恋歌とピエロ
- ナノ -



Blank note


ホウエンリーグ本部、一年半ぶりくらいになるだろうか。

久々に見る本部だけど、何一つ変わっていないような気がする。このホウエンリーグが醸し出す圧倒的な威圧感、そして神聖なる静寂さ。
あの時と変わってない、けれど私には新鮮な感じだった。あの時は全てにおいて盲目的だった私。目的が分からないから取り合えず強さを追い求め続けた若気の至り。

懐かしむように本部を見上げていると、持っていた鞄が手から離れる。それを持っていたのは唯一連れてきたルカリオ。
リーグの時に使用していたポケモンたちも大好きだからこそ、昔の自分と決別するために置いて来たとは断言しないけれど、また新しい気持ちで始めてみたかったから。


本部に入ると、相変わらず静かな空間だった。
普段はジョーイさんにフレンドリィショップの店員、そして挑戦するために入る通路を警備している人くらいしか居ない。なぜかと言えば、まずこの地に来るまでが大変だから。各町のジムリーダーを倒して四天王に挑みに来る人自体少ない。

けれど、今日は少し違った。
丁度回復が終わったのか、ジョーイさんからモンスターボールを受け取っている青年が一人居る。
リーグ挑戦者にしては珍しいくらいに品の良い男性。スーツに身を包み、ボールを受け取っている指に光る指輪が特徴的だ。そして青年も本部に入ってきた私に気が付いたのか、振り向いて少し驚いた顔をし、ジョーイさんに礼をしてからこちらに歩み寄ってきた。


「君は挑戦者?」
「そういうわけじゃないけど、」


声を掛けられて戸惑いを隠せず返事をしてしまったことに心の中で溜息をつきながらも、目の前に居る男をじっと見つめる。

やっぱり、挑戦者らしくない。

かつての私の様な危うい威圧感があるわけでもなく、どこまでも紳士的に見える人だった。静かな闘志を燃やすようなタイプなのかもしれないけど、挑戦者のような張り詰めた、でも意気込んでいるような雰囲気とはまた違った。


「このリーグに入れたのに、挑戦者じゃない?」
「ちょっと個人的な用で本部に顔を出しに来ただけなの。挑戦を割り込みに来たわけじゃないから安心して」
「……、君の名前は?」
「私?私はナマエ。一応昨日までカントーリーグの四天王をしてて、」
「それに加えて、このホウエンリーグの元チャンピオン」


まさかその単語が目の前に居る彼から出てくるとは思っていなかったものだから、面食らってしまった。
挑戦者じゃなくて顔を出しに来たという情報と、ホウエンリ−グのチャンピオンと同じ名前だと聞いて察しづいたんだろう。元チャンピオンと言っても、座に着くこともなくカントーに行ってしまったから名乗るのは相応しくないんだけどな。

私が複雑な気分になっているのも知らず、彼は柔らかな笑みを浮かべて手を差し伸べてきたものだから自分も手を伸ばして握手を交わす。


「チャンピオンを引き継がなかったからこそホウエンでは有名になってるよ。だからこそ会えて嬉しいよ」
「ゆ、有名……それって悪目立ちじゃ」
「そうでもないよ、女性のチャンピオンはホウエンリーグでは初めてだったみたいだから余計に。でも、カントーで四天王を勤めていたなんて知らなかったな……」
「それには深い……いやちょっと浅いけど、理由があって」


思わず苦笑い。
私はワタルのせいで四天王を勤める羽目になった。今となってはワタルのお陰で四天王を勤めていた、となるが。

四天王と、いえば。この青年はホウエンリーグに挑戦しに来たんじゃないか。挑戦する前なのに引き止めてしまっている上にリーグを挑戦する際にある程度必要な緊張感を壊してしまっている。


「引き止めてごめんなさい」
「え?いや、僕としては君と話せてよかったよ」


にこやかに答える彼はやはり好青年だ。
リーグ挑戦を頑張ってほしいと思うのと同時に出直さなくちゃなぁ、とぼんやり考える。彼が挑戦している間はチャンピオンも自分の居るべき位置に居るはず。

訪ねる身として礼儀的にも今日会うのは止めておいた方がいいだろう。彼に挨拶を交わし、本部内にあるポケモンセンターに泊めさせてもらう為にジョーイさんの所へ向かった。


挑戦者の青年、否、現チャンピオンの青年は本部の廊下を歩いていた。

珍しい客人に会ったものだから素直に喜んでしまった。
僕の前の女性チャンピオン、ナマエ。彼女はチャンピオンになったものの直ぐに旅立ってしまったから僕が挑戦したチャンピオンは別の人なのだが、ナマエという人に興味があった。

彼女を相手にしたことがある四天王に話を聞いただけなのだが、その時のイメージと今話をした彼女とは少々違ったような気もする。
カゲツやフヨウの意見ならともかく、プリムとゲンジが彼女は全てにおいて異質だったと言ってた位だ。彼女は強かった、とにかく強かった。ただ、自身の歯止めが効いていないようで危ういバランスで成り立っていたのがナマエだと聞いていたから。
その彼女のポケモンもまた同じような雰囲気を醸し出していたと聞いていたが。

「彼女も、横に居たルカリオも、そうでもなかった……」

と、なると、カントーの四天王を勤めている時に何かがあったのだろう。その辺りも含めてもっと詳しく話を聞いてみたいと思ったのだが、この一年半ホウエンリーグを訪れなかったナマエだ。
また来ることなんてないかもしれない。そう考えると惜しいことをしたな、と思っていた時、廊下の先から自分を呼ぶ声が聞こえてきた。


「やっと戻ってきた……!」
「フヨウ?」
「総部長から預かったダイゴ君へのお知らせ。ナマエ、っていう前チャンピオン知ってる?」
「知ってるも何も……」


先程話をしたばかりだ。

呆れたような顔をしているフヨウの言いたいことは嫌でも分かる。彼女もだが、自分も十分チャンピオンらしくないのは自覚している。性格というか、気質というか。
頻繁にリーグを抜け出しては自分の趣味である石集めに没頭し、時々本部を困らせることもあるらしい。その時々が、丁度今なのだろう。
ここ四日間、本部に顔を出していなかったから。


「その人が何でも本部に来るらしくて、ダイゴ君に用があるとか……」
「……え?」


用件があるから来たと言っていたけど、まさか僕に?
彼女は僕を挑戦者だと思っていたみたいだし、自分に用があると思っていなかったので特に名乗りださなかったのだけど、それが仇となってしまったようだ。申し訳ないことをしたな、本当に。

(あ、でも……)

自分に用があるなら、もう一度話が出来るかもしれない。気付かぬうちに笑みを浮かべていたのだろうか、フヨウは不思議そうに首を傾げた。
[*prev] [next#]