恋歌とピエロ
- ナノ -



Dove abita Lei?


「一日目なのにどうした、もう寂しくなったのか?」
「その言い方楽しんでるでしょ、それにワタルじゃあるまいし。……今日、久しぶりにトレーナーとバトルしたの」
「トレーナーと?」
「そう、リーグを目指すトレーナーと。凄く、楽しかった」
「……!、そうか……」


モニターに映し出されたナマエの笑顔と、気持ちが高ぶった様な声。どちらもワタルを嬉しくさせるものだった。
バトルが楽しかったなんて俺でも初めて聞くかもしれない。それほどまでに珍しい反応なのだ。内心、ナマエにカントーリーグを出て行ってほしくなかったのだが、彼女が探しているものが本当に見付かるような気がして送り出して正解だったんだと思い直す。


昨日は本当に楽しかった。私も、ルカリオも。

バトルをしている時も終わった時も高揚感は収まることなく、思い返せば思い返す程湧き出てくるようだった。
ポケモンセンターから借りた部屋を出て広間に来たと同時、見覚えのある顔が私を見て嬉しそうな顔をして呼び止めた。私も、同じような顔をしていたと思う。


「元気だったかい、ナマエ君」
「えぇ、総部長こそお元気でしたか?」
「……」
「総部長?」


このホウエンリーグ本部の総部長をしている男性を私は勿論知っている。とは言っても、一年半前にたった数日しか顔をあわせなかっただけだが。そんな彼がにこやかに挨拶をしてきたかと思えば、次は私を見て驚いている様子。特に驚くようなことがあっただろうか、と辺りをきょろきょろ見回すのだが何もない。

立ち話もなんだから、と総部長に促されて、広間の一角に取り付けてあったソファに座る。


「いやぁ……驚いたよ」
「驚いたって、何が…?」
「君のことだよ、雰囲気がすっかり変わってたものだから本当に驚いた。カントーの旅で何かあったのかい?」
「総部長にも私が変わったように見えるんですね…カントーで、一年ほど四天王をしていたんです」


総部長の口からえっ、と声が零れる。ホウエンリーグでチャンピオンになった人間が別の地方で四天王になっていたら驚くものなのだろうか。
そして総部長が何かを察したのか、二度三度と深く頷いた。


「カントーリーグのチャンピオンはワタル君だったね。良い人に巡り会えたわけだ」
「……何だかその言い方ちょっと鳥肌立ちます」
「はは、すまないね。チャンピオンにもなった君が四天王になるなんて…よく承諾したね」
「なったのは強制的で、本当は物凄く悔しかったんですよ」
「あれ?」
「でも、それ以上に大切なものを教えてくれましたから彼には凄く感謝してます。……本人には言ってやりませんけど」


ワタルにこんなことを言ったら馬鹿にされるというか、笑われそうだし。現に昨日の電話だけで面白そうに寂しくなったか?なんて聞いてきたくらいだ。
本当は、私を心配してくれているからこそ、そんな言い方をするんだと分かっているんだけどね。

変わったナマエを見て総部長はにこにこと微笑んでいたのか、急に何を思い出したのか深い深い溜息をついた。数日分の幸せが逃げていきそうな位深い溜息だ。


「なにか……?」
「いやぁ……今の君ならチャンピオンも適任だなぁ、としみじみ思ってね。彼といったら……」
「……?今のチャンピオンに何か問題でもあるんですか?」
「問題というか……勿論彼は良い人だし、それに何より強い。実力も精神もね」


それなら別に問題はないじゃないか、と思うけど。むしろ実力も精神も強くて良い人ならば私よりも適任じゃないか。
総部長が溜息をつく理由が分からず、疑問符を浮かべながら首をかしげていると彼はもう一つ深い溜息をついた。


「ただ、少しクセがあるというか……自分の趣味のためによくリーグから居なくなるというか、取り合えず会ってみたら分かる……あれ、昨日会ったんだよね?」
「いえ、昨日は会えなかったんです。……でも話を聞く限り会うのが怖くなってきましたね」
「あ、いや、別に悪い人じゃないんだ。むしろ珍しい位の好青年なんだよ。……どういう人かって、口では説明し辛いんだけどね」
「……はぁ」


良い人だけど、クセがある。
ワタルみたいな感じだろうか。いや、ワタルは言うほどクセはないような気もする。ならグリーンみたいな感じ?根は良い人だけど、第一印象はそう思われないようなタイプ。

(言い方からしてどっちも違うような気がするけど……)

会って、少し話を聞きたいだけだ。
話を聞いたらこのホウエンリーグ本部から出て行くつもりだし、相手にも深入りはしないつもりだ。面倒な性格の人だったら余計に捕まりたくないし、ね。
とりあえず、現時点での印象はそこまでいいものではなくなった。

――エアームドの背から離れて、本部の前に降り立つ。
鋼が銀色に輝く体を人撫でしてからモンスターボールへ戻して本部へと足を進めた。

昨日、前チャンピオンナマエが僕に用があって来ているとフヨウに聞いてから、彼女は先程のフロアに残っていないかと思って戻ってみたのだが、既に姿はなかった。
わざわざ来てくれたというのに、お互いの勘違いですれ違ってしまったことに申し訳なさを感じた。いや、今も感じているが。

僕を挑戦者だと勘違いしていたみたいだし、名乗り出て大丈夫なものだろうか。酷く驚かれるだろうし、もしかすれば名乗り出てくれればよかったのにと怒られるかもしれない。そう言うような性格には見えなかったから、それはないだろうけど。


色々と思案しながら本部へと入ったのだが、思わず目を留めてしまった。
何故って、フロアの一角に取り付けてあるソファに彼女が居たのだから。どう話しかければいいものか、と思っている間に彼女が自分に気付いたのか声こそは上げていないが驚いてるようだった。

「今日は挑戦?」

自分を気遣いながら少し控えめながらも柔らかな笑みを零しながら尋ねてきた彼女は、さり気ないながらも数多く居るトレーナーたちの目標になる者たる風格があった。
本当に一時的だが彼女がチャンピオンになった中継を見て、憧れてリーグを目指したいと思ったトレーナーも数多く居るのではないかとぼんやり考えた。僕がそういう存在になれているのかどうかは分からないが。

本来なら今日も挑戦、と尋ねる所。昨日も会って、今日も会ったのだから昨日は負けたんだろうと察しづいているだろうに。(そもそも挑戦者じゃないんだけどね)


「参考までに聞いてもいいかな」
「?えぇ、いいけど……」
「チャンピオンになった時どんな感じになったのか、聞きたくて」
「……楽しい話じゃないと思うけど、それでもいい?」


それでも、と頷いた青年にどうしようか悩みながらもぽつりぽつりと話を始める。あまり、聞いても楽しくないことだと思う。
それに、もしも元チャンピオンという美化されすぎた私を想像しているなら、イメージをぶち壊すもいい所。私としては構わないけど、悪い影響を与えないかが心配だから。


「チャンピオンになった時私は満足してなかった。逆に……何て言うのかな。空っぽになったような、そんな感じがしたの」
「それは……目標が達成されたから?」
「いいや、……最初から目標なんてなかったから満足も何もなかったのかも。だから、チャンピオンを引き継がなかった」


青年は意外、とでも言いたいような顔をしている。
純粋に直向にリーグを目指しているトレーナーたちには申し訳ない位、情けない位の自分だった。目標を持たずしてチャンピオンになるなんて、本当は資格なんてない。


「でも、僕には今の君がそうには見えない」
「それは少しだけ、変わったからなのかもしれない。今回ここに来たのも、実は今のチャンピオンと話をしたいと思ったからなの。……あ、でも」


突然眉をしかめて唸りだしたナマエを見て、嫌な予感がした。そう、でもと続けた先に否定的な言葉が来そうだったから。それを証明するかのように、彼女の表情は何かを訝しむようだったから。


「総部長が、ちょっと変わった人だって言ってたから」
「……」


あぁ、余計に言い辛くなった。

総部長もわざわざそんなことを彼女に言わなくてもいいのに。それも、欠点ばかりを挙げられたような気がする。
確かに自分は彼女とはまた違った理由でチャンピオンらしくないけど。こういう場合は遠まわしに気づかせた方がいいのだろうか。


「そうだ、貴方の名前は?」
「僕の?僕は、ツワブキダイゴ」
「ツワブキダイゴ……か。今日、頑張ってね」


笑みを浮かべる彼女に、力が抜けていくような気がした。
名乗れば、分かると思ったんだけどな。こういう場合どうするべきなんだろうね。
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