Mrs. Velvet Doll
- ナノ -
夜明けのクラクション
──ですが、今回お話を断らせて頂く代わりに、もしも社長がヘリコプターでも車でも移動出来ないような状況の時。お呼び頂ければ駆け付けます。

依頼と考えれば嘘ではないとはいえ、ルーファウス神羅の追求をかわすために何気なく提案したこの言葉が、また一つ、アンナ自身の未来を左右することに気付くのは終焉が迫った時だった。


ヒュージマテリアの奪い合いの末、クラウド達はロケット村からミッドガルへ、ハイウインドを飛ばす。
神羅の計画だったヒュージマテリアを利用してロケットで宇宙まで飛び、直接メテオを破壊する計画は空に煌々と光り、迫ってきている星が結果を物語っていた。
通常のマテリアよりも威力があるものではあったが、巨大な隕石であるメテオを砕くことも出来ず、そのまま終焉を刻む。
残された手段はメテオを直接片付けるのではなく、メテオを呼んだセフィロスを止めることだった。
しかし、黒マテリアを消滅させたからと言って、すぐそこまで迫ってきているメテオが霧の如く止まる保証はないが、それでも可能性がそこにあるのなら何もせずに世界の終わりを待つことをしない人間は一定数居るのだ。

しがない運び屋の彼女も、そういう人だった。

「リーブさん、会社を出て単独行動なんてこの状況下で大丈夫なんですか?社長はともかく、ハイデッカーやスカーレットは……」
「彼らも自由にやっていますからね。私の行動をあまり気に留めてはいないのですよ」
「そう言われてしまうと、私も間近で彼らを見たことがあるから納得してしまいますね……」

ミッドガルを離れてもこの星自体逃げ道は無いかもしれない中で、それでもキャノン砲を積んで激戦となる可能性が高まったミッドガルから避難誘導を行っていたアンナは、リーブ・トゥエスティと一時的に合流していた。
本体である彼が本社を出て、セフィロス討伐作戦ではなくこうして避難指示を元護衛や彼の部下達と行っていることを他の幹部達に知られたらまた嫌味でも言われそうな件ではあるが。

それでも、動かないでいることは出来ない人なのだ。
神羅のやり方に疑問を抱く所があっても。彼は属した上で、最善の行動をしようとする。

「だからリーブさんは、神羅の良心だと常々思います」
「しかし……私も多くの人を巻き込んで、時に人の命を仕方がないと消費する神羅に所属しているということを、自覚していますから」
「私は神羅に属したというよりもリーブさんだから付いて行った人間ですから、リーブさんが覚悟と信念を持って属していることを知っています。ミッドガルが大切で、守りたいから神羅に居続けてるんですよね」
「……アンナさん……」
「私は疑問を覚えて足を止めてしまいましたが……だからこそ、リーブさんのように貫き続ける意思は、本当にどこまでも信頼出来るんです」

そこが、アンナにとってリーブが尊敬出来る所だった。
彼は、ミッドガルを愛している。
ミッドガルが傷つけられ、ミッドガルの人々が『多少の犠牲』で片づけられることを許せず胸を痛めながらも。時に板挟みの状態になりながらも。
自分なりにミッドガルや星を守ろうと奮闘しているのだ。
だから神羅という場所を離れたアンナも、クラウド達にも、リーブを通して神羅にも協力を行うのだ。

「私は、部下に恵まれすぎていますね」
「そう言われてしまうと、照れますね……ウェポンやセフィロスに対して神羅側が有効的に動けてるのは結局社長だけになるんですか?」
「実際、ルーファウス社長の指示で抑えなければ他の幹部や宝条が何をしでかすか分からないですからね。キャノン砲の調整はしてくれていますから」
「それでしたら、リーブさん。一度本社に戻られてください。幾ら都市開発部門統括としてミッドガルを見て回るにしても、その作戦の前に長時間席を外すのは変な火の粉が降りかかりかねませんから」
「しかし、アンナさん……」
「クラウド達も神羅の最前線の情報は助けとなるかもしれません。私は、ヴェルド元主任と合流して手筈を確認してきますから」

ウェポンの一体を海底へ沈めたキャノン砲は、ジュノンからミッドガルへと移されている所で、神羅ビルへの移送がもう間もなく完了する中でリーブが席を外しているのは不味いだろうというアンナの言葉に、リーブは頷き、本社へと戻っていく。
先日から神羅本社がある方向から大規模な工事を行うような金属音と振動がするとは感じていたが、もう間もなくキャノン砲の準備が整うのだ。
セフィロスの居る場所のシールドと、セフィロス本体を倒すために。


──ミッドガルの魔晄炉の力で魔晄キャノンを発射する作戦が決行されようとしている中、魔晄炉の出力調整をリーブはルーファウスに任されていた。

(これで、全てが終わればいいですが……)

もう間もなくセフィロスの居る大空洞のバリアを破壊するための準備が終わる。
まるでその殺気を感知したように地鳴りを起こして出現したダイヤウェポンはミッドガルに迫り、阻止に動き始める。
ミッドガル中の光が消え、高濃度の魔晄エネルギーはキャノン砲改め、シスター・レイに充填されていく。
それは迫ってきていたダイヤウェポンのコアを貫き、そのまま直線で北の大空洞に向かって突き進む。
セフィロスを守るバリアが破壊された様子を観測する前に。

高密度エネルギーがミッドガルに向かってくるという、オペレーターの悲痛な叫びが社長室に響いた同時刻。
その様子をミッドガルの八番街から見上げていたアンナは、血の気が引いて、背筋が凍るような感覚を覚えていた。

雨あられのように、光線の銃弾がキャノン砲の設置された神羅ビルに向かって降り注ぎ、爆発で見えなくなってしまったが。
アンナの頭に真っ先に過るのは、自分が本社に戻るようにと言ってしまった元上司だ。

「リーブさん……!」

彼があそこに残っていないだろうかと頭が真っ白になりかけたアンナは、八番街に停めていたバイクに跨って、神羅本社ビルに向かうハイウェイを駆け抜ける。
もしも、あそこで爆発に巻き込まれてしまっていたら。
後悔しても、後悔しきれない。
だからといって、自分からリーブにこのタイミングで連絡を自ら入れてしまえば、彼の置かれている立場を考えると自分と何かの共謀を図っていると神羅に不信感を抱かれる。
それもあって、アンナは自分からリーブに着信を入れることはなるべく控えるようにしていた。

ハイウェイでバイクが出せる限界速度で走っていた中で端末に連絡が入って振動したことに気づいたアンナは、バイクのアクセルを踏む力を緩めて片手で端末のボタンを押して耳元に持っていく。

「アンナさんですか!」
「!ケット・シーさん!よかった……生きていらっしゃるんですね!」
「本体の私は捕まって動けなくなっていますが、アンナさん今の攻撃、見ていましたか!」
「えぇ、神羅ビル……キャノン砲近くに攻撃が集中していたのを見ました。ウェポンですね」

ケット・シーの口調が、普段のリーブの物になっていることを指摘する余裕もなく、アンナはケット・シー及びリーブが生きていることに安堵する。
しかし、捕まっているというのはどういうことだろうかとアンナが追求すると、リーブは今まさに目の前で起きていた神羅内部の崩壊を語る。

「僕はスカーレットとハイデッカーの部下に抑えられています。彼らはタークスにクラウドさん達の抹殺を命じるくらい、キャノン砲への関心よりも煮え湯を飲まされたクラウドさん達への復讐を優先しておりまして」
「こんな状況で私怨を優先なんて相変わらず呆れた方達ですね。……しかし、そんなセフィロスを放っておいて自分の恨みを晴らすことを優先するなんて、そんなのあの社長が許す訳もなさそうですが……」
「それが、先程の爆発に巻き込まれて……社長と、連絡が取れないとのことで……」
「……ルーファウス社長が……?」

──統率を取ってメテオやセフィロスに対応していた社長が、死亡したかもしれない。

ルーファウスが残っていた部屋にウェポンのスカーレットとハイデッカーが社長と連絡が取れないと言った後、好き勝手に自分達のしたいことをし始めたのだ。
つまりもう神羅は事実上、壊滅状態と言っても過言では無いのだ。

「更に、宝条が勝手に魔晄炉の出力が上げているようで、悪用をしようとしている状況です。それを止めるために、今からクラウドさんたちに協力してもらうつもりです」
「……事実、内部崩壊を……起こしたっていうことですね……」

だから、穏健派のリーブが押さえつけられてしまったのだろう。
ハイデッカーとスカーレットが好き勝手にやろうとしたことを咎めて、逆に封じられてしまったのだ。

「私も、リーブさんの元へ……」
「いえ、クラウドさん達がミッドガルに一緒に来てくれますから、アンナさんはこちらへは来ないでください。……お願いです。彼らはクラウドさん達を殺す為に新兵器を出そうとしている位ですから……一人では危険です」
「……、分かりました。宝条やハイデッカー達の件は、……クラウド達に任せます。この電話聞いてるよね、クラウド」

本当なら駆け付けたい中で思うように行動できないもどかしさに、アンナは唇を噛みしめる。
しかし、現実的に単独で兵器開発に携わっているハイデッカー達が持ち出した最新兵器が導入されている神羅ビルへの侵入は、あまりにも現実的ではないだろう。
更に、ハイデッカーはタークスに指示をする権限を持った上司になる。彼がクラウドの抹殺を今優先しているというのなら、その命令はタークスにもいく筈だ。

(会社はもうぼろぼろでハイデッカーの命令があまりにも逸脱したものだとしても、タークスは……レノさんは、きっと仕事を果たそうとするんだろうな。そういう、人だから)

神羅ビルへと向かおうとするクラウドを、彼らが逃すとは思えなかった。
彼らが標的としているクラウドに合流して行動するよりも、単独で依頼を受けた『運び屋』として行動することで自分にしかできないことがあるとアンナは確信していた。
ケット・シーに端末を渡されて、話を聞いていたクラウドはアンナに頷いて答える。

「あぁ、任せてほしい。これは俺達がやるから」
「ありがとう、クラウド。それからクラウドの仲間の人達も」
「……ところでアンナ、もしかしてバイクで走ってないか?風を切る音が聞こえるような」
「えっ!?アンナさん今どこに居るんです!?」
「安心してください、ケット・シーさん。派手に戦う訳ではないですから。私ももう一つの大切な仕事をしてくるから、クラウド。後は宜しくね」
「何をするつもりだ、アンナ!?」

「大丈夫だから」と重ねたアンナは細かな説明をクラウドやケット・シーにせずに通話を切って、速度を上げる。
今のミッドガルはウェポン襲来で厳戒態勢となっており、スラムからの上層部のプレートへの通路は完全に封鎖されていた。
元々八番街に居たことだけは運がよかったかもしれないが、ハイデッカーの指示で、更に神羅兵の警備が多くなっているようで。
ハイウェイにも、規制網を敷いている神羅兵と車が目に入り、アンナは速度を少しだけ緩めた。

「おいお前!ミッドガルは厳戒態勢だ!止まれ!」
「私は運び屋のアンナです。ルーファウス神羅からの直々の依頼を承っています!幹部のリーブ・トゥエスティに聞いていただいても確認出来ますが、それでも止めるなら妨害と受け取りますよ!」
「なっ……ルーファウス神羅……!?そんなウソを言っても無駄だぞ!」
「リーブと知り合いって、噂で聞いたことがある。元神羅の運び屋でタークスも依頼をする位の相手だ。多分、ほ、本当だぞ!」
「それを止めたと知られたら俺達は……!?」

顔を見合わせて狼狽する神羅兵に「社長に直々にアンナの名前を出して確認して頂ければ嘘ではないと分かると思いますので報告はご自由に」と頭を下げて、アンナは再びバイクを走らせ始める。
アンナの発言自体に嘘はない。
ただ、彼が死亡しているかもしれない中で改めて依頼をされた訳ではないという事実を除けば。
虚言だとしても、アンナの名前と知名度を知っている中で『この依頼を邪魔するのは自分達の立場が危険』だと判断した神羅兵は、それ以上追いかけることはしなかったし、端末を取り出して侵入者の報告をすることもしなかった。

──依頼という約束を守るために、運び屋は駆け抜けるのだ。
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