Mrs. Velvet Doll
- ナノ -
仮面に隠れた嘘
要塞都市であるジュノンの厳戒態勢は過去最高クラスと言えた。
空から降って来る星自体に破滅をもたらすメテオだけではなく、その前にすべてを無に帰そうとする機能であるウェポンの攻撃に備えていることもあって、ミッドガルからも多くの兵がこのジュノンに集められているようだった。
要塞の下の住宅街で暮らしている住人の不安は相当なものだったが、誰も逃げようとしないのは『どこに逃げればいいのかも分からない』からだろう。
安全な場所なんて、もうこの星にあるとは言えない状況だった。

「アカン、やっぱりクラウドさんの情報も何もなければティファさんもまだ目を覚ましてないみたいです」
「そう……なんですね。クラウド何処に居るんでしょう。最後の状態を聞く限り、かなり心配ですが……」

この5日間、神羅の情報網を駆使してもクラウドの姿は見つからず。ハイウインドの手配は済んでいるが、自分達の動きが大事になってくる。
ケット・シーの潜入方法や、ケット・シーが処刑を邪魔した後のアンナの援護の段取り等を考えて計画は練り終わった状況の中。

斜陽が伸びる時間帯に差し掛かっている頃。
情報収集のために外に出たアンナは、ジュノンの街で神羅兵が居ないルートを歩いていたのだが。

ふと、路地裏から聞こえてくる僅かな声に気付いて顔をそちらへと向けて。
見つけてしまった。
女性に詰め寄っている神羅兵二人。
彼らに気付いても見て見ぬふりをして素通りする通行人も居るが。
何時かのゴールドソーサーでも見かけたが、今回はなお悪質な行動だとすぐに理解した。

この世界が滅ぶかもしれないという中で、足掻こうとする者もいれば、当然頑張っても無駄なら悔いなく人生を終えたいと思う者も居るだろう。
だが、こういう形で、その欲望を発散させるのは間違っている。

「この……黙ってやらせろ!」
「世界がもう終わるっていうなら、仕事で人生終わるんじゃなくて愉しんでから死にたいだろ?」
「や、やだ……助けて……!」

考える暇もなく、アンナは刀を抜いていた。
一歩踏み込んで刀を逆さに振り抜いたアンナの攻撃によって男達は痛みと共に飛び退いた。
衣服の乱れた女性の腕をそっと掴んで「大丈夫ですか」と声をかけながらも、刀は男たちに向けたまま。

「なっ!?」
「何をしているんですか、貴方たち……」
「女……?神羅兵にこんなことしていいと思って」
「こんな有事に持ち場を離れて、何をしてるかと聞いてるんです」

冷ややかなアンナの視線に息をのみ、銃を取り出そうとした神羅兵だったが。
――作戦直前に目立つ行動をするべきではないと理解していたものの、アンナは動いた。


男二人を気絶させた後、アンナはすぐにケット・シーの居る病院へと足を運んだ。自分の軽率な行動が、彼まで窮地に追いやってしまうかもしれないという謝罪と共に。

「……目立つ行動をしました。すみません、ケット・シーさん」
「いえ……それは正しい行動やったと思います。連絡して、ボクの部下にその二人の身柄を拘束させますわ」
「念のため私だけ宿屋に拠点を移します。私のような女が神羅兵を撃退した話が流れるとしても、ケット・シーさんはバレずに済むでしょうから」
「アンナさん……」

念には念を入れて。
そう判断したアンナはすぐに宿屋へと向かって一室の手配をする。
アンナの判断が早かったのは賢明な判断だったと言えるのは、アンナが部屋を借りた二時間後のことだった。
フロントの人から連絡が入り『アンナさんをお呼びの方がいらっしゃいます』と呼び出されたのだ。
神羅兵であることを警戒してアンナは刀を忘れずに装備したうえで下への受付へと降りていき、そこに居た人を目視できた瞬間、目を開いた。

「……アンナ。やはり、刀の女にやられた者が居るというのは、嘘では無い報告のようだったな」
「ルーファウス社長……!?」

ルーファウス神羅。
下層の宿屋に来るような人ではない。
なぜこの忙しい筈のタイミングに、わざわざ小さないざこざで社長が確認をしに来たのかという動揺がアンナの中で広がる。
リーブの部下に問題を起こした兵を回収してもらったが、彼らが報告した訳ではなく、社長に情報が回ってしまったのだとすると、それはそれで不味かった。
逆に、彼に対して違和感を抱かせることなく納得させることが出来れば、リーブやケット・シーに対する疑いの目はいかないことになるという緊張感がアンナの中に渦巻く。

「私としては今回の件ではなく、なぜ君がジュノンに居るかが気になるが」
「流通が滞ってる影響で薬を病院に届けに来る運びの依頼で来ていただけですが……神羅兵を気絶させたことは申し訳ありません。強姦されそうな女性を、無視はできませんでした」
「持ち場を離れていた無能な兵に対して、同情や恩情は私にもないが……受け取る人間によっては神羅への敵対行為だと勘違いする者も居るだろうな」

──試されている。とアンナは確信した。
ケット・シーの件は勘付かれていないにしても、クラウドの友人であるアンナが、クラウドの仲間を処刑しようとしているタイミングでジュノンに居るのは何かがあると直感しているのだろう。
しかし、今捕らえているアバランチとアンナは面識がないことはルーファウスは知っていた。
だから、アンナを試していた。

「先ほどの彼らの行動は許せませんでしたが……ウェポンから市民を守る神羅の行動に敬意を示していますし、敵意のあっての行動ではないと思っていただきたいです」
「なるほど。君なら様々な手段で要塞にも潜り込めるだろうと思っての念のための確認だったが、杞憂だったか?」
「私なんかが潜り込んでウェポンに対して生身で戦うとかですか?そんなの、私には無理ですよ」
「複数のソルジャーでもそれは無理だろう。だが、クラウド一行なら各個撃破できたかもしれないな」
「……!」

このタイミングであげられるクラウド・ストライフの名前は罠だ。
メテオ発動の時に大空洞に居たものか、その場に居たものから連絡を受けて事情を知っている者たちしか、クラウドが黒マテリアをセフィロスに渡した事実を知らない。
つまり、アンナがすでにリーブや他のクラウドの仲間と接触があった上で事情を知り、ジュノンに来ていると思われた時。
ティファ達を助けるどころか、自分達の身も危うくなる。

「クラウド達がウェポンを無視していると……?」
「おや、聞いていないのか?それとも、器用な役者か。このメテオを呼び出した元凶は、クラウドだ。セフィロスの手足になっていたことに、本人は自覚がなかったようだがな」
「クラウド……」
「ほう?驚かないのだな」
「……、私は……クラウドと確かに友人でした。でも、それはソルジャーのクラウドではなく、一般兵のクラウドでした。再会して、彼と会話をしたのは一回だけでしたが……違和感を覚えるには、十分でしたから」

その言葉に嘘はない。
クラウドがこの事態を引き起こしたと言われた時の驚きは、初めて聞いた時のような反応を再現出来なかったかもしれないが、信じられないという気持ちと、彼への疑念と後悔は今も本物だ。

「そこで、だ。たまたまジュノンで顔を合わせたのも何かの縁だ。君に運びの仕事を任せたい。丁度、薬の運搬は終わった所なんだろう?」

――これは、かなり不味い。
下手に受ければ、作戦自体に支障をきたす。しかし、下手に断ればこれもまた"何かジュノンで他の用事でもあるのか"と思われかねない。

「お話はありがたいですが……明日、発つ予定ですから」
「それは残念だ。明日あたりに、この破滅を齎したアバランチを公開処刑するつもりなのだが」
「……っ!それなら猶更……私はアバランチの方と面識ありませんが、クラウドの知り合いの処刑なんて……見たくは、ありませんから」

敢えて重要な情報を零したのは、最後のルーファウスの揺さぶりだった。

見たくないというのも、嘘ではない。
確かにバレットとティファは知り合いではない。
だが、クラウドの仲間であり、自分の故郷であるスラム街に暮らしていた二人だ。処刑を見て楽しい気分になんて、なれるはずが無い。
そしてルーファウスもアンナが背を向けるような話題だったことは解っていた。アンナは、身内への情に厚く、理性的な人間であるからだ。

「ミッドガルへ帰るついでに出来る依頼だとしても断る、ということか」
「……この天変地異の中、状況把握を優先していまして。すみません。……ですが、今回お話を断らせて頂く代わりに、もしも社長がヘリコプターでも車でも移動出来ないような状況の時。お呼び頂ければ駆け付けます」
「ほう……それは私が支援もなく一人死にかけている状況でも。ということか」
「そ、そこまでは想定していませんでしたが……社長がそんな状況に陥るとも思えませんから」
「だが、ツォンの件があったアンナの駆け付けるという言葉は、妙に信頼があるな」
「……不吉なことを言わないでください」

もう目の前で誰が死にかけているのを辛うじて救うような状況になりたくないと思う反面、このままでは自分も、他の人々も。
星も全て死ぬという状況で、立ち尽くしていられない。
例え神羅を敵に回すような行動をするとしても。
セフィロスを止められる可能性があるクラウド達にも、この星の命運を託してみたいと思うのだ。

ルーファウス神羅はアンナの提示した代わりの案で一応納得したのか、宿を兵を連れて戻っていく。
直感的に、今の言葉を言わなければ、彼に疑いを持たれて連行されていたような気がするのだ。
アンナは心臓が冷えた気分で、大きく息を吐くのだった。
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