Before Blue
- ナノ -

「あーこの部屋は快適だよなぁー」
「涼しむだけで来たんなら帰れ帰れ」
「お前の仕事の邪魔はしてねぇんだからいいだろ」


生徒会室のテーブルを使ってアーサーは大量の書類とファイルを整理しているアーサーの向かいでソファに悠々と座りながら、アーサーに用意させたアイスコーヒーを啜っているのは涼しむ為に来たクロウだった。今トワが不在なのを良いことに気ままに妨害してくるクロウにアーサーは素っ気なく帰れと言いながらも何だかんだ会話を続けていた。


「そういやそろそろだが、お前は夏至祭行くのかよ?」
「どうせ兄貴に呼ばれるだろうよ。どうせならもっとゆっくり堪能したかったがな」
「ん?トワとかゼリカと一緒に行く訳じゃねぇのか」
「まぁな」


淡々と答えてそれ以上詳しく話す気はなかったアーサーだが、夏至祭に必ず行くという理由は分かっている。それは単に祭りが行われる帝都でそこの貴族として参加しなければいけないということではない。
鉄血宰相を狙っているだろう妙なテロリストが動き出した中、次の狙いは夏至祭だと踏んでいる筈だ。


「じゃあフランも行くのか?」
「さぁ、……どうだろうな」


その瞬間、アーサーの手が止まった。フランの話になると、アーサーはわかりやすい程に感情を乱す。そればかりは俺にも分からないと呟かれたが、クロウにはその真意が分かっていた。フランは何を言われてもラングリッジ家の息女として振舞わなければならないあの場所を苦手としている。
やはり本心としては行きたくないという思いがあるのかもしれない。


「そりゃ残念だな。前から気になってたが、フランに何かあるのか?」
「……ま、興味本位で余計な詮索はしない方がいいと思うぜ。フランがどういう反応見せるか、保証は出来ないしな」
「へぇ、やっぱり、色々深い事情があるんだな。というか兄貴としてほっといていいのか?」
「俺がどうにか出来るなら何でもやってたよ。だが……個人の問題は本人の納得と理解がなかったらそれはただのお節介か、もはや偽善でしかない」
「……成程な。ご尤もだ」
「ったく、何でお前にこんな話してんだか。今の、フランには言うなよ」
「おいおい、言う訳ねーだろ。俺もそこまで馬鹿じゃねぇって」


アーサーはフランの置かれてきた状況に人一倍責任感を感じて面倒を見て来たわけだが、そんな彼にもどうしても越えられない壁というのは存在した。どれだけ気の毒に思っていようが憤りを感じようが、アーサーはフランが欲しくて堪らなかったものを持っていた。
そんな彼が説得したって、変わることは無かったのだ。だからこそ最後の賭けとしてこの学院に入ったのだろうが。

――説得という形で補っていくのではなく、壊した上で新たな基準を作り上げられるとしたら?

クロウはコーヒーを飲みほし、ご馳走さんと声をかけるとソファを立ち上がった。


「けどアイツは色々問題もあるがそういう所も含めても、強いと思うぜ。前に進み続けるってことは誰にでも出来ることじゃねぇからな」
「……迷わない強さ、か。一長一短ではあるが……俺が欲しかったものでもあるな」
「当の本人は助言と偽善の境を理解して、人と接してる。十分強くて、優しいやつだと思うぜ。ただちょっとばかし不器用すぎるけどな」


自分に厳し過ぎただけで、人に影響を齎すほどの力は無いと思い込んでいる辺りは本当に不器用だった。未だに自分の道を迷っているアーサーにとってはその危うくもぶれない信念が羨ましくもあったのだろう。
確かに欠陥はある。しかしクロウもその考え方に似た生き方をしてきたのもあって、それを否定する気はなかった。ただ、フランも引き返せなくなるような道を歩むべきではないと思っていただけだった。

──俺自身が保っていた一線を自ら壊そうとしていることをアーサーが知ったらなんて思うんだろうか。
何時ものような調子で俺を罵るのか、それとも。

ふっと笑みを浮かべてじゃあなと声をかけてクロウは生徒会室を後にした。
一度現実を突きつける必要があるだろう。フランが理想と夢の器として掲げて来た家の名前はフランを救うものではないということを。


翌日、今週の授業も終わって夕食前に軽く食べようとクロウは学生会館の一階で食事をしていた。明日が夏至祭前の最後の自由行動日だ。有意義に過ごさないとな、とぼんやり考えていた時、学生会館入口から見覚えのある人物が入って来た。髪も少ししっとりと濡れていて下しているフランが歩いて来たから声をかけると、気付いたフランはクロウの元に近寄った。


「髪まだちょっと濡れてるけどプールだったのか?」
「?えぇ、そうだけど」
「いやいいねぇ、水着姿で泳いでるんだろ!?くー俺も参加したか……」
「……」
「冗談だからそんな目で見るなよ。胸が痛いだろーが」


フランの冷たい視線に肩を落として胸を押さえると、フランは呆れたように溜息を吐いた。冗談半分で言った所もあるが、その様子を見て見たかったのは本当だった。向かいの席に座るように促すとフランは席に着いた。フランが学生会館に来る大体の目的は生徒会室だろう。早速アーサーを見なかった?と聞かれたから、居なかった旨を伝えるとフランは困ったような顔に変わる。


「なんだ、また兄貴が居なかったのか?」
「そうだけど、そんなに大した用事でもなかったから別にいいの。夏至祭、帰るのか聞きたかっただけだし……」
「へぇ、夏至祭ね……、……なんか、元気ないか?」
「え?そ、そんなことないわよ」
「……ったく、ほら、これ食べろよ」


僅かに物憂げな表情を見せた事に気付き、さり気なく尋ねたが図星を誤魔化そうとしたのを見逃さなかった。
あぁ、やっぱりな。居心地の悪さに帰りたくないと思いながらも、家に呼ばれるならフランは拒めない。

残っていたトマトサンドの一つを手に持ちフランに押し付けると、戸惑っていたが、小声でありがとうと言うとそれを受け取って持ち、頬張った。


「どうよ、気分転換にブレードでも?」
「……まったく、適当なんだか鋭いんだか。言っておくけど私、ブレードかなり得意よ?」


先程一瞬見せた浮かない表情はどこにいったのか、悪戯に笑ってクロウが取り出したブレードのカードを慣れた手つきでシャッフルしていくフランに嫌な予感がしたのかクロウは顔を引き攣らせた。真面目だけかと思えば意外とお茶目な所もあるのがフランだった。

分けた二つのカードを並べてゲームを進めるのだが、結果は二戦二敗という結果だ。
このままでは終われないと泣きの一回を頼んで、クロウがカードを置くとそれを見て考え込んでいたフランだが、クロウは尋ねた。


「アーサーが夏至祭に行くかどうかは置いておいて、お前は帝都に戻るつもりな……」
「行かない」


それは即答だった。一瞬見せた確かな拒絶に、それ以上の追及をすることは出来なかった。
素っ気ないと言うよりも何の感情も篭っていない背筋が凍るような声だった。一瞬だけ見せた無表情の中にも僅かに見せる寂しそうな、辛そうな表情を見逃さなかった。
そんな顔をする原因になる場所に、どうして拘り続ける必要があるんだと。

そう思ったのも束の間、顔を上げたフランは何時も通りの様子で肩を竦めながら苦笑いを浮かべて頬を掻いた。


「ほら、夏至祭の時は実習があるみたいで行けないから。残念だけど、今年は参加出来そうにないのよね」
「……、無理すんなって」
「!」


頭の上にぽんと手が乗せると、何かを言おうと口を開いたがフランは唇を噛み締めて「お節介なんだから」と不満を漏らして顔を逸らしながらも、邪険にその手を払う事も出来ずに大人しくしていた。
本人が想像しているより、きっとフランは限界に近付いているんだろう。摩擦は矛盾を生む。歪みはあらゆるものを巻き込み、己を壊していく事になるのだ。


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