Mrs. Velvet Doll
- ナノ -
喪失を奪う金糸雀
ケット・シーがかけたアンナという保険は、彼にとっては不要であって欲しい物だった。
それも当然だろう。その保険が正しい判断だったということはすなわち、古代種の神殿へ向かう誰かが危険な状況に陥ってるということに他ならないのだから。神羅のヘリコプターを操作するアンナは、久々の運転に最初こそは落ち着かない様子を見せていたが、次第に感覚を思い出したのか、副操縦席に座るケット・シーと楽しげに会話していた。

「アンナさんのヘリコプター操縦久々や!流石にバイクほど荒っぽくは無いんやなぁ」
「久々の操縦ですけど、問題なく動かせて良かったです。ケット・シーさん、シートベルト外しちゃだめですよ」
「分かってますって!アンナさんが快諾してくれてほんまよかったですわ」
「リーブさん……いえ、ケット・シーさんとアンナさんとのやり取り、久々だなぁ」
「ご無沙汰しています。皆さんもリーブさんの元でお元気そうで何よりです」

アンナが振り返った後方のエリアには、リーブの部下である神羅兵が3人待機している。
神羅が追っているクラウドの知り合いであるアンナにとって、神羅兵は仕事でなければなるべく積極的に関わりたくない相手だったが、神羅に在籍していた頃のリーブという全幅の信頼を置いている上司が認める部下であれば、話は別だ。
一人は五年前からリーブの部下であり、アンナと顔見知りである。リーブのその配慮に感謝しながらも、このてこの混んだ保険が無駄であればいいと心の中で願い続ける。

「古代種の神殿、なんてあるんですね。そこに……古代種が遺した何かがあるということですか。……セフィロスが来ないとは、言えませんね」
「その通りです。何せ、セフィロスは自分を古代種と勘違いしてはるそうですから」
「それは……何か起こるかもしれないと危惧するには十分ですね」

セフィロスが自分を古代種と思っているのなら、縁の地を訪れても何も不思議なことはない。
ミッドガルから二時間ほどヘリコプターを快調に飛ばして、もう間もなく古代種の神殿を隠すような森のエリアに入りそうだという頃。
事態は急変する。

ケット・シーを操っている、本社にて待機しているリーブは、クラウド側のケット・シーから今しがた得た情報にガタッと席を思わず立ち上がった。
背中を流れる冷や汗に頭を抑えて、外れて欲しかったのに、と大きく息を吐く。
ケット・シーが見付けたのは、古代種の神殿の入口で、柱にもたれ掛かるように倒れたツォンだったのだ。
出血死してもおかしくないような血を流し、神殿の地面には赤黒い染みが出来ている。
血の気が失せて、死の手前まで消耗しているツォンに驚いたのはケット・シーだけではなく、彼と長年の付き合いになるエアリスもそうだった。
彼ほどの手練が、こうも重症を負った原因は、胸を貫かれた刀傷からも分かるように、セフィロスだったのだ。

「……アンナさん。ちょっとまずいかもしれんで」
「……、……何か起きましたか」
「今、クラウドさんといる方のケット・シーがツォンさんを発見しました。……応急処置はして貰ってますがかなり危ない状態です」
「……!?」

それまで何もなければいい、と思いながら神殿に向かっていたヘリコプターの中の空気は一気に張り詰めた物へと変わる。
ただの神羅兵でもなく、下位ソルジャーでもなく、タークスをまとめる主任が重傷を負わされているのだ。

「……こんな嫌な予感、当たって欲しくなかったんやけどな……今すぐにでもツォンさんを運んで緊急治療せなアカン位です」
「っ、飛ばしますよ皆さん!現場に着いたら二人はツォンさんを運ぶ為についてきてください。ケット・シーさんも案内の為にお願いします」
「!畏まりました!」
「任せとき!」
「私は治癒魔法を使えますので、それで治せるという訳ではありませんが、同行します!一人はヘリコプターが魔物に襲われないよう待機をお願いします!」

アンナの的確な指示に兵は頷き、ヘリコプターに常設してある担架を用意し始める。
神羅という組織を離れても、変わらない有事における統率力と冷静さは、リーブが長く護衛を任せただけの物があった。
古代種の神殿の近く、森が開けた場所にヘリコプターを停め、アンナとケット・シーは古代種の神殿へと駆け出す。
どくどくと嫌に鼓動が早くなり、アンナは胸元をぎゅっと握りしめる。

今度は目の前で、もう少ない昔からの知人がまた亡くなってしまうかもしれないと思うと、恐ろしくて堪らない。
臆病なのかもしれないが、それだけ、大切な人を喪ってきたのだ。
大切な人の死を、早すぎる死を見届けたくないと思うのは傲慢なのだろうか。
そんなことをぼんやりと考えながら、アンナは固く拳を握る。

「ここや!アンナさん!」
「っ、ツォンさん!……ぁ……」

神殿内部に入った広間に、ぐったりと横たわっているツォンを発見したアンナは、思わず口元を手で押えて一歩後退りをする。

エアリスによって治癒魔法をかけて貰った為か、もう新しい血は流れてないようだが、広間に飛び散っている血痕の量で何が起きたのかを想像するのは容易かった。
ツォンに駆け寄り、素早く口元に手を当てて呼吸を確認し、脈を測る。

「気を失ってるけど生きてる……良かった……」
「ツォンさんの生命力次第やな。……アンナさん、クラウドさん達がこの奥に居るけど会っていかなくてえぇんです?そういえば、ミッドガルで別れてから会ってへんやろ?」
「そう、ですね……。勿論、気になりますし、クラウドとエアリスも心配ですけど……今はツォンさんを、死なせたくないから」

気を失っているツォンが担架にそっと乗せられるのを横目で見てから、アンナは入口の閉ざされた神殿の奥を見つめる。
ミッドガルを飛び出したまま再会出来ていない二人にもう一度会いたい気持ちはあるけれど、目の前の消えそうな命を無視はできない。
神羅兵二人にツォンを運んでもらいながらアンナはその横で治癒魔法をかけ続け、ヘリコプターのある地点へと戻る。
顔面蒼白だったツォンの顔色は、僅かだが熱が戻ってきているように見えた。

「ほんま、良かった……アンナさんに声掛けててこんなに良かったと思ったことはないですわ」
「……やだな……」
「え?」
「神羅はもしかしたら星の寿命を縮めてるのかもしれないし、上の指示で多くの人を殺めることになったかもしれない」
「……」
「でも、それでも……ツォンさんや、私の知り合いが亡くなるのはもう、嫌です」

ヘリコプター後方のストレッチャーに乗せられたツォンを振り返り、泣きそうな声で呟く。
アンナの操縦桿を握る手が震えていることに、ケット・シーも気付いていた。
死を覚悟して護衛という任務にあたっていた彼女だからこそ、今回の依頼を引き受けてくれたように、死地になるかとしれない場所から目を逸らすということはしなかった。

「アンナさんのその想いのお陰で今回こうして何とかなったんや。神羅の病院、こっからやとミッドガルよりゴールドソーサーの方が近いはずや」
「えぇ、そちらに向かいます」
「……それとどうやらボク、この身体をミッドガルに戻すんやなくて、そのままクラウドさん達の元に向かわせなアカンらしいわ」
「?それは、どういう……」
「クラウドさん達を助けたくて、向こうのケット・シーが命懸けで仕掛けを作動させてな。まぁ、命言うても、与えられた命なんやけど」
「っ、ケット・シーさん……。それだけ、それだけクラウド達を守りたかったんですよね。彼らを……助けたいと、思ったんですね」
「こんな裏切り者のボクのこと、信頼してくれたんですわ。……嬉しいなぁ。ボク、ほんま仲間ってもんに恵まれてますわ」

寂しそうに、それでも嬉しそうに仲間というものを噛み締めるケット・シーに手を伸ばして、アンナは震える手のままそっとケット・シーを撫でた。
クラウド達がケット・シーを、リーブの考え方を変えたのは勿論だろう。けれど、彼らの言葉が響く心を持っている貴方の人柄でもあるんですよ、リーブさん。そう伝えるように。

「……こうなった以上、他のタークスにも伝えるべきやろなぁ。アンナさん、どうします?ボクからツォンさんの状況を連絡して回ってもえぇけど」
「……外部の私が連絡するべきでは、ないと、思います」
「……まぁ、正論やなぁ」
「でも。一人だけ、私から、かけてもいいですか」

大切な人が居なくなるかもしれないという恐怖を目の当たりにして、震えが止まらない今。
声が聞きたいなんて。不安を和らげたいが為の我儘だと思うアンナに対して、ケット・シーは当然のことだと笑い、話をしやすいようにと副操縦席から離れていく。
登録された名前をタップし、数回コールを鳴らすと、その人と電話が繋がる。

『もしもし、アンナか、と。どうしたんだ?』
「レノさん……」

電話越しでも低く、明るい声が聞こえただけで酷く安堵する。
待機していたレノとしては、アンナに告白してからまだ会えていない中で、突然アンナからかかってきた電話に驚いたのだが。
縋るような、泣きそうな声に気がついて、レノは異変を察知する。

『何か、あったのか?』
「……リーブさんに頼まれて、万が一の時に備えてツォンさんが向かったという古代種の神殿へと来ていたんです。……セフィロスに刺されて、ツォンさんは重傷……今まだ、目を覚ましていません」
『なっ……!?ツォンさんがかよ、と!?』

タークスとしても一大事の報告に、レノは目を開く。悪運の強いツォンが、これまで再起不能の状態になったのを長年の付き合いになるレノも見たことが無かった。
しかし、アンナの声の震わせ方から、彼女が畏れている知人の死を強く印象付けるかのような危ない状態だったのだろう。
何故今回の件にアンナが関わっているのかという疑問はあるが、間違いなく言えるのは『リーブの判断でアンナを連れてきていなかったら、本当にツォンの身が危なかった』ということだ。

『正直、アンナにはあんまり俺達の今回の仕事に、クラウド達にこれ以上関わって欲しくないって思ってた』
「……うん」
『……でも、今回ばかりは感謝してもしきれないぞ、と。アンナが居なきゃ、ツォンさんが死んでたかもしれない。……ありがとな。トラウマになってんのに、そんな現場に向かってくれて』
「レノ、さん……」

──あぁ、どうしてこの人は欲しい言葉をこんなにも自然と、溶かすように与えてくれるのだろう。
現場に向かったことに後悔はない。それでも、ただ怖かった。目の前で救えなかったらどうしよう怖がる程、自分が弱いだけなのだ。

「レノさんの声を聞いて、安心、しました。こちらこそありがとう。ゴールドソーサーの病院へ向かいますので、ツォンさんは安静が必要ですけど助かる筈です」
『……おう。この事はルード達にも言っておくぞ、と。タークスを代表してアンナに感謝してるって言わせてくれよ、と』

レノとの会話をしているうちに、気づけば操縦桿を握る手の震えは止まっていた。
関わって欲しくないと言いながら、タークスの脳を守って貰ったのだ。
純粋に感謝しているし、それが好意を抱いている相手なら尚更だ。
名残惜しさを覚えながらも、レノは『また連絡する』と残して、通話を切った。

「……ますます、俺は死ねないぞ、と」

告白の答えを聞く約束があるからではなく、ただ単に。
彼女が悲しまないように。
危険と隣り合わせの仕事に誇りを持っている以上、辞めることは出来ないけれど。
それでも早死しないようにしないとな、と呟き、煙草の煙を蒸して、空を見上げるのだった。
prevnext