Mrs. Velvet Doll
- ナノ -
黄昏飛行
社長からの追及をかわせて、翌日を迎えたアンナとケット・シーはティファの目が覚めたこの日、変装をしてリーブの部下の案内でジュノンの要塞へと潜り込んでいた。
ただし、ケット・シーとアンナは記者会見会場に記者として紛れる形で乗り込んでいた。
本来なら、記者会見会場ホールの外で出入りを確保できるように廊下の警備につきたかったが、神羅兵や駐在している2ndクラスのソルジャーは男性が多いため、不信感を抱かれやすいだろうという判断だった。

「ケット・シーさん、ごめんなさい……私の刀まで持ってもらっちゃって」
「かまへんですわ!アンナさんの刀、隠し持つには随分長いからなぁー僕の擬態ボディの中に入れるのが一番やろうし」
「ありがとうございます。一応短刀は太腿に隠していますが、会見中に騒ぎを起こして中継されるとかなり不味いですから……慎重になりますね」

これから行われる記者会見。
その部屋に隣接されているというスカーレットお手製のガス室で、アバランチ二人の公開処刑が行われるということだった。

「記者らしいスーツ……すごく窮屈ですね……作戦開始後は脱ぐつもりですけど」
「それには同意や……モーグリの体がスーツで締め付けられて何時もより重いんですわ」
「少しの辛抱ですね……タークスのように動きやすいスーツも考えましたけど……記者にしては、それは目立ちますからね」

会場を取り仕切るのはスカーレットであり、彼女の煽り文句に記者達にもざわめきが広がっている。
世界が滅ぶかもしれないと予感するような星が空から降ってきている現象を引き起こしているのが、ミッドガルのプレートを落としたと情報操作されているアバランチであると言われると、特集だという高揚感ではなく、怒りや恨みが募るのも自然な事だった。
まさに、ルーファウスの狙い通りだ。

アンナとケット・シーもリーブの部下の手筈で会場入をして、ガス室に近い最前列を確保する。
この中継をクラウドが見られる状態にあるのかは分からないが、彼がいない今はクラウドが居れば、なんて考えてもいられない。
スカーレットによる会見が始まり、暫くして、手を拘束されたバレットとティファが、神羅兵を連れたハイデッカーと共に現れると動揺は広がる。

(あの二人が……ティファと、バレット。会うのは初めてだけど)

アバランチを炙り出すという目的でスラム街が壊れるきっかけとなった人達。しかし、スラム街を愛してくれていた人達。
自分にとって故郷の町区であるとはいえ、その点をこれ以上責めるつもりない。
プレートを支える支柱を破壊した側のことも、知っているのだから。

「さ、楽しいショウが始まるわよ!キャハハハ」

スカーレットがティファを先にガス室へと放り込んだ後、アンナは横に座るケット・シーへ小声でどうしますかと確認をする。
ここで食い止めなければ、流石に彼女の命を救えなくなってしまうが──中継も行われ、そして他の記者や神羅兵もいる状況で、どう動くべきか。
ティファを連れて行った神羅兵自体はスカーレットの部下ではなく、リーブの部下であるから鍵を彼女に見つからないように部屋に置いてくることは出来そうだとはいえ。

「ケット・シーさん、このままでは……」
「せやな、どうしよ……ん?」

突然、ジュノンの要塞に警報が鳴り響き渡る。
中継は中断され、記者会見会場の扉が開け放たれたと同時に「避難をお願いします!」と緊迫した様子で神羅兵が叫んだ。
ウェポンが、このタイミングでジュノン要塞を襲撃しに来たのだ。
廊下は神羅兵やソルジャーが武器を構えてウェポンがやってきている海側へと駆けていく。
街ごと破壊される可能性もある中で、ウェポンを食い止める為の戦場と化したのだ。

公開処刑の中継どころではなくなり、ウェポンの襲来を全世界放送してしまえば恐怖を煽るだけだ。
記者達は混乱の中、神羅兵に案内されて脱出していくが、人が少なくなったのは好機と言えた。
一度中継が終わり、ハイデッカーや神羅兵が居なくなったタイミングで、アンナとケット・シーは大きく頷いた。

「スカーレットさん、今のお気持ちは?」
「おや、お前は逃げないでいたの?感心感心……」
「今や!」
「きゃあ!?」

催涙スプレーをインタビューをするふりをしてかけ、スカーレットが倒れるのを確認したアンナは、刀をケット・シーから受け取り、スーツのスカートとジャケットを脱ぎ捨てる。
仕事着に戻ったアンナは狼狽している神羅兵を気絶させ、バレットの手錠を外した。

「助けに来たで!」
「ケット・シーさん、最高のタイミングです!間に合ってよかった」
「お前は神羅の人間の筈じゃ……それに嬢ちゃんは誰だ!?」
「私はクラウドと……エアリスの友人のアンナと言います。ウェポンが来ているのでこの場に留まるのも相当まずい状況みたいですが……!」
「アンタがあの二人が言ってたアンナか!?今ティファがガス室に閉じ込められてる!」

スカーレットの悲鳴に反応したのは、この会場に残っていたソルジャーだった。ケット・シーとアンナの姿に、ウェポン襲来とは異なる異常事態を察知して、ソルジャー二人は武器を構えた。

「曲者か!?始末する!」
「ソルジャーがウェポン相手ではなく護衛しに来るなんて」
「侵入者が居たら処理しろというのが命令だ。ただの女であろうとな」
「その仕事熱心さは流石神羅のソルジャーです」

アンナは刀を鞘から抜き、刀身を光らせる。
運び屋は、戦闘が主ではない。
しかし、元々の専門は護衛として戦うことだ。戦闘には、リーブと出会う前から。スラム街で生きていた頃から元々慣れている。
先程まで微塵も感じなかったはずの突然の殺気に、ソルジャーは剣を握る手に力を籠める。

「魔晄は浴びてないけど元は、ごろつきよ」

刀を振るい、身を翻して男性の太刀筋も交わして弾き、ケット・シーの魔法とバレットの銃撃で援護を受けながら壁へとソルジャーの体を吹き飛ばす。

「ソルジャーと戦ってるの初めて見ましたけど、アンナさんやっぱ強いなぁ」
「ふふ、ありがとうございます。バレットさん!ティファさんの居る部屋はどうですか!?」
「だめだ!別室から鍵をかけられているようで開かねぇ!」

かろうじてスカーレットの意識はあったが、追撃はしなかったのがまずかった。
バレットの言葉を受けて廊下に出た瞬間に、会見場はスカーレットによって扉を自動で閉ざされる。
ティファの居るガス室へと戻れなくなったことで、ケット・シーのプランはハイウインドを利用した逃走へと切り替え、エアポートへと駆け出した。

「あ、あれがウェポン……!巨大モンスターとは聞いてたけどあんなに規格外なんて」
「この七日間で何度も襲撃してきてますが、こんな急接近は今日が初めてや!」
「と、とんでもねぇな……」
「あのーちょっと今インタビューいいですかー?」
「あ!?こっちは急いでんだよ!」

記者会見場から逃げ出した記者が声をかけてきたのかと思ったバレットはマイクに大声でその女性に怒鳴ったが。
その記者の女性に扮した少女を、バレットとケット・シーはよく知っていた。

「大きな声出さないでよ……アタシよアタシ!ユフィよ!」
「なっ、ユフィか!?」
「ここまで来てあげたんだから。というかあれ?ティファじゃなくて知らない女の人が居るけど……」
「協力者です。後で自己紹介しますね。今は……」
「居たぞ!止まれお前たち!」

男の鋭い声に呼び止められ、アンナとバレットは武器を構えて振り返ったが。
逃走者であるバレットの姿に応戦しようとしていた2ndソルジャーは、隣に居た女性の姿に息を呑んだ。

「何で、ここに居るんだ、アンナ」
「……ルーカス君。ジュノンの警備についてたんだ」
「だって、その後ろに居る奴は、アバランチじゃ」
「……私は私が正しいと思うことをしてる。幻滅してくれたって構わない」

自分が神羅の時に自分のことを知ってくれていた人。
知り合いだと理解した上で、アンナは刀を構える。狼狽する彼とは対照的に、行く道を阻むのなら容赦はしないという研ぎ澄まされた殺気が見られるアンナに、青年は漸く理解した。
──彼女にとって、自分の存在というのは小さいのだと。自分にとっては、淡い好意を抱く相手だったのだが。
しかし、やるべきことを見失わずに意志を持って進んでいく彼女が羨ましくて、眩しかった。

「……一つだけ、聞かせてほしい。どうしてなんだ……?彼らはメテオを引き起こしたと、俺は聞いてる」
「……確かに彼らの仲間がトリガーを引いた。でも、根本の原因は……正直、神羅にある。そして……この状況を解決出来る可能性が彼らに少しでもあるなら、私はそれに賭けてみたいから」
「アンナさん……」

クラウドにセフィロスとの縁があってこの事態を引き起こしたのなら。もしかしたら、止められる可能性も何か秘めているかもしれない。
もし世界が滅ぶのだとしたら──最後の瞬間まで足掻きたいのだ。
アンナの信念に、神羅の在り方に疑問を抱き始めていたソルジャーの青年は剣を下ろした。

「……分かった、本当に、アンナのそういう所は何時だって眩しいな」
「……見方によっては打算的な綺麗事だから、眩しいとは言えない、だろうけどね」
「いいや、アンナはそれでいいんだよ。俺はなにも見なかった。誰にも、会わなかった。だから今のうちに、行ってくれ」
「……ありがとう、ルーカス君」

太陽にも、青空にもなれない。
誰かの影を伸ばしてしまうかもしれない、沈み掛けの光である斜陽。それが自分の在り方だ。
その立場だからこそ伝えられるものがあるのなら、それで良かったと今なら素直に思えた。
ルーカスに見逃されてエアポートに向かって走り出すアンナに、バレットは問いかける。

「おい、本当に大丈夫なのかよアンナ」
「もしこの件がバレたとしても私の優先順位は低いでしょう。それに相手が私の知り合いでしたので。タークスでなくて本当に良かった……」
「た、確かにクラウドやティファ、他の仲間が居ない中でそいつらに捕まったら危なかったかもな……」
「ウェポンとセフィロスでそんな場合やないのと、アンナさんが基本的に依頼で神羅の件に関わることを知っていると……誰がアンナさんに依頼したかっちゅうとこに話がいく」
「私に何か処罰が来るとした当然、ケット・シーさんの本体にも処罰がいくということになります。ですが、今の所は大丈夫でしょう」

リーブがそうならないように部下に手配をさせていたし、彼のことをリークするものが居ないというのは、彼に人望があるからだ。
そして、ハイデッカーとスカーレットはケット・シーの情報を知らされていない。

エアポートに泊まっていた、神羅が所持しているはずのハイウインドは、自分たちを迎え入れた。
これもクラウドがシドという仲間と縁を結んだからこその繋がりだろう。
ヘリコプターに乗る機会は何度もあったけれど、実際ハイウインドのような飛行艇に乗れる機会はそうない。伝説の操縦士、シドの元でクルーは生き生きとハイウインドの舵を切っていた。

「そんで、どうなんです?シドさん」
「この飛行艇でティファのいる部屋を攻撃してみても一か八かだがな!」
「一か八かじゃなくてやってれよシド!」
「うっせぇな、今からやるから黙って見と……ん?ウェポンじゃねぇか!」

ハイウインドによって攻撃しようとしていたが。
直前でウェポンの攻撃によって密閉されていたガス室に風穴が開いた。
そしてウェポン本体は、神羅のキャノン砲を至近距離で食らい、海に飛沫と大きな波を起こしながら倒れていく。
その機会を見逃さなかったのは、リーブの部下が落とした鍵で高速を解除していたティファ本人だった。
瓦礫をよじ登って脱出を計ったティファを発見したシドは指示を飛ばす。
そして垂らしたロープに捕まったティファを、無事に保護し、ジュノン要塞からハイウインドは立ち去っていくのだった。

「はぁぁ……一時はどうなるかと思ったぜ。元は神羅の人間だそうだか、本当に助かった」
「いえ、私を呼んだのはリー……ケット・シーさんですから。敵地とはいえ、ティファさんをもう少し安全に保護出来ればよかったけど」
「貴方が……アンナさん。クラウドの先輩だった……」

ハイウインドの甲板で空を覆うメテオを直に見ていたティファは、見慣れない女性が誰であるかを知って「ありがとうございました」と頭を下げる。
各所から話には何度か聞いていたものの、実際に会うのは初めての事だった。

「先輩というか……クラウドは、ザックスと会う時に居ることが多かった子だったから、あまり先輩後輩っていう意識が私にはなくて」
「やっぱりそうだったんですね……」
「私も、こうなる前にもっとクラウド本人と話せばよかったって反省してるの。クラウドはまだ見つかってないみたいだけど……もし、再会したら、貴方が声をかけてあげて欲しい。きっと、一番届くと思うから」

アンナの言葉に、ティファは視線を落とす。
こうなる前にクラウドともっとよく話しておけばよかった。それは自分にとっても同じ後悔だった。
クラウドが言っていることが変だと感じていたのに。それを直接確認するわけではなく見守って、そして最悪の形でクラウドを失った。
自分にこれ以上出来ることはあるのだろうかと曇っていた心が、少し、晴れた気分だった。

七日間飲まず食わずで意識を失っていたティファをハイウインドの中に案内したアンナは、ジュノンで得られた神羅の情報を交換していた。
彼らに、有利に働く何かがあればいいと思ってのことだったが。
その協力的な姿勢に、シド達は期待してしまう。
このまま、アンナが神羅とは別方向からこの事態を打開するための星を救う旅に同行してくれるのではないかと。

「嬢ちゃん、このまま俺達と来るか?戦力的には見た所、かなりありがたいんだが」
「……いえ、私は私に出来ることをします。神羅本社へ、向かいます」
「……!せやな、ボクの本体が待ってますわ」

アンナは、その線引きは外さなかった。
クラウドに対してもっと早く声をかければよかったという想いはあった。放っておいてしまったことを反省もした。
しかし、このまま生死不明のクラウドを見付けつつ、星を救う手立てを彼等と共に探す選択はアンナの中では違うと判断したのだ。
彼らにも出来ないことを、神羅とクラウドの仲間の狭間で自分なりに足掻きたいという強い決意だった。

「そうか……でも、助かったぜ嬢ちゃん。アンナだったか、覚えておくぜ」
「えぇ、助けてくれてありがとう」
「皆さんにも幸運を。……あっ、くれぐれもアンナに助けて貰ったーなんて口を滑らせないで下さると助かります。特に社長や幹部、タークスの皆さんには内密に」

──回避出来ないとしたら、もう普通に過ごせる日は2週間もない。
その中で、自分が自分らしく生きたと言えるように。バイクに跨って荒廃するミッドガルの土地へと急ぐのだ。
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