナはこんな風に取り乱すんだろうか。ふと、そんな疑問が浮かんだが、レノは言葉を呑み込んだ。
今、傷心中のアンナにかけるべき問いではない。
数多くの業を背負っている人間がアンナにとっての光になれる訳でもない。直ぐに泣き止ませられる訳でもない。
それでも謝りながら、アンナを慰められることは出来た。


「……ありがとうございました、レノさん。もう、大丈夫」
「……おう。寝れなかったら連絡くれよ、と」
「駄目ですよ。ただでさえ、忙しい身なんですから」


家に辿り着いた所で目元が赤いままくしゃりと笑うアンナに、レノは伸ばしかけた手を下ろす。
パタンと閉じられた扉をぼうっと見詰めて、偽善だとしてもアンナを今日あの瞬間に慰められるのが自分で良かったと思いにふける。

(……帰るか)

その瞬間だった。
扉越しに「レノさんが来てくれて、良かった」という言葉が聞こえて、思わず振り返る。
扉が閉じてから聞こえてきた、切実な声。
姿が見えないからこそ、再び扉に手を伸ばしかける。

「参ったな、と」

――この感情を、何という名前を付けるべきなんだろうか。
頭を掻きながら、レノはアパルトメントを後にするのだった。
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