恋歌とピエロ
- ナノ -



side Lucario


出会ったのは自分がまだ幼く、タマゴから孵ったばかりのリオルだった時。

主人――ナマエが嬉しそうな顔をして自分を抱き上げたのを今でもよく覚えている。タマゴに居た時からそう言えば声が聞こえていたような気がする。何を言っていたかまでは分からない、けれど心が温かくなるような気持ちになっていた。

ナマエは誰もが羨むその座を辞退したホウエンリーグチャンピオン、そして現カントージョウトリーグ四天王の一人だった。数多く居るトレーナーの中で、その地方の頂点に立つというトレーナー。
自分の主人は、そんな凄い人だった。凄い人だったというのに、心という物に波動を持つ為に生まれながら敏感だったからか、幼いながら気付いてしまった。彼女には夢がなかった。チャンピオンのワタルさんに負けてた過去があるからか毎日のようにバトルを申し込む姿勢から伝わってくるのは悔しさという名の意地。トレーナーならば誰しもが持つようなものだと理解していたけれど、ナマエの持つ感情は人とは違った。


強い筈なのに。何故か、バトルをしている時は悲しそうだった。まるで勝つ事を恐れているようだったのだ。
傷付けたくないからそれを無神経に直接聞いたことはないけれど、彼女と一緒に居て何となく分かった。

――きっと、勝ったその先に何があるのか分からないから。だから無意識のうちにナマエは目標がある状態で留まりたかったのだろう。

そんな彼女の力になりたかった。勿論ポケモンバトルでもだけど、一番は彼女の心の支えになれる事だ。変わりたいと願っているのに、心の奥底では拒絶している彼女が頂点に『立ってしまった』トレーナーである事に絶望して壊れないように、支えたいと願った。
彼女の持つポケモンは正直、アブソル以外苦手だった。彼は長年の付き合いでナマエの抱えるものが分かっている上で彼女を想って彼女に合わせていた。他のポケモンはあまりに刺々しい威圧感や闘争心を剥き出しにしていたからリオルだった自分には恐ろしく見えたのだ。

でも何故か、ナマエは最強のトレーナーの一人であるのに自分を『強く育てよう』とはしなかった。伝わってくるのは優しい温かな愛情。
ナマエは誰よりも自分のポケモンが好きだったのに自分自身にも不器用だった位だから、勝つ事への執着しか伝わっていなかったのだ。

ワタルさんとの出会いで確実に変わってきていた。強さよりも愛情を大事にしようとしていたからこそ、彼女は罪悪感に悩んでいたと気付いたのは「私、皆を傷つけてばっかりだったね。トレーナー失格だよ」と零した時。
堪らずそれは違うって声を張り上げたのは懐かしい記憶だ。
ナマエが信頼してくれるからポケモンも彼女に応えたい。愛情は十分に伝わってるよ、だから僕達もナマエが大好きなんだ、って。

驚いた顔をしていたけれど、やんわりと笑みを浮かべながらも泣き出しそうに声を震わせて言われた「ありがとう」という言葉は今でも忘れない。


支えて守る為に強くなる、そう決心してルカリオになった現在、心から信頼するパートナーと言ってくれる事に喜びを感じていた。
今ではすっかりナマエが主人というより自分が彼女の保護者のようになっていたが居心地良かった。

ナマエの故郷であるホウエン地方――そこで彼女の求める答えが見つかれば、と思っていたが紆余曲折もいい所。


現ホウエンチャンピオン、ツワブキダイゴ。

彼はワタルさん以上にナマエに影響を与えた。彼から伝わってくる純粋な愛情は、不器用かつ強引な行動のせいでナマエに上手く伝わる事はなかった。ナマエを変えるために傷付けて彼女の偽りで塗り固められた世界を壊し、そしてその為に一番手放したくないものを懸けたダイゴさん。
きっと、彼ならナマエを変えられる、そんな根拠もない確信した直感が働いていた。

だからダイゴさんとナマエを見守る事にした。自分はパートナーとして自分にしか出来ない事を影からサポートしよう、と。
彼女にどんな事があっても傍に居て、バトルでは彼女の期待に応える。
これは正直、ナマエの為というよりも自分の我儘だ。傍に居たいと願うのも自分がそうしたいから、要は主人であるナマエの事が好きなのだ。自分の意思がトレーナーに対してパートナーとしてやらなければならない事が同じだなんて幸せなんだろうと常に思っている。


チャンピオンとのバトルは全力を出した、持てる力を出し切った。自分も、そしてナマエも勝ちたいと強く思ったから。けれどその上で負けてしまった事に申し訳なくて、情けなかった。
自分を心配してリフトから飛び降りてきたナマエが近付いてきて抱き起こしてくれ、すみません、と不甲斐なさに奥歯を噛み締めながら謝った時、ナマエから出た言葉に目を開いた。


「カッコよかったよ、最後まで戦ってくれてありがとう」
「!」


その温かい一言が心に染み渡っていく。頭を優しく撫でられ、その笑顔を見た時幸せな気持ちになった。
ありがとう、それは自分が言うべき言葉だ。気恥ずかしくなって言う事は出来なかったけれど、自分を想ってくれるナマエが好きだった。貴方のパートナーである事を誇りに思う、と。

だからこそずっと、言いたかった事があった。


「なに?ルカリオ」


――私は、貴方の傍に居続けたいです。


そう言うと彼女は一瞬きょとんとした顔になったけれど、眉を下げて嬉しそうに笑ってぎゅっと抱きしめられる。


「そんなの、当たり前だよ」


あぁやっぱり。
パートナーという立ち位置はワタルさんにも、ダイゴさんにもこの先ずっと譲りたくない。
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