恋歌とピエロ
- ナノ -



You uphold the selfish


『ジュカイン、戦闘不能!』という審判の声が響き渡り、また歓声が沸きあがる。小さな声でありがとう、と呟きモンスターボールに戻した。

「やっぱり強い……流石はダイゴ、現チャンピオン。行くわよ、ラプラス!」

投げられたモンスターボールから出て来たのは長い首を撓らせるラプラス。まきびしのダメージか、一瞬だけ痛みを堪えるような顔をした。
ダイゴが一番初めにエアームドを出したのはこの為だったのだろう。最後の方になって威力を発揮する、有利に持っていく為の戦法。早めに対処しなければまずい事になるからラプラスを出した。


「ラプラス、なみのり!」
「まずいな……アーマルド、地面に向かってげんしのちからだ!」


アーマルドの足元の地面が盛り上がり、高い岩が出来たと同時にアーマルドはそこを足場に飛び上がる。指示を出してから少し間を置いてラプラスのフィールド全体を覆うような巨大な波が押し寄せてくるが、アーマルドには届かない。
水が引いていくと同時にアーマルドはその小高い岩に着地するが、そのフィールドは一掃された後だった。


「やるね、まきびしを吹き飛ばす為に使うなんて。それも、アーマルドの苦手とする技でだ」
「なみのりは確かに便利な技だけど、その分出す際に隙も多い技だからタイミングを図って使わないと」
「流石だよ、……アーマルド」


ダイゴの指示と同時にアーマルドは爪を地面に突き立て、げんしのちからを発動させる。盛り上がった岩々がラプラスめがけて一直線で向かってくるが、ナマエはれいとうビームをすかさず指示する。
氷付く地面によって塞き止められた岩は勢いを失い、止まったと同時に素早くこおりのつぶてをぶつける。


「アーマルド、つばめがえし!」
「れいとうビーム!」


一直線に地面を凍らせながら走るれいとうビームを避けるようにアーマルドはラプラスの頭上に飛び上がり、つばめがえしがラプラスに当たるが体をスピンさせて直撃を交わされる。攻撃を多少食らう事も想定の範囲内だったのか、すかさず再び出したれいとうビームは着地したアーマルドの足元を狙い、氷によって右足が地面に縫い合わされる。


「ハイドロポンプ!」
「っ、みずのはどうで避けるんだ!」


爪を使って無理矢理抜け出そうとする間もなく、ハイドロポンプがアーマルドに向かって襲い掛かってくる。瞬時に出したみずのはどうを水の盾にするのだが、ハイドロポンプの水はみずのはどうと混ざり渦を発生させるが、勢いが強かったのかアーマルドの体に当たる。
水が弾けたと同時にアーマルドは地面に吹き飛ばされたが、直撃は間逃れたようでふらりと再び立ち上がる。しかし、このままでは分が悪い。

「アーマルド、ご苦労様。今は休んでくれ」

戦闘不能になっていないが、一旦アーマルドをモンスターボールに戻して別のポケモンを取り出す。
ユレイドル、アーマルドと同じく砂漠で発見された化石から生まれたポケモンだ。化石とか石とかいった物が好きなダイゴらしいポケモンに、思わずくすりと笑みが零れてしまう。


「ユレイドル……ホント、ダイゴは化石が好きよね。はがねに、かせきポケモン…ダイゴらしいわ」
「お褒めに預かり光栄と言った所かな、…流れを断ち切らせてもらうよ。ユレイドル、ねをはる」


幾つもの根を地面に張り、養分を吸い上げるユレイドルは活き活きとその頭を花を揺らす。すかさずこおりのつぶてをぶつけるのだが、怯んだのは一瞬だけでねをはるによって回復する効果で無傷同然だ。


「く……空に向かってハイドロポンプ、それかられいとうビームよ!」
「まさか、……げんしのちからで防ぐんだ!」


ユレイドルの頭上に向かって発射されたハイドロポンプは重力に従って雨のように降り注ぎ、れいとうビームによって凍りついた雫が固まり、雹のようにユレイドルに激しく降り注ぐ。
げんしのちからによって盛り上がった瓦礫をユレイドルは蹴り上げ、巨大な塊となっている雹にぶつけるのだが、叩きつけるように降り注ぐ氷全てを交わすことは出来ず数多の攻撃が入る。
怯みはしたが、ゆっくりと癒えていく傷に首を持ち上げ、ユレイドルは再びげんしのちからをラプラスに向かって放つ。アーマルドの時と同じ様にれいとうビームで塞き止められるが、二度も同じ失敗をしないのがダイゴという男だった。


「ユレイドル、ギガドレイン!」
「え、……ラプラスっ!」


盛り上がる瓦礫で前方が見えていなかったラプラスを襲ったその攻撃は止まらず、ユレイドルの傷がほぼ癒えた頃に緑色に淡く輝く光は収まり、ラプラスの体はゆっくり地面へ倒れこむ。もう一度立ち上がろうと首を持ち上げるのだが、どさりと音を立てて力尽きたように倒れ込む。
私が先行したとしても、直ぐに巻き返すその強さに嬉しささえ感じる。今の所は押されている、でもこんなに楽しいバトルは初めてだ。


「……ある程度想像はしていたが、これはとんでもないレベルの試合だね。ミクリ君」
「ふふ、彼らが他人に計り切れるようなバトルをする訳がない。私はダイゴ、そしてナマエのどちらとも戦った事があるが……」


眼下に広がる、熱いバトルに報道特別席で観戦していた総部長は呆気に取られたように凄い物を見ていると目を白黒させて深い溜息を吐く。
思わず身を乗り出してしまうような、そして声を出す事さえも忘れてしまうような魅了される激しいバトルに両方と戦った事があるミクリも感心していると同時に底がない二人のトレーナーに一種の恐怖さえも抱いていた。勿論、自分とバトルした時も激しい戦いとなったが、今見ているバトルとは明らかに違うのだ。

――言うなれば、本当の頂点と頂点の戦い。

確かに全世界にはまだまだ強いトレーナーは居るし、別の地方にだってそれぞれチャンピオンは居る。けれど、ホウエンではこの二人はやはり頂点に立つ者なのだ。それでいてバトルをするだけで少年少女ばかりではなく見ている人々を魅了する。

今丁度、ナマエのウインディとダイゴのユレイドルが一進一退のバトルをしている所だ。それぞれの攻撃を交わし、食らってもダメージを最小限にするように流してすぐに体制を整える。
ねをはるによって回復を続けながらも、絶え間なく繰り出されるウインディの素早く鋭い攻撃はユレイドルを確実に追い込み、そしてユレイドルも相性の良さを最大限に利用した攻撃を繰り出し、どちらも余裕がない状況でとても目が離せなかった。


「これで決める、ウインディ、フレアドライブ!」
「ユレイドル、げんしのちから!」


激しい炎を纏った突進と立ちはだかるように突き出る岩がぶつかりあい、瞬間爆音と共に砂煙が舞い上がる。その砂煙がリフトにまで来て思わず目を閉じるが、手で扇いで煙を払い、砂煙の隙間から見える二つの影を追う。
ゆらり、と揺れたのは一つだけではなかった。二つの影は同時に地面に向かって落ちていき、どさりと音を立てて倒れこむ。

『ユレイドル、ウインディ共に戦闘不能!』

漸く付いた決着に、息を呑んで静まり返っていた客席もその声がきっかけとなってわっと歓声が上がる。
おつかれさま、と声を掛けながらウインディをモンスターボールに戻し、息を吸って大きく吐く。こんなに苦戦を強いられるなんて、流石は現チャンピオンだ。


「君がもし挑戦者として来てたならと思うと恐ろしい限りだよ。相性の不利なんてほぼ無いように戦うんだからね」
「その辺りはバトルタワーで鍛えられたのかもしれないわ、三匹だけで色んな挑戦者と戦わなくちゃいけなかったんだから。……私は、やっぱりチャンピオンに着かなくて良かった」
「……それはどうしてだい?」
「もし私がチャンピオン就任して挑戦者のダイゴとバトルをしてたら……こんな気持ちでバトル出来てない、凄く後悔してたと思う」


ナマエの言葉にダイゴは一瞬驚いたように目を丸くしたが、ふと満足したように笑みを浮かべてモンスターボールを取り出す。
それは僕にも言えることだ。もしも僕が彼女に出会っていなくて、そして強引かつ身勝手な行動でリーグ入りをさせていなかったらこのバトルは生まれなかったかもしれない。それ以前に、確かに色々あったけれど僕らがここまで親密な仲になる事は無かっただろうから。

「さぁ行くよ、ボーマンダ!」

再び出したアーマルドと、ナマエの新しいポケモンがバトルフィールドに姿を現す。ドラゴン使いのゲンジのボーマンダを見てきたけれど、それにも劣らない、むしろ超えるような威圧感に唾を飲む。
リーグで使用していた時のナマエのポケモンは彼女の変化で穏やかになっているが、このボーマンダは当時一、ニを争う程に刺々しい本能を剥き出していたのだろう。今は洗練された強い威圧感を放っているから尚恐ろしいところだが。


「アーマルド、げんしのちから」
「上昇!」


飛び出してくる岩を翼を広げて軽々と避けるボーマンダは急旋回し、炎を地面に向かってはいた。高温で溶かされる地面を避け、爪を鋭く尖らせたアーマルドは地面を強く蹴って高く跳躍し、ボーマンダの体に爪を入れるがかすった所で翼で払われ交わされる。
ラプラスとの戦闘で大分ダメージを負っている上にいかくで攻撃が下がっている分、交わされてしまうのだろう。
ボーマンダに向かってみずのはどうを放つと、だいもんじで対抗され蒸気に変わった水が白い煙を上げる。視界が遮られている間にボーマンダは地面に着地していて、赤く火花を散らす。

これは、まずい。

口角を上げて笑ったナマエはボーマンダに飛び上がるよう指示をし、炎で威嚇しながらアーマルドの頭上へやって来る。技を繰り出す隙を与えてはいけないと指示を出すのだが、その爪を体で受け止められる。

「ボーマンダ、りゅうせいぐん!」

上空に向かって打ち上げられた橙色の光は空で花火のように弾け、激しい勢いで地面を抉りながら降り注ぐ。それをまともに食らったアーマルドは抉れた地面に倒れこみ、目を回していた。
リーグ時代、彼女のエースの一匹だったのだろう。素早さといい攻撃力といい、その戦闘能力は高い。


「このボーマンダも、ワタルに負けた事で成長した。私が思うに最強のドラゴン使いの元で鍛えられたんだから」
「ワタルさんの……なるほどね、ワタルさんとの出会いが君をより強くした訳か。それなら尚更勝たなくちゃいけないね」
「……前から気になってたけど、ダイゴってワタルの事が嫌いだったりする?」
「……、全くもってそういう訳じゃないけど全部終わってから言わせてもらうことにするよ」


ナマエを大きく変えたのがワタルという人で、僕はチャンピオンとして、男として羨ましくて嫉妬心さえ抱いていた。トクサネシティに来て僕を呼び戻しに来てくれた時、言ったけれど彼女には伝わっていなかったようだったから。
ワタルさんを男として全く見ていなかったようだし僕が嫉妬心を抱く要因が彼女の仲では何処にもなかったのだろう。

モンスターボールを取り出し、空高く投げるとネンドールが姿を現す。覚える技が多彩だし、能力的にも育て方が別れる難しいポケモンだ。だからこそ、切り札のうち一つではあるのだけど。


「ネンドールか……ボーマンダ、だいもんじ!」
「ひかりのかべ」
「っ!?」


りゅうせいぐんの後でとくこうが大分落ちている上にタイプ不一致の技の威力はネンドールのひかりのかべによって弾かれる。予想外の展開に苦い顔をしつつも直ぐに攻撃に転じてドラゴンクローを指示する。
ネンドールに向かって鋭利な爪を尖らせた腕を振り翳すのだが、それは新たに張られたリフレクターにより破れかけたが間一髪避けられる。そのまま地面に着地して炎を吐くのだがやはりひかりのかべによって遮られる。


「く……りゅうの……」
「げんしのちからだ!」
「っ、飛んで!」


りゅうのまいを指示しようとしたのだが、その隙を与えないかのように攻撃を仕掛けられる。岩を避けるように飛び上がり、ネンドールの頭上で急降下してドラゴンクローを繰り出す。

「こうなった以上真っ向から来てくれると思ったよ、リフレクター」

ダイゴの指示でネンドールは先程よりも強固な壁を張り、ボーマンダのドラゴンクローを防ぐ。力が拮抗しているのかぶつかり合う所から火花が散り、瞬間。
パリン、という音と共に結界は破られたがボーマンダの勢いも無くなっていたのか、ネンドールに入った攻撃は予想以上に浅かった。体を反転させたネンドールは間髪居れずにげんしのちからを発動させ、至近距離に居たボーマンダに命中させる。


「ボーマンダ!」
「逃がすな、もう一度!」


直撃したがふらりと空に飛び上がったボーマンダに追撃する岩は、速度が落ちた相手を捕らえるには十分だった。無数の礫がボーマンダに命中し、くたりと折れた翼に体も地面へと落ちていく。
唸り声を上げて戦闘の意志を示すが、ふっと意識が切れたように倒れこむボーマンダに審判は戦闘不能を宣言した。奥歯を噛み締めるが、ふと笑みを零すとナマエは戻したモンスターボールにありがとうと声を掛けて次のモンスターボールを取り出す。残りはこの子と、そして隣でバトルを見守るルカリオだけ。

「行こうアブソル、久しぶりの舞台だよ」

バトルフィールドにふわりと降り立ったのは私がバトルタワーの頃からお世話になっている、ジュカインよりも長くお世話になっているアブソルだ。私のトレーナーとしての原点はバトルタワーで、その時から見守ってくれている大事なパートナーの一人。
久々に降り立ったその地に、赤い目が僅かながら輝いたような気がする。


「ネンドール、リフレク……」
「アブソル、」


何を指示したいのか瞬時に察したようで、アブソルはネンドールに向かって挑発する。リフレクターをしようとしていたネンドールだが、その動きを止めていきなり地面を大きく揺らし始める。アブソルは難なく高く跳躍してじしんを避けると、今までの戦闘で盛り上がった小高い岩に着地した。


「ここでちょうはつを持ってるポケモンを持ってくるとはね……」
「ネンドールの攻撃技はじしんと、げんしのちから……もう攻撃しか出来ない」


状況を打開するためにもダイゴは指示を出そうとしたのだが、その前にアブソルは先程の位置から居なくなっていた。刹那、空間を切るような速さで攻撃を構える暇も無くネンドールは吹き飛ばされる。
攻撃を仕掛けようとしたネンドールにアブソルのふいうちが命中し、着地したとほぼ同時にネンドールの後ろに素早く回りこみ藍色の角を光らせる。

「アブソル、メガホーン!」

容赦ない追撃はネンドールを吹き飛ばし、バトルフィールドの壁に叩きつける。土煙が引いたそこに居たのはそのまま目を回しているネンドール。

ダイゴはモンスターボールに戻し、流石だと笑みを零す。お互いあと二体、そう簡単に進む試合ではないと初めから分かってはいたけれど、二体にまで追い込まれたのはチャンピオンに就任してから初めての事だった。
今はこうしてチャンピオンと前チャンピオンとして戦っているけれど、もしナマエがあのままチャンピオンに就任していて自分が挑戦者となっていたら、今日の試合展開とは全く異なっていただろう。

「さぁ行こうか、ボスゴドラ」


――まだ、バトルは終わらないよ。

「アブソル、メガホーン!」
「堪えて捕らえるんだ!」
「腕を弾いてっ」


ナマエの指示を聞いた瞬間、メガホーンはボスゴドラの体に入らずに捕らえようとした腕を弾くように吹き飛ばし、その勢いを利用して後ろに大きく跳躍する。
宙に浮いた上体のアブソルを日の光を溜めて発射されたソーラービームが追撃するが、アブソルのだいもんじが相殺し、威力は落ちたとはいえそのままボスゴドラに命中した。


「そのまま切り替えして……」
「着地した所を狙うんだ、ボスゴドラ!」
「っ!?」


ダイゴの声に反応してボスゴドラは一際大きな雄叫び声を上げると、地面を大きく揺らし始める。地震によって断層が生じ、突き出る岩は地面に降りて来るアブソルに命中する。受身を取るも地震の収まった地面に叩き付けられるように吹き飛ばされるが、奥歯を噛み締めたアブソルはゆっくりでも立ち上がった。
普通なら今の一撃で倒れても可笑しくないのに、倒れてはいけないという意地が強く働いているようだった。

「アブソル……、私も、諦めたくない」

威嚇するように構え直し、放たれるかみなりを素早く避けるアブソルは景色に揺らぐように姿を突然消し、後頭部を狙ったふいうちが何倍もある体を吹き飛ばす。
ここで先程までより威力が上がった事に驚きつつも、面白いと笑みを零してボスゴドラに反撃の指示を出す。繰り出されるじしんを跳躍して交わし、その体制のまま放たれただいもんじはボスゴドラを焼き尽くす。

「ボスゴドラ、振り払ってドラゴンクロー!」

炎を振り払ったボスゴドラは着地してくるアブソルに向かって爪を光らせる。体を回転させて落ちる勢いと共に全力をメガホーンとぶつかり合い、激しい火花を散らしてドカン、という爆音と共に煙が舞い上がる。
薄らぐ煙の中見えてきたのは、対峙するように睨みあう二体。暫く牽制するように動かなかったが、ゆらりと体が揺らぐ。

『アブソル、戦闘不能!』

ドサリ、と音を立てて倒れたのはアブソルだった。

攻撃力に特化しているアブソルは私の手持ちの中でも最高クラスの攻撃力を誇るが、ダイゴのボスゴドラはその鋼の鎧に覆われた巨大な体通り、防御力は今まで戦ってきた鋼ポケモンの中でも随一だ。
ボスゴドラが攻撃を仕掛けてくる隙をついてふいうちを食らわせるのだが、相性的にもあまり良くないからかまるで効いていないとでもいうかのようにドラゴンクローで反撃される。
近付き過ぎると踏み止まるボスゴドラに捕らえられてしまうが、ふいうちでの攻撃もそれ程効果的ではない。


蓄積するダメージを堪えて最後まで戦ってくれたアブソルに感謝しつつモンスターボールに戻す。一番付き合いが長いだけあって、私の指示が至らない所も自然とカバーしてくれた。こちらの手持ちは残り一体、だけどアブソルの頑張りは確実に次に繋がっている。
隣に視線を移すと、ルカリオは胸に手を当ててゆっくりと頷きそのままリフトを飛び降りて眼下に広がるバトルフィールドに降り立つ。追い込まれても私がこうして冷静で居られるのは私がルカリオを強く信頼しているからだろう。
ルカリオに視線を送ると波動で任せてください、と伝わってくる。


――彼なら、最後を任せても絶対に大丈夫。


最後のポケモンとしてバトルフィールドに降り立ったルカリオに、未だにリードしている筈のダイゴの表情に余裕は無かった。ナマエがルカリオに絶大な信頼を置いているのは彼女がホウエン地方に来た時から今までの様子を見ていれば直ぐに分かる。
それに、ミクリとのセレモニーバトルでルカリオが戦っている姿を初めて見たけれど、彼のミロカロスを致命的ダメージを食らう事も無く倒したのだ。余裕なんてかましていられる訳がないじゃないか。

ナマエの手持ちが最後の一体になった事で、まだ分からないバトルの行方に更に熱が上がっているのか会場全体はより一層湧き上がる。


「最後はやっぱりそのルカリオか……セレモニーバトルで見ていたから一筋縄でいかない事は分かるよ、どのポケモンよりも凛々しいいい目をしてる」
「ルカリオは私の切り札だから、簡単には終わらせない、終わらない」
「……全く油断なんて出来ないね」


ボスゴドラにじしんを指示したがその瞬間、同じはがねタイプとは思えない跳躍力で地面を蹴り、ルカリオは宙に舞い上がる。


「ルカリオ、でんじふゆう」
「な……っ」


そのまま地面に着地することなくふわりと浮き上がったルカリオにじしんが当たる事は無く、収まったと同時に地面に足をつけて強く踏み込んだその瞬間、ルカリオはボスゴドラの懐に居た。
ボスゴドラも咄嗟にドラゴンクローを構えて迎え撃とうとするが、両手を構えたルカリオの手から発射されたのはラスターカノン。ガードするがまともに食らい後退するが、踏み止まってルカリオを睨み付けた時には、先程まで居た所に彼の姿は無かった。


「しまった――」
「はどうだん!」


視界の端に映ったルカリオに振り返ろうとした刹那、放たれたはどうだんがボスゴドラに命中して重たいその巨体が浮き上がり、バトルフィールドの外に叩きつけられて壁にひびが入りガラ、と音を立てて砕ける。
目を回してだらりと腕を垂らすボスゴドラは一目瞭然、戦闘続行不可能だった。あまりに早い決着に場内が騒然とするが、両者共に残り一体になった事にざわめきが広がる。

ホウエンリーグチャンピオンのダイゴは歴代のチャンピオンの中でも随一と言える程に強かったのだ。リーグ挑戦者も限られているからチャンピオンの試合が放送される事もそうないが、彼が五匹目のポケモンを出すまで追い詰められる事自体が衝撃だったというのに、お互い残り一体。

結構まずい状況だし、アブソルとバトルした後とはいえまさかあの一撃でこうもあっさり戦闘不能にされるとはおもっていなかったから焦ってもいい位なのに。ダイゴはこの展開を、そしてバトルを誰よりも心から楽しんでいた。


「僕も最後の一匹を出すのは、挑戦者としてリーグに来た時以来だよ。……お互い、悔いが残らないバトルをしよう!」


ふと笑みを零してモンスターボールを投げると、出て来たのは巨大な鋼の体で地面を揺らして降り立ち、念力の力でふわりと浮き上がったメタグロスは目の前に立つ相手に視線を向ける。
ダイゴが出したポケモンの中でそれは一番強い眼差しをしていた。伝わってくるのは静かな、洗練された威圧感。

幾つものシャドーボールが放たれ、軽い足取りで交わしていくルカリオは避けきれなくなった分をサイコキネシスで操りシャドーボールをメタグロスに跳ね返すが、それを相殺される。


「メタグロス、サイコキネシス」
「何を……っ、ルカリオ地面から避けて!」
「!」


サイコキネシスの対象がルカリオで無い事を怪しく思ったが、ダイゴが一体何をしようとしているのか気付いたナマエは地面から離れるようにルカリオに指示をすると、足元を見て瞬時に察したルカリオはふわりと浮き上がって、操られてルカリオに目掛けて飛んでくる瓦礫を避け、タイミングよく着地して足場にしていく。
そのままひらりと後ろに飛び上がり、自分が足場に使っていた岩をはどうだんで吹き飛ばし、反撃に転じる。サイコキネシスで作られたバリアで防がれるが、こんな攻撃でダメージを与えられるとも思っていなかったから想定内だ。

流石はダイゴ、本当に強い。それに楽しくて堪らない。
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