Mrs. Velvet Doll
- ナノ -
A complexity mission
タークスの非番――一体どんなことを各々がしているのか、想像しがたい所がある。
バカンスを楽しんでいるのかもしれないし、小洒落た店で食事をしながらリラックス、或いは友人達と飲んでいたり、ショッピングしたり――タークスといえども人である彼らのプライベートは実態としては一般人とそう変わらない所があるが、確かに制限はある。
任務に支障をきたさない場所に居るかどうか、という事だけは。長期の任務もある時は、その期間内に非番となることもある。任務地に近い所での休暇となるのだ。

タークスのエースと名乗る青年は、いつもよりも遅い時間に目を覚まして上半身を起こす。
上は裸で過ごすことの多いレノはソファに放っていた白いシャツを着て、少し寝癖のついた髪を手で解す。
欠伸をしながら今ではトレードマークとなったお下げを結び、眠気を吹き飛ばす為に顔を洗う。


「ツォンさんも人が悪いぞ、と。俺たちの仕事にアンナを使うなんてな」


ツォンに昨夜聞かされた近々行う予定らしい作戦に、レノは流石に個人的には気乗りがしないものだと溜息を吐く。
正直、神羅が使用するものに関してはタークスが全てやればいいのではないかと思う所があるのだが、確実に運ぶために、アバランチ等の邪魔が入らないよう分散させてかく乱する目的らしい。
彼女は依頼を選ばなくはないらしいが、あくまでも何を運ぶかに関しては関知せず多少の違法性などには目をつむるし、タークスや神羅のやり方も知っているから話も通じやすい。


「レノ、この件は私からアンナに正式に依頼をする予定だが」
「上の決定事項なら俺たちがあれこれ言うことでもないですよ、と」
「レノに同じく、だ」
「問題は彼女に依頼を断られないか……だが」
「そこは主任が上手く話を持って行くんだろう」
「あぁ。勿論だ」


昨晩ツォンの執務室に集められた監視役を務めるレノとルードは彼女を巻き込むことにノーは言わなかった。
彼女も今の仕事を誇りを持ってやっているのだ。例えば大量虐殺の片翼を担うだとか、友人の掃討作戦に参加させるだとか――そういうことは流石に神羅をやめた彼女を巻き込むのは良くないと仕事に徹するレノといえども思うことではあるが。
下手に気遣うのは、彼女の誇りを踏みにじることになる。


「報奨金とはまた別に、マテリアの選別を渡しておいてくれレノ。アンナを目立たないようにさせる為に護衛に付く訳にもいかないからな」
「はいよ、と。そういえば、この件はリーブは知ってるのか?」
「いや……いい顔はしないだろうからな。伝えるべきではないだろう」
「……そうだな」


神羅の中でも特に穏健派だったリーブ・トゥエスティは、きっと神羅のやり方に疑問を覚えて出て行った彼女がこれ以上危険な場所に首を突っ込むのを嫌がるはずだろうから。
言い方を変えれば温い所があるリーブだが、その彼にはお似合いの護衛と言えた。

レノとルードが部屋を出て行こうとする直前、ツォンは背中を向けていた二人に声をかける。


「長年、同じ相手を監視するとは、……成長を見守るということにもなるだろう?」
「……、それは、主任の言う通りだな」
「……」


レノは敢えて答えなかった。
期間はツォンと比べたら違うかもしれない。
それでも、確かにツォンがエアリスを長年どんな思いで監視を続けていたのか、理解できた気分だった。


――着替え終わって身支度を整えたレノはゴーグルを付けて、昼から待ち合わせていた彼女の家の近くまで足を運ぶ。
今でも少し、思う所はある。
もしもこの監視役が自分じゃなくてルードだけだったら、とか。シスネとか別のタークスが任務に就いていたなら、とか。
神羅カンパニーに居た頃から同僚というより友人ではあったが、彼女が辞めた後は縁が切れていたかもしれない。

今から家に直接行くという連絡を入れて八番街の大通りを抜けた先のアンナの家に直接行こうと考えていたのだが、端末を取り出したところで広場にその顔を見付けて、レノは足を止めた。

――お、何時もの仕事着とは違うぞ、と。
見慣れた仕事着ではなかった。アンナにとってもこれは完全にプライベートの時間だと言われているようだった。


「レノさーん、こんにちは」
「よう、アンナ」


腕時計で時間を確認すると時間丁度だった。クライアントの信頼にも関わるから待ち合わせ時間には必ず間に合うように来る癖がついている所が、彼女らしい。

何処か行きたいところはあるかと尋ねると「レノさんオススメのバーに行きましょう!」と答えたアンナの言葉を受けて、レノは神羅社員御用達の会員制のバーへと案内する。
昼からバーで飲むというのも休日ならではのことだろう。ルードとよく利用するバーだが、ここはなかなかいい酒を出してくれる。
顔見知りの飲み屋の女性が店に入ってきたレノの姿を見て、あら、と声を上げる。


「レノ。今日は素敵なお嬢さんを連れてるのね?」
「からかうのはよせよ、と。カウンター席二つな」
「はいはい、奥にどうぞ」
「ふふ、ありがとうございます。レノさんが買ってるボトルを呑ませて頂きますね」
「あ、痛い所をつくんじゃねぇっての、アンナ」
「え。レノさんよく色んな人と来てるだろうに、ボトルまだ買ってなかったんだね?」
「……俺が遊び歩いてるみたいに言われるのも寂しいぞ、と」


こういった場所での応対に慣れているらしい反応に、女性はアンナを見ながらぱちぱちと瞬く。
神羅の方、なのだろうか。お客が話した秘密だとか事情は他言しない、余計な詮索をしないというのはバーを切り盛りする人間の鉄則だ。
レノが連れてきた遊び相手の女性ではないなんてことは雰囲気からすぐにわかる。どちらかというとルードという同僚と一緒に居る時に近い様子だった。
あまり取り繕っていない、レノの自然体な様子。友人、なのだろうか。

カウンター席に着いた二人は、それぞれカクテルを注文する。レノは何時も一杯目に頼むカクテルを、そしてアンナにはワインベースのカクテルを作り始める。


「聞いてくださいよ、レノさん……基本、私が仕事を受ける時って前払いにしてるじゃないですか?」
「おーそうだな。ミスったら八割返すけど、危険も多いからって前払いだよな?」
「そうなんです。なのに、どうしても今はお金がないからって後払いを要求してきたお客が居て」
「そんなのぶっ飛ばしちまえよ、と」
「最初からそこまでするほど私も乱暴じゃないですからね!?あまりにも頼み込んでくるから特例として後払いにしてあげたんです」


何となく話の落ちが読めてきたと思いながら、レノはカクテルを傾けて、アンナの話の続きを聞く。
彼女一人で交渉しなければいけない分、そういう駆け引きも大変だろう。しかも、一見アンナは熟練の腕前には見えない容姿をしている。綺麗な顔立ちをして華奢だし、黙って立っていたら武器なんて握ったことが無いと言われてもそうだろうと頷ける。


「依頼が終わった瞬間、払う気はないって態度をころっと変えて襲い掛かって来たんですよ!?まったくどういう神経してるんだか。お前を売ればさらに金が得られるなんて依頼人としてどう思います!?」
「……マジでそれは殺していいぞ、と」
「いや、あの……半分くらいはそんな感じにしてきましたけど……」


――物騒な話だが、息の根を止めてもよかっただろうとレノは真顔で答える。
確かに逞しく見えない分、危険も伴う仕事をしている以上、あまり素行が良くない連中が出し抜こうとしてくることもあるだろう。
そんな風にコルネオの所だとか蜜蜂の館だとかにでも売られたら最悪だ。アンナ一人で対処できたからよかったものを、どうにか出来なかったら?
汚い男の手で触れられて、穢されて。
そこまで考えた所でレノはふと思考する。

(十分危険な仕事にこれから巻き込もうと考えてるくせに、なんて俺がこんなに怒ってるんだっての)

レノはぐっと一飲みで残っていたカクテルを飲み干すと、カウンター越しに次のオススメのカクテルを注文する。


「何を運んだか、誰に依頼されたかの守秘義務は守りますけど、女である以上舐められないようにするのは大変ですね」
「マジでお疲れさまだぞ、と……こっちに居た時より危険だし、休みも取れてないんじゃないかよ?」
「うーん……どうでしょう?同じ女の子のシスネちゃんとか、タークスに比べたら全然ですよ」
「お姉さんも危険な仕事してるのね?女性だし、あまり無茶するとここのお兄さんに心配されちゃうわよ。はい、カクテル」
「おーい、変なこと言うなっての」
「ふふ、ごめんなさいね」
「レノさんが心配してくれるなんて貴重かもしれませんね」


――貴重ってなんでだよ。
そこまで声が出かけた所で、彼女にとっての自分の立場を思い出す。
監視者という枠割の俺が、彼女の身の安全を心配するなんて、監視をされてる本人からすれば確かに"貴重"と写るのかもしれない。
自業自得ではあるが、その事実が大きなしがらみとなる。


「貴方たち、どうやって知り合ったの?よかったら聞かせて頂戴」
「……」
「無粋な話だったかしら?」
「いや、アンナと会ったのが懐かしいなと思ってよ」
「ふふ、レノさん、疲れたーってリフレッシュルームに勢いよく入って来たよね?」
「先着の誰かさんが寝惚けながら『うるさいですよー……』って注意してきたっけか」
「うっ……私だって慣れない職場で気を張って疲れてたんですもん」


出会った当時のことを思い出して、レノはけらけらと笑う。

うつ伏せで生き倒れるように眠っていたアンナが顔を上げることもなく「はー疲れた疲れた!」と声を上げてリフレッシュルームに入ってきたレノに寝ぼけつつ注意をしたのだ。
彼女が入社した当時、自分もタークスとしてはまだまだ新人だった。
体力には自信があったが、当時は人員もここまで足りていた訳ではなかったからかなりこき使われたもので、一週間ぶっ続けで動いた結果、やっとの休みでリフレッシュルームへと駆け込んだ。
そこに居たのは、若いながら腕を買われてリーブの護衛になったアンナだったのだ。彼女はタークスになる訳でもなく、ソルジャーや一般兵になる訳でもなく、彼の護衛に付いた。
都市開発が終わった後のミッドガルでの反発が開発責任者である彼に向ってくる可能性を考えての配置だった。


「ん?この剣、もしかして新しくリーブの元に付いた護衛って奴か?」
「……んん……リーブさんがどうかしました……」
「おーい、寝ぼけてるのかー?」
「うるさいですよー……」


再度声をかけると、彼女は薄く目を開いて、眩しい光に一瞬呻いたが、顔を上げて赤毛の青年を双眸で捉える。


「あれ。……社員の方ですか?その割には……何だか派手のような」
「初対面の人間に随分な言いようだな、と。俺はタークスの所属だ」
「タークス……あぁなるほど!お仕事大変なんですね。あなたもリフレッシュルームでごゆっくりどうぞ」
「……」


「へぇ、タークスなんですか!」という反応を期待していたのだが、特にそのことに関する話題には追及されなかったことにレノは複雑な顔をする。
もう少し興味を持ってくれてもいいだろうと思ったが、彼女も若いながら神羅の中で大分優遇された立場であることに気付く。
この階層のリフレッシュルームを使える辺り、タークスを羨むようなこともないのだ。

再び目を瞑ろうとするマイペースなこの女子に「おーい」と手を振っていたのだが、眠気がぐらりと襲い掛かって来る。
アンナはぼんやりと再び目を開いて、レノの大きな手をじっと見つめた。その手は、肉刺が出来てはつぶれてを繰り返して固くなっていた。
見た目はそれこそチンピラに見えるけれど、武器を振り続けてどんな形であれ、努力したのだろう。
ソルジャーも例外ではないが、この歳でタークスに所属出来るなんて人材はほんの一握りだ。

アンナはレノの手を取り、呟く。


「私と歳は同じくらい?でしょうに……頑張ってる方の証拠ですよ」
「――」


そう言っているアンナの手も、女子にしては固くなっていることに気付いてレノは目を開く。
喧嘩などで鍛えられた腕を頑張っている、と褒められたことが嬉しかったというよりも、予想外だったのだ。意表を突かれて、思わず動揺してしまった。

レノはアンナの隣の空いているベッドに寝転がり、薄暗い部屋の中、目を閉じる。
リーブの護衛を務める女子、か。
今度また改めて話してみようと興味を惹かれたのだ。


「しっかし、あの時の縁が今も続くとはなあ。はは、俺達と進んで縁を作ろうとする奴なんて限られてるってのに」
「うーん、タークスといっても……若くして神羅に入った私にとって、今でも友人で居てくれる人は今では私にとって貴重、だから」
「――」


じくりと。
何かが蝕まれる音がした。
彼女がそう言う理由に心当たりがあり過ぎる。
何せ、ザックス・フェアと、名前は覚えてないが同じく宝条の実験体となった一般兵の友人を亡くしてるからだ。


「……そりゃ俺が居れば、アンナは寂しい思いもしなくて済むってことだな、と」
「レノさん、急にどうしたの。ふふ、らしくもないですよ」
「らくないとは心外だぞ、と」


酒を入れながらしゃべっているから、確かにらしくもない本音の一部ぽろぽろと出し過ぎかとレノは反省する。
目の前の店員に至っては珍しい姿を見たと言わんばかりに微笑ましそうに笑われているし。
相棒がこの場に居たら、咳ばらいをされてそうだ。

「……うそです。嬉しいですよ」

鼻から抜けるアルコールの香りに、今日は酔いが回るのが早いものだとレノは頭を掻いた。
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