Mrs. Velvet Doll
- ナノ -
ビフォア・イノセント
クラウドがカームの町を越えて、ミスリルマインへと向かっていたその頃。
レノの負傷を受けて、人員不足を感じ取ったツォンは新しいメンバーをタークスに迎え入れていた。
かつて姉もタークスに所属していたという経歴がある、ブロンドのショートヘアが似合う格闘術を得意とする女性、イリーナだった。

主任であるツォンは心の底から尊敬出来るし、先輩であるレノとルードも実力に関しては非常に頼もしいのだが。
仕事ではない時は自分たちではない他の人の噂のような恋愛話に花を咲かせていたりするのだ。

特にレノに関しては始末書もルードに任せたり、デスクワークに関してはとにかく手を抜く適当さは、ツォンを尊敬するイリーナとしては実働の仕事はプロなのに不真面目だという評価を下していた。


「ルード先輩、この間イリーナは誰が好きなんだってレノ先輩からセクハラされたんですけど、あの人いつもあんな感じなんですか?」
「……そうだな」


イリーナの質問に、ルードは間を置いてから肯定する。レノが全快では無いことを受けて、今回のミスリルマインまで先回りする作戦に、レノは居ない。
それをいいことに、イリーナは出会ってからまだ長い付き合いではないとはいえ、オフィスでのレノの様子に飽きれ果てていた。


「あの人は本当にちゃんとしてないっていうか……!ツォンさんが居る前でもあんな話をするなんて」
「……、レノは確かにそういう話を好む」
「自分の話をしないのに人の話だけは聞きたがるなんて。まあレノ先輩、女性の趣味悪そうですもんね。派手な女性と一夜だけの関係を繰り返してそうですもん」
「……」


イリーナの指摘はある意味間違って居ないのかもしれないが。
ルードは完全に否定出来ない話と、否定すべき点がある話に押し黙った。
タークスである立場とその容姿から女性は寄ってくるのもあって、夜遊びを全くして来ていない訳では無いが、仕事を最優先させるレノが二度と連絡を取らないことも多かった。

本人は明言していないものの、想い人であるだろう相手は戦闘慣れしている点を考えれば普通とは言えないが、趣味が良いと言えるような女性だ。


「……レノは、本命には、慎重だ」
「……えっ、マジですか。あの人、人の話は根掘り葉掘り聞いてきておいて自分のこと言わないのに本命なんて居たんですか!?蜂蜜の館の人とかですか」


イリーナにとっては至って真面目な予測に、ルードは噴き出しかける。
幹部で蜂蜜の館の常連であるパルマーでもあるまいが、レノがそういう人だと印象を持たれるのも理解出来てしまうのだ。
相棒から断言された訳では無いが、それでも特別な相手として見ていることはルードも、それにツォンも理解している。


「神羅御用達の運び屋だ。元は、幹部リーブの護衛だが」
「ほぼ同業者じゃないですか!あのレノ先輩もそんなしおらしい面があったんですね。どんな人か見てみたいですけど」
「俺達が追っているクラウドと友人関係らしいが……ミッドガルに居るはずだから、アイツらを追うとなると会える機会は限られるだろうな」
「そうですか……つまり、レノ先輩もなかなか会えないということですね。しかも私達が始末するように任命されてる相手の友人ですか」


その状況だけで、レノとその想い人らしい人との複雑な関係性を察知したのか、イリーナはそれ以上はからかうことはしなかった。

「あの先輩がそこまで気を遣う人、会ってみたいですけどね」

実際はそれ以外にも複雑な事情があったが──アンナの言葉を受けて好意を否定することはやめたことは、レノ以外は知らない話だ。


──カームの町から近い魔晄都市ミッドガル。
まさか遠く離れた場所で自分の話をされているとは思ってもいないアンナは八番街のLOVELESS通りを歩いていた。
しかし、当の本人はルードが言うような想い人であるなんて自覚はないだろう。
リフレッシュルームでの出来事に動揺したが、ぱっと離れたレノが『お仕事サンクスだぞ、と』と笑って離れていったのを受けて、"女性慣れしているレノの気まぐれ"という程度に認識を落ち着かせていた。
友人達の死を受けて。特別なものを増やすのが怖くなっているアンナの一種の防衛本能のようなものだろう。

(クラウドも散々新羅ビルで大暴れして追われてるみたいだけど……大丈夫かな……エアリスも同行してるみたいだし)

神羅ビル内でアバランチが来た、という噂を聞いた際にその話をしていた社員にどんな人たちだったか聞いて、驚いたものだ。
クラウドとエアリスという二人の知人が神羅に追われいて、レノが怪我を負ったことを考えれば、彼らと交戦したのはタークスなのだろう。

「……これ以上、誰かが居なくなるのは……嫌なのに、な」

自分の明日も保証出来ない身ではあるが、友人やお世話になってきた人の死を見過ぎて、臆病になる。
LOVELESS通りにエアリスの姿が無くなったことを寂しく思いながら、飲食店に入ろうと道を曲がろうとしたアンナの姿を見付けた者がいた。
ソルジャーの格好をした魔晄の目の色をした青年。彼にとってもアンナの姿をミッドガルで偶然見掛けたのは実に五年ぶりのことだった。


「アンナ!」
「えっ……」
「アンナが神羅を辞めてから五年ぶりか。本当に久しぶりだな、ミッドガルにまだ居たんだな!良かった」
「……あ、あぁ!ルーカス君。本当に久しぶりだね。驚いた」


アンナが新羅カンパニーで働いてた頃、ザックスと話していた時に知り合った人。
クラウドよりも話す機会は少なかったかもしれないが、名前は覚えていた。五年前はサードクラスのソルジャーの青年だった。
ルーカスはアンナを改めてまじまじと見つめて、口笛を吹きそうになる。以前働いていた時はスーツ姿だったが、今はゆったりとした黒いライダースジャケットに、スーツの時とは違って露出も多少ある服装だ。
タークスでもなければ、ソルジャーでもなかったアンナだが、幹部の護衛としては線の細い女性で目立つ出で立ちだったし、その性格も良識があるタイプであることは多少ソルジャーの中でも有名だった。
何せ、あの神羅ビル内では一般職員はともかく、強さという意味ではソルジャーとタークス意外は個人を認識されない所があったからだ。


「アンナが辞めたって話、実は結構ソルジャー仲間の間では話題になったんだよ」
「そう、なの?知らなかった」
「……俺ももうセカンドクラスのソルジャーだけどさ、……正直、このまま神羅で居ていいのかって悩んでるよ。アンナがなんで急に辞めたのか分からなかったけど、今なら分かる」
「……どうして?」
「プレートの件……あれ、アバランチのせいって言われてるけど、多分違うんだろう」
「……!」


ソルジャーとして名声を得たいだとか、誰かより強くあれればそれでいいという人は気にしないだろうが。
アバランチを炙り出すために市民ごと巻き込んでプレートを崩落させたり──北条を軸に人体実験を繰り返していたり、これは非公式ではあるがディープグラウンドで実験を繰り返しているような、神羅のやり方に疑問を覚える者も当然出てくるだろう。
それなら辞めたらいい、なんて無責任なことはとても言えなかった。


「ミッドガルに居て安心したよ。アンナは今何してるんだ?」
「私は……運び屋をしてて。何でも運ぶデリバリーサービス」
「トラックとかバイクの運転手なのか!?こんな綺麗な運転手居ないだろ」
「あはは、ありがとう」


お世辞でも褒めてくれる彼に、アンナは複雑な感情で感謝する。
何せ、彼の想像している運び屋は、普通の貨物や荷物を運ぶ運送業者だろう。相手を選ぶとはいえ、非合法なものも企業機密を守りながら承ることがある時点で、後暗さはやはり残る。


「家とか、大丈夫なのか?」
「え?大家さんが亡くなって……今の所に住み続けられるかは分からないけど、家自体は無事だよ」
「……そっか。アンナの故郷だっただろ、七番街のスラム……その実行犯が同じソルジャーかタークスなら、俺も許せないと思って。俺がこの任務を任されていたらと思うと、ゾッとする」
「そ、れは……」
「え?」


レノやルードがやらなければ、別の人間が結局この任務を行うことになっていたのだろう。俺はやりたくないと言っている目の前の人にたまたま白羽の矢が当たらなくて。
当たっても任務放棄をするのなら、また次の人になって。そして逆に命令違反をした自分の命が狙われる。
神羅の行動に疑問を抱いて辞めようか悩んでいるようだが──そこまでする神羅のやり方を理解しきっていないだろう青年に、なんて。
まるでタークスの行為を庇っているように聞こえてしまうが、もし万が一にもリーブが賛成してしまうような人で、彼に命じられたのなら。
自分は従ったかもしれないのだから。


「……許した、訳ではないけど。私には、責められない」
「え?」
「私は神羅のやり方に反発して、逃げてしまったけど。汚い部分も知った上で葛藤しながら……罪悪感を抱きながらも、続ける人の仕事への意識は尊敬するから」


そう、自分は神羅内部を変えようともせず。真相を究明しようともせず。アバランチのように反旗を翻すでもなく。
逃げて、中途半端な立ち位置に居るだけなのだから。
罪を意識した上で、飲み込みきれていない所もあったレノを間近で見て、そう思ったのだ。


「そっか……じゃあプレートの事件を知ってもソルジャーを続ける俺も……」
「え?」
「あぁいや!なんでもない。今度はさ、オフの日にでもご飯とか食べようぜ」
「あ……そろそろ大きな仕事でミッドガルを少し離れそうだけど、機会があれば是非」


アンナの受け流しを知ってか知らずしてか、連絡先をさらさらとペンで紙に書いたルーカスに一瞬戸惑ったものの、アンナはそれを受け取って、デリバリーサービスとしての名刺を差し出す。

神羅という会社を否定しても、神羅の人を否定しない。
それはきっと、良識的なリーブや。理解した上で仕事をこなすレノやツォン、ルードと出会っていなければ、出来なかったことだろうと実感して、碧の光に包まれる新羅ビルを眺めるのだった。
prevnext