Mrs. Velvet Doll
- ナノ -
罪と赦し
レノがクラウド、アバランチとの七番街プレートでの戦闘後に復帰に少々時間が掛かりそうな状況で、タークスのオフィスからリフレッシュルームへと姿を消した所でアンナの姿は新羅カンパニーにあった。
エアリスやクラウドの件は知らず、ツォンに呼び出されるままにリーブと会話をした後のアンナは応じた。
神羅関係者ではない部外者となった今では自由にビルの中を出入りできず、入館にもチェックが必要となる。
何時もなら下の階層の応接室で話し合いをすることが多いが、今回はスカイフロアまで来て欲しいという指示だった。


「……こんばんは、ツォンさん」
「来てくれたことに本当に感謝が尽きない。ありがとう、アンナ」
「いえ。今のこの時期にこのタイミングで私に、という判断をツォンさんがするなんて……重要なことだと分かってますから」


アンナの指摘に、ツォンは否定をしなかった。部外者であり、故郷のスラム街を潰されたアンナをわざわざ呼ぶのには、それなりの理由があるはずだとアンナ自身も理解していた。
プレジデント神羅の訃報や、息子であるルーファウスが代わりに就任することになるなんて話を全く知らなかったものの、どんな依頼を頼まれることだろうと警戒してツォンの様子を伺う。


「まずは……前回の依頼への感謝と私個人からの退院祝いだ。受け取りたくないかもしれないが、それでも渡させて欲しい」
「ツォンさん、あの言葉を本当にして下さるなんて。……ありがとうございます。どういう想いで用意してくださったかと思うと……嬉しいです」
「そう言って貰えると、嬉しいが……いや、これは我々がアンナの考えに甘えてしまっているな」


ツォンが差し出したのは、以前の依頼無事に戻ってこられたら、美味しいお酒を奢るという口約束を守った高級な酒だった。
もっと大きな物を奪っておいて、今更何を。そう言われるだけのことをしているから、ツォンは受け取りたくないかもしれないと前置きをした。
物分りよく、アンナが糾弾してこないことに甘えているが、きっと言いたいことはある筈だろう。
主任として、付き合いがそれなりに長くなったアンナには謝罪をすべきだろうと考えていたツォンの根の真面目さを理解していたアンナは、先手を打つ。


「ツォンさん、謝罪はいりません。タークスの仕事がタークスの意思ではなく、この会社の意向であることを私も解っていますから。苦しい……ですけどね」
「……そうか」


レノの言っていた通りだ。
アンナは、ザックスの件もこうやって頭では理解して理性的に物分りが良過ぎる程に受け止めながら、本当は葛藤を胸の内にしまい込んで感情は揺らいでいる。
しかし、彼女の本音までは自分は引き出せないことをツォンは自覚していた。


「今回の依頼は、リフレッシュルームに居るレノにこれを届けて欲しい」
「……ツォンさん、これは……私に高値を払ってまで届けさせるものでは、無い、ような」


レノさんに、薬を渡す。
たったそれだけのこと。移動時間も10分もないような場所に居る人に薬を渡しに行くなんて、今からツォンでも出来てしまうようなことだ。
危険が伴う運搬ではなく、正式な依頼として受けるには逆の意味で割に合わないことをアンナは戸惑った。


「そうかもしれないな。ただの薬で、レノもリフレッシュルームに居るはずだ。……だが、素直に受け取らなくてな」
「……レノさんが」


実行犯であるレノも、思う所があるのだろう。後味の悪い仕事だと、レノが実感しているということだった。
プレートを落下させる事件で戦闘慣れしているレノが怪我を負ったともなれば、ニュースで実行犯だと散々すり替えた放送がされているアバランチと、クラウドとの戦闘の影響だと分かるからこそ、複雑だ。

(レノさんとルードさんを退けるだけの強さがクラウドに……本当に、ソルジャーなんだ)

アンナはツォンから薬を受け取り「承知致しました」と丁寧に頭を下げる。ツォンが任せたいとわざわざ自分に頼むのはそれなりの理由があることを察したからでもあるし、こういう状況下で今後レノに何時会えるのかも分からなかっただろう。


「ただで受けるのは神羅としても契約上不都合でしょうから……ツォンさん、報酬は提示して頂いた10分の1でお願いしますよ」
「妥協して半分だ」


ツォンの溜息混じりの提案に、アンナはくすくすと笑ってスカイテラスを後にする。
企業機密に関わるような内容ではないから、今回は応接室ではなくてスカイテラスでの商談だったのだろう。ここまで上の階層に足を踏み入れたのは久々のことだった。
もっと上の階層に居るだろうリーブには会えないことを少々残念に思いながら、エレベーターに乗り込む。
彼に一時的に渡されたカードキーによって、働いていた頃に利用していたリフレッシュルームにも行けるようになるのだが。レノの様子が分からないから、妙に緊張する。

当時、レノと出会ったリフレッシュルームをカードキーを使って開き、暗い部屋の電気を付けることなく部屋の中をきょろきょろと見渡すと、真ん中の方のベッドに見覚えのある赤毛が見えた。
以前はアンナが休憩している所にレノがやって来て、リーブの護衛であることを当てられた会話が思い出深い。


「レノさん」
「……!?アンナ……!?」


腕で目元を覆って寝転んでいたレノは、聞こえるはずもないアンナの声に驚いて、がばっと起き上がる。
まさかこの社員専用の階層のリフレッシュルームにアンナが現れるなんて予期していなかった分、心構えが出来ていなかった。
プレートを落としたことで、アンナの故郷を潰したことに対して、なんと言うべきか考えてはいたけれども、こんなにも急にその瞬間が訪れるとも思わず。
レノはぱくぱくと言葉を発さずに、困ったように入口で苦笑いをするアンナを指差す。


「レノさんに配達。怪我を負ったそうなので、その薬です」
「あー……主任の仕業かよ、と」
「えぇ、運び屋の私へ正式な依頼です。……正直、驚いたけど」
「……七番街プレートのことも、そこでの戦闘も知ってるなら……どっちが実行犯かも、知ってるよな」


アンナは静かに頷く。アバランチではなく、アバランチを潰す為に街ごと落とす決断を神羅がしたことも、その実行犯がタークスであることも。
「クラウドっていう元ソルジャーとも神羅時代から仲良いんだってな」という問いにも、頷く。レノやザックスのように非常に親しかったかと問われると、顔を合わせたら挨拶する程度で、雑談を二人で楽しむ程の関係ではなかったが。
それでも、五年経ってもクラウドが名前を覚えてくれていたのなら、一方的ではなかったようだ。


「アンナに、どれだけ償えばいいかは正直俺も分からない。顔を合わせる資格も本当は無いだろうよ」
「……、私は、先日の件は許せませんよ」
「……あぁ」


──そんなの、当然のことだろう。因果応報だ。
恨まれて当然だと分かっていたのに。
いざその現実を突きつけられると、じくりと胸が痛むのは、本当に身勝手だ。


「けど、それは、レノさんの仕事への信念を尊敬してるからこそ……許せないことであって。レノさんの否定では、ないから」


レノはゆっくりと、大きく目を開く。
上層部の命令を遂行するタークス一人一人の仕事への意識は、同じ神羅の社員だった頃から尊敬している。彼らがプロであるからこそ成し遂げられて、そもそもその命令を下した判断が許せないのであって。
個人への恨みではないというのがアンナの複雑な本心だった。


「なんて。そんな気休めな言葉、どうでもいいで……」


──今まで、この関係性にも。感情にも。
名前を付けないようにしていた。そんなことをしてしまえば、後戻りは出来ないと分かっていたからだ。

仕事上では一応監視対象で、時に神羅の後暗い荷物も守秘義務を利用してアンナに詳細を伝えずに運んで貰うような関係性。
しかし、アンナが神羅で働いていた頃からの友人で。理解者とまで言わずとも、仕事への信念自体を否定してこない居心地のいい相手。

こんな華奢な体で、紫電の刀をサードのソルジャーは圧倒出来るような力があるんだから、不思議なものだ。


「レ、ノさ……!?」
「……ちょーっと充電させてくれよ、と」


衝動的な行動を止められる理性がなかった。
手をぐいっと強く引っ張ってアンナを抱き締めながら、肩口に頭を乗せると、アンナは手をさまよわせてレノから視線を逸らすように顔を背ける。
何せ、シャツの胸元を開けているせいで所々、止血用のガーゼが当てられている胸板に頭を預けてしまっているような状態だ。
恥ずかしすぎる状況に、誰か通り掛かって助けてくれないかという思いと、通り掛かって見られる恥ずかしさが争っていた。

アンナを殺せなんて命令が来たら、前は後味の悪さと罪の意識を抱くだろうとぼんやり監視しながら感じていたが。
今は、ヴェルド主任の時のように、本気で出来る気はしなかった。死んだことにするのはどうとでも出来るとさえ過ぎるだろう。

(女に執心なんて、する訳もないと思ってたんだけどな)

一夜を共にすることになっても刹那的で、その相手の人生に興味も湧かないし、連絡を取ることもその後二度とないことばかりだった。
タークスという仕事に誇りを持って生きるということは、守れないばかりか奪うものも多い。そんな男の人生に巻き込めないと本能で思っているから、大切にするものを増やさない。
そういう生き方に満足していたのだ。


「れ、レノさんあの!流石に時々のセクハラ発言より恥ずかしいんですけど……!」
「んー?セクハラ発言なんてしたことあったかよ、と」
「無自覚なんですか……!?」
「それは冗談だが……気休めでもないし、どうでもよくないぞ、と」
「あ……」


アンナのレノへの今回の件を踏まえての感情が、彼女にとってレノにはどうでもいい偽善的な言葉だと思っていたが。
レノにとってはそうではなかった。

「アンナには……嫌われたくないからな」

これは、本心だ。
冗談に聞こえたならそれでいい。
でも、アンナにいい格好ばかり出来なくても。
もう二度と会いたくないと、嫌われたくはなかったのだ。
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