恋歌とピエロ
- ナノ -



Eccomi qua!


早く名乗り出た方がいいんじゃないか、そう思ったんだけど。

久々に帰ってきた私室でダイゴは一人色々と考え込んでいた。チャンピオンといっても、普段はそんなに挑戦者が来る訳ではないから自由な時間はそれなりにある。
廊下で会った総部長にやや注意をされながら(この注意は一体もう何度目になるのか数えてないけど)ナマエのことについても聞いた。
少しだけ本人にも聞いたけれど昔の彼女が今の様子とかなり違ったために、自分が断ったチャンピオンの座に現在就いている人間を見て話を聞いて、色々と刺激を受けたいそう。それ即ちツワブキダイゴという人間になるのだが。

それだけなら別に悩みはしない。むしろ僕こそ話したいくらいだ。
でも、ここで問題なのが。


「話を聞いたら、旅に出ようと思っているらしいし……」


ジムを回るとか、リーグを目指すとかそういう目的ではないそう。元々、もう彼女はそれを既に達成しているのだから出来ない。

つまりは、だ。
このリーグに足を運ぶことも本当に二度とないかもしれない。
少し話をしただけだが、もう少し話をしてみたいと思ったのは事実。一トレーナーとしてのナマエに興味を持ったのもまた事実。とにかく、もう顔を合わせることも無いなんてことになるのが残念なんだ。


でも、一つだけ回避する方法はある。
彼女はリーグに来るツワブキダイゴという人間を挑戦者だと思っている。挑戦者が来ている間は勿論四天王もチャンピオンも控えていなければいけないから、その間はチャンピオンと話が出来ない。
挑戦者としてリーグに顔を出している間、彼女はこのリーグに来るということになる。

どうしてそんなことを考えているのか、

それが憧れか親しみかそれともまた別の何かを感じているのかは、まだ彼にとっては些細なことだった。


「……ねぇ、ルカリオ。私って相当運ないの?」

場所はトクサネシティの中央広場。

小さな島の上にある街だから潮風の匂いが漂っている。設置されていたイスに座り、テーブルに頬杖をつきながら飲み物を飲んでいるナマエはどこの誰が見ても拗ねているようにしか見えなかった。
そんな主人の様子を見てルカリオは声を掛けて励ますのだが、ナマエはもう一つ深い溜息をつく。

今日の朝、リーグの関係者にチャンピオンの所在を尋ねたのだが返って来たのは、昨日の夜は居たのに朝に出て行きましたね、だ。
見事なまでにすれ違ってるというか、神様に嫌われているレベルなんじゃないかというか。ナマエはもう一つ溜息をついてからポケットを探り、チョコレートを取り出す。


「チョコ食べる?」
「!」


差し出されたチョコレートを受け取り、言葉には出していないもののどこか嬉しそうだった。その様子を見ながらにこにこと微笑んでいるナマエの視線に気付いたのか、ルカリオは表情を隠そうとする。
だが、何に気がついたのか急にぴくりと耳が動いた。この反応的に、波動で何かを感じ取ったのだろう。


「ルカリオ?」
「あれ?」


声が、誰かと重なったような気がした。いや、気がしたわけじゃないのは分かってる。
ルカリオから視線を上げて見ると、そこには恐らく私と同じ位驚いた顔をしている昨日もリーグで会ったあの挑戦者が居た。


「ナマエさん?」
「えっと……ツワブキ、ダイゴさん?」


確か名前はそうだったと思う。
それにしても本当に驚いた。リーグで会うならまだしも、このトクサネシティの中央広場で会うなんて。それに昨日会ったばかりなのに何という偶然だろうか。

ちらりと彼を見てみると、小さな麻袋を持っていた。たったそれだけのことなのに、彼の容姿や服装、雰囲気的に合っていないような気がする。彼がスーツを着ているから余計にそう思えるのかもしれない。


「今日はどうしてここに?」
「リーグで待ってるのは暇だったから、少し外に出ようと思って。街に出ると、トレーナーとバトルも出来るしね」
「意外、だな……あまりトレーナーとバトルをしないのかと思ってたよ。チャンピオン、四天王っていう経歴があるから」
「最近バトルが楽しくて……今更?って感じなんだけどね」


苦笑いを零す彼女の横でルカリオは彼女を気遣うように同意をする。彼の声が自分にも聞こえてきたから一瞬驚いてしまったが、ルカリオは波動というものを操ることが出来たことを思い出すと納得できた。


「ナマエさんがルカリオを連れている所しか見たことないけど…他にはどんなポケモンを?」
「リーグで活躍してたポケモンたちはみんな、預かってもらってるから今居るのはルカリオだけ。そういえば……貴方はどんなポケモンを?」
「僕は……主にはがね、かな」


そう言うと、ダイゴはモンスターボールを取り出してポケモンを出した。出てきたのは鋼に身を包み凛々しく翼を広げたエアームド。
思わずじっと見入ってしまったくらい。見た目やエアームドの眼差しだけでも彼がいかに強いかが分かる。こんなに強い視線を持っているポケモンなんてそう見ないから、珍しい限り。チャンピオンや四天王、ジムリーダーやリーグを勝ち抜けてきそうな屈強なトレーナーの持つポケモンくらいだ。

エアームドに手を伸ばして頭を撫でると意外にも大人しくて、気持ち良さそうに目を細めた。生き物だから暖かいけど、鋼の冷たさもあって何だか変な感じがする。


「それにしても、貴方はどうしてこのトクサネに?」
「あぁ、僕の家があるんだ。あまり帰ってないけどね」
「ここの出身だったんだ……」
「いいや、出身はカナズミシティだよ。実家もそこにある」


このトクサネシティに一人暮らし、ということなのだろうか。でもあまり家に帰ってないと言っていたけど。
まぁ、旅があるから実家や家に帰ることも少ないのは私もよく分かっている。私も暫くラルースに帰っていないくらいだし、それ位は当たり前なのかもしれない。


「まぁ、家に帰って来たっていってもこれを置きにきただけ」
「これって……」


ツワブキダイゴの手には麻袋。中に何かが入ってるのは見た目だけでも分かるけど、その中身までは分からない。けれどルカリオが波動で感じ取ったのか、不思議そうな顔をして石?と尋ねる。
まさかそんな訳ないだろう、とルカリオに言おうとする前にダイゴは頷いた。

「よく分かったね、見つけてきた珍しい石なんだ。綺麗だし、気に入ったものだから……」

思わず、数回瞬きをしてしまう。

何というか、少年のような笑みを浮かべたから。それに、石について説明をしている口調が非常に熱っぽかった。
石が好き、という趣味は特に変わっているとは思わない。ニビにも博物館はあるし、このホウエンにも幾つかあるため、数回覗きに行ったことはあるから。それに、故郷のラルースでは隕石の研究が行われていたくらい。
でもぱっと見たところ、このツワブキダイゴという人の品の良いイメージとは合わないような気もした。合わない、なんて勝手にイメージを付けているこちらがいけないのかもしれないが。

(でも、逆に合ってるかもね。石好きな人って穏やかそうな人多いから……)

あまり表情に出していなかったもののこの青年は目敏いのか、ナマエを見て苦笑いを浮かべる。


「意外だった?」
「少しだけね。でも、自分の趣味があるって羨ましいというか…うん、よく考えれば意外でもないかもしれない」
「え、」
「え?あ、勝手にごめんなさい」
「いや、そう言われるの初めてだから、驚いて……何時も変わった趣味だって言われて、注意されるばかりだからね」


総部長やフヨウたちに注意されるのは自分がいけないのだと分かってるけど。石を集めるのに夢中になって本部に帰らないことがあるのは事実だからだ。

それにしても、驚いた。本当に驚いた。
僕の趣味をあまりよく言う人は居なかったし、羨ましいだなんて持っての他。これもまた、趣味に没頭しすぎるあまりに周りが見えなくなってしまう自分が原因なのだが。

そうなの?と不思議そうに首を傾げる彼女はとても正直で、好感が持てる。

自分が彼女を、一トレーナーとしてそして人としても興味を持ち始めていることに他人事のように珍しいなと思いつつもそれがまた嬉しく、寂しくもあった。
残念ながら、元チャンピオンとしての彼女しか見たことがないから。
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