Mrs. Velvet Doll
- ナノ -
Earth flower
アンナが、自らを覆っていた灰色の世界に疑問を抱くようになったのは、ミッドガルには無い雲一つない青空を、その人に見たからだった。
間違っているなんてことはそれまで思ったこともないし、自覚した上で所属をしているつもりだった。

アンジールやジェネシスといった、1stのソルジャーが姿を消した件も、正直な所「あぁ、離脱をしたんだ」程度の関心だったことは事実だ。
表舞台の人間が同じ場所でずっと輝き続けるなど、難しい話でもある。
しかし、ニブルヘイム事件があり、ザックス、セフィロス、そして名もなき一般兵として扱われていたがクラウドは殉職した。

アンナは考えた末にリーブに頭を下げた。
ーーリーブさん、貴方にあんなにもお世話になったのに、神羅に疑問を抱いて、足元がおぼつかなくなった私を、お許しください。と。


ザックスも勿論だが、セフィロスの実力を考えればモンスターがそれ程手強かったのかとアンナは疑い、報告書を読み漁った。
しかし結論としては「有り得ない」だったのだ。
そしてニブルヘイムは再建された。何事も無かったかのように、元通りに。
ニブルヘイムが再建されたという事実は神羅の中では極秘内容だ。何故それを知りえたか?

都市開発部とは別セクションが行ったとはいえ、ニブルヘイムの図面を知ってしまったのだ。そして、謎が全て組上がる。
モンスターではない何かの要因ーー魔晄に関わる何かの事件にザックスは、クラウドは、巻き込まれた。神羅が偽装工作をここまでするのほどの何かに。
そんなことをするのは、宝条位だろうとアンナは推理していた。リーブはあまり彼を好いてはいなかった。それはアンナも同じ思いだ。
そして宝条の研究内容を考えると、当時のアンジールやジェネシスの様子や変貌に関わる研究内容に関係しているのだろうと分かった。
魔晄に関する生物実験を行っていたことを考えると、内容は容易に想像できてしまうのだ。

聞かされた訳では無い。そういう情報を盗み見た訳でもない。
ただ、推測してしまったのだ。だからこそ、神羅カンパニーのやり方に納得出来ずに離れた。
無論、この情報は墓場まで持っていこうと決意して。

「……レノさん達が警戒してる情報はこれなんだろうけどね」

アンナは日差しが照り付ける昼間、手に持つ氷の入ったグラスを傾けて、感傷に浸る。カランと音が静かな部屋に響き渡った。
資料室の資料も全てみられる権限を持っていた立場であったことを考えると、神羅にとってかなり都合の悪い情報だなんてことは分かっている。
内部から漏れたということであれば、裏切り者として処罰。所謂制裁を行うなんてことは残念ながら自然な話だ。
その制裁を恐れて――という訳ではなく、単に神羅のやり方が気に入らなかったから離れることを決めただけだ。
かといって、そこにアバランチのような復讐心がある訳でもない。

しかし、ニブルヘイムの件はアンナだけではなく、レノも当時反発してしまった所があった。
今ならその判断も青かったと戒められるが、今でこそ仕事に徹する信念を持っているレノも認めきれないような案件だった。
アンナは、その件に折り合いを付けられなかったのだ。友を、ニブルヘイム事件で亡くしていたから。

それを口外するような立場にはない。けれど、四年もの長い間、主にレノとルードを巻き込んで監視させている事実は心苦しくあった。
監視をしなくてもいいなんて、されている側が気を遣って言うのも間違っている訳で、悶々と現状を受け入れて過ごしている。
ただでさえ多忙なタークスにとって余計な手間であることには違いないのに。

「……手間、かぁ」

――どうして、そんなことを"寂しい"と思ってしまうんだろうか。
彼等にとっては仕事に変わりはないのだ。それでも会って話している時間が彼らにとって無駄だと考えると、心に隙間風が吹くような気分だった。

友を立て続けに亡くして感傷的になり過ぎているのだろうかと溜息を吐き、仕事に邁進すれば気も紛れるだろうと、依頼の確認を行う。
顧客の情報は守ることを徹底しているが、それでも4年も活動して来て未だにアバランチからの依頼が入ったことが無いのは、やはり元神羅という情報がばれているからだろうか。
八番街に最近アバランチらしき人間が出入りをしているらしいとは聞いているのだが、未だに会ったことはない。この整備された八番街にアジトを構えている訳ではないだろうが、この区画の何処かに目的があるのは確かだろう。
度々タークスの一員、特にレノと食事をする機会が多いと、そんな情報は流れてしまうのかもしれないが。
彼はプライベートという時間においては友好的に接してくれるものだと実感する。


「?あれ、メッセージだ」

端末を触っていた時、一つのメッセージが入った連絡が届く。
名前を確認すると、『レノさん』という差出人の名前が表示される。メッセージを開いて文面を見た時、思わずくすりと笑ってしまった。

――アンナ、明日は時間あるかよ、と。
珍しく午後からオフでな。よかったら明日一緒にどうだ?

簡素な、お誘いのメッセージ。
レノの口調が少し特殊なことは何時も気になっていたが、不思議とメールでも彼はその口調なのだ。
「大丈夫ですよ、と」と返事をすると、すぐに「18時に噴水広場でよろしくな」とメッセージが返って来て、アンナは端末の画面を落とす。

「折角のオフなのに……いいのかな」

彼はオフにルードと飲みに行っていたり、バー等に個人的に回ることもあるらしいが、度々こうして誘われることがある。
オフ以外の時にも仕事の合間や仕事で会うこともあるから、度々という感覚はあまりないのだが。
アンナは起き上がって準備をすると、八番街の通りに出る。
仕事着ではなく、私腹を着て街を歩ける時間は実はそうある訳ではない。偶にはお洒落も楽しみたいのだ。

今日は足を延ばして、買い物でも楽しもうかと考えていたのだが。
知人の姿を見付けて、アンナは人込みをかき分けて噴水広場の中央へと歩を進める。
不思議と、彼女が居ると周りの空気が柔らかく感じる。そして、花売りの彼女が持っているからか、花の香りがふわりと漂うのだ。


「エアリス!」


八番街で見つけた友人――エアリス・ゲインズブールの姿に、アンナは顔を綻ばせて駆け寄った。
彼女はスラム街に暮らす女性だ。長いカッパーベージュの髪を編んでピンク色のリボンでまとめているエメラルドの瞳が輝く美しい女性。淑やかでおとなしく見えるけれど、明朗快活な性格には少し驚かせられる。

そして、彼女はザックス・フェアの想い人――ガールフレンドである。
タークスのツォンが見張りについていることもあって、恐らく神羅にとって何らかの特別な存在であることは容易に想像できる。
彼女が殉職したというザックス宛に何通も、何通も。手紙をしたためていたということも知っている。

出来ることなら――彼と、幸せになってほしかったのに。
そんな想いは尽きないけれど、ザックスが彼女と出会っていなければ、エアリスと自分が知り合うこともなかった。

「アンナ!元気?」

エアリスは眩しい程の明るい笑顔で答えてくれる。
その明るさに、何故だか何時もこちらが救われる気分になる。


「この間は六番街の公園で会ったよね。アンナってば、凄く忙しそうだから、何だか会えると得した気分になるかな」
「やだなぁエアリス。そうだ。お花、買って行っていい?この間買ってから大分経っちゃったかな。玄関に飾ってある分、枯れちゃって」
「いいの?ありがとう、アンナ」
「ううん、こちらこそ」


都市開発が進んだミッドガルでは珍しい花だが、エアリスの家の周辺、そして彼女が出入りする五番街の教会には不思議と花が沢山咲いているのだ。
今では魔晄エネルギーを吸い尽くす装置の影響で、ミッドガル市内だけではなく、周囲の土地も含めて草木なんてほとんど無い。
だが、エアリスが自宅で手入れしている花は美しかった。今時、花を飾る心の余裕なんて、もはやない人が多いのかもしれないが。


「ねぇアンナ。何か、いいことあった?」
「え!?ど、どうして?」
「うーん、何だかちょっぴり嬉しそうな顔をして歩いてたから」
「えーっと……明日知り合いに会うからかなぁ?でもそんなに嬉しそうな顔をしてた?」
「うん、とっても。もしかして、デートなのかな?」
「えぇ!?普通にいつものように食事するだけだけど」
「それをデートって言うと思うんだけどね。アンナのボーイフレンドって訳じゃないんだ?」


ボーイフレンド、彼氏。とんでもない。
アンナはエアリスの指摘にぶんぶんと首を横に振る。
確かにオフで会う時は彼の性質上、仕事とは切り離して会っているが、基本的にタークスとして監視している監督者である。
そう考えるとやはりちくりと胸が痛む所はあるが、それをエアリスに言ってしまうのは無配慮というものだろう。
自分への監視は正直緩いけれども、エアリスは主任であるツォン自ら行っているのだから。


「違うの違うの。友人として親しくさせてもらってるのは、有難いけどね」
「……、そっか。うーん、アンナは素敵な人だから、その人はデートに誘いたかったのかな?なんて思ったんだけど」
「エアリスってば。あんまり褒めすぎるとお花買う量増やしちゃうよ?」
「ふふ、いいの?でも、そう思ってるのは本当だから」


エアリスは嘘偽りのない気持ちを、アンナに伝える。
正直、幼少期から追われて両親を亡くし、今こうして管理をしてくる神羅は好きではなかった。けれども、空は怖くないと手を引こうとしてくれたソルジャーのザックスは、好きだった。
そして、自分達を見守り大切にしてくれて、ザックスの最期を報告されたアンナは神羅のやり方に反発して辞めたのだ。
そんな彼女の在り方が、エアリスは信頼を置けた。
綺麗な顔立ちと仕事の出来る腕前を考えると素敵な人は居そうだけど、とエアリスはアンナをじっと見詰めるが、追求することは止めた。その辺の本音を計りかねたからだ。


「ねぇ、エアリス。……あっという間だった?」
「……、……もう、待ちくたびれちゃったかな」
「……そっか。私と、一緒だね。ごめんね、変なこと聞いて」


ザックスが殉職したという情報だけしか聞けず、本当にそうだったのだろうか?と未だにアンナは僅かな希望を胸に抱いていた。
だが、エアリスは星の声を、まだ聞いていないことは周囲には伝えていない。ザックスが星に返った声を、まだ。
信じているからこそ、彼女は茶目っ気を含めて待ちくたびれちゃったと言うのだ。それを本人に伝えて「悪い悪い」と頭を掻くザックスが、目に浮かぶようだった。


「ね、アンナ。よかったら何時かそのお友達、紹介してね」
「えー……多分エアリスにはお勧めできなさそうな人じゃないと思うんだけど、いつか、縁があったらね」


ツォンは付かず離れずの距離を保ってエアリスと接していたが、タークスである以上レノとルードからは基本的にはエアリスから遠ざけた方がいいに違いない。
中途半端にどっちつかず。どちらかの味方になるとも言わずに過ごしている自分は卑怯なのだろう。
だから自分は、陽の光になりたくとも、落ちかけた斜陽にしかなれないのだ。
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