Mrs. Velvet Doll
- ナノ -
音なき幕開け
どちらかの側につく訳でもなく中立の立場になったところで、完全に無関係で居られるわけでもなく。
ミッドガルという地を離れて、アンナは関わっていく。リーブの護衛であった時よりも行動範囲を広げて。


「神羅のヘリで運ばれて来た所を見られた情報が少しでも回れば……クラウド達の信用を欠くのは分かりますが、彼女ですか」
「確実にボクをゴールドソーサーに送ってくれはりますし、何よりボクが一番アンナさんの腕を信じとりますから」


タークスのオフィスには不思議な顔ぶれが揃っていた。今このオフィスにはレノもルードも、イリーナも居ない。
ツォンが出迎えているのは二足歩行をする猫、ケット・シーだ。この神羅ビルには似つかわしくないような、茶目っ気のあるキャラクター性だ。
しかし、立場があるからか、本人の姿では無くともツォンはケット・シーへの敬意を忘れない。


「それ、利用してるんとちゃいます?っていう指摘はボクも分かっとります。けど、アンナさんは何かあるて分かった上で……リーブを信頼して良いって言うてくれたんや」
「……まったく。我々がクラウド達とエアリスを追っていることを察していても口にしないあの口の固さは、貴方の元で信頼され続けていたことを実感します」
「せやから、タークスも時々仕事を依頼するんとちゃいます?ボクとしてはジュノンで入院するような仕事は回さんといて欲しかったんやけどなあ」
「言い返す言葉もありません。ヴェルド主任の件で良くして頂いている貴方にそれを言われてしまうと、恩を仇で返している気になりますね」


神羅に始末するように言われたツォン達にとっても恩人であるヴェルド主任が死んだことにして、ヴェルドについて行った者たちを援護しているのは彼と仲が良かったリーブだ。
過激派の幹部が揃っている中で唯一良識派と言われるだけの人だ。
神羅自体に思う所があって辞めたアンナを未だに戻って来てくれたら、と思う程には彼女の人柄も含めて信頼をしている感覚は、ツォンにも理解出来た。
だからこそ、今神羅に居なくて良かったのかもしれないと思うのだ。

――コスタ・デル・ソルにクラウド達が辿り着いた頃。
アンナの姿は愛車のバイクと共に神羅ビルの駐車場にあった。
女性の一人旅ではなく、ケット・シーを連れての陸路を行くゴールドソーサーまでの長旅だ。
機械であるケット・シーの荷物と言えば、食料や衣服はないものの、唯一今回持ち込むものがある。


「まさかサイドカーまで専用に新調して下さるとは……デブモーグリさん、重量オーバーになるかと思ったんですけどいけそう」
「いやあ、このモーグリを操る予定でしたんで一緒に運んでくれて助かりましたわあ」
「この大きさは車の方がいいんでしょうけど……何かあった時にバイクの方が交戦しやすいですからね」
「アンナさんのバイクテクニックは神羅の開発者も参考になったって言うてましたからね」


アンナの愛用しているバイクにサイドカーが取り付けられているが、人用というよりもケット・シーとデブモーグリに合わせた大きさだ。
そして、アンナの荷物も入るようにスペースが確保されている専用サイドカーは、エンジニアでもあるリーブが今回の為に用意をしたものだった。
尊敬する元上司をサイドカーに乗せて場合によっては荒くなるかもしれない運転に巻き込むことを考えると、緊張するのだが。
サイドカーに飛び乗ってうきうきしている様子のケット・シーの可愛い顔を見ていると、緊張感が緩む。
ケット・シーとモーグリが座った所でケット・シーにゴーグルをかけさせてアンナはバイクのエンジンをかけて、神羅ビルを飛び出し、ハイウェイを駆け抜ける。


「今回の件はほんまおおきに、アンナさん!」
「詮索はしないつもりですけど、私と行くのと神羅のヘリコプターで行くのだと、飛ばしても二週間くらいは違いますよね」
「ま、まあ、その通りっちゃその通りなんですけど〜……」
「……、はぁ。私と行くことで目撃情報が減らせるならそれでいいですけどね」
「ドキッ!」


アンナの確信をつくような言葉に、ケット・シーは胸を押さえるそぶりを見せる。
目的を理解した上で付き合ってくれるアンナに、やはり感謝しながら、ケット・シーは流れていく景色を目に焼き付けていく。
タークスに危険な任務に巻き込むなと言っておきながら、こうしてクラウド達のスパイをしに行く為の身体を運んでもらう為に依頼をしているのだから、矛盾している話だ。


「……これだけは言わせてほしいんやけど、アンナさんには危害は加えへん。絶対、ボクの命に賭けても」
「ふふ、その言葉だけで嬉しいですよ。ケット・シーさんと二人で行くの、何だか昔の護衛時代を思い出して嬉しくなるんです」
「アンナさん……」


確かにアンナの言っている通り、護衛をして貰っていた頃が懐かしくもなって、ミッドガルの神羅ビルのオフィス内でデスクについていたリーブ本人は感傷に浸るように目を閉じる。
腕前だけで言うのなら、彼女と同じくらいの腕のソルジャーも、ソルジャーではない男でも沢山いたことだろう。
だが、七番街のスラムでごろつきや不良、素行の悪い神羅兵から女性や知り合いを守るように刀を振るっていた凛とした少女に、今後信頼関係を築ける予感を抱いた。
その直感は今になっても間違ってはいなかったと断言が出来た。

(もしも、なんて無限に考えられるから意味は無いと分かっていますが……もしも、彼女に私が声をかけて神羅に呼んでいなかったら。彼女は今もあのスラムに居て。あの事故に巻き込んでいたかもしれない)


「何が巡り合わせになるか分かりませんなぁ。あっ、ところで占いは好きですかいな、アンナさん」
「えぇ、好きですよ!ケット・シーさん、まさか占いが出来るんですか?」
「愛らしいマスコットキャラクターとして占い位は出来なあかんやろ?ほなやってみましょ!」


アンナの運転する様子を眺めながら、ケット・シーは占いを始める。
彼女のこれから先の未来が少しでもいいものであればという多少の祈りを込めて。


「結果でましたで!なになに……転居、良し。旅行、良し。ビジネス、良し。失物、人もて……」
「ふふ、当たるんですかそれ?何だかいい結果ですね」
「まぁ参考程度に思って下さいな!運命の人にはもう出会ってる……なんやアンナさん聞いてへんでボク!」
「ただの占いですよね!?」


「そんなんふしだらやー!」と嘆くケット・シーに笑いながら、アンナは占いの内容をぼんやりと考える。
リーブが占いを得意としているなんてことは聞いたことが無いし、信じていいものかどうかは分からないが、リーブの占いを踏まえるとミッドガルを仕事で離れるのはいいらしい。
運命の人――とは誰のことを言っているのかは分からないが。
神羅を辞める出会いになったザックスのことを言うのなら確かに既に出会っているし、この仕事に繋がるリーブとケット・シーという姿で再会したことを考えたら出会っている。
死んでしまったと思い込んでいたクラウドとの再会も、まさにそうだろう。


「確かに一つ一つの出会いは運命的かもですね。ケット・シーさんと旅行が出来るんですから。あっ、旅行じゃなかったですね」
「コスタ・デル・ソルにせっかく行くならリゾート気分を味わいたいんやけどなぁ」
「道中急ぎますしそれはまた今度ですかね。でもミッドガルに帰るまでに、あそこでの休暇考えようかなぁ」
「羨ましいわぁ〜でもアンナさん、ナンパには気を付けてくださいよ。社内でも時々デートに誘おうなんてことがあったちゅう話は秘書から聞いてますんでボクとしては心配になってまうんや」
「やだな、女性の護衛なんて物珍しいから声をかけてきただけですよ。そんな、デートなんてレノさんみたいな……」


ぽろりと自然に零したその名前に、ケット・シーは「えっ」と声をあげてアンナに視線を向ける。
神羅の幹部であるリーブが、その名前を知らない訳がない。タークスのレノ。
彼の人柄も、仕事内容もほどほどに知っている方だ。確かにデートに誘う軽口を言ってくるが、それは彼にとって冗談に過ぎない。
どうして勘違いを起こすようなタイミングで今レノの名前を出してしまったのだろうかと自分に疑問を抱きながらも、心の中で平謝りをする。


「レノ……タークスの人やんか!えっ、アンナさんレノさんに言い寄られてるん!?」
「ち、違いますよ!冗談のスキンシップでしょうから」
「……はーん、レノさんがなぁ」


──もしも、レノにとっては冗談では無いのなら。
そんなもしもを考えてもやはり意味はないのかもしれないが。それでも少し、リーブの中で引っ掛かるものがあったのだ。
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