Mrs. Velvet Doll
- ナノ -
拾い上げた星屑
自分の行動がきっかけで誰かの運命が変わったなんてことを意識したことがなかった。
何かを運ぶことで、変えられることがあるのだろうかと。
天秤に重しを乗せて傾けられるような、星の命運を変える大きなきっかけにならないとしても。

ミッドガルの光は相変わらずハイウェイも消えたままだ。
ウェポンの襲来や、メテオが迫ってきている状況下で、更に内部崩壊を起こして混乱が起きている神羅兵を突破して。
そのままアクセルを再度踏み込んで、ハイウェイを駆け抜ける。

道が崩れてしまっている爆発が起きた中心へとバイクを傾けて滑り落ちながら、その場所へと向かう。
バイクではそれ以上進めない所まで来たアンナは、コンクリートや鉄骨などの瓦礫の山や砕け散った硝子片、未だに火があちこちに付いている場所を見下ろして、ごくりと生唾を飲み込んだ。

「こんな爆発を起こした中に居たなら……本当に……」

死んでいるかもしれない。
言霊のようになってしまいそうな気がして、それを口にすることはしなかったけれど、バイクを降りて捜索を開始する。

彼を助ける義理というのは、別にないのかもしれない。
本当に死亡したというのなら、ジュノンで何気なく口にした約束なんて破棄してしまってよかったのかもしれない。
何せ、ルーファウス神羅自身もあの約束を本気にしていなかっただろう。
それでも、頭の中で引っかかって、見えない手に後押しをされるように。
駆け出していたのだ。

アンナは瓦礫の山を飛び上がって上の階層へと昇っていく。
硝煙の中を目を細めて一か所ずつ確認しながら見て回るが、辺りにはもう息をしていない人たちも倒れていて、拳を握り締める。
ウェポンによる攻撃は、メテオ襲来前に惨憺たる状況を生み出していた。

「あそこに居た人たちはやっぱり皆……っ、あれは……!?」

倒れる人影を見付けたアンナはその場所へと駆け付けた。
焦げているが、白いコートの布がちらりと見えたのをアンナは見逃さなかったのだ。
その人はぴくりとも動いていなくて、瓦礫の山の影にひっそりと倒れていた。

「……ルーファウス、社長」

頭からは血が流れて、白いコートも焦げて赤い染みで染まってしまっているが。
間違いなく神羅カンパニーの社長、ルーファウス神羅、その人だった。
意識を失っているようだが、すぐに口元に手を当てて呼吸を確認する。

「い、生きてる……」

生きていた。
この安心感に、覚えがあった。
彼が言っていたように、ツォンの生死を確認した時と同じような感覚だ。
ほっと胸をなでおろしながら、アンナは素早くケアルガを発動する。回復魔法で手当てをしたとはいえ必ず助けられるという訳ではないが、可能性は繋がった。

冷静な現実主義で、恐怖で支配を試みようとした社長だが。
神羅を動かすルーファウスの行動は結果として、ウェポンを何度も退けた。
ルーファウス社長は、最善の行動をした。
セフィロスを追いかけるという判断も、ウェポンの攻撃からジュノンという要塞を築いて即座に対応することも。

そして、タークスという場所を、彼は繋いでくれた。
レノ達が生きる場所を奪わずにいてくれた。

「……」
「……社長の、言っていた通りになりましたね」

瓦礫に足が挟まれているようで、その瓦礫を蹴り飛ばしたアンナはケアルガをかけたとはいえ、ルーファウスの状態を確認する。
骨折をしているようだし、膚も肺も火傷をしているらしい。
遠くから見ていても背筋が凍るような、あれだけの爆発だったのだ。
治癒魔法といえども、流石に万能ではない。生命力をぎりぎり繋ぎ止めて、傷口を塞いでいるだけだ。
安静にして奇跡の回復を待つしかないような状態だった。

「運びますよ……!担架でそっと運べないのは申し訳ありません」

幾ら鍛えているとはいえ、身長も高い男性を運ぶのは一苦労だ。
アンナはルーファウスの肩を担ぐ前に、とある相手に連絡を入れた。
タークスにクラウド抹殺の命令が出ているとしても、重傷を負って待機になっている人だ。
彼ならば、必ず力になってくれるはずだ。
タークスを束ねる主任、ツォンなら。
通話が繋がり、アンナは安堵する。この状況で自分の電話に出てくれたのだから。

「……ツォンさん。こんな時に出てくださって、ありがとうございます」
『アンナ……!こんな時……そうだな。神羅は壊滅したと言っても、過言ではないかもしれないからな』
「そんな中で連絡をしたのは理由があります。ルーファウス社長を、発見しました」
「!?ウェポンの攻撃が社長も居た場所に届いて、社長は死亡したという情報を聞いていたが……!」

クラウド抹殺の任務には直接ついている訳ではないツォンが何処で今現在待機しているかはアンナも知らなかったが、彼の耳にも既に社長が死亡したという情報は届いていたらしい。

「火傷も多数の瀕死の重体であるのは事実です。治癒魔法はかけていますし、あとは彼の生命力に賭けるだけ、というのが本音です」
「……私の時といい、本当に礼をしてもしきれない。だが……現在厳戒態勢の筈のミッドガルで、何故危険なその現場を確認しに向かったんだアンナ?何故私に連絡をくれたんだ?」

ツォンの疑問は尤もだろう。
ツォンを回収した時は、万が一セフィロスが来た時の保険としてリーブがアンナに依頼をして古代種の神殿へ向かうように指示をしていたからこそ彼女は来たが。
今回ばかりはリーブの指示ではない筈だ。何せ、社長はもう既に死んだという情報が幹部の中で回っていた。
そんな中でリーブが社長の様子を確認するためにわざわざ爆発を起こした危険地帯となっているキャノン砲や神羅ビルに近付かせようとはしないだろう。
その可能性を外せば自然と残るのは『厳戒態勢となっているミッドガルの包囲網を突破して、彼女が自分の判断で社長の安否を確認しに来た』という可能性だ。

「……社長を、私はあまり知りません」
「あぁ、接する機会はそこまでなかっただろう」
「ですが、タークスの居場所を守ってくれたのは、社長だと聞きました。そして、以前社長に依頼を代わりに受けると申し出た際に『自分が死にそうな時も駆けつけてくれるのか』と言われました。理由は本当に、それだけです」
「……やはり、君のそのプロ意識に我々は救われているよ」

運び屋としての誇りの為に行動した訳ではないとしても。
アンナが運び屋であり、ルーファウスとジュノンで接触したから、今この場所に立っていた。
何か一つでも欠けていたら、ルーファウスの元へと駆け付けていなかった。
数奇な巡り合わせに、ツォンは彼女の意思以上に運命めいたものを感じて、窓の外に視線を移し、迫ってきているメテオを見上げる。

「レノ達が八番街の地下に待機していた。こちらもケガを負っているようだが、直ぐに向かわせる。少し時間がかかるかもしれないが、頼む」
「分かりました。ケガ……それって、クラウド達と対峙したってことですね」
「あぁ、そして突破されているということは……」
「そう、でしたか。やはりタークスはタークス、ですね」

上司の迷走した命令とはいえ。会社はもう崩壊状態とはいえ。
仕事を最後まで遂行するタークスの美学は、目の前で見てきたからこそ、例え結果としてクラウド達と対峙することになったとしてもアンナにとっては尊敬に値する在り方だった。

例え、メテオが星に落ちてきて全てを滅ぼすまで、もう一週間ほどしか時間がないとしても。
足掻くこともせず受け入れることはしたくはなかったのだ。
多少の振動を申し訳なく思いながらもルーファウスをバイクに乗せたアンナはまだ炎が吹きあがる場所から離脱し、ハイウェイへと戻っていく。
スピードを抑えて振動をなるべく減らしながら、ツォンが手配をしてくれたタークスと合流するまで。

命を運ぶのだった。


「ツォンさんからの連絡、ですか?」
「急ぐぞ、イリーナ、ルード」
「何かあったのか、相棒」

八番街の地下でクラウド達と戦闘をして負傷していたツォン以外のタークス三人は、地下から上がって本社の方へと戻ってきていたが。
そこにタークスの事務所で待機をしていたツォンから連絡を受け取ったレノは血相を変えて二人に指示をする。
簡単な止血はしたものの、これ以上の戦闘は不可能といった負傷具合の三人だったが、レノの表情から『何か重要な任務か情報が齎されたのだ』とイリーナとルードは身構える。

「……アンナが爆発跡から社長を見付けたらしい」
「なっ!?い、生きていらっしゃったんですか!」
「辛うじてらしいがな。この規制の中でどうやって神羅ビル近くまでアンナが来られたかは分からないが、マジで……頼りになるやつだな、と」
「あぁ。ツォンさんの時といい、アンナの判断に救われたな。イリーナ、ツォンさんへの報告と病室の手配を頼む」
「は、はい……!」

イリーナは本社ビルの医務室へと連絡を取り、レノとルードは神羅ビルの駐車場にあるワゴン車に乗り込む。
ウェポンの攻撃後、クラウド達が宝条を止めにウェポンを操るための制御装置まで向かうまでに返り討ちにあった神羅兵やソルジャーが運び込まれていることもあり、医務室は混乱を極めていたが。
イリーナとツォンが手配に入ったのなら、厳戒態勢の個室を用意出来るはずだろう。

後部座席にルーファウスを乗せられる車にしたが、スピードは最優先で。レノはハンドルを握ってハイウェイを駆け抜けていた。

「まさか、こんな形でアンナが助けてくれることになるとはな」
「……レノ、その傷は隠さないままでいいのか?」
「社長の回収は最優先だろ、と。確かに、アンナに会うのに大分格好は付かないけどな。しかもクラウド達に返り討ちにされてるっていうのが猶更格好付かないが……」
「そうだな。折角のスーツもボロボロで、傷も多数だ。仕事の失態は一目でわかるな」
「……合ってるが、人に言われるのは腹立つな、と」

バックミラーに映る自分の姿は、派手な戦闘を繰り広げてきたことを物語っていた。プレートの上で戦った後のような状態だ。
対向車線からバイク特有の大きさのライトが見えて、レノは目をこする。
ハイウェイのライトが消えているから、バイクに乗っている人が誰かはすぐに分からなかったが、間違いなくアンナだと気付いたレノは車を止めて外に出る。

「アンナ……!」
「社長も居るぞ……!」
「来てくれた……!」

バイクは二人の前で止まり、アンナはルーファウスの身体を背負うように立ち上がる。
最後に会ったのは、メテオが発動する一週間前だ。
その時は、星自体の死が迫ってきている時では無かったし、今よりも未来がもう少し現実的だった。
久々に見る姿に、レノはふっと表情を緩める。

「話は聞いていますがレノさんもルードさんも、その状態で来てくれてありがとう」
「あー、格好付かないっていうのは目を瞑ってくれ。……社長、大丈夫なのか?」
「まだ息をしていますが、危険な状態に変わりはないので……」

アンナの背中に凭れるように意識を失っているルーファウスの身体をルードは運び、ルーファウスを後部座席へと横たわらせる。
社長を運び終えた所で、アンナは緊張の糸を少し緩めて、傷だらけのレノの腕にそっと触れて、ケアルガを発動する。
ここに来るまでにクラウド達との戦闘後に、回復のマテリアも使えない程にタークスも消耗しているのだ。

「これは、気休めかもしれないけど」
「悪いなアンナ、と。助かったが、アンナがどうしてこんな所に……リーブか?」
「ルーファウス社長と以前口約束したの。社長は本気では無かったかもしれないけど……危険な時でも駆け付けるという依頼を、その時に承ったから」
「本当に、頼りになる奴だよな、アンナは……」

ぽんと、アンナの頭に手を置いてふわりと髪を撫でる。
別に、宝条を止めに行った訳でもない。ハイデッカー達を退けた訳でもない。
それでも、彼女がすることには何時も重要な意味があった。
瓦礫の山を探していたせいか、彼女の衣服も所々汚れや焦げが見られる。

「アンナはこの後どうするつもりなんだ?」
「私、このままリーブさんと市民の避難誘導をしてきます。会社はもう壊滅状態とは聞きましたが……事後処理等、沢山ある筈ですから。最後まで、足掻こうと思います」

レノの手をそっと掴んで、声音に愛おしさを混ぜる。
お互いが生き残れたら──そんな夢を、諦めてはいない。だから足掻きたいのだ。
自分が自分であるためにも。
アンナはバイクに再び跨る。

「また、連絡するぞ、と」
「……えぇ、待ってます。約束の為には私も、レノさんに恥じないように生き抜かないと」
「……!」

アンナはハイウェイを走り去っていく。
その後ろ姿を見送ったレノは、ふっと笑みを零して車に戻り、アクセルを踏み、神羅ビルへと走らせる。
その様子を見ていた助手席に乗っているルードは、神羅の社員でもなく。
クラウドの仲間でもない筈の彼女の行動と選択に、輝くものを感じていた。

「どこにも属さない、を選んだはずなのに……強いな、アンナは」
「そりゃあオレの惚れた女だからな、と」

――最高の女だろ?
レノは歯を見せて笑い、ルードに語る。
何度か聞いてきた言葉だったが、そこに込められた意味に気付いたルードは静かに「そうだな」と答えるのだった。
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