Mrs. Velvet Doll
- ナノ -
半年後の花火
仕事の為にプライベートを捨てる訳ではない。
きっちりと分けているつもりではあるが、仕事への美学を追及していけばいくほど、好きで隣に居続ける奴なんて居ない。
肩書で近づいて来る者は多くても、結局勤務中は何よりもタークスであることを優先する。それがどれだけ後ろ暗い仕事であっても、変わらない。
だから結局刹那的な関係以外の人間を作るのが難しいし、そういう状況で生きてきた期間がもう長くなって、考えることすらしていなかった。

気の合う無二の相棒、ルードも居るから、それで楽しかった。
だからか、別に女にこの仕事を理解して受け入れてもらいたいという願望があったわけでもない。
同業者と付き合いたいと思ったわけでもない。それはそれで面倒なことも多そうだとぼんやりと思っていた。

「今思えば……会ったあの八年前くらいから、こうなる予感はしてたのかもしれないけどな」

あのリフレッシュルームで出会って。
それから神羅カンパニーの中で顔を合わせたら話すようになった日々を思い返すと、当時からアンナのことをかなり気に入っていたんだろう。
リーブと同じで倫理観は普通で善人ではあるとはいえ、仕事に手は抜かない。
リーブ直下の部下である以上、タークスや一部のソルジャーに任せられるほどの事はしていない筈だが。

アンナは神羅を辞めることになったが、職務放棄して逃げただとか、仕事に対して意識が低いだとか、そんなことは思っていない。
アンナなりに区切りを付けて、けじめをつけた上で上司と話を付けたのだから、尊敬に値していた。


――ルードに奢らせてバーで別れた後、待ち合わせ場所であるゴールドソーサーのスピードスクエアに足を運んで、ソルジャーも憧れるゴールドソーサーの街を眺める。
まさかミッドガルから遠く離れたこの地で、冗談半分で言っていたデートを叶えられることになるとは。

退院直後は結局七番街の件の罪悪感からアンナを誘うことも出来なかったが、ツォンさんにお膳立てされたリフレッシュルームでの一件で意識は大きく変わった。
だからと言って忘れる訳ではなく。その業をこれからも背負っていくつもりで。アンナと、向き合っていくのだ。

「お……来たぞ、と」

待ち合わせの相手が階段を駆け上がって来るのを見て手を振る。

ゴールドソーサーにまだ滞在してくれていたのはラッキーだった。
主任からクラウド達一行のスパイ役であるリーブの操る機械をこのゴールドソーサーに送り届ける依頼の話は聞いていたが、用が無くなったら早々にミッドガルに戻る可能性だってあった。
今回の依頼を受けるほどにはアンナも未だにリーブを慕っているようだが、逆もまた然りで、リーブもアンナを信頼できる元部下だと思い入れがあるらしい。
そこは正直妬ける関係性だが、神羅に来るきっかけになったのだから、強くは言えない。


「お待たせしました、レノさん!本当にゴールドソーサーに居たんですね」
「待ってないぞ、と。というより、こっちこそアンナはミッドガルに戻ったと思ってた」
「偶には息抜きをしようと思って。折角ゴールドチケットを貰った訳だし、使わないと損じゃないですか」
「なるほど、生涯何度でも来られるって訳だ」


アンナが貰ったというゴールドチケットは決して安くはない、ソルジャーにとっても憧れの物だ。生涯何度でも自由にゴールドソーサーに行き来できるチケットだ。
スラム出身の金銭感覚なら尚更感じるだろう。都市開発を任されているリーブだからこそ、報酬として渡せるようなものだと納得だ。


「イリーナの電話からアンナの声がすると思わなかったから驚いたぞ、と。寧ろアイツとなんで知り合ったんだ?」
「路地で男性に絡まれてる女性を助けたのを見られてて。名前は名乗って無かったけど元神羅の運び屋って聞いて何かピンと来たみたいで、レノさんに電話してて」
「はーん……ナンパ助けてたのかよ、アンナが?寧ろされる側だろ」
「……こんな脅しで刀出す物騒な女、怖がって逃げられるんです。ショックですけど」
「俺ならこうしてデートに誘うけどな」


刀をちらつかせて肩を落として溜息を吐くアンナを改めていつものように口説いてみると、本人は驚いたのかぱちぱちと瞬く。

──こんないい女、そう居るかよ。
完全に真っ当とは言えない道を歩んで来ているかもしれないが、影の落ちた道を歩む人間にとっては心地よい斜陽で。
理解者を求めていた訳では無いが、罪を罪だと指摘した上で変わらず友人であろうとするアンナに受け入れられたような気さえしてしまう。


「た、タークスにも女性は居ますからね!流石、並の男性より腕が立つ女性も当たり前みたいな感覚なんですね」
「……まぁ、そうだが、イリーナをデートに誘うなんてことはしないしする気も起きないけどな」


アンナだからこそ、こうやって誘っているのだが、それを本人は分かっていないんだか、気付いていないふりをしているのか。

(どっちもか。……俺が特定の誰かに執心する訳もないと思ってるのと、もし万が一にもそうだったとしてもアンナにとって大事なものが増えた後に喪うのが怖いんだろうな)

両親や、ザックス、今も追われているクラウドだとか、スラム街。
関わる人と付かず離れずの関係であろうと考えるのも理解は出来る。だが、そうさせたくないのが自分だ。アンナの世界に割って入っていきたいと思うんだから。


「それじゃあ先ずは、バイクレースでも楽しむとするか。アンナなら選手として出れそうだけどな、と」
「ふふ、職に困ったら本気で考えちゃいますね」
「それならアンナがレーサーになる日は来なさそうだな、と」


職に困るどころかタークスや、幹部のリーブからも仕事を任されるようなアンナだ。
その分、危険な仕事はしているから、そこだけは気がかりだが。
集合場所にしていたこの施設は、バイクレースが行われる会場だ。会場は多くの観客で賑わっており、その中にはソルジャーたちの姿も多く見かける。
ライダーでもあるアンナにとっては興味が惹かれるエリアだろうと思ったが、予想通りその瞳が輝いているように見えた。


「レースはやっぱり好きだな。だってスピードで競うのって楽しいから」
「おー、流石、バイク開発部門にいいデータ送ってたライダーなだけあるっつーか」
「でも、レノさんもバイクの運転得意じゃないですか」
「得意っちゃ得意だが……最近はヘリの操縦ばっかだけどな」
「ふふ、そうですね。空からの方が何かと便利ですし、何より速いし」


タークスの仕事の関係で乗り回すのは主にヘリコプターだ。
単独で現地に向かって行動するなんてことが組織である以上あまりないせいか、今ではすっかり操縦桿を握るのも上手くなったものだ。
バイクの運転に長けているアンナよりも運転が上手いと自負出来るかもしれないが、自分がヘリコプターを使う機会なんて大抵後ろ暗い仕事中なんだから、自慢できることでもない。
レースを見ている時のアンナは「なるほど……」と納得するようにレーサーの運転技術を確認ながら見ているようだった。
実にアンナらしいと思いながら眺めている自分は、レースよりも隣に座るアンナに視線を向けてばかりだった。
「いいレースでしたね!」と笑顔で話す彼女に「そうだな、と」と答えながら、多分良い所を見られていなかった。


「自分で乗るのもいいですけど、あぁやって最低限の安全を保障した上でのデッドヒートを繰り広げてくれるのは見てて本当に楽しいな」
「ぷっ、出てくるコメントがアンナらしいっつうか」
「うう、しょうがないじゃないですか。ついそう思ってしまうんですよ」
「楽しんでくれたならいいけどな。折角ゴールドソーサー来てるんだ。観覧車、まだ乗ってないか?」
「!観覧車!ケット・シーさんもいない中で一人で乗るのは流石に躊躇ってまだ乗ってなかったんですよ」
「それは丁度良かったぞ、と」


ゴールドソーサー全体を見渡せる観覧車はこの観光地の名物だ。
家族連れや友人同士、それからカップルが数多く利用している。アンナと会わなければ、誰かと観覧車に乗ろうとは思いもしなかっただろう。

──律儀に退院祝いとしてこうして貴重な休日を使ってまで実行してくれたレノの横顔をちらりと覗き見て、アンナは観覧車にもう一度視線を向ける。
彼なりの、気遣いと謝罪の意なのだろうか。以前、リフレッシュルームで会話をしたからこそ、余計に気を使わせてしまっているのかもしれない。

(レノさん自身を恨んでいるわけじゃないっていうのは、本当なんだけど)

伝えなければいけないと思ったから伝えたのだが。レノに余計に罪悪感を与えることになったのなら。
レノが何を考えているかは、分からない。純粋に、楽しませようとしてくれているのかもしれない。
それでも、デートと称して連れてきてくれたレノに対して、その真意を確かめることは出来なかった。


チケットを渡して観覧車に乗り込み、ゆっくりとゴンドラが動き始める。ゴールドソーサー全体の景色が眼下に広がり、夜景のようなネオンが煌めいていた。
景色を見ているアンナとは反対に、アンナの横顔を目に焼き付けるように眺める。
お互い初めて出会ってからもう十年弱は経っていて、気付けば社会の闇もこの目で見て、体感して。
気づけばこの年齢にまでなってしまった。


「まさか、レノさんにこうして連れてきてもらえるなんて。ミッドガルに戻る前にいいものを見させてもらえちゃった」
「そう言ってもらえんなら何よりだぞ、と。アンナへの退院祝い、これじゃあ全然足りないだろうけどな」
「……レノさん、くだらない話、してもいいですか」
「……?おう」


くだらない話、と言いながらも、アンナの顔は真剣みを帯びているようだった。
きっと、大事な話なんだろう、これは。
アンナが自分に話したいと願う話は、全て聞かなければいけない。本能的に、そう直感した。


「本当は、少し不安だったんです。ミッドガルに暮らしているのに、肝心な時に私は別の場所に居たり。ケット・シーさんを送り届けたりして、中途半端に関わりながら、……クラウドのことだってどうしてあげることも出来なくて。……私は肝心な所は、関わっていない申し訳なさからくる不安と、罪悪感。それから中途半端なばかりに、レノさんに何時も気を遣わせてしまうから」
「……そんなことないぞ、と」
「レノさん、優しいからそう言ってしまうだろうなとも思ってたから。そうやって、五年も”仕事”をさせてしまって」
「やっぱり、知ってたんだな。……なんというか、本気でやってたって訳じゃないんだけどな」
「えぇ、そうだったからこそ、私は今まで通りいられたんですから。感謝しても、しきれないんですよ」


アンナの言葉に、目をゆっくりと開く。窓の外の夜景を見ていたはずのアンナの視線と混ざった。
別に、彼女が言う通り、適当に監視したことで彼女の生活を今まで通りに守っただなんて思っていない。
寧ろ俺が何をできたんだろうかと考えてみても、何も思い浮かばない。寧ろ、危険にただ巻き込んできただけだ。
本当だったらもう少し、神羅と関わらずに、平和でいられたはずなのかもしれないのに。
どうして感謝をされる要素があるんだろうか。命令通りに、監視をしていた自分が。感謝するなんて甘やかされて言い訳がない。
なのに。

「レノさんのおかげで楽しいゴールドソーサー観光になりました。ありがとう」

ふわりと微笑むアンナの顔に、手が自然と動いていた。
青臭い恋なんて、もうするつもりもないし出来もしない。それでも、誰かを本気で愛おしいと感じる心があるものなのかと自分でも他人事のように驚いている。


「レノさ……」
「あれだけ傷付けて、しかもタークスっていう後ろ暗い仕事をしてるから、安易にアンナを俺に巻き込むのは良くないことくらいは分かってるつもりだ」


本当に今更な話だろう。巻き込むべきじゃないと思いながら、自分が霞むような青空を見てほしくないだとか。
どこまでも自分本位に感情だ。アンナが中途半端な立ち位置でいることを謝っていたが、そうでなければ守るなんてことさえ言うことも出来なかっただろう。
何せ、タークスである自分は仕事と何かを選ばなければいけない際に、自分の身の安全さえ度外視して仕事を遂行するような男だ。
アンナが渦中に居ないお陰で、巻き込まないようにすることは出来る。
絶対に守ると豪語できないくせに、それでも俺だけは彼女の目の前から居なくならずに幸せにしたいと願うのだ。

「けど、アンナが好きだ。勿論、友人って意味じゃなくて、異性っていう意味でな」

恥ずかしがるわけでもなく、その言葉は案外すんなりと出てきた。
その事実をすんなりと認めるまで時間はかかったが、長年自然と想っていたからこそなのだろう。
アンナは石のように固まって、自分の手に重ねられた俺の手にぎゅっと拳を握っていた。
拒絶とはまた違う、防衛本能のようだとぼんやりと思った。


「ぇ……や、やだな、レノさん。だって、レノさんは、私を……監視する、役割で」
「それは否定しないし、そんな仕事もセフィロスの奴が目撃されるまでは確かに任されてたが。……好きだっていうのは、別に冗談じゃない」
「レノさ……」


握られた拳をゆっくりと開かせるように指に触れると、びくりと彼女の体が震える。
アンナがなぜ、俺からの感情に戸惑っているのか、その理由は何となくわかっている。
ただ、友人だと思っていた相手からの好意に戸惑っているという訳でもなく。想いに困るから戸惑っている訳でもなく。


「アンナが身近な人が死ぬのを怖がってるのは分かってるつもりだぞ、と。だからこの五年は特に誰の誘いも受け流してたことは知ってる」
「っ……」


根本的な彼女の畏れ。
それが原因だ。あまりにも身近な人が居なくなる経験を重ねすぎた。
両親を亡くしてスラム街で一人生きてきたこと。ザックスを亡くしたこと。他の神羅の知り合いも悉く命を落として、今では数える程度しか残っていないこと。
そして、これは俺たちや神羅のせいではあるが、古郷でもあるスラム街さえなくなったこと。
それらがアンナにとって”不用意に大切なものを増やすと失う時がつらくなる”という防衛本能を芽生えさせることになった。
それを否定することは自分には出来ない。だが、変わるきっかけにはなれるかもしれない。


「……だから、俺が半年後も生きてたら。その時は返事をくれよ」


今すぐ答えを求めるわけでもない。
だが、復活したセフィロスによって何かが近く、確実に起ころうとしている中でもしも、生きていられるのなら。
その時は自信をもってアンナの前から居なくなることはないと言えるだろう。
フラれるかもしれないかもしれなくても、アンナは友人という立場であっても、約束したいと思うことだった。


「……レノさんは、恋愛に興味がないと思ってたから、吃驚しました」
「あー……確かに自覚するまでは正直二の次、三の次だと思ってたとこはあったが。俺もルードと同じで男ってことだな」
「あの……言葉に、甘えさせてください。半年後に改めて……私も、気持ちの整理を、付けるから」
「今はそれで十分だぞ、と」


そう、今はこれで。好意をアンナに知ってもらって。考えてもらう時間を設けられただけで。
外の花火に視線を移したアンナは静かな声で「花火、綺麗ですね」と呟く。
その横顔の頬が少し赤くなっているだけで、十分だった。
prevnext