Mrs. Velvet Doll
- ナノ -
斜陽が伸ばす影法師
プレートのせいで昼夜関係ないミッドガルだが、夜も深くなってきた時間帯、より一層ネオンは煌めく。
このミッドガルは、発展を遂げて利便性が高まった一方、貧富の差は拡大し、自然という自然は残されず、花が咲いている場所でさえごく一部だ。
光と闇を内包している混沌の街ではあるが、ここで生まれ育ったアンナにとってはそれもまた故郷の素顔なのだ。

そして何より、今はもう離れてしまったけれど、都市開発を任されてこのミッドガルを成長させてきた直属の上司、リーブの功績の結晶でもあるのだ。
ミッドガルの欠点ばかり言われてしまうのは、その意味で寂しくあった。例え自分が七番街スラムの出身であろうとも。尊敬していたリーブの元を離れてしまったとしても。


漆黒のスーツの男、二人は夜のミッドガルを歩く。足音が少ないのは、癖というものだろうか。
一人はスーツを着崩して少々皺もあるシャツを出している燃えるような赤毛に黒いゴーグルを付けた男と、髪を剃りあげたスキンヘッドに黒いサングラスをかけた大柄な男だ。
治安維持部門の総務部調査課、タークスの一員なんて言えば聞こえはいいが、二人の見た目だけで言うなら、チンピラにしか見えなかった。
ミッドガルの騒音は紛れ込むには丁度いい。それはタークスにとっても、標的にとってもだ。


「まったく面倒な話だぞ、と。アバランチに協力しようとしている新しい勢力を潰しておけだなんて」
「戦闘力に関してはさほど目立った話は聞かないことを考えると、脅威では無いだろう。ただ、物資や情報の流れを増やすのは得策ではないからな」
「雑魚は何人集まっても雑魚だろ、と」
「……その通りだ、相棒」


反神羅の人間が出てくることは否定しない。神羅はそれだけのことを確かにやっている。
だが、そこに理解を示すのと、放っておくのは別だ。


「……仕事だ」
「手分けしようぜ、相棒。俺は噴水広場から西のエリアを回るから、ルードは東を頼む」
「……」
「なんだよ、と。その目は」
「いや……西のエリアはアンナの家があったなと思っただけだ」
「あーそういえばそうだったな、と」
「フッ……」
「テメ、ルードなんだよその反応は」


興味が無いかのような反応で流そうとしたらしいが、レノとの長年の付き合いともなるルードには、相棒が少しばかり感情を誤魔化したのは、何となく感じ取れた。

人の恋路は興味津々で確認をしようとするレノだが、彼は自分のことに関する追求はかわそうとする。
女遊びが激しいとまでは言わないが、その距離感は付かず離れず、ある一定のラインは踏み越えさせない表面的な付き合いに徹している。
レノにとってはそれが都合がいいのだ。何せ、自分はタークスに所属する人間なのだから。
仕事とプライベートは分けるが、プライベートでも仕切りを作る。

とはいえ、レノが彼女に対して特別な感情を抱いているかは分からない。ただ、気に入っているのは確かだ。
監視の時間を経たのもあるかもしれないが、同じ神羅に所属していた頃から彼女とは個人的な交流があったことが大きな要因だろう。当時はリーブの肩身の狭い立ち位置を憂いつつフォローし、心労が重なっていたようだが。


「其れは俺の仕事でもあるんだがな、レノ」
「正直、二人もいらないぞ、と」
「正論を盾に使うとはな。確かに、ツォンさんも限りなく白だろうとは零していた。その上で、知っていた時の情報流出という万が一の予防線だからな」
「タークスお得意の無理矢理連れて帰って尋問、っていうのもアンナにとってザックスが生きてる証拠になりかねないからなぁ」
「……都合が悪そうだな、レノ」


ーーあぁ、都合は悪いぞ、と。
もし万が一にもアンナを尋問しなければならない時が来るのは個人的にはかなり気乗りはしない。
けれど、いざとなったら、与えられた仕事ならばどんなに思う所があれども非情に徹してしまう。
しかし、それ以上に都合が悪いのは、彼女が初めて見た快晴をまた思い出してしまうことだ。アンナにとってはあの青年は後輩で、子犬で、でも神羅の可能性であり、誇りだった。
英雄だったのだ。そんなものにまた憧れたらまた、遠く、なる。

あんな快晴を見せられたら、俺の色なんて、酷く澱んで、霞む。


「久々に家でゆっくりするともなると……何だか退屈というか……レイトショーってやってるかな」

二人が分かれて八番街の調査に当たっている間、アンナはアパートの一室でソファに転がっていた。
アンナの部屋は女性らしく、洒落たインテリアで飾り付けられ、この安めなアパートには似つかわしくないような高価な品も見受けられる。
だが、少々年期が入っているのは神羅カンパニーで働いていた頃の名残だからだ。

LOVELESS通りにある映画館に足を運んでみるのもいいけれど、この時間は上映されている映画も種類が限られてくるだろう。
たまにある休みくらいは家でゆっくりご飯を作って、寛ぐのもいいかもしれない。
数日家を開けたから、残っていた野菜を早めに使った方がいいだろう。有るもので料理をしていこうと思い立ったのもここ四年ほどだ。
スラムで暮らしていた頃は当たり前のように料理をしていたのに、仕事に邁進している間は出来合いの物を食べたり、外食していたことを思うと、今の生活は少し昔に近くなっているのかもしれない。

トマトリゾットでも簡単に作ろうかと思い立ち、アンナはソファから起き上がってキッチンに入る。
手際よく野菜を切り、トマトを煮込んでチーズを取り出す。そして鼻歌を歌いながら仕上げもあともう少しと思っていた時。
玄関のドアを叩く音が聞こえてきた。この時間に突然訪ねてくるような友人を思い浮かべて、特に警戒することもなく扉を開ける。


「はーい、どちら様で……」
「俺だぞ、と。美味そうな匂いがするな」
「え、続けて来るの珍しいね、レノさん。……もしかしてタークス、今凄く暇なの……?」
「おいおい、暇じゃないからな?ルードが今情報収集を一生懸命やってくれてるから、俺は街の見回りにな?」
「えー……ここってタークスの新人さんが任される所じゃなかったですっけ?」
「八番街がタークスの担当なら、新人がまだ居ない状況で俺が来ても何もおかしくないだろ、と」


以前アバランチの集会場等がこの八番街にあるのではないかと囁かれていたが、真偽は未だに不明だ。眉唾な話とはなっているが、この地区の管轄はタークスである。
恐らく、ではあるが、現在タークスーールードに少しの時間任せているレノはアバランチの情報収集を行っているのではないだろうか。
そのことを追求するのは藪蛇というものだろう。


「えっと……立ち話も何ですし、入ります?」
「……入るのは初めてじゃないけど、アンナから言われたのは初めてだな。これはつまり誘ってるってことか?大歓迎だぞ、と」
「!?ど、どうして何時もそう考えるのレノさんは!このままだと寒そうだから……」
「温めてくれるのかよ?アンナちゃん、大胆だな、と」
「だーかーらー!」


どうしてこうも話の腰を折ってセクハラまがいな発言ばかりなのだろうかと、アンナは少々頬を染めながらレノの背中を押す。
本当に出会った頃から。レノの後ろ髪のひと房が無かった頃から、彼は変わらない。およそ六年前程――タークスが実力至上主義になって、レノは水を得た魚の様に生き生きと。
そして冷酷なまでに淡々と任務を遂行する美学を追求するようになった。部署自体は大きく異なるが、その頃からの付き合いなのだ。


「何時も気になってるんだが、アンナはこんな所に住まなくたって大丈夫だろ?もしかして、あんだけの給料全部早々に使い果たしちまったとか」
「違いますー!レノさんじゃあるまいし。でも、大企業を辞めて給料も乏しくなると、将来に向けて切り詰めていこうって思って」
「シビアだな」
「えぇ、シビアなんですとも」


LOVELESS通りを抜けて一番街へと向かえるこの場所は案外便利だ。噴水広場も居心地は良いし、GOBLINS BARというバーもある。
最近は節約を心掛けているから足を運びはしないが、友人が来た時には非常に丁度いいのだ。


「そういえば、アンナ。夜も仕事頑張ってる俺に差し入れはないのか、と」
「えー……ルードさんに任せてるのに?本当に街の見回りだけなのかなぁ。まぁ、折角の休日だったしレノさんと会えたのは、良かったかもね」
「!おっと、遂に脈アリになったか、と!」
「またまたそういう軽いこと言って」
「軽いってなんだよ。アンナさえよければ、俺は大歓迎だけどな、と」
「私、真面目にお仕事する人が好きです」
「おっ、俺じゃねぇか」
「……え?いや、うーん……」


仕事を恐らく一時ルードに任せてサボって来ているだろうレノに何処が、と問いたくなったが、タークスとしての意識や仕事に徹する美学等は、誰よりも強いのは確かだ。
こうして、アンナの元に頻繁に訪れているのもそうだ。
何せ、余計な情報を知っているかどうか曖昧ではあるが、察している恐れがある自分をこうして四年もの長い間、定期的に監視し続けているのだから。
四年も話していると、アンナにとって監視してくる相手とはいえ、元々の仲と縁も相まって情が湧いてきてしまうものだ。

だが、彼は毒も飲み干す。その覚悟が既にある。タークスの命であれば、そこに善悪は関係ないのだ。
しかし、そんなレノの在り方を否定はしない。寧ろ尊敬してもいる。
何せ運び屋、というのは賃金がいい仕事はそれだけ危険が伴うし、多く入ってくる訳では無い。何せ信頼が大事なのだから。
鉄則としては何を運ぶかは聞かない。例え違法性がある物だろうと、そのプライバシーは必ず守る。とはいえ、人を選ぶことだってこちらもあるのだが。
そういった意味では、レノ達タークスを批判することは出来はしない。

神羅をやめてもなお、そんな世界に居る自分に少しばかり呆れてしまう所はあるが、人の生き方はそう変えられるものではない。


アンナは勝手にリビングの食卓に付いたレノに文句を言うこともなく、自然な流れのように米の量を増やしてリゾットを煮込み、出来立てをテーブルに並べる。
明日の朝の分も、と考えて具材を多めにしたのが良かったのかもしれない。


「レノさん、レノさん」
「んーなんだ?」
「良かったら、今度はルードさんも一緒に。あ、久し振りにツォンさんも……と思ったけど、忙しいですからね、ツォンさん」
「おいおい、一応俺も忙しいんだけどな、と。というか、俺だけじゃ納得してくれないってのは考えものだなぁ」
「レノさんが忙しいのは知ってますとも。……うん、十分。ごめんね」
「……、なーに謝ってるんだぞ、と」


食事を食卓に並べて席に着いたアンナの頭をぐしゃりと撫でると、彼女は目を丸くする。

――あぁもう、どうして、"手間をかけて監視をさせていること"を本人が謝っているんだか。
アンナのそういう所が、冷え切ろうとしている心の隙間に割り込んでくる。

俺の仕事のポリシーに、重ねている罪に、共感するようにそのままでいいなんて受け入れる女は真っ平だ。
共感を示していいのはそれこそ同業者だけ。タークスという世の影、表舞台の影の仕事というスペースに、無用に、土足で踏み込まれるのも御免だ。
だが、神羅をやめて、神羅のやり方を認めない、赦していない――けれど、それと同時に俺という人間自体はそれでいいと謝って来る彼女の言葉は。

スプーンを手に取って、出来立てトマトリゾットを口の中に運ぶ。


「アンナ、これめちゃくちゃ美味しいぞ、と」


――やはり、染み渡る。
影には、快晴ではなく斜陽が心地よいのだ。

さて、ルードと合流でもしたら自慢でもしてやろうじゃないか。
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