Mrs. Velvet Doll
- ナノ -
終わりまでの7日間
運ぶことで救った命はあるかもしれない。
マリンやエルミナ、瀕死のルーファウス社長に、避難誘導に応じ始めてくれている市民。
彼らを運びはしたが、この星ごとメテオとの衝突に耐えられずに砕け散ってしまえば、その一時的な措置も意味を成さない。
やれたことは、本当にそれだけ。
世界にとっては些細な行為だったのかもしれなくても、アンナは動かずにはいられなかった。

メテオが落ちてくるまで、残り7日間。
セフィロスを止めたとしても、迫ってくるメテオが急に進行方向を変えるわけでもないし、あの大きさの隕石が自然消滅する可能性なんてそれこそ夢物語だろう。
リーブと合流して市民の避難誘導を続けていたアンナだったが、この日はレノから連絡を受けてゴブリンズバーに足を運んでいた。

「一体何度、このお店でお世話になったかな」

レノを中心としたタークスに監視されるようになる生活が始まって、もう5年が経とうとしている。
馴れ合うべきではなかったのかもしれないが、自分を監視している相手と言っても神羅に所属していた頃の友人ともなると、アンナには情を捨てられなかった。
他人のふりも出来ず、言い方を変えればなれ合って。
だからこそ、今のレノとの関係があるのだから、己の行動の選択がどんな未来を運んでくるかは分からないものだ。

カウンターテーブルについて待っていたアンナの耳に、カランカランとドアベルの音が響く。
振り返ると、神羅が壊滅状態とはいえタークスのスーツに身を包んだレノが居た。

「待たせたな、アンナ」
「こんばんは、レノさん。お誘いに乗ってる時点であれだけど、来ちゃっていいんですか?」
「社長は療養中だし、世界の終わりの前にルードにイリーナ、ツォンさんも今日はオフ……いや、もう神羅は壊滅状態だからオフというより待機っつった方が正しいかもしれないが」
「そっか……そうですよね。諦めたくはないけど、悔いを残さないのも大切だから」

レノはアンナの隣のカウンターテーブルに着き、控えめに笑うアンナの横顔を見る。セフィロスの件で大きく情勢が変わった中で、アンナは神羅にも、クラウド達にも付くわけでもなかった。
自分が出来ることを。したいと思ったことをその時々で行う彼女の表情は、以前よりも生き生きしていると感じた。
何処までも頼りになるいい女。「レノさんは何を飲みます?」と聞いてくる彼女に、レノは好意を実感する。

「今日まで頑張ったから私が奢っちゃいましょう」
「いやいや、だから俺が奢るぞ、と。俺のボトル、開けちまおうぜ」
「本当?レノさんなんて優しいんでしょう!」
「飲まないで終わるかもしれないなんて勿体ないだろ?今日にはこの店も閉めちまうらしいしな」

レノがボトルごと買っている酒を解禁するのは特別な日だけだったが、それが今日だった。
店主からレノのネームプレートが提げられたボトルを受け取り、アンナとレノのグラスに注いでいく。
自分達の死を悟った哀悼の酒ではなかったが、悔いは残したくないという願いを込めた酒で、喉を鳴らす。アルコールの匂いが鼻を抜けていく感覚を味わうのは、久々のことだった。

──最後にレノさんと一緒に飲んだのは、魔晄炉爆破の前だったな。

「俺たちはこれ以上何かすることは正直できないが、リーブからセフィロスとかメテオの件で、何か話は聞いてるのか?」
「クラウド達も最後まで抗う為に、セフィロスの元に行くみたい。エアリスが……亡くなる直前……メテオと対成すホーリーに願いを託して、ホーリーは発動してるみたいなんだけど、どう、かな」
「あとはもう神頼みってやつか。生き残るかどうかも運次第……なら、猶更今日アンナの所に来てよかったぞ、と」

エアリスの祈りは、世界に届いていた。
彼女の成したことが意味なかったわけではないと知った時、アンナは安堵した。エアリスにはもう会えなくなってしまったけれど、彼女という存在が無くなったわけではないのだ。
しかし、メテオをホーリーで防ぎきれるのかどうかは人類ももう祈ることしかできない。
その事実は、終焉を嫌でも意識させる。

「なぁ、もうアンナを監視する任務を指示してたやつは居なくなってクラウド達も色んな真実を知った今となっては見張るのも消滅した状態だ。アンナが神羅を辞めたのはザックスとクラウドの件、なんだよな?」

もしもあと7日で死を迎えてしまうというなら。

レノは5年前の真意を聞いておきたかった。
アンナが神羅カンパニーを退社して、タークスにも監視されるようになりながらも何処にも属さない運び屋という道を貫いた理由を。
ザックスの死を受けて辞めたというのは間違いないだろうが、問題は『ニブルヘイム事件の裏側を知っていたかどうか』だ。
それが分からなかったからこそ、彼女はレノやルードに監視を受ける立場になったが、濡れ衣だったのか、それとも彼女は本当に知っていたけれど口が堅かったのか。
ただただ、今はタークス所属の人間としてではなく、レノという立場で真意を確かめておきたかった。

「……うん、レノさん達が監視をしていたのは正直正解、だったと思う」
「……やっぱりか。その上で守秘義務を守ってたのか」
「別に、宝条の非人道的な実験内容を知ってた訳じゃないんです。でも、私は上層階に行き来できる立場にあったから、まるでニブルヘイムを再建するために必要な資料を見付けてしまった。そこから、予測して疑った。だって普通のことでザックスが……死ぬわけがないと思ってた、から」
「クラス1stの中でも優秀だったからな。まぁ……ただならぬ何かがあったんだろうとは思うよな。……やっと、確かめられた」

彼女の口が堅くて本当に良かったとレノは確信した。
もしも、アンナがニブルヘイムの件を口にしていたら。タークスとしての任務を果たさなければいけなくなっていただろう。
後味の悪すぎる仕事だし、後悔が残り続けることになっていた確信があった。

「これを言えば、レノさん達は嫌な役割にならなきゃいけなかったでしょうし」
「そう……だな。仕事だと思えば割り切るのが俺達だ。けどまあ」
「レノさん?」

レノは隣の席に座る女性をじっと見つめて、ゴールドソーサーでのやり取りを思い出す。
結果論で言えば、アンナが生きていたからこそ社長の命は繋がった。ツォンの命も繋いでもらった。
色々と理由はあるが、それは全て言い訳ではある自覚はあった。
言葉を切ったまま交わる視線を不思議に思う深紅の瞳がレノを見上げる。

「好きな女を手にかけたくないからな、と」
「……!」

全て、その答えに行きついた。
刹那的な人間関係が基本となっていたレノだが、ルード達のように代えが効かない人。
レノという人間にとって必要だと感じる人だった。

「れ、レノさん私……!」

衝動的に何かを言いかけたアンナの言葉を遮るように、レノは首を横に振る。
レノが生きていたら半年後に返事を聞かせてほしいという約束を破ることになったとしても、答えないまま世界が終わるというなら後悔が残り続けるのは嫌だというアンナの気持ちをレノも察したうえで「7日後にその続きは聞きたいぞ、と」と止めるのだ。

世界が終わるかもしれないのその日に想いを伝えたとしても、恋人らしいことも出来ずに終わってしまうかもしれないが。
それでも、意味はあった。

「なぁ、アンナ。この後も時間はあるか?」

含んだその意味と、熱の籠った瞳に気付いたアンナは顔を俯かせる。
何処で何をしようとしているのか、想像ときっと違わないだろうと確信させるように、レノはアンナの髪をすくう。
断る理由なんて、もうなかった。
少しの沈黙の後に、こくんと頷いた彼女に、レノは満足げに笑う。
世界の終わりが訪れたとしても、自分の人生に悔いはなかったと笑って目を瞑れるのだろう。

グラスに残った酒がちゃぷりと揺れる表面を眺めて、この地を巡るライフストリームを思い起こす。
星を巡る命の記憶は、7日後に人々の命を運び、星へと還すのだろうか。
後は星に託して、その日までやれることをやるだけだった。
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