恋歌とピエロ
- ナノ -



Incredibire!


「ミロカロス、戦闘不能!」

実況の声が拡声器を通して会場に響き渡る。

それと同時に今までバトルフィールドで戦っていたルカリオが大きく跳躍をしてナマエの横へと戻ってきた。
終了を告げる実況が聞こえたのに未だに興奮が収まりきらず、感極まってルカリオを抱きしめると彼もまた背に腕を回して嬉しそうに唸った。

こんなにバトルで盛り上がったのは何時振りだろうか。辺りを見回すと立ち上がって拍手を贈ってくれている人々。あまりの凄さに呆気に取られていると、後ろから肩を叩かれた。振り返れば、笑みを浮かべているミクリ。


「流石はナマエと言った所か、また更に強くなっている」
「ミクリこそ。苦戦を強いられたわ、本当に」
「友人のため半分とは言っていたが……これでは私のためだな。一生で経験できるか出来ないかと言った位のバトルをさせてもらったよ」
「そんな大げさな……でも、私こそ良いバトルをさせてもらったよ。ありがとう、ミクリ」


どちらからともなく手を伸ばし、握手を交わす。

一年半前にバトルをした時のミクリとは違った。それも当然、ジム戦で使用しているポケモンたちには上限が決められているから本当の実力ではないことは百も承知。でもそれ以上に、彼もまた一年半の間に進化していた。
バトル途中、周りの声が一切聞こえなくなるほどに集中していたし、何より楽しかった。

会場全体に深々と礼をしトレーナー控え室へと向かおうとしたのだが、歩き出そうとした途端にがくんと足が折れた。驚いたのか、横を歩いていたルカリオが心配そうに自分を見下ろし、手を伸ばしてくれるのだが上手く力が入らない。

「ごめん、疲れてるのはルカリオの方なのに……何だか気が抜けちゃって」

へらりと笑いながら謝るとすかさずルカリオはそんなことありませんよと、返してくれる。何だか本当に申し訳ない、というかトレーナーの私が情けない。前に居たミクリは彼女の気の抜けた声を聞いて苦笑いを浮かべる。

確かにナマエには何時までも廃れぬ王者たる風格がある。けれど、彼女の魅力はそこだけではない。むしろ、ごく普通の女性らしい反応や行動こそが最大の魅力で、多くの人を惹きつけるのだろう。こういうお茶目な面があるとは思っていなかったから私としては凄く新鮮なのだが。
さて、今頃ダイゴはどういう気持ちで見ているのか。観客席に紛れ込んでいるか、あるいはトレーナーしか入れないフロアに居るのか。

(そうじっとしている人間じゃないか……)

彼もまたトレーナーなのだから。

ナマエの後ろにある通路から見えた人影に、ミクリは笑みを浮かべながらも溜息を付く。ルカリオもまた気配を感じ取ったのかぴくりと耳を揺らして、振り向いた。


「ナマエ、どうやら君の戦いぶりに心動かされたトレーナーが私以外にも居たようだよ」
「え?」
「そうだろう?ダイゴ」
「まぁね」


ミクリの呼んだ名前に聞き覚えがあった。

ダイゴ、そうツワブキダイゴ。

彼の手を借りて立ち上がり、ミクリとルカリオの視線の先を追うと私が通ってきた通路からバトルフィールドに入ってきた見覚えのある男が居た。
何時もと変わらぬスーツで身を包み気品が漂っている。やはりトレーナーには珍しいタイプだと再度思いつつ、感じた違和感に首を傾げた。

でも、どうして彼がここに居る?
大会に出るために来たのは分かるけれど、まさか大会初戦が彼なのだろうか。しかも、会場全体がまた一段と煩くなったような気がする。
呆然としているナマエを見たミクリは苦笑いを浮かべ、ダイゴもまた気まずそうに苦笑いを浮かべる。状況の分かっていないナマエはやはり疑問符を浮かべるだけだった。


「前に会ったけど、一応この場では初めましてかな」
「初めまして……?」
「僕はツワブキダイゴ、改め……ホウエンリーグチャンピオンだ。素晴らしいバトルを見せてくれた君に謝意を述べるよ」
「……、え」


柔らかな笑みを浮かべて礼儀正しく挨拶をするダイゴだが、頭が付いていかなかった。

今ホウエンリーグチャンピオン、って、言ったよね?

呆気に取られている間に握手を交わされ、途端に拍手が巻き起こるが当本人の整理が追いついていない。
挑戦者だと思っていたこの青年が、ツワブキダイゴというトレーナーが、現チャンピオンだったなんて。意外だったというか、驚きすぎてどう反応したらいいのか分からないくらいに混乱している。


「……やはり、最初に会った時に名乗るべきだったのではないか?」
「それを言ったら元も子もないよ。何の用でリーグに来てたのか理由を知ってたのに……ごめん」
「ど、どうして……?」
「それは後で話したらどうだ?ここではあまりに人目を引く」
「それもそうだね、……それじゃあちょっと付いて来てくれるかな?」


――これが、混乱せずに居られるだろうか。
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