Mrs. Velvet Doll
- ナノ -
裏側の滞在
前回の大仕事も二人乗りだったが、前回は仕事の為の一時的なパートナーだったが、今回はアンナにとって特別な一時だった。
インスパイアで命を宿した姿であり、本人ではないとはいえ、意識は本人に繋がっている。
アンナにとって尊敬する上司であるリーブと同じ時間を過ごせたのは、特別な時間だったのだ。
目的地であるゴールドソーサーに到着し「アンナさん、ほんまおおきに!こんな楽しい長旅初めてでしたわ!」と喜ぶケット・シーと後ろ髪を引かれる思いで別れて、送り出した後。
暫くこの仕事でミッドガルを離れることを想定していたから、次の仕事は受けていなかった。

「と言うよりも……直近の仕事だけで、武器とかを新調しても細々と一体何年過ごせることやら」

ツォンやリーブから気前が良過ぎる程の報酬を受け取り、焦ってしまいそうになるが、彼等からしたらそれだけの危険の伴う仕事をして貰っているという認識だった。

「数日くらい……ゴールドソーサーやコスタ・デル・ソルでのんびりゆっくりしてもいい様な気がしてきた」

ミッドガルに急いで戻って行う仕事はない。
遊ぶ暇もなく仕事をしていたのだから、時々こうして羽を伸ばしてもバチは当たらないだろう。
『アンナさんにほんのお礼を先に渡しておきますわ!ゴールドチケット、大切にしてや〜』と言って、ケット・シーがくれたチケットはゴールドソーサーへの出入りが自由になるチケットだ。
ただ唯一悲しいのは、仕事の帰りがけに立ち寄っていくだけだから、同伴する相手がいないということだ。
単独行動には慣れている筈だが、ケット・シーとの道中が楽しかったせいで、どうしても物寂しさを覚えてしまう。

(確か、ゴールドソーサーを北に進めば……ニブルヘイムに辿り着くはずだけど。止めておこう。ケット・シーさんにも変に神羅に目を付けられて欲しくないと言われた訳だし)

ニブルヘイムに直接行ったことは無かったけれど、あそこに立ち寄ったという情報が神羅に伝わるだけでも、何かを疑われかねないのだろう。
数日、ゴールドソーサーの観光の予定を立てて、まとまった日にちの宿を取る。
何時もなら安宿で満足するのだが、折角だからといつもよりほんの少しいい宿にしてみたのだがクラウド達とすれ違わなかった大きな要因だったことを、アンナは知らない。


「一日じゃとても回り切れないテーマパークとは聞いてたけど、本当に遊ぶ所が多くて飽きないというか。ケット・シーさんが居ても似合いそうな場所というか」

流石、神羅カンパニーが建設と管理をしているアミューズメント施設と言うべき場所だ。
チョコボレースにスノーボードだけではなく、Gバイクもあるのが個人的には楽しめるポイントなのだが。
如何せん、どのゲームを楽しむにしてもやはり神羅兵が憧れる娯楽施設というだけあって、少々高いと思ってしまう。

空に打ちあがる花火を眺めながら、路地を歩いていたアンナは、耳に届いた男女の会話にふと足を止める。
一人の女性を、二人の男性が逃げ道を塞ぐように囲んでいて、嫌がっている声が聞こえたのだ。
こんなアミューズメントパークでもタチの悪いナンパをする様な輩が居るものなのかと呆れつつ、見なかったふりをする訳でもなく、アンナは女性に近付いて行く。


「失礼しますが、女性が嫌がっていますよ。やめてください」
「あっ……」
「なんだ?」
「へぇ?強気な姉ちゃんも綺麗な顔してるじゃ……」


女性と男の間に割って入るように立ち塞がり、男たちを見上げる。
男たちはもう一人都合のいい女が来たことに口角を上げてアンナの腕を取ろうとしたが。
アンナは腕を振り払い、ひと睨みをする。スラムほどの頻度は無いかもしれないが、ゴールドソーサーでもこういう光景はあるものなのかと肩を竦めたくもなる。
振り払われた男はアンナの生意気な態度に「あぁ!?」と声を上げて、アンナの肩を掴もうとしたが。


「街中で刀を抜かせないでください。物騒な所を、見せたくありませんから」
「ひっ……!」


アンナが鞘から抜いていた鋭く銀色に光る刀と、アンナが見せる殺気に男達は怯えた表情に変わり「もう行こうぜ!」と立ち去っていく。
おっかないと思われるのは女性として少々傷付くと思うも、実力主義の神羅の中で生きてきたのだから今更仕方がないだろう。
刀を鞘に納めて女性を振り返り、「大丈夫ですか?」と声をかけると、ほっと安堵したような表情を見せてくれたことに、怖がられなかったとアンナがほっとする番だった。


「路地に入った所を狙って声をかけてくるのは彼らの常套手段ですから。お気を付け下さいね」
「助けて下さってありがとうございました。神羅の方ですか?」
「いえ、そうではないんですけど……どうして神羅だと思ったんですか?」
「このゴールドソーサーで男を追い返せるような強い女性って、そうかと……」
「な、なるほど……」


「ありがとうございました!」お礼を言って立ち去っていく女性を見送りながら、アンナは自分の身なりを再度確認する。
神羅時代のスーツ姿からラフな格好にした筈なのに、神羅の人かと言われてしまう要素があるのは少々悲しい所がある。
もう少し淑やかになるべきだろうかと肩を落とした所に、ぱちぱちと拍手の音が響く。
振り返ると、一人の女性が感心したように手を叩いてこちらに向かって歩いて来ていた。
今の一連の出来事を途中から目撃していた黒いスーツを身にまとった金髪の女性――ゴールドソーサーで暫く待機になっていたイリーナだった。


「お見事でした。通りかかった時には貴方が出て行っていたので見守ってしまったんですが……一般の方が追い払うなんて」
「?え、あぁ、ありがとうございます。当然のことをしたまでですから」


隙のない立ち姿に、黒いスーツ。何だかスーツの形がレノやルードのものと似ているような気がしたけれど、彼女をタークスで見かけたことは無かった。
アンナが見かけたことが無かったのも当然だろう。
何せ、彼女がタークスの一員となったのは、レノが七番街プレートでの戦闘で暫く任務を十全に行える状態ではなくなった後のことなのだから。


「周囲の神羅兵も見て見ぬふりだったのは本当に申し訳ないです。武術に長けていそうな所といい、女性にしては珍しいから驚きました」
「えっと……神羅の方の大半は、ここにオフで来ているのは分かっていますから。面倒事に巻き込まれたくないと思っているのも理解できます」
「……?詳しいのね」
「えぇ、私も元神羅ですから。今は細々と運び屋をやってますけど……」
「元神羅の、運び屋……え?あ、あぁ!?貴方ですか!」
「!?」


──ルード先輩曰く、レノ先輩の想い人らしき人。
イリーナはアンナをまじまじと見つめて納得する。
たまたま聞いていた情報と一致しただけかもしれないが、それでも、今この時期にゴールドソーサーに居る運び屋というだけで彼女でほぼ間違いないだろうという確信がイリーナの中にあった。
クラウド達にスパイとして潜り込むためのケット・シーを、ここまで連れてくる為に依頼をした信頼できる運び屋がいるとツォンに聞いていた。
自分達はケット・シーの情報を元に、クラウド達を先回りして妨害をする予定でゴールドソーサーに待機をしているが。
まさか、レノが好意を持っているかもしれないという人に鉢合わせる機会が訪れるなんて。


「……先輩の言っていた通り、趣味がいいですね……」
「え?」


レノという先輩のイメージのせいで、見た目も派手な夜の女性を想像していたが、品がある人だ。
更にはナンパされている女性を助けるような倫理観もある人。先輩の癖に、良い女性狙いですかと言いたくもなる。
勿論、レノとルードも別の場所で今頃待機している筈だが、アンナが居ることを彼らに。特にレノに伝えていいものかとイリーナは悩む。
そして今、自分がタークスであるとも言っていない状況だ。

(でも、会ったのにそれを言わなかったらそれはそれで先輩に後でかなり嫌味を言われそうな気がする)


「先輩のアシストをすると思うとそれはそれで……っ!」
「あ、あのー……」
「ごめんなさい。名乗るのが遅れましたが、私はタークスのイリーナ。貴方のことは先輩たちから聞いてました」
「タークスだったんですか!そしたら、レノさんとルードさんの後輩ってことですね。……大変そうですね」
「!解ってもらえますか!ツォンさんはいいんですけど、とにかくレノ先輩とか不真面目で!」


イリーナの訴えに、アンナはそう言われてしまうのも理解できてしまうとくすくす笑う。
まだルードは事務仕事も言われたらこなすだろうが、レノは始末書を書くのも含めて、デスクワークにあまり向いていない。
後輩にもそう思われているのは実にレノさんらしいと思いながら、笑っているアンナを見て、イリーナは愕然とする。
あの人、自分のことは喋らないくせに随分と意中の相手と親しげじゃないですか、と。


「はぁ……もしもし、レノ先輩ですか」
『あーなんだよイリーナ。やっぱり俺らと飲んどけばよかったって思って混ざりたくなったのかよ、と』
「違いますから!オフと言っても明日任務が控えている中で先輩みたいにバーに行ったりしませんし、出来る後輩に感謝して欲しい位です」
『あ?なんだよ、と。その前振りは』
「街を歩いていたら偶然会ったんです。……今一瞬代わってもらってもいいですか」
『イリーナ?』
「……えっ、レノさん?」


その声が聞こえた瞬間に盛大に飲み物を吹き出しかけたレノを、隣に居たルードは目撃していた。
まさかこのタイミングで、イリーナの電話からアンナの声が聞こえてくるとは思いもしなかったのだ。
ケット・シーがこのゴールドソーサーにやって来てから一週間は経っている。
流石にもうこの地は離れていると思っていたから、オフの日を与えられたとは言っても、アンナに連絡を取ろうとは考えていなかったのだが。


『アンナ!?何でここに……ってあれか、依頼で来てたのか。まだゴールドソーサーに居たのかよ、と』
「えぇ、たまには羽を伸ばそうかなと思って。そろそろミッドガルに向けて戻ろうかなとは思ってましたけど」
『……この後時間はあるかよ、と』
「ケット・シーさんと別れて一人だったので暇は持て余して……」
『今からそっちに行く。退院祝いのやつ、まだ出来てなかったから俺とデートしてくれよ、と』
「!……ふふ、分かりました。待ってますね」


通話を切ったアンナはイリーナに端末を返した。レノの声が聞こえた訳ではないが、通話をしている様子から随分と親しげな気配は感じ取れた。
本当に先輩にそんな人がいるなんてと思うと同時に、ルードの話を思い出す。レノは本命には慎重だという言葉を。
この後会う予定をたてたようだが、アプローチを頑張ろうとしているのだと思うと、可愛げもあるものだ。

一方、バーで飲んでいたルードの横でレノは拳をぐっと握り「でかしたイリーナ!」と喜びを露にする。
それと同時に浮かんで来る疑問が、イリーナが偶然アンナに会ったとしても、どうして自分に電話をかけて来たかということだ。
まるで、アンナに気があることをイリーナが知っていたかのような。そこまで気付いた所で、察する。


「ルード、お前……イリーナに喋ったな、と」
「……レノと親しい元神羅の運び屋が居ると言っただけだ」
「本当かよ?飲みはここまでだ。アンナとデートしてくるから悪いな、と!あと奢れよ、ルード。喋った代だ」
「……承知した」


レノがアンナに気があるということをイリーナに喋ったことを察しているレノに、ルードもレノの事情で男二人の飲みを途中で離席するなら奢るのはレノの方だとは言えず。
機嫌よく席を立った相棒の分まで、レジカウンターで会計を済ませるのだった。
prevnext