恋歌とピエロ
- ナノ -



Hello hello


「リーグの開会式?」
「そうだよ、君に頼みたいんだ」


総部長の真剣な眼差しに、ナマエは困惑しながら横に居たルカリオに助けを求めるかのように視線を移す。
私がこのリーグに暫く通っているのは未だに会えていないチャンピオンに話をするためだというのに、もうそろそろ三週間になりそうだ。前チャンピオンの称号があるとはいえ、このホウエンリーグにしてみれば今の私は部外者。

そんな話を私に振ってきたこと自体が不思議でたまらないのだ。


「大体、開会式って何ですか?演説なら申し訳ないですけど」
「いいや、セレモニーバトルだよ」
「……、え?」


思わず間抜けな声が出てきてしまった。
ここホウエンリーグ本部でのバトルは殿堂入りを目的としており、ジムを巡る全てのトレーナーが目指している最終地点。
それとは別にある年に二回ほど開かれるリーグは、ジムバッジを全て持っている屈強なトレーナーたちが集まり、トーナメント形式で優勝を決めるものとなっている。勿論多くの観客も中継も入るし、開会式なんて特に視線が集まる。

セレモニーバトルとなれば尚更。


「総部長、私よりも適任な人はたくさん居ます。私は、もう過去の人ですから」
「過去の人……君はきっと勘違いをしていると思うよ。確かにナマエ君は一代前のチャンピオンだ。でも、人を魅了したバトルはそう忘れられるものじゃない。あの日のことを僕も良く覚えているよ」
「……あの日……」


私が、勢いに任せてバトルをし、そしてチャンピオンになったあの日。
あの時の過ちだらけの記憶を消し去りたいが、総部長と同じく私自身も良く覚えている。

バトルが終わった時のほっと出た溜息。今まで息を止めていたんじゃないかと思うくらいに息が上がっていて、肩や手に力が入りすぎていたことにようやく気が付いた。
にこりと微笑みおめでとうと声を掛けてくれたチャンピオンに握手を交わし、そして殿堂入りの間へ入った。モンスターボールが置かれていくのを他人事のように呆然と見ながら、ぼんやりと考えていた。

この次は、何があるんだろう、って。

チャンピオンを引き継ぐかどうかを尋ねられ、迷うことなく私は首を横に振った。その座に着いたからといって、その先には何があるの?
不思議で不思議で堪らなかった。一種の絶望感でもあったのかもしれない。


「君にとってはあの試合が良いものでなくても、見ていた人は違う。ナマエという殿堂入りしたトレーナーに魅せられたんだよ。君に憧れてトレーナーを目指した人だってたくさん居る、良い刺激になった人もたくさん居るんだよ」
「総部長……」
「今回ナマエ君を指名したのはそういう理由もあるけど、元々決まっていた相手が君を指名してきたんだよ。是非君とバトルをしたい、ってね」
「私を指名!?な、それは誰ですか」
「ルネジムのジムリーダー、ミクリ君。君も知っているだろう?」
「ミクリが……?」


先ずミクリほどの人がセレモニーに参加すること自体驚きだ。リーグ開催の時期は流石にジムも休みを取っているが、まさかミクリが名乗り出るなんて思っていなかった。
それにどうしてまた私を指名したのだろうか。(それに何時、私がホウエンに戻ってきたことを聞いたんだか)


「君のバトルを見たいと思う人は多いよ。僕もその一人だ。それに、これもまたいい刺激になるんじゃないのかな?君にとっての、ね」
「……総部長、ありがとうございます!」
「さて、こうなるとまたリーグの会場に人が入りきらなくなるんだよね…君のファンの多さには驚いたものだよ」
「え、むしろ居たんですか」


目を丸くしているナマエの本気で驚いている様子を見て総部長は抑えるわけでもなく大声で笑い出す。どうも彼女は昔の自分を過小評価しすぎている。
確かに昔は近寄りがたい刺々しい雰囲気を纏っていたような気もしたが、それ以上に彼女は魅力的だった。トレーナーとしても、バトルにしても、そしてまた女性としても。


「ちなみにそのリーグは何時に?」
「一週間後かな」
「……これまた随分と急な話ですよね」
「はは、すまないね。ちなみに三対三のシングルバトルなんだ、リーグで使っていたポケモンなのかい?」
「必然的に二体はそうなりますけど……今回はルカリオが居るので」


笑みを浮かべながら視線を移した先を追うと、ルカリオが礼儀正しくも凛々しく頷いていた。新しく育てているのだろうが、一年半前に見たどの彼女のポケモンたちとも彼は違っているような気がした。
リーグを勝ち上ってきた時の彼女のポケモンたちは血に飢えているような、妙な闘争心があった。けれど、このルカリオはとても落ち着いている。

恐らく、ナマエ自身の考えが変わってきた為だろう。


「そうだ、もう彼には会えたかい?」
「まだなんですよ……!何でこんなに居ないんですか!」
「だから言っただろう?良い人なんだが、少々変わっているってね。今度リーグに来たら意地でも留まらせて、君に連絡するよ」
「助かります。二匹、転送してもらわなくちゃなぁ……」


――チャンピオンに会って話をするという本来の目的を後回しにして、取り合えずセレモニーバトルの調整に専念していた。
グリーンに預かってもらっていた内の二体を転送してもらい、久々に再会した時は私よりも大分大きい体でぎゅっと抱きしめられたものだ。ぶっつけ本番、というのも悪くはないが、何を危惧しているかって相手がミクリだということ。

私の予想だけど、ミクリは確実に本気を出してバトルに挑んでくる。
ジムで使用しているメンバーではないはずだ。そうでなければ私を指名してくるはずがない。

でも、一体どうしてミクリは私を指名したんだろう?
そこがよく分からない。


「それにしてもまぁ、凄い人の数……」

大会が開かれる街へ来ただけで物凄い人の数が居た。老若男女を問わず集まっている。街の中はもうお祭り状態で、屋台が数多く立ち並んでいた。
ある程度予想はしていたけれど、まさかここまで人が居るとは。セレモニーバトルなんて目立ってしまうよなぁ、とぼんやり考えていたけれど、それもまた私の予想を超えてしまいそうだ。

会場に向かっていたのだが、入場開始時間を過ぎているというのに会場に近づくに連れて人込みが増えている。やや押しつぶされながらも、どうにかして入り口まで辿り付いた時にはぐったりしてしまっていた。
選手用フロアにあった柱にもたれかかり、意味もなく顔を手で扇ぎながら溜息を一つ付く。


「やっぱり、人多い……!」
「バトル前だというのに本人が疲れていてどうするんだ?」
「そう言われても、人込みが……あれ、ミクリ?」
「あぁ、久しぶりと言った所か」


最後に聞いたのは一年半位前だが聞き覚えのある声に顔を上げると、相変わらずの爽やかな笑みを浮かべているミクリが居た。


「久しぶり、って素直に言いたい所だけど……どうしてまた私を?と言うより、私が帰ってきたこと知ってたんだ」
「風の便りでナマエが帰って来ていたことは知っていたよ。君を指名したのは半分は自分のため、半分は友人のためだ。私は友人思いなんだよ」
「……?」


にこりと微笑むミクリだが、ナマエは訳が分からず疑問符を浮かべる。半分は友人のためって、一体どういうことなんだろうか。それに、今の笑みが私だけじゃなくて誰かに向けられているような気がした。

目の前で不思議そうな顔をしているナマエを見てミクリは苦笑いをしながらもつい一週間前にした会話を思い出していた。
一週間後にあるというセレモニーバトルの話を貰い、大会にも関わっていたリーグの総部長に一つ条件を出して引き受けた。相手は、前チャンピオンのナマエにしてくれないか、と。

断られるかもしれないという不安もあったが、総部長は彼女ならきっと引き受けると迷いなく言った。その理由は私が予測していた通り、彼女は自分を変えるきっかけという良い刺激を求めているらしい。こちらから言わせて貰えばナマエはもう十分に変わっていると思うのだが。
そして予想通り、ナマエは引き受けたという連絡が来たものだから、私はダイゴの元を訪ねた。


「ミクリから来るのは珍しいね、どうしたんだい?」
「一週間後にある大会は勿論知っているだろう?」
「まぁ、僕も呼ばれてるから勿論知ってるけど……それが一体」
「セレモニーバトルというものが開会式にあるらしくてね、私が出ることになったんだ」


え、と驚きの声を上げたダイゴだが、ミクリの続きの言葉を聞いて更に驚くことになった。


「相手はナマエだ」
「……まさか」
「残念ながら本当の話だ。ダイゴ、君はまだ彼女を避けているんだろう?それでは何時まで経っても平行線のままだ。君もそれをよく分かっているのに」
「あぁ、分かってるよ、分かってるさ。けど彼女にとって僕はまだ赤の他人だ。ミクリよりもずっと、記憶に薄い存在なんだよ」


弱気になっているダイゴを見るのは初めてかもしれない。
自嘲気味に笑う彼はどうすればいいのか分からなかったのだ。彼女が好きだと自覚したとはいえ、どう打ち明ければいいのか上手い方法が見付からない。彼女が探しているのはチャンピオンであって、ツワブキダイゴではない。自分自身が一番状況をややこしくしているというそのジレンマに苦しんでいた。

そんな彼に一言、ミクリが言ったのは「なら君が、強く記憶に残るような存在になれば良い」だった。


「ナマエ、バトルをする前に一つ聞いておきたい。君は目的を果たしたらもうリーグ本部には足を踏み入れないつもりか?」
「……、まだ分からない。もう過去の場所に戻ってこないことがけじめになるって断言できなくなってきたから」
「そうか……私からナマエに手助けとして言えるのは一つしかないな」
「え?」
「想像では計れないような男だよ、現チャンピオンは。それでは、後でバトルフィールドで会おう」
「あ、うん」


呆然としながら去っていくミクリの背に手を小さく振る。彼は結局何で私を指名したのだろう。大雑把に自分のためと友人のためとは言っていたけれど、詳しい理由は教えてはくれなかった。
それに私に一つだけ手助けできると言ったことは、現チャンピオンが想像では計れないような人だというもの。ミクリのことだから真意があるのだろうが、私にはよく分からなかった。


「あれ、ナマエさん?」
「あれ、ユウキ君?」


横から聞こえてきた声に振り向くと、ついこの間ミナモシティで会った少年が驚いた様子で私を見ていた。
中々手強いトレーナーだな、とは思ったけれどまさか彼もこの大会に出られる資格を既に持っていたとは。人のことだと言うのに少し嬉しかった。


「ユウキ君も出るんだね」
「はい!それにしてもあの話は本当だったんですね、ミクリさんとナマエさんがバトルをするって。色んな人が騒いでたものだから俺も聞いてたんですけど…今回の大会は豪華なゲストが来るから会場がもうすっごい人で」
「豪華なゲストって……私は別に」
「そんなわけないですって!ナマエさん知ってますか?今回チャンピオンも来るらしいんですよ。それ聞いて余計に燃え上がっちゃって……」
「チャンピオンが……?そっか、教えてくれてありがとう。ユウキ君も頑張ってね、応援してるから」
「ありがとうございます、俺も……いや、俺たちもナマエさんを応援してますから!」


少年らしい眩しい笑みを浮かべて、私まで元気が出る明るい声でそう言ってくれたユウキ君に感激し、熱い思いを残したままナマエはバトルフィールドへと足を運ばせる。

――遠くで、開会式の宣言と共に上がる大きな歓声が聞こえてきた。


バトルフィールドへと真っ直ぐ続いている廊下、その一番奥からは照明の光が溢れていた。
そしてここからでも聞こえてくる熱い歓声に、思わず胸元を押さえてしまう。久しぶりだ、こんなに興奮しているのは。極度に高まった緊張感と期待感。泉のように無限に湧き上がって来るようで、とにかく自分では抑えきれない程のものだった。
横に居たルカリオを見ると、彼は静かに頷いた。何時でもいける、とでも言うように。

ナマエもまた一つ頷き、パートナーでもあるルカリオと共に歓声止まぬバトルフィールドへと一歩踏み出す。
それと同時に聞こえてくる一際大きな歓声に包まれながら、今も人々の記憶に残る前女性チャンピオンのナマエは堂々と。


このホウエンの地へと戻ってきた。


彼女の視線の先には既に待っていたミクリの姿。彼もまたナマエを見て、小さな笑みをふと浮かべる。彼女と最後に会ったのは一年半前。その時から何も変わらぬ風格がナマエにはあった。けれど、あの時の刺すような威圧感はない。

(トレーナーとして、また一段と成長したと言うことか……)

個人的にもそんな彼女と真剣にバトルが出来るのは楽しみだ。恐らく、この会場に来ているダイゴも彼女のバトルを楽しみにしているんではないだろうか。
彼もまた、一トレーナーだから。


「三対三の真剣勝負、準備はいいかい?」
「えぇ、勿論!」


両者同時にモンスターボールを投げ、フィールドに二体のポケモンが姿を現す。ミクリの側にはホエルオー、そしてナマエが出したのはホエルオーよりも格段と小さいアブソル。
それはジム戦の時もリーグ戦の時も使用していたアブソルだと気付いたのだが、一つだけ記憶とは違った。目付きと、雰囲気がまるで違う。

刺々しい闘争心から、落ち着きの中に宿っている闘志へと変わっていた。


「私が驚く位に君が変わっていると聞いたが……どうやらその通りだったみたいだな」
「この一年間で大分変わったっていうのは自覚してる。ミクリの方こそ、公式戦では使わない子を連れてきたみたいね」
「ナマエ相手に手を抜くなんてこと出来るわけがないだろう?さて……そろそろ余談を終えるとしようか」
「そうね、お互い良いバトルを!」


実況のバトル開始を告げる声が会場中に響き渡り、歓喜溢れた。
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