恋歌とピエロ
- ナノ -



Coraggio


ワタルが連絡をしてくれたものの、やはりチャンピオンは忙しいようだ。それを言うと当然ワタルも忙しい筈なのだけど、私が暇していたくらいだ。ワタルも基本は時間があった。
カントーには嫌がらせとしか思えない最終関門のトキワジムがあったから仕方ないとは思っているけど。(これ、本人に言ったら笑うんだろうな)
何せグリーンは一応二代前のチャンピオン。伝説と呼ばれるレッドは別として、グリーンはワタルを一度撃破している。

本来は私じゃなくて彼が四天王を勤めた方が適任だと思うのに、彼はトキワジムのジムリーダーに就任した。だからこそカントーから来る挑戦者は滅多にいない、というか私が知る限り居なかったと思う。
ホウエンのジムは勿論それぞれ厳しいけれど、カントーリーグよりも少しだけ多くリーグに人が来るのだろう。

今日は会えないのだと思うと明日来ればよかったなぁ、と思う。


「今日一日暇になったね、どうしよっか」


横に居るルカリオに話しかけると、テレパシーで返事が返って来る。実家のあるラルースはここから少し遠いから無理だけど、この地方に居る友人に帰ってきたことを報告ついでに挨拶してはどうかと。
確かに、挨拶くらいはしておいた方がいいかもしれない。フエンのアスナやヒワマキのナギが頭を過ぎったが、そらをとぶを覚えているポケモンは全て置いてきてしまっている。とても今日一日では行けない場所だ。

波動のおかげで私が考えていることが分かったみたいで、ルカリオは確かに、と頷いた。

「ミナモシティにでも行く?あそこにはデパートもあるし」

買い過ぎないようにと窘められて苦笑する。私がやらかしそうなことをよく分かっているというか、保護者みたいだというか。
彼の性格は私というよりも、彼がまだタマゴだった時にタマゴをくれた人の性格に似ている気がする。

久々に来たミナモシティも以前と変わらず、だった。
潮風の吹く街は多くの人で賑わっていた。この街に住む人、旅をしている人、観光に来た人、とにかく多くの人が行き交っている。
船から下りてミナモデパートへ向かおうとしたのだが、その途中にあった広場でポケモンバトルが繰り広げられていて思わず足を止めてしまう。

多くのトレーナーがそれぞれバトルを繰り広げ、それを見ている通行人も盛り上がっている。バトルをしている彼らはポケモンに指示を出しながらも楽しそうだった。
そう、純粋に。

「私もあんな風に、バトルが出来たらよかったのにね……」

いや、幼い頃は純粋にバトルを楽しんでいた気がする。負けて、勝って、私もポケモンも一緒に喜んで、落ち込んで。
何時からだろう、そんな当たり前のことさえ忘れてしまったのは。それを忘れていたから私は本当の意味で強くなれなかった、だからこそワタルは私を一年間四天王へと迎え入れたんだ。

まだまだ若いトレーナーたちのバトルを見て色々と思いを馳せているのに気が付いたのか、勝手にモンスターボールが開いてルカリオが出てきた。

「ルカリオ……励ましてくれてるの?」

勿論、と答えが返ってきて思わず嬉しくなってルカリオの頭にぽん、と手を乗せるとルカリオも嬉しそうに身震いした。
盲目的に夢中になってポケモンを鍛えていたのは記憶に新しい。でも、今はそれは間違っていたことがよく分かる。今は強さを求めて鍛えようとは思わない、それよりも絆や愛情といったものを大事にしたいから。


「あなたも、ポケモントレーナーなんですか?」
「え?そうだけど……」
「俺とバトルしてくれませんか?」


声を掛けてきたのはまだ十歳位に見える少年。礼儀正しいけれど、その表情はやはり歳相応の子供らしい純粋なもの。見ているこっちが笑みを零してしまうほどだ。
ルカリオに視線を送ると、彼はゆっくりと頷く。育てていたものの、彼を公式戦で使ったことは一度もない。普段は手合わせ程度に鍛えてもらっていたから、他のトレーナーと真剣勝負をするのは初めてだ。


「私、ルカリオしか連れてないから1対1でいい?」
「勿論です!俺、ユウキっていいます」
「ユウキ君か……私はナマエ。こちらこそ手合わせお願いしま……」
「ナマエ……ナマエさん!?」


す、といい終わる前に私の名前を確認する驚き声が響いたものだから、目を丸くしてしまう。驚かれていることに驚いていると、手を取られて握手をする形となった。


「前チャンピオンのナマエさんですよね!まさか、こんな所で会えるなんて」
「私を、知っているの?」
「勿論ですよ、リーグを目指すホウエン地方のトレーナーは皆知ってます!あの時中継見てて、凄いなって思ってて……」


ホウエンリーグ本部に居たあの青年も同じことを言ってた、な。やっぱり複雑な気分だけど、心から嬉しそうな顔をしているユウキという少年を見ていると心安らぐ部分もあった。
あの時の私でも、誰かに良い影響を与えられていたなんて。良かった、本当に良かった。


「そんな人とバトル出来るなんて、光栄ですよ。けど、俺も精一杯やらせていただきます……!」
「……ありがとう、私も一トレーナーとして全力を出します」


柔らかな、けれど凛々しい笑みを浮かべたナマエはルカリオを、そしてユウキはモンスターボールを空高く投げて、ダーテングを出した。

集まる視線は数多く。
色んな人に見られていることなど気にしていなかった。今から始まるバトルにこれまでに感じたことのない高揚感に胸が躍っていた。それは何よりも純粋な気持ちだった。
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