Mrs. Velvet Doll
- ナノ -
快晴が溢れた日
きっと何かを致命的な程に、かけ間違えてしまったのだろう。
もしも。
もしも、彼女が快晴を知らなければ、命を何時でも奪う者と奪われる者という関係にだってならなかった筈だ。

その出会いを霞ませるくらいの何かが、あれば。
彼女はミッドガルの空にはあまり似つかわしくない青空を知らずに、夢を知らずに、生きられたのかとしれない。
何か、それが俺にあればーーなんて、傲慢なことは言わないが。

赤い一房の髪を揺らしながら、ゴーグルの位置を整えた男性は、スーツの乱れを直すことは無く、八番街に向けて歩みを進める。
今日も緩く、緩く、監視を行うのだ。


「お、居た居た。予想通りだぞ、と」
「え?」


レノが声を掛けたのは、八番街を徐行してゴーグルを外し、バイクから降りてきた一人の女性だった。
もう夕暮れも橙から紺碧に染まったこの時間帯、連絡を入れずにこうして待っていたのは、仕事という枠では連絡を取り合って待つような関係であってはならないからだと、僅かに一線を保って戒めていたからだ。

女性はバイクから降りて、待っていた男性にぱちぱちと瞬く。何時もはひと仕事を終えた後、一人で真っ暗な家に戻る。誰も居ない部屋に向かってついつい「ただいま」なんて声を出してしまう。
だからこそ、出迎えをしてくれる人が居るというのは、常に感じることではあるが、新鮮なことだった。

そんな声をかけてくれる友人のような人だが、友人と呼ぶには些か普通ではない。
タークスを長年務めている一員の青年は、このミッドガルにおいて、神羅において、影の存在だ。
しかし、影と呼ぶにはあまりにも派手な、燃えるような真っ赤な髪が目立つ。


「レノさん。どうしたんですか、こんな所まで」
「どうしたも何も、アンナを待ってたんだろうが。それ以外にあるかよー」
「……えっと、ただいま?今日は、ルードさんは居ないの?」
「おかえり、と。というかもっと違う反応を期待してたんだけどなーそれと、今日は俺一人だぞ、と」
「そっか。珍しいね?」


タークスのレノ。彼は相棒のルードと行動することが殆どだが、会う時は比較的レノだけのことも多いような気がする。
街中で一方的に見かける時は大概、彼はルードと一緒にいるのだ。


「アンナは今日も真面目にお仕事か。偉いなー。神羅のものだって身内に明かせない物は守秘義務をちゃんと守って運んでくれる優秀な運び屋だからなぁ」
「守秘義務なんて、神羅に居たら嫌でも染み付くというか。あ、ちょっと、バイクぽんぽん叩かないで下さいレノさん……!一応ローン組んでるんですから!」
「え、そりゃ初耳だ。アンナ位ならこんなの何個も買えるくらいの蓄えあるだろー」
「それこそレノさんじゃないんですから!」


バイクをぺしぺしと叩いたお返しだと言わんばかりに、レノの腕をぺしぺしと叩く。
彼女が神羅を辞めても、こんなやり取りはあの当時と変わらない。
つまり、彼女の内面はある一点だけを除けば何も変わってはいないのだ。

ーーアンナはリーブの元護衛役だが、それはもう四年も前の話になる。
レノの記憶には、戦っている姿はなかった。けれど、女性にしては珍しい刀を常に帯刀していたことに当時、驚いたのを覚えている。

その腕前を女性ながら買われてはいたが、タークスには所属しようとはせず、一般兵やソルジャーとして活躍することもやんわりと拒否したという話を、ツォンに聞いたことがある。


「なぁ、飯はまだかよ、と。何なら一緒に食おうぜ」
「え、レノさんの奢り?」
「おっと自然にそう切り込んでくるとは。アンナはルードが居るとそんなこと言わねぇのになぁ」
「ルードさんにはとてもそんなこと言えないですってば。まぁ、レノさんについついそう言っちゃうっていうのは認めます」
「これは贔屓してくれてんのか、ちょろいと思われてんのかどっちだ?」


レノはどう受け取ったものかと頭をかいて、ルードにはないチャンスかと開き直ってみる。
そして、ご要望通りにレノは近くの店へとアンナを案内した。

八番街の中でも、アンナが気に入って利用している店で、雰囲気のいい灯りで照らされた洒落た店内だ。
店の奥のテーブル席に通され、レノに案内されるまま席に着く。


「あぁそうだ。さっきのは冗談ですし、寧ろ、今日は頑張ったから私が奢っちゃいましょう」
「いやいや、頑張ったってんなら、寧ろ奢るぞ、と」
「本当?レノさんなんて優しいんでしょう!」


ルードも、主任も、アンナと度々こんな時間を作っていることを知っていて黙認している。寧ろ、ルードは時々食事や飲みに付き合うことがある位だ。
これは単なる親交ではない。何せ、言ってしまえばこれは、監視の一環でもあるのだ。

「おーおー、好きに頼んでくれよ、と」

何故こうも定期的に監視を続けているかと問われれば、原因は彼女の辞めた理由だ。

ザックス・フェアーー彼と親しかったことが原因だった。
ザックスはセフィロス達と共に四年前にニブルヘイム事件で死亡した、と神羅は発表をした。

その件を受けてか、何を思ってか、彼女はリーブに対して「最後まで貴方の護衛をしきれずにすみません」と律儀に謝って退社をしたのだ。

「レノさん?」

ニブルヘイム事件の裏側に隠されている真実は、彼女は知らないはずだ。
だが、そもそもニブルヘイムでのモンスター討伐に1stのザックスとセフィロスを付けたこと、その後の宝条の行動の速さに疑問を抱かない訳もないだろう。
神羅屋敷での情報は知らないとはいえ、ザックスと、一応彼と付き合いがあったらしいクラウド・ストライフと縁があったが故に、辞めた理由がもしそういった裏の事情に勘づいたからであり。
その情報を口外するような神羅にとって悪影響をもたらすものであれば、即座に始末しろだなんて、同じくザックスと交流のあったシスネが聞いたらなんて言うか。

「いーや。さて、俺も美味い酒でも飲むかー」

ーー任務は任務。そこはプライベートとは分けるし、覚悟もあるが。
どうにもこの相手には、少し、胸が軋む。

朗らかに笑うアンナの顔を見ながら、レノはそんなことを考える。
そんな想いを抱きながら、神羅ビル本社で出会ってからだともう少し長い付き合いになるが、一応監視役としてはもう四年にもなる。
監視、とは言っても、それまでの付き合いからか、やはり。

レノは店員に差し出された酒を喉を鳴らしながら飲む。酒の入ったグラスをテーブルに置くと、カランと氷が鳴った。


「いい飲みっぷりというか。気持ちよく飲むなぁ。レノさん、仕事終わりの1杯って訳でもないはずなのに」
「飲んでも仕事をちゃんとこなせば、プロってもんだろ?あぁ、アンナが仕事終わりにハメ外して気持ちよーく酔っ払っても介抱はちゃんと、隅々までやってやるぞ、と」
「……そういう所本当に変わらないよね、レノさん……」
「おっ、顔がちょっと赤いぞ?」
「……セクハラの件、今度ルードさんに言い付けるからね?」
「ルードなら、相棒らしい、で終わるだろうよ」


相棒を嗜めてくれるはずだ、なんて言いたかったけれど、以前レノがルードはむっつりだなんて言っていたことを思い出す。
悪戯っ子のような笑顔でからかってくるレノが少し恨めしくなった。


「ところで、ローン云々とか何とか言ってたが本当に大丈夫なのか?」
「個人での商売も大変でね……退社前まで貯めてた途方もない貯金が無ければ毎日切り詰めた生活になりそう」
「だったら、タークスはどうだ?給料はいいって断言出来るぞ、と」
「ふふ、ヘッドハンティング?辞めた私には無理だよ。それに私、レノさん達よりは弱いから足でまといもいい所だから」
「でも一般兵やら半端なソルジャーよりは強い、だろ?」
「……否定は、しないけど。でもほら、私は外に出て任務なんてそんなにしなかったから」
「あー、いつも会う時は大概社内かミッドガルの街中だったからな」


ミッドガル内での事件が発生した時には緊急招集を受けて戦っていたこともあるが、基本的に彼女はリーブの護衛であり、そういった事件等はタークスやソルジャー、一般兵に任せきっている。役割分担というものだ。
ただ、護身用として身に付け続けているその刀の刀身が未だに現役の時のように鋭く研がれていることは知っている。

食事を取りつつ酒を飲み進めていると、程々の時間になってきた。ちらりとほんの一瞬だけ携帯に視線をやると、アンナは空気を読んで「レノさんのお仕事、邪魔しすぎるのはよくないからそろそろ」と声をかける。
ルードからさすがにそろそろ連絡が来る頃だろうと考えたのが見抜かれていた。

そして、最初の宣言通り、スマートに彼女の分の代金も支払って会計を済ませると、アンナは律儀に頭を下げる。
いい男だろ?なんて自分から問いかけると、アンナはくすくすと笑いながら「勿論ですとも」と同意を示す。
言わせている感はあるが、これは、少しばかり心地いい。


「今日はありがとうございました。またね、レノさん」
「おう、今度は飲みにでも行こうぜ」
「前みたいに気軽に会員制のバーに行く余裕も無いし、レノさんが奢ってくれるなら、ね」


監視されてるなんてとっくに分かってるんだろう。プライベートと仕事ははっきりと分けるタイプで、彼女に会いに来るのは仕事の一環だということも知っているんだろう。
それでも、またね、なんて声をかけてくるんだから本当に。

「ったく、そんなこと言われたら行くしかないぞ、と」

彼女が不自然な動きや情報を漏らす行為をしたら、何時だって始末はする。
その心構えはもうとっくに出来ている。だがやはり、その瞬間を想像すると心は凍る。ツォンには「最低限の監視で構わない」と、言われているが。

自らの信念に従って神羅を離れて生きる彼女の美学という物は、嫌いではなかったのだ。
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