恋歌とピエロ
- ナノ -



Zero e fare un passo


「ルカリオっ、地面に向かってラスターカノン!」

地面に向かって放たれたラスターカノンは地面を抉りながらそのまま一直線にメタグロスを狙うが、避けるようにふわりと浮き上がったメタグロスにサイコキネシスで作ったバリアに跳ね返される。
ナマエの指示を読んでいたように、サイコキネシスを発動させ先程地面を抉ったことによって両側に盛り上がった瓦礫を操りメタグロスを挟み潰すように寄せる。

激しい音と振動、そして舞い上がった煙に会場全体がざわめくが、ナマエは表情を緩める事も無くルカリオ、と直ぐに短く指示を出す。後方に素早く跳躍すると、ルカリオが居た所に向かってメタグロスを挟んだその瓦礫が勢い良く突き刺さり、ルカリオははどうだんで弾き返す。


「流石だね、今のは僕も焦ったよ」
「とか言って、そんなに焦ってないじゃない……!」


放たれるシャドボールを交わしてメタグロスに接近していくルカリオだが、その一発が当たって後方に吹き飛ばされるがその瞬間にメタグロスに向かって放たれたはどうだんが命中し、メタグロスはがくっと腕を折り一瞬怯む。
その隙にルカリオも体制を立て直し、はどうだんをもう一発放つのだがメタグロスのじしんで盛り上がった岩が盾となって砕ける。

「メタグロス!」

ダイゴの指示と共にサイコキネシスで浮き上がったメタグロスはルカリオに接近し、岩陰から隙を突くように現れる。即座に反応したルカリオがはどうだんを至近距離で放つのだが、うめき声を上げたのは一瞬だけで、メタグロスは直ぐに立ち直ってその太い腕を振り上げる。


「コメットパンチ!」
「っ、ルカリオ!」


咄嗟に前で腕を交差させてガードするが、直撃して地面に吹き飛ばされるルカリオは叩きつけられ、間を置いてからゆっくりと立ち上がる。しかし、それは苦しげな物で腕を手で押さえている。
追撃するようにシャドーボールが襲ってくるが、怯むことなくむしろ上がった素早さでそれを避ける。瓦礫を足場に飛び上がり、至近距離で打ったはどうだんがメタグロスを吹き飛ばす。


「これで決める、ルカリオ!」
「メタグロス、サイコキネシス!」


踏み込んで吹き飛ぶメタグロスに向かって飛び込んでいったルカリオは両手を構えて蒼く光る球体をメタグロスに向かって放つが、サイコキネシスによって腕が届く範囲に引き寄せられた瞬間コメットパンチがぶつかる。
お互い吹き飛ばされ、土煙を巻き上げて二体共に地面に叩き付けられる。思わずリフトから身を乗り出してルカリオ、と叫ぶと開けていく視界の中、ゆらりと立ち上がろうとするルカリオが目に入る。

「ルカリオっ!」

膝に手を置いて立ち上がり再びはどうだんを出そうと構えたのだが、ふっと糸が切れたようにその場に倒れこんだ。


『ルカリオ、戦闘不能!――よって勝者、チャンピオンダイゴ!』


張り詰めていた緊張感で静まり返っていた客席がその声を発端に、わっと歓声が湧き上がる。片腕を折って辛そうに立つメタグロスにお礼をいい、ダイゴはモンスターボールに戻す。
ナマエに視線を移すと、リフトの柵を跨いでそれなりに高さがあるバトルフィールドに飛び降りた所だったから吃驚して思わず身を乗り出してしまった。着地したナマエは地面に座り込むルカリオに近付き、抱き起こしていた。

「大丈夫?ルカリオ」

ナマエが声を掛けると申し訳無さそうに目を伏せて謝るルカリオだが、ナマエはルカリオの頭を優しく撫でてやんわりと笑みを浮かべる。
謝ることなんてないよ、確かにバトルに負けたのは悔しいけどむしろ私が皆に感謝したい位なんだから。

「カッコよかったよ、最後まで戦ってくれてありがとう」

その言葉にきょとんとしたルカリオだが、照れ臭そうに視線を逸らすとありがとうございます、と礼を述べてゆっくりと立ち上がる。ナマエも折っていた膝を伸ばして立ち上がりふと周りを見上げた瞬間、惜しげも無い拍手が会場全体に響いていたから吃驚してきょとん、と目を丸くする。


「わ、な、なに……」
「皆いいバトルだった、って事だよ」
「え?」


リフトの上に居たダイゴも飛び降りて来て難なく地面に着地する。心の片隅でダイゴはスーツなのに、と余計な事を考えながらも近付いて来るダイゴに視線を合わせる。改めて彼を見るとやっぱり、彼はホウエンチャンピオンに相応しいトレーナーだ。
手を伸ばすとダイゴは一瞬驚いた顔をしたが、笑みを浮かべてその手を取る。セレモニーバトルの時はダイゴがチャンピオンだと初めて知って混乱していたから、訳も分からず握手を交わしていたんだよね、なんてつい最近の事を思い出しながらふと笑みを零す。


「悔しいけど、流石はダイゴね。夢中になって周りの音が聞こえなくなる位で……凄く、楽しかった」
「そっか……はは、僕もこんなに追い詰められたの初めてだよ。それに良かったよ、一番気付いてほしかったことだから」
「一番気付いてほしかったこと?」
「ナマエが、ホウエンに何を探しに戻って来たのか」


ダイゴの言葉に息を呑む。
彼は、このバトルを最後の我侭だと言ったけど、まさか何か目的があったのだろうか。私がホウエンに戻ってきた理由に気付いてほしかった?気付くも何も、今よく分かって居ないんだけど、と疑問符を浮かべていると予想していたのかダイゴは肩を揺らして笑う。

ルカリオにちらりと視線を移すと、彼は分かっているのか真剣な眼差しを向けてくる。元々他を圧倒し魅了してしまうような実力を持つナマエがその実力に磨きをかけた事に繋がる。


「ナマエは今のバトルを楽しかったって言ったよね。それだよ」
「……、え?」
「トレーナーとして一番大切な気持ちだよ。強さだけに執着するんじゃない、バトルに正面から向き合って勝敗以外に得る物に目を向ける事……とでも言えばいいかな」
「あ……」


負けると悔しくて、勝つと嬉しくて。そんな当たり前の事を私はホウエン地方を回る旅で置き去りにしてしまっていたのだ。チャンピオンになった時も特に何の感情も湧き上がってこなかったし、むしろ果ての見えない強さに拘る道に虚無感と一種の絶望感さえ常に抱いていた。
最近バトルが楽しいってワタルに連絡を入れた時、自分の事みたいに嬉しそうな顔をしてたのはそういう事だったの?単純だけど、近くて遠かったその答えに呆然としていると、隣に居たルカリオに手を取られる。

そっか、ルカリオは分かってて、それで私をずっと傍で支えてくれてたんだ。
乾いた笑いが零れ、力が抜けたようにぺたりとその場に座り込むナマエにダイゴは驚いて、彼女の手を取り立ち上がらせて背中に腕を回して支える。

「そういう、事だったんだ……自力じゃ、分からないわけね……」

深い溜息を付き、力の抜けたような笑みを零す。過去の自分に目を背ける割に、結局ずっと昔を意識し続けてきてしまったナマエに自力で気付くという手段は無かったのだ。しかも、昔の事を引き出されると無意識に相手を拒絶してしまうから余計、私は簡単なことにも気付けなかった。
そんな私の問題に真正面から向き合ってくれたのは、ツワブキダイゴだった。感謝の気持ちと共に色々な感情が込み上げてくる。この人に会えて、そして傍に居て良かったと思うような、温かい気持ちだ。


「ありがとう、ダイゴ。勿論色々合ったけど……結局、ダイゴに助けられてばっかりだから」
「助けた、っていうより僕の我侭だったけどね。ワタルさんに出来なかった事を僕が遂げたい……そんなくだらない張り合いだよ」
「そういえば、後で話すって言ってたけどワタルにどうしてそんなに……?」
「前に一度だけ言ったんだけど……男の嫉妬心は醜いって言うからね。ナマエを変えられるほど距離が近かったワタルさんが羨ましかった、君を好きな一人の男として」
「そ、それ、って……」


ストレートな言葉に恥ずかしさが込み上げてきたのか耳まで赤く染めて俯いたナマエが愛おしく思えてくすりと笑うと、馬鹿にされていると勘違いしたのか怒ったように眉を潜めて見上げてくるけれど直ぐに困惑したものへと変わり、気恥ずかしそうに視線が泳ぐ。
ミクリに何時再び告白するのかと問われて馬鹿言うなよ、って言っていた割に、いざとなるとこんなにさらりと自分の想いを言えてしまう位に彼女に溺れてしまっているのだろうな。


「改めて言わせてもらうよ、僕はナマエが好きだ」


その言葉を聞いた途端、これ以上に無い程に心臓が煩く跳ね上がる。
ドクンドクン、と耳元で聞こえてくる位に脈打ち、近くに居るダイゴに聞こえてしまっているのではないかと妙に焦ってくる。

初めてその言葉を聞いた時は、本当に最悪だった。苛立ち以上に訳が分からない悲しみを覚えたというのに、今は違う。まるで全く違う響きのようだ。
私は何時だって気付くのが遅すぎる。遅すぎて、気付かないうちに手放してしまう。でも今なら、まだ、間に合うよね?


「……参ったな、日を改めて何時か言おうとしてたんだけど。ごめん、ナマエ」
「あ、の、ダイゴ!」
「ナマエ?」
「私の我侭も、一つだけ聞いてもらっていい?」


これは私のとんでもない我侭だ。けれど、ダイゴは優しい目でうん、と静かに頷いた。強引だけど、こういう所は本当に紳士的で好青年と云われる所以なのだろう。


「ダイゴの事を何も考えないで、私の身勝手で突き放してきた。……それなのに、都合が良すぎるのは分かってる、でも、答えを出させて」
「……うん」


大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
今までずっと突き放してきたのに、その答えを変える私の我侭を許してほしい。向き合って見えたその感情に、大分遅れてしまったけれど漸く気が付く事ができた。


「わ、私は……、ダイゴのことが、好きで」

す、と続ける筈だったけれど、ダイゴに思い切り引き寄せられた事で続かなかった。

ただでさえ心に余裕なんて全く無い状態なのに、急に抱きしめられたものだからあ、う、と言葉になってない声が零れる。恥ずかしいを通り越してもう何だか訳が分からなくなってくる。
ばっと肩を押さえられて離れたが、ダイゴは顔を手で押さえ言葉を失っているようだった。顔を赤くしているダイゴを見るなんて初めてだったから、人の事を言えないような顔をしているのは分かっているのに驚いた。


「ごめん、予想外で……あぁ、だめだ。本当に、嬉しい」


耳元で聞こえるダイゴの小さく掠れた声にびくりと肩を揺らしてしまう。行き場を失い宙をさ迷っていた手をダイゴの背に回そうとしたその時。
現実に急に引き戻すかのような今日一番大きな歓声が沸きあがったものだから、え、と声を上げて油の足りない機械のようにぎこちなく首を回し、上を向くと拍手に悲鳴に歓声に飛んでくるおめでとう、という声。


――いやいやいや、待って、ちょっと待って。

急に自分のしでかした事に気が付いて、火照っていた頬から血の気が引いたようにさっと青ざめる。ダイゴに視線を向けると「すっかり忘れてた」なんて特に気にしていないような感じで呟いて見上げていたから余計に混乱してしまって頭が真っ白になる。


「こここ、これって全国放送されて――」
「まぁ、そうだろうね。この様子だと今の全部流れてるかも」


心なしか、ダイゴの声は楽しそうに弾んでいる気がした。


一日経ってもほとぼりは冷める事無く、ナマエはルネジムで深い溜息をついていた。

バトルに負けた云々を気にしていられなくなる程に、私は混乱していたし慌てていた。ラルースに来ているし家に顔を出したりトオイ君達の所に遊びに行こうかな、とも考えていたけれどそんな余裕は一切無かった。
動揺にざわめく会場にしまった、と思うと同時に羞恥心が込み上げ耐え切れなくなって、状況を楽しんでいる様子のダイゴの腕を引っ張って控え室に戻ったのはいいけれど、バトルタワーを出るまでが大変だった。


当然、元チャンピオン対チャンピオンという注目を集めるバトルに留まらず、むしろそれを超えるような衝撃的な出来事を放って置く訳なかった。表口や関係者専用入り口い押し寄せてきたカメラやマイク、音声を構えて待ち受ける報道陣に足止めを食らう事になった。あの日ほどテレポートを使えるエスパータイプを持っていない事を悔やんだ日はなかっただろう。

そんな状況を打破したのは、ミクリの所に行けば呆れられながらも協力してくれるだろうというダイゴの一声。関係者フロアに居る筈のミクリを探しに行こうとしたのだが、ダイゴは先に行くように、と言うだけで来ようとしなかった。
まさか、一人で取材に受ける気ではないかと思い、足を止めてこの場に留まろうとするのだがそれをルカリオが許してくれなかった。
それからあれよあれよという間に私達を探して来たミクリに連れられてバトルタワーを出てそのままルネシティに直行。


ミクリには感謝してもしきれないが、落ち着く事なんてとても出来なかった。ポケナビに連絡を入れるのだが何回コールしても出る気配は無い。まぁ、ダイゴは元々連絡を無視する癖があるからあまり期待はしていなかったけれど。はぁ、と一つまた深い溜息をついていると、部屋の扉が開く音が聞こえて振り返るとそこにはミクリ。


「まったく、こちらとしては世話をするのに苦労するが本当に君達は慌しいと言うか…見ていて飽きないことに変わりはない」
「ミクリも楽しんでない……?それに、冷静というか」
「何時かこうなるのではないかと少し、予想はしていたからな。まさかあのタイミングで公開告白をされるとは誰も予想しなかったが」


ふ、と笑みを浮かべるミクリにナマエはバツが悪そうに眉をしかめる。何であそこまで人の目を気にしなかったのか自分でも不思議な位なのだから。
でも、あの時に言わなければならなかったのは分かっていたから、伝えた事自体に後悔している訳ではない。タイミングを逃すと何時までもぐだぐだ答えを出せない悪い癖が出る。相手の誠意を無視する事は、もうしたくなかったから。


「ダイゴの受け答えには正直呆れるしかなかったな、真実を言っているが……あれは惚気以外の何物でもない。まぁ、あの男も誰かに執着するしかなかったから友人としても嬉しい」
「そ、そう……ってちょっと待って。受け答えって何?」
「昨日、バトルタワーで受けたインタビューに決まっているだろう。ダイゴが言った事を要約すると『片思いから始まって紆余曲折の末漸く叶った、未だに自分自身信じられないけど』だそうだ。…テレビはつけない方が身の為と言っておこう」
「……うわぁあ」
「照れるなら本人の前でしてやれ。……そろそろ連絡が来る頃ではないか?」


頬を染めて頭を抱えるナマエを見て微笑ましそうに笑みを零すミクリは、今何故ダイゴが一日経っても尚帰って来ないのか理由を知っていた。思いが通じたその日に行動を起こすなんてダイゴらしいが彼女からの連絡位は出てもいいだろうに。(恐らくポケナビをサイレントマナーモードにする習慣があるせいだろう)
お茶でも用意するか、と立ち上がろうとした時、テーブルに乗っていたナマエのポケナビが鳴り響く。急な事で吃驚したのかビクリと肩を揺らしたナマエだが、手に取って出るとその表情が一瞬で変わる。あぁ、ダイゴか。


『遅くなってごめん、それと電話に気付けなくて……マナーモードにするんじゃなかったな。今、ミクリの所だよね』
「そうだけど、一体ダイゴは何処に居るの?まさかラルースじゃ」
『……そういう訳じゃないけど、ちょっとカナズミシティで野暮用をね。今から行くけどリーグで、落ち合えないかな?』


どうしてカナズミシティに、と考えたけれどそう言えば彼の実家はカナズミシティで、それもデボンコーポレーション子息だった事を思い出して冷や汗が流れるのが分かった。ついこの間までは彼を拒絶して避けていたし、私とダイゴなんて異色の組み合わせだし不釣合いもいい所だ。
そんな不安からか、ふと浮かび上がる疑問。どうして、ダイゴは私を選んだんだろう。


『ナマエ?』
「え?えぇ……、今から行く。あ、そうだダイゴ」
『なんだい?』
「……昨日は、ありがとう、ね。直接会って言うべきだけど、先ず言わなきゃと思って…そ、それだけだから!」


じゃあね、と余裕なく切羽詰ったように一息で言い切るとポケナビの電源を切ったナマエだが、その会話を横で聞いていたミクリはくすくすと笑っていた。


「な、なに?」
「君は好きな人間に対しては結構素直ではないんだな。それも愛情表現の一種なのだろうが」


ミクリの余計な一言に違うと否定するけれど、はいはいと呆れたように笑って頭に手を乗せてぽんぽんと撫でてくるミクリに複雑な気持ちになる。まるで子ども扱いされているようで、何だかワタルを思い出す。そう言えば、私はワタルにも素直になれないんだよなぁ、なんて少し自覚している事を思い出して落ち込むと同時に直していかないと、と反省する。
電話相手がナマエのあからさまな照れ隠しに自然と緩む頬を押さえて、喜びを噛み締めていたなんて露知らず。

お世話になったミクリに礼を述べ、ルカリオと共にホウエンリーグに戻る。総部長と鉢合わせるのも色んな意味で怖いけれど、ここまで来たら腹を括るしかないだろう。
よし、と意を決してリーグの自動扉を通ると何時もと違ってあまり人が居なかった。珍しい、と思っているとナマエ、と声をかけられる。振り返るとそこに居たのはダイゴ。


「前は、ここで僕が『君は挑戦者?』って聞いたんだったね」
「それ懐かしい、初めて会った時よね。むしろ私がダイゴを挑戦者と勘違いして。そうだ、ミクリにテレビは付けない方が身の為だって言われたから見てないけど……押し付けてごめんなさい」
「僕は取材とかには慣れてる方だから、謝られるまでもないよ。それに、軽く説明と宣言をしただけだから実際、インタビューに受け答えしたって訳ではないしあの後直ぐに報道陣から解放されたよ」
「え?てっきり、一日そういうのに追われてるのかって」
「あぁ、むしろそれはリーグ本部かな。問い合わせ殺到だって」


至極楽しそうに笑いながら語るダイゴにえ、と固まる。何時もより人が居ないと思ったけど、まさかそんな所にしわ寄せが来ているとは。


「僕が昨日居なかったのは電話で言った通り用があってね。カナズミシティっていう事で分かってるかもしれないけど、父さんにナマエの事を報告…いや、宣言しに行ったんだよ、どうやらお見通しだったみたいだけどね」
「せ、宣言って……」
「初めて心から好きな子が出来た、って」


さらりと恥ずかしい事を言いのけるダイゴに私が我慢出来なくなってくる。こういう甘い事を言えるのは無自覚なんだろうか、一々どきりとしている自分が馬鹿みたいだ。
「父さんはナマエと話して気付いたらしいけど」と語るダイゴに、動揺が隠し切れない。ツワブキ社長にそんな事まで見抜かれていたのか。そういえば、ダイゴの事を言った時に何処となく嬉しそうにダイゴを任せる、と言われたけど。
そこでふと思い出してしまったのは先程考えていた事だ。私は普通の可愛い女の子ではない、第一にポケモンやバトルを考えてそれだけを優先させてきた根っからのトレーナー気質。ダイゴにはもっと他の人も、沢山居る筈なのに。


「ねぇ、ダイゴは……何で、私だったの。ううん、むしろ私でいいの?」
「……まさかそんな質問をされるなんて思ってなかったな。ナマエは自分を過小評価しすぎだよ。むしろ僕も聞きたい位だ、君は僕でいいのかってね」


自分では気付いていないようだが、ナマエは僕には勿体ない程あまりに魅力的な女性だった。初の女性ホウエンチャンピオンで、その気取らない気さくな性格は人を自然と惹き付ける。彼女に憧れるトレーナーは勿論、その中には男性も多い。自分もその一人だ。
その中で自分を選んでくれるなんて、一日経っても未だに信じられないような事だったのだ。二度と普通に話せなくなる事だって覚悟していたから。


「僕はあまりにナマエを傷つけてきた、君の環境や考え方全てを踏み躙ってきた」
「……ダイゴは、一つだけ勘違いしてる。罪悪感なんて覚えなくていい、嘘で誤魔化してきた世界なんてもっと早く壊されるべきだった。ダイゴに会わなかったら、私は何時までも不完全だったから」
「そうか、そう言ってもらえると嬉しいよ」
「だから、ありがとうダイゴ。私を、好きになってくれて」


ナマエの思いがけない言葉に息を呑み、一瞬ばっと顔を逸らしたがナマエの腕を引っ張り自分よりも小さなその体をぎゅっと抱きしめた。やはりまだ所謂恋人同士の行動に慣れないのか、ナマエは手を泳がせて頬を染める。


「あぁもう、好き過ぎて幸せってこういう事を言うんだろうね。本当に可愛いね、ナマエは」
「な、何それ!よ、よくそういう恥ずかしい事さらって……っ」
「ナマエ、嫌なら嫌って言ってもらって構わないけど」


焦るナマエを愛おしそうに見てくすりと笑ったダイゴは腕の力を少し緩めてナマエと視線を合わせる。ダイゴの真面目な眼差しに吸い込まれそうになる。

そして一間を置いてから。ゆっくりと、紡がれた。


「僕と、一緒に暮らして欲しい」


予想もしていなかったその申し出に、信じられなくて瞬きをゆっくりして思わず自分の頬を抓る。力を入れたから痛かった。今のは聞き間違いでもなければ夢でもないらしい。

「ナマエが居たから最近はリーグによく帰って来てたけど、事務室なだけで住んでるわけじゃないからね」

そう言えば、彼の家はトクサネシティにあっただろうか。家自体は見た事は無いけれど、石の発掘をして家に帰る途中のダイゴに会った事があったのを思い出す。
ということは、結構無理してリーグに居たのだろうか。思い返してみれば、趣味だとダイゴが語る石の発掘もあまりしていなかったような気がする。私もポケモンセンターの代わりにリーグに部屋を借りているだけで住んでいるか、と言われたら微妙な所だけど。


「……収入はファイトマネーでバトル以外に大した趣味だってないし、何処までいっても根っからのトレーナーで普通の女の子に比べて可愛げだってない」
「ナマエ?」
「……それでも、ダイゴがいいって言うなら……」
「……まったく、君には敵いそうにないよ」


赤くなった顔を手で押さえて俯き加減になるダイゴは乾いた笑いを零し、ナマエを見上げてそっと頬に手を添える。その仕草に心臓が跳ね上がりそうになったが、ダイゴの目には熱が篭っていた。いい?と静かに尋ねられて頷く変わりにそっと腕を回すと引寄せられて唇が触れ合った。
それだけでも困惑して頭が真っ白になり、恥ずかしくなってダイゴから離れて顔を逸らし、その様子にダイゴはくすりと笑う。


「荷物引払いとか、問い合わせ対応とか色々と大変になるかな」
「そう言う割に笑ってるけど……」
「そんなの気にしない位に幸せだからね」
「……なんか、私もダイゴには敵いそうにないなぁ」


きっと私達はお互い、ずっとそうなのだろう。
早めに荷物をまとめておかないとなぁなんてぼんやり考え、これからの事を想像してくすりと笑った。
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