恋歌とピエロ
- ナノ -



Gemeinheit


偶にある強制召集の日。

普段は、あまり乗り気ではないのに強制的に参加させられるから良い思いをしないのだが、今日は違った。
理由は二つ、一つはナマエにまたチャンピオンが居ないという言い訳が出来たこと。二つ目はミクリと久々に話が出来ること。正確にはミクリに相談に乗ってもらいたいことがあるからだ。

ジムリーダー、そしてリーグの代表であるチャンピオンの合同集会が終わると同時に、静まっていたフロアは賑やかになる。ジムリーダー同士が会うことなんて機会が限られているし、同じ立場の者同士気が合うのか個人的に中の良い人も多い。
席から立ち上がり壁際に立っていた友人に声を掛けると、彼は笑顔で久しぶり、と相変わらずの優雅な物腰で挨拶を交わす。

リーグの総部長は僕を変わってると言うけれど、ルネジムのジムリーダーであるミクリも友人の僕から言わせても相当変わっていると思う。変人、という意味ではなくてあくまでも良い意味でなのだが。


「今日は珍しく召集の一時間前に来たものだから驚いたよ、何時もの君なら召集前でも石の採掘に行ってたりするから。何かあったのかい?」
「……相変わらず、妙な所鋭いね」
「何年君の友人をしていると思ってるんだ。言っておくが、私だけではなく他の人まで不思議そうにしていたぞ。チャンピオンが珍しく早く来ている、とな」


僕はそんなイメージを持たれていたのか。
確かに召集前に洞窟に行っていたことは何回もある。けれど一度も遅刻はしたことがない。その辺りは僕だって弁えているから。それで何があったんだいともう一度促されて、ダイゴは頭を悩ませながらも遠まわしに切り出した。


「ミクリは、何かに執着したことはある?物でも人でも、何でもいい」
「君のように趣味でそこまで直向になったことはないと思うが……ジムやコンテストに対する私の想いを執着と呼ぶならば、そうなのだろうな。けれど君の質問はそんな回答を求めているわけじゃない、そうだろう?」
「そうだね、君のことだから僕が本当に聞きたかったことを分かっているんだろうし。だからそんな笑みを浮かべてるんだろ?」
「……正直、意外に思っているんだ。君は自分の目指す物を実現するために努力を惜しまないし、大体のことは自力で叶えてきている。不可能なことはないんじゃないかと思わせてくれる位に。でも君は良くも悪くも、人に対する深い関心はなかった」


良い意味では影響されずぶれない信念を持っているということ。そうでなければ、元々地位も約束された将来もあるデボンコーポレーションの御曹司がチャンピオンを目指し、そしてその座に就くことなど不可能。
彼の強い精神と信念は簡単に真似できるものではない。だからこそダイゴはホウエンのトレーナー達の頂点に立つチャンピオンなのだ。

けれど、彼は人との交流以上に大事にしている物が多すぎた。

信念や夢、そして趣味。一人の時間を好む傾向があったし、頻繁に連絡を取っている相手といえば指折り程度ではないのだろうか。
そんな彼だからこそ、女性の影なんて一切なかった。勿論現チャンピオン故に男女問わずファンは多い。けれど、プライベートでは一切なかった。私の知る限り、だが。


「自分で言うのはあれだけど、僕は基本的に感情を剥き出しにすることなんて無い。それが上手く物事を運ぶための最善の方法だと思っているから」


上手く物事を運ぶために何をすべきか、その才にツワブキダイゴは特に秀でていた。原因は育ってきた環境半分、元々の素質半分。
環境的に、自然に人並み以上の処世術を学んできた。だというのにどうして感情を露にしてしまったのだろうか、自分でも気づかない内に表に出してしまっていたのだ。

それも、お世辞でも綺麗とは言えない感情を。


「あれは多分、嫉妬心だったんだろうね」
「……君は自嘲めく口調で言っているけど、私はそれが悪いとは思わないよ。むしろ逆だ。愛以前に恋すら知らなかったからこそ、抱いた感情も含めて自己嫌悪に陥ってるみたいだが、男とはそういうものだ。ダイゴ、君は成長したんだよ。君にしては珍しく他の人よりも遅くに」


人より遅くに、か。

ミクリの言葉一つ一つが身に染みていくようだった。自分にやりたいことがあったからこそ、恋などしている暇が無かった。いや、自ら無意識に遠ざけていただけだろう。
嫉妬心など抱いたことがなかったから酷く混乱した。こんなにも誰かのことを知りたいと思ったのは初めて。全てが初めてで、どうすればいいのか分からず行き迷っていた。


「それはミクリの美学じゃなくて一般論?」
「私の主観でもあるが、恐らく一般論でもあるな。友人として私は応援するよ。ただ、君が勢いに任せないかとても心配ではあるが」
「……そればかりは僕も自信をもって言えないよ」


ダイゴは肩を竦め、そんな彼を見ながらミクリは溜息を付きつつも笑みを浮かべていた。
友人の成長を喜ばしく思っているのは当然、けれど勢いに任せるかもしれないという辺り本人が自信無さそうだから余計に不安だ。


「バトルでもして気を紛らわしたい、って思うのは本当に久々だよ。この分じゃ石を採掘するために洞窟に行っても落ち着かないだろうし」
「チャンピオンだとそうトレーナーとバトルも出来ないからな……そうだ。ダイゴ、風の便りなのだがどうもナマエが今こっちに戻ってきてるらしい。この際バトルを……」
「え?」


今、このタイミングで出ると思ってなかった名前に思わず声を上げてしまった。

彼は、ナマエと言った?

ミクリの口から出るなんて思ってなかった。自分が相当驚いた顔をしていたのかミクリは言いかけていた言葉を呑んで、ゆっくりと瞬きを数回する。

風のように颯爽と現れてそしてまた去っていった前チャンピオンナマエは歴代のチャンピオンにはない独特な雰囲気を持っていたし、初の女性チャンピオンだったこともあって印象強く記憶に残っている。
ダイゴも勿論名前は知っているだろうが、直接会ったことはないだろう。彼女がホウエンを出て行ってからダイゴはチャンピオンとなったのだから。
そんな彼女と会えるなんて思っていなかったのだろう。けれど、今の彼の驚きはそれとはまた別種のような気がしてならない。


「ダイゴ、君はもうナマエと会ったか?」
「まぁ……会ったと言えば会ったし、会ってないと言えば会ってないね」


曖昧な返事をするダイゴに眉を潜めると、彼はちょっと複雑な事情があるんだと言って顔をしかめる。その時のダイゴは本当に困り果てているような、混乱しているような表情をしていたものだから、ミクリの直感がある一つの答えを導き出していた。

その表情は、先程からダイゴが時々浮かべていたもの。そしてその対象になっているのは話に上がっていた女性だ。


「……取り違えていたら申し訳ないが……ダイゴ、その相手はナマエか?」
「……」
「まさか、彼女だったとは……私もナマエをそれなりに知っているが、」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。君がどうして彼女のことを知ってるんだ?」
「彼女がチャンピオンになったということは私のジムにも来たということ位、普段の君なら察すると思うのだが、取り合えず落ち着いたらどうだ?」


そう言われても、僕はこれでもまだ気持ちを落ち着かせている方だ。
相談する気はあったけれど名前を言うつもりは無かったのに、こうもあっさりばれてしまうものだとは思わなかった。こうして焦っている時点で、やっぱり僕は冷静じゃないみたいだ。


「確かに彼女は他には無い魅力を沢山持っているのは分かる…だが、私には同時に印象的だったよ。狂気とまでは言わないが、刺々しいまでに剥き出しの本能が危うくもあり、それと同時に美しくもあった」
「四天王も君もそう言ってるけど今のナマエはそうじゃない。逆に前の彼女の様子を聞いたら驚く位に違うよ、逆にミクリが今の彼女に会ったら驚くんじゃないかな。リーグで使っていたポケモンも皆置いてきてるみたいだし」
「ナマエが……?彼女を変えた人が居る……君はその相手に嫉妬をしたわけだ」


そう、その通り。
ナマエを変えたというワタルさんに、僕は嫉妬していた。彼の前では本当の彼女が居たから余計に不愉快だったし、それに悲しかった。
ミクリもまた、彼女の雰囲気ががらりと変わってしまっていることに相当驚いているのか、口元に手を当てて考え込んでいるようだった。

当時のナマエを変えることが出来た人が居たこと自体に驚嘆しているし、感嘆している。ダイゴがその相手に対して敵愾心を抱く気持ちも分からなくはないが。


「彼女がその人に影響されたのは、変えようもない事実だ。しかし話を聞いている限り、まだ何かを探しているように私は思うよ」
「まだ何かを……?」
「あくまで私の推測だ。一から初めて、何かに気付こうと自分なりに努力をしているようにも感じる。その辺りは君なら分かるんじゃないのか?」
「……、そうだね」


僕と話したいと言っているのも、またその手がかりなるからなのかもしれない。
彼女が何を求めているのか、本人も分かっていないのだから僕なんて尚更分かるわけが無い。でも、出来る限りの手助けはしたいと思う。

なのにチャンピオンだと名乗るとそれで終わってしまいそうで、避けているのは僕のエゴだ。
[*prev] [next#]