Before Blue
- ナノ -

大事な作戦を控えたこんな時に、珍しい夢を見た。

友人も多く居たが全てを捨ててジュライを出たあの日の記憶だった。
使命と生まれ育ってきた故郷や顔馴染みを天秤にかけたあの日──それがきっと、今のフランとダブって見えたからかもしれない。

俺はそこで鉄血宰相を抹殺して一矢報いるという道を選択した。邪道に生きると決めてから信念となった。
しかしフランは生まれながらに邪道を知りながらも正道も歩もうとしてきた。強過ぎる憧れと叶わない夢、その摩擦に苦しみながら痛みを全て抱えて使命の為だけに生きようとしてたフランが仲間を知って自身を見詰め直す機会を迎えた。
俺とは選択する順序が全く逆ではあるが、ここでアイツが自らの悲願を選択してしまえば何時か壊れると確信していた。

確かにフランは人と比べても強い人間だ。そうじゃなかったら常人であそこまで環境に耐え切れないし、簡単に誰かを恨んでしまえるだろう。
その意味で芯の強さは俺も感心してるが、脆くて小さい自分を忘れようと押し殺しているだけだ。
何か一つが揺らげばあっという間に崩れてしまう危うい足場で生きている。

昨日、フランが初めて見せた明確な拒絶。フランのあんな表情はこの学院では見たことが無かったが、逆に言えば帝都という世界で生きて来たフランはずっと"あんな感じ"だったということだ。
息苦しささえも生活の一部だと割り切ってしまっている。けど、流石にZ組と一緒に帝都に行くとなると話は別だ。帝都での自分を知られることも、自分の内面を見せることも躊躇われるんだろう。

「親に自分だけ捨てられたら……頼れるのは自分だけになるよな」

Z組も帝都の計画においていい意味で厄介な障害となりうるが、フランが家での役目を遂行しようとするなら領邦軍や帝国軍の混乱が収まり、この計画を主導しているギデオンに追いつくのも早いかもしれない。
敵となると厄介だと称賛したい。
あまり二年前のギルド襲撃事件にどう関わったかは詳しく自分から話さないが、若干十五歳にして犯人の特定、そして情報局がカシウス・ブライトを秘密裏に追って警戒していることに気付いて遊撃士協会と連携を取って情報提供していたのも主にフランとフェルナンド伯だ。

その時は鉄血宰相の思惑にならないよう尽力して遊撃士協会を擁護したようで、やつのやり方を気に入っていないらしいという意味では親近感も覚えるんだが。

──そう簡単に俺達の行為を認めちゃくれない。

大前提として敵でもなければ味方でもない。それどころか貴族派がクーデターを起こす為に今後皇帝一族を捕えるなら確実に敵になる。
そんなこと分かってるのに、一体どうしてフランのことを気付けばこんなに考えるようになっちまったんだろうな。

「人を好きになる、ね……なぁに遅れた思春期に振り回されてんだか」

けど何度自分に問い掛けても答えは同じだった。フランを好きになったことを後悔なんてしてなかった。


一方自由行動日の前日から帝都に戻って来ていたアーサーは実家に足を運んでいた。執務室で万年筆を片手に帝都の地図を広げていたルッソを訪ねたアーサーは溜息を吐いてルッソに問いかけた。


「サラと事前に実習については話してたんだろ?なのにフランには隠してるのかよ」
「あの子は絶対に良い顔をしないと思ったし、帝都だからこそZ組の皆と一緒に、自分を見詰め直して欲しいからね」
「はぁ……何て反応するか、アイツは。既に夏至祭行きたくないって空気醸し出してるしよ」
「フランが夏至祭に参加するって事は園遊会とか公の場にラングリッジとして参加しなきゃいけなくなる。社交デビューの昨年も陰で随分な嫌味を貰っていたみたいだし、友人にもそんな姿を見せたくなくて当然だ」


フランはラングリッジの名に相応しい人間にあろうという信念は強いが、貴族の一員として扱われる公の場はあまり好まなかった。
矛盾しているようにも聞こえるがむしろ進んでそんな雑言罵倒を浴びせられる環境の中に飛び込みたい人間なんてそういないだろう。


「むしろ心配は何か起こるかもしれない当日、かな。あの子が関わるとなると危なっかしいからね」
「……積極的過ぎて、優秀過ぎてな」
「そうだね、俺の目の行き場が届かない直接の現場をあの子の手腕でどうにかしてもらったことは多々あった。二年前だって、俺が裏で"結果"の為に宰相や鉄道憲兵隊や遊撃士協会と情報戦をしている間、現場での指揮……“過程“を任せたしね」


だからこそ夏至祭で何かあった際、Z組での活動を放って家の為に尽力してしまうのではないかと心配だった。
けれど全くやるなと言っている訳ではない。むしろ元は貴族の義務として自身の名を背負って民を守る立場にある。学生だから家の責務を果たさなくていい、なんてことはないのだ。

兄妹それぞれ得意分野が違うから、フランが担っている役割をアーサーが出来る訳でもなければルッソも視点が異なっている。
その意味ではフランに当日任せてしまうかもしれないが、彼らと共に協力して歩むということを学んでもらいたいのだ。


「ほら、言うだろう?獅子は我が子を千尋の谷に落とすってね。帝都での実習で何かを掴むことを願って」
「それ、サラも何時か言ってたぜ……つーかフランが谷を見下ろせる崖に居たことなんてないだろうが」
「そればかりは俺も我が父ながら非難に値する非情な行為だと思ってるよ。まったく、母様が命を賭けてでも守った命だってどうして思えなかったんだろうね」


父に要らない存在として憎まれ、そして除け者にされたからこそ誰かに甘えることが出来なくなってしまった。
強くあらなければいけないと気丈に振舞い続けるフランに十分頑張ったからそろそろ肩の力を抜いていいと言った所でこれまで傷付けてしかこなかった。
けれどZ組という居場所なら、或いはあの学院での出会いできっと何かが変わって来ていて、変化の刻が迫って来ている。それがいい方向に向かえばいいのだが。


「でも、フランはまだ銃や盾以前に、アーサー直伝の双剣さえ使ってないんだろう?しかも利き手と逆の手で」
「あぁ、多分まだ仲間には言ってないだろ。サラも知ってんのは俺と同じ双剣ってことだけだし、周囲で銃が獲物だって気付いてるやつも居ないと思うけどな」


アーサーの憶測にそっか、という言葉で流したルッソはふと窓の外に視線を移した。
──クロウ・アームブラストがフランの左手付け根に銃を使用してきた痕が残っていることに気付いていた事は、この時点では誰も知らなかったのだ。

ユーシスとの手合せを終えて学生会館での食事を取り終わった後、フランは旧校舎での探索に声が掛かる前にオーブメントの調整をして貰おうと技術棟へと足を運んでいた。もし今回も新しい階層が出現しているなら敵も変わる筈だし、十分に備えなければ。


「ううん……アーツが得意な訳ではないし、どう組み合わせようかしら」
「お前ならアーツはサポートのやつ一個二個入れる位がいいんじゃねぇの?」
「へっ、クロウ!?」
「よっ」


振り返ると真後ろに居たクロウにフランは飛び跳ねそうになった。誰かが入って来た扉の音がしたような気がしたが、まさかクロウだとは思わなかった。
先日あまり見られたくない姿を見せてしまったから、個人的に少しばかり気まずさも残っていた。
しかしクロウは一切気にしていないと言った様子だ。


「あぁ、そういやお前に会ったら言おうと思ってたんだが、お前の写真出回ってたぜ」
「……私の写真?え、どういうこと?」


クロウはちょっと待ってろと言ってブレザーのポケットを探り、一枚の写真を取り出して「ほらよ」とフランの目の前に出した。
それは茶道部の部活中にお茶を立てている所が撮られていた写真だったけれど、そもそもこの場面を誰かに撮られた覚えはない。

どうしてクロウが持っているのかという疑問が沸いたが、二年生で持っていた人からくすねているらしい。一年生の写真部の子が撮っているものらしいが、確かレックスという名前だったような気がするとフランは頭を押さえた。
写っている自分は自然体だったけれど、盗撮という響きは宜しくない。クロウはそれを再びポケットに戻した。


「え、ちょっと」
「細かい事気にすんなって。アーサーがリィンに任せたっつってたからこの件は大丈夫だろ」
「それなら大丈夫かしら……」


リィンが依頼として引き受けているなら大丈夫かもしれない。写真のことは彼に任せておいて、取り敢えずは旧校舎探索に専念するべきだろう。
しかしクロウが今しまってしまった写真は、とジト目を向けてくる様子にクロウは口角を上げてにやりと笑い、フランに問いかけた。


「俺は口は堅い方なんだが……おにーさんが相談に乗ってやるぜ?悩んでることでも、もやっとしてることでも、何なら夏至賞の馬の組み合わせでもいいぜ?」
「ふふ、もう、何それ?クロウが口が堅いなんて初めて聞いたわ」
「おーい……ったく、俺は悩める後輩の為に一肌脱いでやろうとだな」
「……クロウって、何時もそうよね」
「ん?」
「私が煮詰まってる時、声をかけてくれる」


──そりゃあ、特にお前のことは気にかけてるからな。クロウがそれを口にすることはないが、フランに伝わっているのなら嬉しい話だ。

フランもまたZ組ではないからこそ、彼が自分の事情を知らないからこそ聞いて欲しかった。
本当は家にも認められてすらいない何も無い自分を周りに知られてしまった時、自分で自分を許せるかどうか、分からなかったからだ。


「ねぇ、クロウ。……もしも、だけど。私が何の肩書も無い人間になったとしたら、どう思う?」
「そうだなぁ、俺は貴族じゃねぇし名前の重みってのが詳しくは分かんねぇけど、何時でも受け入れるぜ。けど逆に聞こうか。お前が名前を捨てる時、何を支えにする?」
「ぇ……」


突然のクロウの問いに、フランは息を呑んだ。
自分で聞いたことの筈なのに、いざその問いを投げかけてしまうと言葉が詰まる。
──私に名前が無くなった時、何が残る?何が、生きる為の目標となるのかと考えた時、頭が真っ白になった。
だって、名前以外に縋るものなんて何もなかった。人との繋がりに頼る前に自立しなければ。一人でも前を向いて立っていなければ。

誰かに頼ってしまえば弱くなってしまう。一人では何も出来ない人間になってしまう。


「家の為に完璧な存在になって、なにか返ってくるのか?……救われるのかよ?」
「──」


救われるのか、その一言に波紋が広がる。
家という場所が、自分を、自分の人生を救うなんてことはあるのだろうか。宿命と同義である家の名に、救いがあると信じてきた。
けれどどんな救いなのか、具体的に自分自身も認知していなかった。
努力や悲願が報われる達成感を得るだろう。それは何にも変え難い幸福な筈だった。本当に?

「むしろ、そうやって生真面目に考えて悩んじまうからこそフランらしいんだろうな」

脆い自分も受け入れ認められたような錯覚に陥り、フランは言葉を失った。
クロウはどうして普段適当そうに見えて確信を突くような質問を投げかけ、遠回しに励ましてくれるのだろうか。
けどそれがどこかで居心地が良いと思ってしまっているから、ついクロウに問いかけてしまったのかもしれない。靄を晴らす言葉が欲しくて。


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