Mrs. Velvet Doll
- ナノ -
君を傷付ける大きな嘘
仕事を果たしたアンナがジュノンでの入院をし始めてから二週間ほど。
帰ってきたらどうしようかなんて夢を見る暇もなく、仕事に明け暮れることになったが。
こんな形で、このタイミングで。
最悪の仕事が舞い込んでくるとは予想もしていなかった。

呼び出されて、会議室で聞かされた重大任務の内容に、心臓が軋む音がした。
何で。
今。
このタイミングで、アイツを揺さぶるようなことを。


「っ……!」
「話は以上だ。研究室から二名……逃走した」


ファーストのソルジャーであるザックス・フェア。そしてもう一人のソルジャーでもない神羅の一般兵。
その両名が、神羅屋敷を逃げ出した。
それは神羅にとっても軍にとっても、機密情報を守るためにはあってはならないことだった。
彼らは神羅の、そしてソルジャーの、ジェノバの真実を知り過ぎてしまった。

荒野で彷徨っているたった二人を、軍よりも先に探さなければいけない。
エアリスから預かった88通の手紙を、ザックスに渡さなければいけない。
軍は恐らく抹殺を指示するだろうから、タークスとしては軍よりも先に見つけて保護をする方針だった。


「くそ……!」

会議室を出たレノは、拳を作って壁に叩きつける。この苛立ちは、自分勝手なものだと解っていた。
ザックスという青年のことが嫌いだったという訳ではない。寧ろ、この掃討作戦に気が乗らない程には人間性を気に入っていた方なんだろう。
だからだ。
だから、その唯一無二の、眩しい快晴にもうこれ以上アンナが憧れるのを見ていられない。
もうそんなにも眩しい青を、見られないかもしれないのだから。


「ザックスが生きてて、こっちに戻って来ようとしてるってことはアンナには絶対に言うな、ルード」
「……生きていて、実験させられてたなんて傷付くからか?それとも……」
「……余計なこと言うんじゃねーぞ、と」
「やれやれ、手のかかる相棒だ」


生きていたなんて聞いたら、きっと見たこともないような笑顔を見せるんだろう。
でももし、タークスが捕まえた後に更なる実験で死ぬことになったら?
軍に始末されて死ぬことになったら?

仕事に徹していると言ってもどうしても情に厚いアンナは、きっと泣くだろう。
そして、その涙を止められるのは自分ではない。
ザックスや彼と親しいエアリスといった人でしか有り得ないとわかっているから、歯痒くて堪らない。
アンナに余計な心労を増やしたくはないという、偽善だ。


「……シスネを先行して向かわせたそうだが、ソルジャーや一般兵も向かわせているという情報だ」
「……それなら、余計に伝える訳にはいかないぞ、と」


別にアンナがザックスに対しての恋愛感情は無かったことは知っている。
寧ろ、彼女は純粋にザックスがガールフレンドであるエアリスとこのまま上手くいって欲しいと願っていた所があった。
1stのソルジャーになったザックスだが、子犬のように人懐っこい部分が、友人として放っておけなかったのだろう。
そして、眩しくあったのだ。雲ひとつ無い快晴のようなその在り方が。

だからこそ、彼の殉職は、アンナにとって神羅であり続ける意味を改めて問うた。


「昔の男を改めて引きづらせるなんてことはしねぇよ。そしたら、俺のこの5年弱の努力はどうなるんだぞ、と」
「……レノは本心では反対なのか」
「いーや、だからこそザックスを連れて帰る。それに大前提として仕事だしな」
「泣かせないように他の男を連れて帰るなんて、良い男だな、レノ」
「だろ?」


どっちにしたってジュノンに居るアンナに良い知らせが出来る訳でもないのに。
それでも、遠く離れたこのミッドガルの地で。ヘリコプターで飛び回る空で、約束をして。

――そうして、その身勝手で一方的な約束を、破ってしまうのだ。


神羅屋敷を逃げ出したザックス・フェアと、クラウド・ストライフの命を狙って各勢力は動き始め。
軍によってミッドガル近くまで来ていたというザックス・フェアが多勢に無勢の軍によって討伐をされたという情報がタークスに舞い込んで来たのは、捜索を始めて僅か二日後のことだった。
間に合わなかった。先に見つけられなかった。
神羅としては本当は、ザックスの生死なんてどちらでも良かったのだろう。情報規制さえできれば、どちらでも。
勿論この情報は、そろそろ退院してミッドガルに戻って来る予定のアンナの耳には届かないようにしている。


「アンナが、無事に退院したとツォンさんが言っていた。退院祝いは用意したか、レノ」
「……仕事が立て込んでるだろ。今は、……あげられる物も機会もある訳がないぞ、と。ルードはバイクを渡してやれよ」
「……バイクは、少々高すぎる」


そう、あげられるものがあるとしたら、最悪の訃報だけだ。
心のどこかでザックスはまだ生きているかもしれないと希望は捨てている訳ではなかったアンナに、最悪の報せしか出来ない。
レノとルードはテロ活動を続けるアバランチの追跡を行いながら、暗い暗い鉄が覆った空を見上げて吐き捨てるように呟く。
アンナが戻ってきたらデートしようなんて言っていたけれど。
嘘を貫き通して、楽しい一日を過ごさせてあげられるイメージがとても湧かなかった。

(アイツにとっての英雄は、もう、この世界には居ない。俺も、アイツにとってそういう存在にはなれない)

ザックスを保護しろという命令を遂行しきれなかったばかりか、更には別件でヴェルド主任も居なくなったことでタークスは僅か三人しか残らない形になった。
レノ、ルード、そして主任の立場を引き継いだツォンだ。


「もし、ニブルヘイムの秘密を知っていたとして。ザックスが死んだことを知ったら……それこそ、神羅に反旗を翻す可能性もあるんだろうな」
「……そうなったら、俺の出番だぞ、と」


別に監視をしろと言われているだけで、まだ始末しろなんてことは言われていない。それでも、もしも仕事としてそんな命令がくだされる日が来たら。
レノは、間違いなく選択をする。
その最悪の選択に至る前に行動はするのだろうが。

ミッドガルから離れた場所での入院中にザックスが道半ばで空に還り、そして夢と誇りを受け継いだ彼の友人、クラウドが意識をわずかに取り戻してバスターソードを手に、ミッドガルへ辿り着いたとは知らずに。
アンナはジュノンから数日かけてバイクを飛ばしてミッドガルへの道を戻っていた。

一カ月前、この道を来る時は命がけだったが、帰り道は実に安全なものだと実感する。
しかし、第壱魔晄炉が爆破されたというラジオを聞きながら、ミッドガルもここ最近はかなり物騒になったようだと肩を竦めた。

「私が離れている間にもテロ活動とか、活発になってるってことは……多分、レノさんたち、相当忙しいんだろうな」

現在の内部事情に明るくないアンナが知らないのは当然と言えたが、まさか大半のタークスが離脱をしているとも知らず。
ハイウェイを駆け抜けて、アンナは自宅のある八番街を目指す。

たが、つい先日まで警戒危険区域として瓦礫に注意をしなければいけないほどだったようで、道は瓦礫に阻まれてバイクを上手く走らせることも出来ないほどになっていた。

「わ、私の家の周辺はまだいいけど……八番街こんなことになってるなんて」

壱番魔晄炉が破壊されたのはニュースで聞いていたが、瓦礫の多さに唖然としてしまう。よく八番街に花を売りに来ているエアリスは無事だろうかだとか。そんな心配が頭を過る。

「アバランチの活動ね……伍番魔晄炉に続いて壱番魔晄炉を爆破したんだ」

彼らの目的は星を救うことである。魔晄は星を巡る血であり、それを神羅はエネルギーにする為に吸い尽くして、星の寿命を縮めている。
その主張を元に、活動しているのがテロリストであるアバランチだ。

彼らの行動を憎んだり、批難するつもりはない。神羅も神羅であり、そしてアバランチもアバランチである。
どちらも否定する要素は多く含んでいるし、主義主張が完全に間違っている訳でもない。
そして、自分もまた人のことを言えない立場だ。

「……ある意味偶然、ジュノンに滞在することになったのは運が……良かったの、かな」

十分な休養をとって退屈な一ヶ月を爆発騒ぎに下手に巻き込まれずに済んだのは運が良かったのかもしれない。
そう楽観的に考えていたのも全て、訃報を知らなかったからこそだろう。

家に帰る前に、八番街の映画館前を通ったアンナはその姿を探す。
この花が咲かないはずの枯れた土地で、花を売る少女。彼女もまた、久々にこの地区で見かけた友人の姿に手を振る。


「エアリス!大丈夫だった!?」
「うん、助けてもらったから平気だったよ。それよりお帰りなさい、アンナ!長い間見なかったけど大丈夫……だった?」
「ちょっと大仕事してて。怪我して行き先で休養してたの」


エアリスと再会したアンナは「今はもう大丈夫」と笑って手を振る。
しかし、彼女が大仕事という単語をわざわざ使う程の内容を考えると、かなり危険な仕事だったのだろうとエアリスもすぐに気づく。
腕が立つ筈の名前が暫く入院する程のけがをおうだけの危険を犯してきたことを考えると──嫌な想像をしてしまう。

「怪我!?……良かった。アンナが、無事で」

つい一ヶ月程前。
ライフストリームの声を聞いた。空は怖くないと。一緒に見上げてくれて手を握ってくれた人が星に還った声を。
だからこそ、アンナが無事であることに堪らなく安堵するのだ。

──きっと、この様子からしてアンナはザックスのことを知らない。
残酷かもしれないけれど、神羅やタークスが近くにいるミッドガルに居なくて、良かったのかもしれない。


「エアリスにまで心配かけるなんて、まだまだプロ失格だなぁ」
「プロだから、心配になるの。そしたら……はい、これ。退院おめでとうのお花」
「わ、悪いよエアリス。幾ら?」
「もう、退院祝いのお花を祝われる本人が払うなんてこと無いからね?」


むくれるエアリスに一輪の花を貰い、アンナは解けるように笑った。
友人であるクラウド・ストライフに先日エアリスが出会っているとは夢にも思わず。
鼻腔をくすぐる花の香りを堪能して、感謝を述べるのだった。
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