Mrs. Velvet Doll
- ナノ -
夜をねじると君が泣いた
アンナからツォンさんを保護したという話を聞いていたが、死の一歩手前まで行っていた重体だったこともあり、一週間は目を覚まさない予断を許さない状態だったらしい。

ツォンさんの病室に行けたのは、彼が目を覚まして三日後のことだった。
病院特有の薬品の香りや、清潔過ぎる白さは、雑然とした場所の方が慣れている身としては、居心地が悪くなる。
依然として青白い顔をしているが、生き残った悪運の強さに安堵した。
しかし、暫くは戦闘なんて無理だろうと分かるほどの状態だった。

「アンナに、命を救われたな」
「さすがに心配しましたよ、と。ツォンさん。アンナは万が一の保険だったそうだが……良かったぜ」
「……すまない。レノだけか」
「ツォンさんが負傷したって聞いた瞬間にイリーナはクラウド達追っかけてアイシクルロッジの方に向かって、ルードは大氷河の方に向かうらしいお偉いさんがたの護衛。イリーナは連絡に出やしないんです、と」

イリーナは恐らく先走って、クラウド達をツォンさんの仇だと思っている可能性がある。
アンナや起きたツォンさんの話を聞く限り、セフィロスがやったというのは間違いないのだろう。
ツォンさんの件は決してクラウドのせいではないのだが、結局クラウドを追うという目的に変わりはないから放っておいた。
ルーファウス社長も含めたお偉いさん方全員を引き連れて何もない筈の北の大氷河に向かうなんて、いったい何を考えていることやら。
しかし、タークスは実行部隊であり、詳細を知る必要はない。

「私は……しばらく活動できないが、頼んだぞ、レノ」
「はいよ、っと。社長の命令通りにって感じでしょうけどね」

ルーファウス社長が何をしようとしているか。何を目的としているかも自分たちは感知しない。
だが、廃止されそうだったタークスという部署を救ってくれたのはあの社長だ。
自分達は、彼に恩があった。


──この日ツォンさんが目を覚ましたのを確認して、アンナが拾った命を前にして折角安堵してたっていうのに。
神様ってものを信じる訳じゃないが、どうしてこう、奪っていくんだろうな。

神羅が保護しようとしていたエアリス・ゲインズブールの死の報せが届いたのは、ツォンさんを保護した暫く後の話だった。
黒マテリアをセフィロスに引き渡してしまった後、エアリスは単身で古代種の都であった忘らるる都へと単身向かい──祈りを捧げていた所を、上空から機会を狙っていたセフィロスの刀に、貫かれた。

いずれアンナに分かるこの件を伝える役割を担ったのは、アンナと同じ位その件で傷を負ってる、エアリスに思い入れのあるツォンさんだった。
訃報を告げた時のアンナを俺は直接見ていないが──どれだけ悲痛な状況だったか、想像出来てしまった。
もう既に亡くなっていたと覚悟していた筈のザックスが死んだという話を聞いてしまった時でさえ、抜け殻のように泣いていたのだ。
エアリスはきっと、アンナにとって一番の同性の友人だったのだ。
そんな大切な人を、亡くしたのだ。

今日は半日だけ、待機の命が出ていた。
イリーナはアイシクルロッジに向かっているし、ルードは飛行艇に同乗している。
てっきりルードと同じように護衛任務に就くものだと思っていたが、北に向かった二人とは違って、ミッドガルでツォンさんと共に待機だった。
分散させるように待機させるのは、これから北の大氷河を越えた先にある大空洞で何かが起きるかもしれないということなのだろうか。

「ハイデッカーやスカーレットどころか、宝条まで行ってるなんて……例のジェノバに関わることなのか……?いい予感はしないぞ、と」

ルードが同行してるというなら大抵のことなら大丈夫だと思いたいが。
煙草の煙をふかして、小さくなった煙草を灰皿に押し付ける。

待機命令が出ているとはいえ、借りている自宅に帰る訳でもなく、がらんと静まり返ったタークスのオフィスに設置されたソファに転がって。
携帯に表示された『アンナ』の文字をぼんやりと眺めて、溜息を吐く。
塞ぎこんでいるかもしれない中で、電話を急にするのは躊躇われた。

「だが……ずっと見ないフリするわけにも、行かないか、と」

何時までもアンナから距離を取ってみたって、一体それは何時まで?
そう考えれば、先回しにし続けるのは得策ではないだろう。
アンナに電話をするのではなく、いつ返してくれてもいいという意味を込めてメールを送る。
もし今日返ってこなくても、それはそれで仕方が無いと受け入れるつもりだ。

──メールを送った二時間後程。
ミッドガルの空は元々暗いが、夜の時間と呼べる空の色に変わり、街も街灯やネオンが輝き出した頃。

携帯のバイブが鳴って、即座に確認をする。
そこに書かれていたのは『ごめんね、レノさん。少し眠ってました。今、仕事は引き受けていないので、ミッドガルのホテルに泊まってるんです』というメッセージだった。
一人の自宅に帰るのではなく、ホテルのロビー等で人の気配が感じられる場所で寝泊まりをしていることに、アンナが傷心していることは嫌でも分かった。
『迷惑じゃなかったら、行ってもいいか?話して、楽になる訳じゃないかもしれないが』と送ると、また少ししてメールが返ってくる。

「……嫌がられてないってんなら、安心だな」

そこに書かれていたのはアンナが泊まっているホテルの名前と住所だった。
拒まれていないのだというなら、彼女の元へ向かって会話をすることに意味があるだろう。

そのホテルに足を運ぶと、ロビーに探し人は居た。
ロビーのソファに座っていた彼女を見付けて「よっ」と声をかけると、力なく微笑んでくれた。
数日経ってもなお、やはり当然の事ながら傷は癒えないだろう。その表情に影が落ちていると直ぐに分かった。
ここで話すのは目立ち過ぎるな、と頭をかいていると、彼女は「……部屋に行きますか?」と声をかけてくる。
流石に、一瞬思考が停止したが。
バーのような人混みに行く気分でもないだろう。雑踏は避けたいけれど、多少の人の気配は感じたいのだろくとは想像がついた。
アンナが案内してくれた部屋は、少し広めのシングルルームだった。
最低限の荷物が入った鞄を持ってきているようで、数日ここで暮らしているのだろう。
部屋の中に設置されたティーバッグとマグカップを手に取って、ポットを沸かし始めて、お茶を用意し始めてくれる。

「レノさんがまさかミッドガルに居るとは思わなかった。忙しいと思ってましたから」
「ま、俺以外は出払って、俺は偶然待機中なだけってのは事実だ」
「そうだったんですね」
「……アンナにツォンさんが説明したっていうのは聞いた。……辛かったな」

一瞬、部屋の中が静寂に包まれる。

アンナの辛さに共感していないとしても、自分にとってのルードやツォンさんが居なくなった瞬間を想像した時は鉛を飲み込んだような気持ちになる。
だからこそ自然と出てきた同情だった。

ポットのボタンを押し終わったアンナは、そのまま俺の方を振り向かず、顔を俯かせたままぽつぽつと喋り始める。

「ツォンさんに、聞きました。エアリスは、きっと……自分のすべきことの為に、行動したんだって分かってます……」
「……アンナ」
「……ごめん、なさい……そう、分かってる、のに」

振り返ったアンナを見て、苦虫を噛み潰したような顔になった。
目の端からぽろりと涙を零したアンナは、何とか笑おうと取り繕っていたけれど。
その声は震えていた。

エアリスは無駄死にではなく。彼女がすべき事をして、未練はきっと無いのだろうと信じたい。
それでも、遺された方は取り繕おうとしても悲しくて堪らないのだという本音が、涙ではっきりと表に出ていた。
アンナは関わりながらも関わりきらないスタンスを取っていた。
アンナがクラウド達ともし行動を共にしていたとしても、エアリスを待っていた運命に抗えた保証はない。
世界のどうしようもない理不尽さに、ただ泣くしか出来なかったのだ。

壁に寄りかかってアンナの様子をじっと見守っていたが、ぽろぽろと静かに涙をこぼすアンナの頭を抱き寄せる。
彼女はその力を拒む訳でもなく、もたれかかってくる。
泣き声が聞こえなくなってきた辺りで、この状況はなかなか来るものがあるなと、天井をぼんやり見上げる。

「こうも頼られちまうと、勘違いしちまうぞ、と」
「……レノ、さん?」
「……弱みに付け込んでいい男をみせたくなるってことだ」

ただでさえ、惚れた女を胸で泣かせてるんだ。
そのまま縋ってしまえと。寂しさも辛さも忘れられるように埋めてやると、悪いことを考えたくもなる。
その前に突き放してくれると有難いんだが──そんなことを考えて、言い訳をそれとなく頭の中で並べてみていたが。

「……」
「アンナ?」

何時もなら「レノさんセクハラです」とでも言ってきそうなのだが。
スーツを握る手は、離されなかった。

なぁ、肯定だと思っちまうぞ。

腕を掴んで見ても嫌がられず、はらりと髪を耳にかけて、その耳元で「アンナ」と熱を込めて呼んでみる。

それでも突き飛ばしてこないのは。
アンナの指を絡めるように取り、引き寄せる。

「……後悔しても、遅いからな」

涙で濡れた彼女の目尻を拭って、アンナの腕を掴んで倒し、ベッドに体を縫い付ける。
右手で太腿をつうっとなぞって、瞼に口付ける。

弱っている心の隙間を埋めるような狡さは、後で糾弾されるなら甘んじて受けるつもりだが、自分のことだから反省はしないんだろう。
それでも、今アンナが俺を必要としているんだったら遠慮することは無いだろう。
情欲のまま貪って、喰らうのだ。
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