Mrs. Velvet Doll
- ナノ -
遠く離れる流れ星
アンナに依頼する、極秘の運び屋としての任務。
外部の人間を使うのではなく、タークスやソルジャー、ヘリコプターを使ってしまえばいいのではないかという提案に対して、ツォンはこう答えた。
「俺たちが最大のおとりになって、敵勢力を引き付ける」と。
まさか外部の人間が荷物を運んでいるとは悟られないよう、アンナに動いてもらうとのことだった。
当然、危険の度合いは彼女が何時も受けている仕事以上だろう。だが、アンナはそのことを承知済みで引き受けた。


「この報酬額に見合った仕事であることは了解しています、ツォンさん」
「……アンナは、話が早くて助かる」
「殺されないよう、私のドライビングテクニックに祈っておいてください」
「アンナのバイク、ローンがまだ支払い終わってないんだろう?大破しないようにな」
「い、いやなことを言いますね……」


まだローンを支払い終えていないのだから縁起でもないことを言わないで欲しいとアンナは肩を竦めて笑った。
正直、今回の仕事でバイク何台かは買えてしまうだけの報酬は貰えるはずなのだが、アンナなりのジョークだった。


「ツォンさん」
「なんだ?」
「戻って来れたら……うんと美味しいお酒、奢って下さいね」
「あぁ、構わん。レノやルードにも言っておいた方がいい」
「あはは、駄目ですよ。……二人に、余計な仕事を増やしてしまうから」
「……非番の日でも与えるさ」


苦笑いをして失礼します、と頭を下げて神羅カンパニーのホールに戻って行ったアンナの背を見送ったツォンは、隣の部屋で会話を聞いていただろうレノに肩を竦める。
何てつまらなそうな顔をしているものかと。彼女もプロだ。命の危険があると承知の上で引き受けた。


「何が余計な仕事を増やすだぞ、と。……監視させる日を増やさせるなんて、アンナが気にすることでもないだろ」
「戻って来れたら、なんて縁起でもない言い方をする。それだけの仕事ではあるが」
「酒どころか、デートにでも誘ってみるかね。ツォンさんが非番の日をくれるって言ってくれてるし」


アンナに依頼をしたジュノンまでの仕事はそれだけの危険が伴う。
そして、勘づかれないように彼女は今回、ソルジャーという一人の護衛だけを連れて行動をしている。
ただ、明らかに怪しまれるために、仕事着ではなく、カップルを装うような動き易い私服での二人乗りだそうだ。
彼女が万が一にも手負いになり、奪われたらそれこそ本末転倒であるが。その可能性を承知の上で、ツォンはこの判断を下した。

レノにとって、束の間の監視の仕事の休息。
およそ2週間ほど、仕事が楽になればいいと思うだけでいいはずだ。
だったのだが。明らかに仕事モードの時以外は少々気がたっているレノに、相棒は気付いていた。


「荒れているな、相棒」
「あ〜絶好調だぞ、と」
「……そうか。シスネからヘリコプターでもかなり追撃を受けて交戦していると報告が入っているな。レノ、心配か?」
「いーや、冗談だろ、と。アイツの強さはオレもよく知ってる。それに、一応ソルジャーも付いてるんだろ?」
「カップル役のな」


ルードの指摘してきた事実に、レノはちっと舌打ちをしてルードの背を叩いた。
こんなにも悪戯な弄りをしてくるのはルード位だろう。
何がカップル役だ。どうせアンナよりも大したことのない腕前のソルジャーなんだろう、と悪態をつく。
何せ、顔が知れているファーストのソルジャーなんてつけようものなら、この二人が何か大事なものを運んでいると言っているようなものだ。

「アンナに釣り合う男なんて……そう居ねぇよ」


――その数日後。
無事ジュノンに着いたという報告が上がった。アンナはこの任務を達成したのだ。
しかし、途中で勘づかれはしたのか襲撃に合い、バイクは大破することはなかったそうだがソルジャーは重症。
そして、アンナも多少の療養が必要な程には傷を負ったということだ。ソルジャーが彼女を庇ったのか、それともアンナが被害を最小限に食い止めたのか。
そんなことはレノの中で明白だった。


「ツォンさん。アンナの怪我って、どんくらいなんだよ、と」
「銃弾が足を貫通しているらしい。暫くはジュノンで安静が必要になったそうだ。それでもバイクを利用して20対2の戦況を突破してきたらしいがな」
「……誘導、全然上手くいってないじゃねぇかよ、と」
「タークスで引き付けた勢力はその20倍。万が一ということで向かわせたらしい別働隊が、本命を当てたという訳だ」
「……なるほど。しかし、実際に目にしてはいないが、穏健派の護衛といえどもアンナの腕は錆びついていないな」


バイクを駆使し、刀を振るって敵の精鋭部隊をも彼女は怪我を負いながらも突破した。
リーブという穏健派の護衛故に、性格は比較的穏やかではあるが。それでも仕事に誇りと命を懸けるプロフェッショナルさは健在だ。
寧ろ、都市開発部という意味では彼は恨みを買い、狙われやすい立ち位置だっただろう。だから、その護衛は当然腕前に関しては一流であるということだ。
本来ならタークスや神羅だけで解決すればいい問題に、アンナを巻き込んだのだ。


「ツォンさん、退院祝いの酒を今から用意した方がいいぞ、と」
「何時渡せるかは分からないが……そうだな。レノもデートプランでも考えたらどうだ?」
「……アンナとデートでもするのか、相棒」
「最高の退院祝いだろ、と」
「……レノにとってのな」
「ルード、てめっ」


デートとか言っておきながら、明確な好意であることを未だに断言できないでいる。そんなレノの在り方を、ルードとツォンも理解した上で言っていた。
仕事とプライベートは完全に分ける性質のレノではあるが、そもそも仕事の為ならば全てを賭ける覚悟が彼にはある。
だからこそ、彼女との微妙な関係が枷となり、そして自戒となっているのだろう。
不良のような見た目でお茶らけているように見えて、何処までも真面目な男だった。

今彼女が居るのがジュノンなら、電波が繋がるだろうか。
端末を取り出したレノは誰も居ないリフレッシュルームへと足を運び、電気もつけずに画面に映し出されたアンナの電話番号を見詰める。

「仕事で死ぬかもしれないっつーのは、俺も覚悟なんてとうにしてるってのに」

――生きててよかったなんて。そう思うのは本当に身勝手だ。
自分達も非常に気の乗らなかったニブルヘイム事件を知っているかもしれない神羅にとって邪魔になり得る危険人物として散々監視しておいて。
悩んだ末に、電話を掛けた。
1コール、2コール、3コール。そこまで鳴って諦めて通話を切るボタンを押しかけた時に『はい!』という明るい声が聞こえてきた。

あぁ、アンナは生きてるんだな。


『レノさんですか!?ビックリしました』
「アンナ、元気か、と。いや……入院してる時点で元気じゃないよな」
『あー……大きな怪我は治癒魔法のお陰で大分楽にはなったんですけどね。少しヤンチャをしてしまいまして』


携帯越しに聞こえてくる笑い声に、気が抜けるようだった。


「少しのヤンチャが精鋭部隊をたった二人……つーか半分以上をアンナが撃退したなんて御見それいったぞ、と」
『撃退なんて……綺麗な言い方をしてくれますね、レノさん』


彼女の愁いを帯びた声に、レノは目を閉じて「職務を果たしたんだろ」と、アンナの行動を肯定する。撃退、と言えば聞こえはいいかもしれない。だが、人の命を奪っている。
犠牲者を自らの手で作っている。その結果悲しむ人が必ず居る。それでも護衛時代から仕事であると割り切って、毒を飲み干す。
どうしたって綺麗な生き方は出来ないのだ。


「けど、仕事にアンナが徹したからアンナは生きてる。リーブも今がある。誇っていいっての。俺の価値観でしかないけどな」
『……ありがとうございます、レノさん。本当に、助けられてばかりですね』
「名前が退院してミッドガルに戻って来たら、ツォンさんからは極上の酒、ルードからは新しいバイク、オレからはデートのプレゼントが待ってるぜ」
『ふふ、なんだかルードさんの負担が大きいし勝手に言ってないですか?』
「おいおい、ルードよりデートに反応してくれよ、と」
『……勿論。楽しみにしてますよ、レノさん』


アンナがミッドガルに帰ってきたら。
そんな日を思い浮かべながら、レノは携帯をポケットに閉まって鼻歌交じりにリフレッシュルームを出て行く。
この先の二ヶ月、何が起きるかなんてレノも知らないまま、アンナの嬉しいですという綻んだ声を頭の中で繰り返すのだった。
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