Mrs. Velvet Doll
- ナノ -
永遠とユニバース
星は泣く。
ライフストリームは噴き出し、命は巡って。
煌々と燃え盛る堕ちる星を前にして。
無に返すウェポンという名の兵器を前にして。

この星の生命を、裁定するのだ。


ジュノンでのバレットとティファを逃がす為に手を貸した件で、始末されるという可能性も考えられたのだが。
リーブの目論見通り、現在神羅はセフィロスとウェポンの対処に力を割かざるを得なく、クラウド一行の追跡さえも出来ていない為に、アンナの元にソルジャーやタークスが送り込まれることは無かった。

復帰したクラウドが率いる一行と神羅の間でヒュージマテリアの奪い合いになっている中で、アンナはリーブの依頼という形ではなく、エアリスの友人としてエルミナとバレットの娘であるマリンをミッドガルから避難させていた。
メテオがこの世界に落ちてくれば、幾らシェルターに篭ったとしても生き残れるという保証はないだろう。
その中で、ミッドガルから移した所で意味は無いのかもしれないが、後悔をすることにならないようにミッドガルから避難をさせたいという判断はリーブと一致していた。

「ありがとう、運び屋のおねーちゃん!とーちゃんを助けてくれたんだよね」
「ううん、大したことはしてないもの。バレットさんが来られない代わりっていうのは複雑かもしれないけど……ミッドガルから一時離れた方がいいというのは私も一致の意見です」
「……ありがとう、アンナさん。……荷物になるのに花もこうして持ってきてくださって」
「……、エアリスが……好きな花ですから……私も一輪貰ってしまいましたし」

実の娘ではないとはいえ、娘を喪った悲しみに暮れるエルミナをエアリスとの思い出が詰まっているはずの家から連れ出せたのは、親友を喪った痛みを同じく抱えるアンナの言葉があったからというのは過言ではないだろう。

「貴方が、エアリスの友人で良かった……」
「……ありがとうございます。エアリスはこの先もずっと、かけがえのない友人です」

アンナがレンタルをしたワゴン車で荷物を運ぶにしても、量に限度がある中で、エアリスが花売として育てていた花束や花瓶を幾つか助手席に乗せて避難先へと運んだ。
思い出は痛く、胸を突き刺すかもしれないけれど。
それでも無くしていい思い出は無いのだと考えて、彼女の花を諦めようとしたエルミナに、アンナは優しく微笑んだ。

そしてアンナもまた、一輪の花を自分のベルトにさすように取り付けるのだ。


──ケット・シーはライフストリームの池となってしまったミディールの町をハイウインドから見下ろしながら、漸くアンナへ連絡を入れていた。
クラウドを一週間ほど前にミディールにて発見していたが、それをアンナに伝えられないでいた。
廃人と化して、意思疎通さえ出来なくなって壊れていたクラウドの様子を、どうしても正面から伝えることが出来ず、ティファと共に帰ってきてから伝えようとケット・シーは先延ばしにしていたが。
本当の自分の記憶とクラウド・ストライフという人間の在り方を見付けた彼は戻って来た。

「もしもし、アンナさんですか?」
「はい、えっ、リーブさんではなくケット・シーさんですか!?」
「はいな!すみません、アンナさんに電話するのは今の本体のボクには難しそうやってん……クラウドさんの件で朗報ですわ!」
「!?クラウド、見つかったんですか!?」

電話越しに聞こえてくるアンナの明るい声に、ケット・シーは顔を緩めた。
クラウドが魔晄中毒でどのような状態になっていたかという詳細は伝えなかったが、ジェノバ細胞によって作られた性格でも記憶でもない本来のクラウドがティファと共に戻って来たという情報だけで、アンナは安堵で力が抜ける感覚を覚えながら、ベルトに付けていた花をそっと撫でた。

──エアリス、クラウドが戻ってきたよ。エアリスも見守ってくれてたのかな。きっと、そうなのかな。

「今、ヒュージマテリアの取り合いを神羅としてるんやけど、それはアンナさんを巻き込まんとして。ジュノンにあったキャノン砲おぼえてます?」
「えっ?あ、はい。あのウェポンを撃退したものですよね」
「えぇ!あれが今ジュノンから……神羅本社に運ばれてるんですわ。ウェポンとセフィロスの居る大空洞を破壊するために」
「……ウェポンがそこを狙ってくる可能性……ミッドガルが高確率で戦場になるってことですね」

ウェポンは無差別に攻撃しているというよりも、世界を全て無に返そうとするウェポンの動きを阻むものを優先して狙ってきている性質がある。
つまり、ジュノンほどの設備が整っていないが、エネルギーは豊富なミッドガルが戦果の渦に巻き込まれることになる。多くの死傷者を出す可能性があるが、避難を呼びかけても今このメテオが降ってきている現状、どこに逃げても変わらないと思われるのは当然だろう。

「分かってます、リーブさん。クラウド達と行く訳ではなくても、なるべく沢山の人が助かるよう尽力させてもらいます」
「ほんま助かりますわ……本体のボクと出来る限りの避難誘導をその時してもらえれば助かりますわ。一応この件はヴェルド元主任と離反した元タークスの人達にも声をかけるつもりや」
「公式では死んだということにされた元タークスの方々……!そうですか……」
「声をかけんでも彼らは動いてくれそうやけど……その、現タークスが気になります?」
「私の知り合いばかりですから気にならないと言ったら嘘ですけど……彼らは彼らなりに仕事に徹しているだけですから。きっと、ヒュージマテリアをケット・シーさん達が幾つか回収してるなら残りは阻まれないようにするかと」
「当たって欲しない予測やけど、有り得なくは無いですなぁ」

残るヒュージマテリアはジュノンとなると、神羅兵やソルジャーが多く滞在しているが、アンナの予想通りタークスまで派遣される程警戒が高まっていることも視野に入れなければいけないとケット・シーは気を引き締める。

「もしかして、アンナと話しているのか?」
「あっ、クラウドさん。えーっとどないしよ」
「……!クラウド!……ケット・シーさん、少しだけクラウドと話してもいいですか?」
「分かりましたわ。ほい、クラウドさん!」

ニブルヘイム事件の瞬間だけではなく、ザックスと一緒にいた一般兵のクラウドを知っていたアンナが彼の言動への違和感を最も抱いていたと言っても過言ではない。
それはケット・シーだけではなく、クラウド本人も今なら解っていた。
自分の思い出の中のアンナは、常にザックスを通して話すような目上の人であり、教えを乞うことも、気軽に連絡を取り合うような人でもなかったのだと。

「……ごめん、アンナ。俺がアンナと再会して語っていた思い出も、経歴も……無意識だったけど、ザックスのものだった。俺は幻想の世界に生きてたんだ」
「……うん。ごめんね、私もザックスのしてきたことを語ってるようなクラウドに、聞く勇気もなくて……逃げちゃったから。良かった……クラウドが、戻ってきて」
「俺は後輩どころか、背中の見えない"アンナさん"と話す度に『俺がこの人と縁があるのはザックスが居るおかげだ』って、いつも思ってたよ」
「……縁を繋いでくれたのは、ザックスだったし二人の時で話すことってあまり無かったけど……でも、私にとってクラウドも可愛い後輩だったよ」
「……ありがとう、アンナ。俺と会った時に変だと思ったはずなのに、その後も受け入れようとしてくれて」

当初の少しクールで斜に構えてみたクラウドの言動を、ミッドガルで会ってからあまりクラウドと顔を合わせる機会がなかったアンナは認識していなかったが、この電話越しでも感じられたのだ。
──あぁ、私の知っている五年前のクラウドと変わらない、と。素直で、少し自信のない男の子。
ザックスの行動力や決断力を真似るのでなく、きっと吸収して自分の糧としていくのだろう。

「メテオは、俺が呼び出してしまった。だから、ケリを付けに行くよ」
「……うん。私もケット・シーさんの本体の方と一緒に出来る限りのこと、していくから。そうだ、クラウド」
「なんだ?」
「おかえりなさい。生きてて、本当に良かった」

電話越しのアンナの言葉に、クラウドの目が開かれていくのを、ケット・シーは横で見ていた。
アンナにとって、生きていてよかったとという言葉に込められた祈りや願いを、彼らは知っていた。
だから、クラウドも「心配をかけたな」と穏やかに微笑むのだった。

「悪い、ケット・シー。電話の邪魔をしたな」
「アンナさんもクラウドさんを心配しとったし、話が出来て安心した筈や。バレットさん達の救出にも二つ返事で協力してくれたわけやし、クラウドさん達のことも応援してくれてるんや」
「そうか……アンナの立場を考えると難しい所で協力してくれたのか。色んな意味で、アンナがアンタの護衛で良かったよ」
「ドキッ!な、なーんのことやろ」

リーブ・トゥエスティ、という名前はまだ出していない筈だったが、神羅の機密情報も知られる立場で、アンナとの縁が深いとなるとクラウドの記憶にもそんな人間は一人しか居ない。
アンナの元上司のリーブ。彼がケット・シーを動かしているからこそ、彼女との縁が切れずにこうして繋がっているのだから。
クラウドは、アンナと再会した時に渡された名刺を取り出し、じっと見つめる。

「運び屋、か……」
「クラウドさん?」
「いや、なんでもない」

運び屋と言っても、囚われているバレット達を回収してハイウインドまで運ぶだとか、時によっては重体のツォンを回収して安全地帯まで運ぶだとか。
運ぶという言葉を広義に捉えて、まるで何でも屋のように活躍している彼女の背中はやはり、クラウドにとって眩しい先輩のように感じられたのだ。

──アンナとの通話を終えたあと、ハイウインドはジュノンの近くへと離陸していた。
ジュノンの海底に設置されている魔晄炉のヒュージマテリアを前回ジュノンに潜り込んだケット・シーの案内でクラウド達は回収しに向かう。
侵入者が来たことを知らせる警報が響き、ジュノンに駐在していた一部の者はそれがアバランチであることを察する。
他のヒュージマテリアにおいても、シド率いるアバランチが妨害をしに来た情報を共有されている者は、『クラウドは行方不明で不在だが、アバランチは依然として神羅の邪魔をしている』という認識をしていた。
それは、このジュノンに保険として派遣されていたタークスの男にとっても同じ認識だった。

「ヒュージマテリアをアイツらが回収してどうするつもりだよ、と」

ジュノンへはレノが派遣され、ルードは別にロケット村へと移動中だ。
アバランチという侵入者が来てしまった以上、潜水艇でヒュージマテリアを運ぶ準備を早急に整えなければ彼らに邪魔をされる可能性も高い。
複数の足音が聞こえてきて振り返ったレノは、アバランチが来たかと思ったのだが。
そこに居た人に、目を丸くする。

「クラウド!?」
「レノか……!」

大空洞でメテオを発動した直後、生死不明になっていたというクラウド・ストライフがそこに居たのだ。
敵というよりも、上司に命令されて彼らと戦っているだけでレノ個人はクラウド達へ恨みも敵意もなかった。
──アンナにとっての知り合いが、生きていた訳だとぼんやり思ってしまう。

「まさか生きてたとはな、と。……悪いがヒュージマテリアの回収はさせないぞ」
「ちょっと待てレノ!」

クラウドを始末しろという命令は、タークスを動かす権限を持つハイデッカーには言われていないが。
これだけヒュージマテリアの回収を妨害されている中でハイデッカーのクラウド達への恨みは溜まっているだろう。
もし直接任務として始末をしろと言われたら、自分達は間違いなく遂行しようとする。

「……アンナがもしクラウド達と一緒に居たら……その対象になっちまう所だったから、居なくてよかったぞと」

クラウド達を追い払うために放った機械を脇に、レノは駆け出しながら先程クラウド達の後ろに彼女の姿がなかったことに安堵していた。
この状況を考えれば、クラウド達に合流して力を貸しているという可能性だってゼロではなかった。
だが、アンナはあくまでもクラウドとは別に今この状況で出来ることをしているのだろう。
神羅にとってクラウド達、という括りに入らないのであれば、それで良かった。

「……始めは、そんなこと関係なくアンナ本人の監視に付けられてたんだけどな」

ニブルヘイム事件の隠蔽等、もうそんな小さな話では無くなっている。
アンナの監視の件はもう放棄されているようなものだと言えるだろう。それはレノにとっても、ルードやツォンにとっても安堵する点だった。
ツォンの命を神羅兵と共に助けたという意味ではアンナは神羅の協力者とも言えるが、アバランチに敵意を抱かれない立ち位置である彼女は、心底リーブの部下らしいのだろう。
それでもどちらかの勢力につくという訳ではなく、時に依頼を受けて協力するというのは。

「アンナも仕事熱心だよな、と」

彼女もプロなのだと、敬意を抱くのだ。
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