Mrs. Velvet Doll
- ナノ -
支配の問答
ニブルヘイムを抜けて、ロケット村へとクラウド達が向かっているその頃、アンナは漸く翠の魔晄の色輝く街、ミッドガルへと戻って来ていた。
自分の家の扉を開くことさえ、二ヶ月以上ぶりになっている、のだが。


「……大家さんが亡くなったことでこの建物ごと売りに出されて、再開発だなんて……」

がらんとしたアパルトメントの、自分の部屋の扉を開けて、アンナは大きく溜息を吐いた。
両側のプレートが崩壊した八番街の土地を好きで買う者なんて現れないなんてことは当然というものだろう。
ケット・シーとの長旅から、少々寄り道をして戻ってきたことで遅くなってしまった間に住人に対して通告が出ていたらしい。
知らない間に引っ越している人が多く、残る住人は自分ともう一人位しか居なくなっていた。

「家が無くなる……でも、だからと言って今後どこに移ればいいかって悩むなぁ……はあ」

どの町区がいいかなんて、冷静に考えられる訳でもなく。
一ヶ月以内に立ち退かなければいけないことに、アンナはどっと疲れを覚える。
正直、このミッドガルに安全な場所があるかと問われたら、あるとは言えなかった。
しかし、家の中を見てみても、家の中の荷物は長年住んでいると言ってもかなり少ない。運び屋という仕事をしている以上、家に居ない日も多いから自然と荷物も少なくなる。引っ越し自体は手間取ることはなさそうだが。
会社で寝泊まりができていた頃は、そう考えると楽だったかもしれないと溜息を吐いていたアンナに、電話の音が鳴り響く。
着信音に反応して表示された名前に、アンナの表情が自然と緩み、急いで通話ボタンを押した。

「リーブさん、電話なんてどうされました?」

電話の相手は、ケット・シーではないリーブ本人だった。
リーブの声もまた穏やかで、『お久しぶりです、アンナさん』と挨拶をされるだけで、背筋が伸びるような感覚だ。


『このまま電話で伝えてもいいんですが……いや、それでは個人的に誠意が足りない気がするな。ミッドガルに戻っているなら、久々にオフィスで話しませんか、アンナさん』
「……!リーブさん、多忙なのにそんな」
『恩人であるアンナさんに対してなら幾らでも時間は作りますよ。……とはいえ、今回話したいことは頼みたい仕事がある、という件です。だから、断って頂いも構いません』
「……いえ、引き受けます。リーブさんの仕事は絶対に断らないって決めてますから」
『信用されていることに、少しの罪悪感と……隠しきれない嬉しさを感じますね』


リーブの言葉に、アンナは電話越しに破顔する。
ケット・シーとは何度も顔を合わせているし会話もしているが、リーブ本人と直接顔を合わせるのは実に五年ぶりになる。
神羅において要人なのだから、神羅を抜ければそうそう顔を合わせる機会がない相手だというのも当然ということだろう。

指定された時間よりも一時間も早く来てしまったことに、アンナはいい歳をして子供のように楽しみにしていることを自覚して自分の頭を押さえる。
しかし、忙しい身であるリーブに、自分がまだ到着していないので待っていてくださいなんていえないと自覚しているから、こうして早めに準備してしまうのは長年の癖というものだろう。
一般公開展示エリアのバイクや車を眺めるのもいいかもしれない。
そんな時間潰しを考えながら、入口で面会予定を伝えて入館証を貰い、神羅ビルへとったアンナはスカイデッキへ向かうためにエレベーターホールへと足を進めていたのだが。


「退け、そこの者!」
「え?」


命じてくる鋭い声に、アンナは咄嗟に振り返り、三人の神羅兵に囲まれた白を基調としたコートを身に纏う一人の男性を見つける。

この顔を知っている。
昔、この神羅に所属していた時に、何回か見かけたことがある。
一度目にしたら、その肩書きとカリスマ性を感じさせる出で立ちは記憶に残る。
プレジデント神羅の息子である、ルーファウス副社長。そして、プレジデント神羅が亡くなった今は、現社長である。

エレベーターに乗り込もうとしたのに退けと言われて何事かと一瞬思いはしたが、要人の中の要人を護衛しているとなればこの緊張感も納得だ。
察して後ろに下がろうとしたアンナだったが、ルーファウスはアンナに視線をちらりと向けて僅かに口角を上げた。


「お前達、下がれ」
「……!ハッ」


兵達は「ですが、護衛なしでどこの者か分からない女と二人になるのは危険です」等とは言えずに、護衛に付いていた三人の神羅兵は下がり、ルーファウス副社長は上の階に行く為のエレベーターに一人で乗り込む。
その様子を唖然として見ながら、その場に立ち尽くしていたアンナだが、ルーファウスは見計らったように声をかける。


「君もエレベーターに乗るんだろう?」
「えっ……い、いえ、私は次のエレベーターでいいので」
「折角兵を下がらせたんだ。そう狭くはなくなる」
「お気遣いありがとうございます。ですが、ルーファウス社長、私は神羅社員ではない取引先の者で……」
「私は君を知っている。元リーブの護衛役、アンナ」
「……!」
「リーブに呼ばれているんだろう」


まさか、彼に名前と顔を知られているなんて予想もしていなかった。
何せ、ルーファウス神羅は他人に対してそこまで関心が高い人ではないという印象があった。寧ろ、愚かな民衆を見下しているような、そんな所まである人が。
直接会話をしたこと自体はない、五年前に辞めたタークスでも名のあるソルジャーでもない自分のことを知っている方が意外だ。
しかも、辞める直前に彼はジュノン支社に左遷になって、ミッドガルからは離されていた筈なのだから。

ここまで言われて、更には兵の鋭い視線に結構です、と押し通すことも出来ず、渋々スカイデッキまでのボタンを押してエレベーターへと乗り込む。
非常に、気まずい。
こんなにも気まずいことがあるだろうか。
わざわざ護衛を下ろしてまで、この状況を作る必要はあったのかと言いたいけれど、元社員の部外者という立場を弁えているから、社長という立場の彼にそこまで言うことは出来ない。


「どうして私を知っている、という顔だな」
「……まさか五年も前に辞めた社員のことを、ルーファウス社長がご存知とは。神羅にはこんなに社員が居るのに」
「大抵の者は顔も名前も覚えてはいない。だが、タークスにも仕事を頼まれるような君が幹部の護衛役だったなら記憶にも残る」
「タークスからの仕事の依頼を把握されていましたか」


直近でもツォンから依頼を受けた話がまさか社長の耳にも入っているとは。
だからこそ、より一層エレベーターという狭い空間で、ルーファウス社長と一緒にいるのは気まずさが増す。
覚えられるのは嬉しいというよりも、彼相手だと悪目立ちしたくはないというのが本音だ。


「どうだ、神羅に再び属するのは。私は実力主義なのでな」
「……!社長からのヘッドハンティングですか。リーブさんにも、ツォンさんにもされませんでした」
「温いな、奴らは」
「私が甘いことを、お二人共知っているんですよ」
「……ほう?」


自分を甘いと称したアンナに、ルーファウスはガラス越しに見える景色に向けていた視線を、アンナへと移す。

危険な仕事も引き受け、こなしている結果今こうして生きている彼女がまさか、自分を甘いと表現するとは。
しかし、知り合いであるタークスの面々や、リーブの覚悟や仕事への姿勢を見ていると、痛感するのだ。
ザックスの死を受けて神羅をやめた自分は、どうしても情を最優先させてしまっていると。
それが絶対的に悪いわけではないのだろうけれど、友人の死を恐れる自分は臆病なのだ。
──生きていたクラウドの言動に少々違和感を抱きながらも、それを確認するとまたクラウドが居なくなるような気がして、そこから先は聞くことも出来なくて。

「仕事に対して疑問を抱いて、成し遂げきれない部下は不要でしょうから。私がそう思わない内容に限定して仕事を依頼してくださってるんですから……甘えさせて頂いてるんです」

ツォンにもリーブにも、そうして気を使って貰っていることは分かっていた。
だから何時だって中途半端な立ち位置で、何かを大きく変えようと動きもしなくて。
──でも、それでいいのだと言ってくれた人が居た。自分が大きく変える行動を取る、レノさんが。
しかし、そういう人間は護衛はともかく、他の仕事を任せる際には不要な人間だろう。


「……あの、もしかして、社長もスカイデッキの階層ですか」
「あぁ、上の階に行くためにはその階のエレベーターに乗り換えないといけない」


エレベーターで違う階で降りて、会話を終えられるかと思ったのだが。
スカイデッキで待機する自分と、それより上の階層に向かうルーファウスで行先は違うと考えて、アンナの硬い表情は少し和らぐ。


「リーブはこの時間、会議があった筈だろう。……早めに着いて、時間を余らせているのではないかね、アンナ」
「え、えぇ、そうですね……この階で待機しようと思いまして」
「私との会話も、もう少し付き合ってもらおうか」


どうしてですか。
そう、顔が引き攣りそうになる。
何故ルーファウスのような人が現社員でもない自分にここまで声をかけてくるのか──会話を求めるのか、純粋に疑問だった。
「結構です」だとか、リーブのスケジュールを把握されている以上「リーブさんとの待ち合わせがありますから」という言い訳も出来ず。
流されるままに、スカイデッキのベンチへと腰掛ける。背筋がぴんと伸びているような気がする。

しかし、ルーファウスが目の前にいる以上、この機会に彼に問いたいこともある。
彼は、プレジデント神羅の死を受けて社長へ就任した。つまり、プレート崩壊の決定をした人ではないのだが──同じ思考をした人かどうかだけ確かめておきたい。


「……プレートの件や、セフィロスへの対応等、社長はお忙しい筈なのに。アバランチのせいになっている以上、苦情は設計強度に関するものが多いでしょうが」
「親父がしたことだが、真相はさすがに知っていたか。苦情か。問い合わせもあるにはあるが、多くの民衆はこの状況を受け入れるしかないんだろう。恐怖は、人の心を掌握する」
「……恐怖で、民衆を支配するということですか」
「勿論だ。金よりも確かで、武力や権力を持たざる者にとっては強力な縛りとなる」
「……持っている側の神羅カンパニーの社長という立場だからこその……」


この人が、神羅カンパニーの社長だからそういう思考に至っているのだろうか。
いや、何となくこの人はその立場で無かろうと、支配をされる側には立たないのだろうと直感した。勿論、彼がそういう環境で育ったからこその価値観や考え方なのかもしれないが。
きっと、この人は元々だ。


「……いえ、ルーファウス社長自身が誰の支配も受けない方だからこその結論なんでしょう」
「……ほう?正解だ。私は私にしか支配出来ない。それが解っているが故に、神羅には属せないか」
「えぇ、方向性の違い、ということです。……私が憤ったのは実行部隊であるタークスやソルジャーではなく、首脳陣でしたから」
「成程な。廃止されそうだったタークスを存続させたのは私だ。そういった意味では、プレートの件では君には、恨まれる立場にあると認識していたのだが?」


ルーファウスの言葉に、アンナは目をゆっくりと大きく開く。
プレートの件というよりも、タークスの件だ。一度廃止にされそうだった話は、ツォンには聞いていない。
だが、確かに主任がツォンに変わり、前ヴェルド主任と共に多くのタークスメンバーが離脱をしている中で、不要だという声が上がるのも自然な流れだろう。
だが、あの場所はツォンの、ルードの。そして、レノにとって大切な居場所だ。彼らが彼らであるための、特別な場所。
そこを、この人は守ってくれたのだ。

「そう……だったんですか。貴方が……彼らの居場所を、無くさないで下さってありがとうございます」

今度はルーファウスがその言葉に僅かに眉を動かして反応を示す。
憎しみをぶつけられるより先に、感謝をされるとは。
自身を甘いと言いながら──彼らを否定しない。決して光の道も、真っ当に善の道も歩む訳ではなくても、理解している。

そこまで確認した所で満足したルーファウスは静かに席を立ち上がり「内容は把握していないが、リーブからの依頼を果たすことを期待しているぞ、アンナ」と声をかけ、エレベーターホールへと去っていく。

「……悪くない」

アンナが居なくなった後、エレベーターの中でルーファウスは満足気に笑う。

ルーファウスの反応とは反対に、アンナは生きた心地がしないと大きく息を吐いて、緊張してどくどくと煩く響く心臓の付近を押さえていた。
今の時間は一体なんだったんだろうか。元社員という立場で、かなり生意気なことを言った自覚はあるけれど、このビルを出て行けと言われない辺り、ルーファウスの癪に触った訳ではないのだろう。

「はぁ、どうして早く来すぎたんだろう、私……」

頭を押えながら、到着は約束時間15分前ほどにしようと反省しながら、スカイデッキのソファに座り、リーブの到着を待つのだった。
その20分後──会議を終えて、アンナを迎えに来たリーブは、久々に自分の目で見るアンナの姿を見つけて、早歩きになる。
部下でなくなった今も、絶大なる信頼をおける人だ。リーブの姿を視界の端で捉えたアンナは立ち上がり、頭を下げる。
ケット・シーを通して知っていたとはいえ、律儀な性格も、変わらない。


「お久しぶりです、アンナさん」
「こんにちは、リーブさん。ケット・シーさんとは旅をしていましたけどね」
「旅行に行けない私ですが、あれは私の中で最高の旅でしたね」
「ふふ、ありがとうございます。私も本当に楽しかったですよ。あっ、ゴールドソーサーのチケット、ありがとうございました」
「いえいえ、あれくらいお安いものですよ。ゴールドソーサーは楽しめましたか?」
「……、え、えぇ!」


ゴールドソーサーで過ごした時間について触れられかけて、アンナは一瞬表情が固まる。
退院祝いということでレノにデートに誘われて──そして、告白をされたゴールドソーサーでの一日のことをケット・シーは知らない。
顔に熱が集まっていないか、さり気なく手で首元を抑えて確認をする。これ以上突っ込まれないようにと笑って流し、リーブと共に会議室へと向かう。
それまで和やかな雰囲気だったが、仕事の話が始まる瞬間に、お互い切り替えて緊張感が張り詰める。


「早速の本題ですが、アンナさんに今回頼みたいのは……杞憂であればいいのですが、私の部下である兵と一緒に古代種の神殿へ向かってほしいのです」
「……古代種の神殿?」
「……はい。先ずは謝りたいのですが、私はクラウドさん達のスパイとして、ケット・シーを送り込みました。アンナさんに運んでもらって、神羅の関係者としての目撃情報を無くすために」
「やっぱり……そう、でしたか。クラウドが、テロ活動をしたアバランチと居るからですか?」
「それもそうですが、二つ目の大きな理由としては古代種であるエアリスさんの存在です。そして、セフィロスと何らかの接点が彼らにはある」


エアリスが、古代種。
その話は長年友人として過ごしてきたものの、初耳だった。古代種がどういった種族であるのか、宝条に関わってこなかったから正直分からない。
昔からエアリスは少し変わっている所はあったけれど、彼女が特別な存在であるのなら、神羅に追われていた理由がやっと腑に落ちた気分だった。


「幻滅をされるのは承知です。私は、クラウドさん達を欺いて、古代種の神殿の鍵を奪い、タークスに渡す予定です」
「……!」
「ですが、クラウドさん達と行動を共にして彼らを知り……コスモキャニオンで、魔晄を吸い上げ続けることで星の寿命を縮めている話を聞いて。彼らに協力して、セフィロスを止めたいと考え始めています」
「……やっぱり、リーブさんはリーブさんですね。本当に、安心しました。だから、私はケット・シーさんを送り届けたんです」


──最終的に、リーブはきっと判断を間違えない。
そういう確信と信頼があったから、神羅という身分を隠してケット・シーの体を運んだ後の目的を何となく感じながらも、引き受けたのだ。


「古代種の神殿へ向かう予定はツォンさんのみです。杞憂で終わればいいのですが……、アンナさんにケット・シーのスペアの体と共に私の部下である神羅兵を連れてヘリコプターで古代種の神殿へ行って欲しいんですよ」
「ケット・シーさんのスペア……?そこで何かあるかも、しれないんですか?」
「あるかもしれないし、無いかもしれない。ですが、ニブルヘイムでセフィロスが自分を古代種であると勘違いをした記憶を見た今、少しの不安を覚えまして。近くで待機してもらうだけで大丈夫ですが……どうでしょうか」


ツォンも勿論タークスの実力者であるが、実行部隊であるレノやルード、イリーナが居ないとなると、確かに不測の事態が起きた時にアンナとしても不安が残る。
幾らクラウド達を追っている側としても──アンナにとって、ツォンも数少ない神羅からの知り合いであるのだ。何かがあってからでは遅い。


「……引き受けます。何かがあってからは、遅いですから。それに、同伴する神羅兵もリーブさんの部下なら、部外者である私も安心ですし」
「ありがとうございます、アンナさんには感謝が尽きません。きっとクラウドさん達も追ってくるでしょうから、一人で危険という状況にはならないとは思いますが……気を付けてください」
「えぇ、肝に銘じます。ヘリコプターの操縦、正直久々ですが……ケット・シーさんを怖がらせないよう努めますね」
「ふふ、ありがとうございますアンナさん。仕事を頼むのですから、報酬はどうしましょうか?」
「何も無い可能性だってありますし……終わった後に考える形で大丈夫です。個人的には新しい家を探してるので良い物件を紹介していただけると嬉しいですけどね」
「アンナさん、引越しをされるんですか?」
「いえ……一ヶ月以内に引っ越さないとアパルトメントが取り壊し予定になってしまうみたいで。安宿暮らしでもいいんですけどね」
「そんな状況だったんですか!ふむ、この時期に……なかなか難しいですね。えぇ、分かりました。他の方にも声をかけて良い物件を知らないか聞いてみます」


リーブも心配するような、古代種の神殿。そこに何があるのかも分からないし、神羅がケット・シーを使ってタークスへと渡して、何を求めてそこへ向かおうとしているのかは、リーブに追求はしない。
クラウド達のスパイ役としてケット・シーで潜入したリーブが、神羅の方針に少しでも疑問を抱いて行動を起こそうとしていることが、アンナとしては何よりも嬉しかったのだった。
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