恋歌とピエロ
- ナノ -



Xanthic emotion


総部長のはしゃぎようから、ただ事ではなくなるとは思っていたけれど、これは流石に私の予想を遥かに超え過ぎててもうどうしたらいいのか分からない。持っていたラルースのパスポートを思わず落としそうになったけれど、それをルカリオが受け止めてくれた。
駅に設置されていたモニターに生中継をしている映像が流れていたのだが、そこに映っていたのは今から私が行こうとしていたバトルタワー。まだ昼間にも試合開始時間にも全然なっていないのに、街は異様な盛り上がりを見せているようだった。

話が決まってから一週間とちょっとで総部長が全てを手配したらしく、決まった日程である今日。ラルースのバトルタワーに場所が決まったそうで、三日前にダイゴにその話を聞いた時は本当に驚いた。偶然かもしれないけど、私の出身地にするなんて総部長も酷い。

予想外の事態に呆然としながら駅を降りると、明るい少年の声で「ナマエさん!」と呼び止められる。はっと我に返ってその方を見ると、プラスルとマイナンを連れたトオイ君が笑顔で手を振っていた。その横には妹達を連れたリュウとバシャーモが居て、私をこっちだと手招く。


「あんなに堂々と中央改札口出てくるとバレて大騒ぎになりますよ?」
「あはは、ありがとう。……なんか、知らない間にとんでもないことになってて吃驚したよ」
「元チャンピオンとチャンピオンのフルバトルなんて盛り上がらない訳ないですよ。その話が街に流れた日お祭り騒ぎになって」
「本当にすごかったんだよ、テレビ局も押し寄せてきちゃって……」
「でも今日が一番すごいのー!」
「ショウタ君とヒトミさんは席取りに行ってるんだよね、お兄ちゃん」


セレモニーバトルの時だってあまりの人の多さに気が滅入りそうになったけれど、これはあの時を遥かに超えている。テレビ局のインタビューとかされてもどうせまともなコメントなんて思いつかないで苦笑いしか出来ない。そういう場馴れをしているダイゴならさらりといい笑顔で答えられそうだけど私には無理だ。(そういえば爆弾発言をしてくれたあの時のインタビューもいい笑顔だった)
ルカリオの波動でカメラとマイクを持っている人を探知してもらおうかななんて卑怯な事を考えていると、私の考えている事はお見通しとでも言うようにルカリオに窘められる。

別にバトルに弱気になってるわけじゃない、こう、騒がれるのに慣れていない。あの頃はそんな事に一切興味が無かったというか、周りが見えていなかったから自然とこういう場を避けて来たし。
これもいい変化なのかもしれないなぁ、なんて考えながらトオイ君達にまたあとでと挨拶をして会場であるバトルタワーに向かう。

バトルタワーまでの道は全部とは言わないけれど、ベルトコンベアが敷かれた道路だというのに、その道路脇には本当にお祭り騒ぎと言ってもいいほどに出店が立ち並んで人で賑わっている。

「私はリーグのバトルフィールド借りるつもりだったんだけどなぁ……」

そう、ワタルに何度もバトルを申し込んでたあの頃みたいな気持ちで。あの頃とは状況も人も違うし、また違った面持ちだけれど派手にされる事はやはり未だに慣れていなかった。


「おや、何時もは来るのが遅い君だというのに、早いじゃないか」
「だから、ミクリは一体僕を何だと思ってるんだい?こんな日に遅刻するわけがないだろう、というより僕は一度も遅刻した事ないよ」
「君にとっては、時間前に行くか、数日後にするかの二択だからな」


何時に無く棘があるミクリの嫌味に隣に居るメタグロスを撫でながら、冷ややかな視線を送る。確かに数日後に延ばすことは、リーグのチャンピオンが目を通さなくちゃいけない書類の件に関してはしょっちゅうあるけれど、あくまでそれだけだ。


「激励のつもりかい?」
「まさか、私としてはナマエを応援したい所だからね」
「……君は本当にいい性格してるよ」


ふと笑みを浮かべて否定するミクリに一瞬いらつきはしたが、彼が素直に僕を応援するような性格ではないことはもう長年の付き合いで了承済みだ。彼としてはナマエに負けるならチャンピオンなんて辞めてしまえ、と言いたい所なのだろう。
それは嫌味ではなく、僕がチャンピオンという肩書きを持っているが故だ。その名前にはそれ程の重みや責任という物があるのだから。勿論その点でも負けるわけにはいかない、そして個人的にも。


「それにしても、またどうしてラルースのバトルタワーにしたんだ?リーグだったり、他にも沢山場所はあっただろう」
「総部長がこの街を指定したんだよ。多分、ナマエの故郷だからかな。初めて来たけどいい街だね、隕石の研究なんかも進んでるみたいだし」
「結局関心はそこに行くのか。あぁ、先程開場したらしいが、こんなに広い客席も満席らしい。まったく、君たちは良くも悪くも目立つ二人だよ」
「まぁ、否定はしないかな」


湧き上がってくるのは緊張なんかじゃない、期待で膨らむこれ以上に無い高揚感。宛ら、ポケモンバトルを楽しむ純粋な少年のようだ。

ポケモントレーナーとしてホウエン地方を旅をする前に腕を磨いた場所、バトルタワーが天高く聳えていた。総部長も何もこんな所を借りなくてもいいのに、と思いつつも、ここが私のトレーナーとしての原点であると考えると何だか感慨深かった。

ここで始まって、またもう一度ここで何かが始まろうとしているような気がした。それを考えると、ナマエという一人のトレーナーとして一番輝ける場所なのかもしれない。
朝早くだというのに既に入場待ちをしている人がチケットを手に入り口近くに並んでおり、あまりの人の多さに目を丸くしてしまう。一般客も多そうだけど、ポケモン連れのトレーナーも多く見られる。

驚きつつバトルタワーに入ろうとしたのだが、ルカリオに腕を軽く叩かれる。なに?と彼を振り返ると並んでいる人を指差していて、どう見ても視線がこちらに向けられていたから思わず反射的に会釈をする。
「応援してます!」という明るい少年の声が聞こえてきたから、嬉しくなって手を振りそのままバトルタワーの中に入る。あんなに純粋に応援されると、何だかユウキ君を思い出すなぁ。


「ナマエじゃないか、今来たのか」
「ミクリ!今日は来てくれてありがとう、の前に改めて言っておかなくちゃ。……色々協力してくれてありがとう、ミクリ」
「なに、私はほんの手助けをしたに過ぎない。私への感謝よりも、これからのバトルを優先してもらわねば。準備は万全なんだろうな?」
「えぇ、勿論。どっちが勝っても負けても……最高のバトルにする為に来たんだから」


凛々しくもふわりと笑うナマエにミクリも納得したように笑みを浮かべる。

あぁ、ダイゴがナマエに気付かせたい事、とはこのことなんだろう。彼女が一体何故、何を求めてこのホウエンの地に舞い戻ってきたのか。バトルが終わったその時、きっと全てが分かるだろう。第三者という立場にあるが、私もその時が来るのを二人の為にも楽しみにしておくとしよう。

『ここ、ラルースシティでは今までに無い盛り上がりを見せています!それはもちろん!もう間もなく迎えるバトルに他なりません!』

テレビ画面に映し出されるのは全国を飛び回っているので有名なショートカットの女性レポーターと、盛り上がりを見せる満員になったバトルフィールドだ。中央に当てられたライトは明るくバトルフィールドを映し出すが、そこはまだ静かだった。
もう間もなく。ホウエン中が注目するバトルが始まる。
ホウエンのポケモントレーナーの頂点に立った二人、前チャンピオンと言えどもナマエは辞退したのであって、現チャンピオンであるダイゴと戦った訳ではない。それが一層、盛り上がる要因となっていたのだ。


バトルフィールドに繋がっている控え室に一人待っていたナマエは会場モニターから自分達のポケモンに視線を移し、全員を抱きしめるとモンスターボールに戻していく。そして最後、ルカリオだけは戻さず彼の頭を撫でると逆に抱きしめられたのだからどちらが主人か分からなくなって思わず笑みを零す。

「もうルカリオ、私は大丈夫だよ。むしろ今からのバトル、今までに無い位楽しみなんだから。それはルカリオも同じでしょ?」

ナマエの問いかけにルカリオも静かに頷く。
こういう所、ゲンさんじゃなくてきっと私に似たんだろう。あの人はバトルを楽しむというより修行を楽しんでいるようだし。

「最後は任せたよ、ルカリオ」

そう言うと、ルカリオは凛々しく返事をする。輝くような純粋な闘志に、私も満足に笑いモンスターボールをウェストポーチに収めてベンチから腰を上げる。隣に並ぶルカリオは今までで一番頼もしく見えて、パートナーとして嬉しかった。

モニターに視線を移すと総部長のスピーチが終わった所で、自分達がフィールドに入る時が来た。バトルタワーでのバトルなんて本当に久しぶりだ。バトルタワー特有のトレーナー専用リフトに乗り込み、頬を叩いて気合を入れなおす。

「……、行こう」

――大歓声と共に、リフトはバトルフィールドに出た。


バトルフィールドにリフトが出ると同時に湧き上がる大歓声、集中するスポットライトが眩しくて一瞬だけ目を閉じるが、目を開いて眼下に広がるフィールドに、そしてその先に居る人物に視線を移してふと笑みを零す。
沢山の人が居るというのにここだけまるで切り取られた世界のよう。其れほどまでに、私は目の前に在るものに集中していた。

この感じ、一体何時以来だろう。
何時の間にかどこかに置いてきてしまった様な大事な気持ちに間違いはない。
緊張じゃなくて興奮してくるような高ぶり。胸に手を当てると、煩い鼓動が聞こえてくる。思い返せば、私がこのバトルタワーでポケモンバトルをし始めた当時で止まっているような気がする。


「改めて挨拶するのもむず痒い気もするけど……僕はホウエンチャンピオンを任されているツワブキダイゴだ、今日を楽しみにしていたよ」
「私もまさかこんな日が来るなんて思いもしてなかった。改めましてホウエンリーグ前チャンピオン、そしてカントーリーグ四天王の一角を担っていたナマエよ、こうしてバトル出来る事を光栄に思うわ」


お互い挨拶を交わし終えるとわっと歓声が沸きあがり、最初のポケモンを出すように審判の指示が出る。モンスターボールを手に取り、空高く投げるとダイゴとナマエのポケモンがフィールドに出てモニターに一体目がそれぞれ映し出される。

ダイゴが出したのはエアームド、ナマエはジュカインだ。ひこうタイプを持つエアームドに対して決して相性がいいとは言えないけれど、バトルはそれだけで決まる訳ではないのだから。


「今までで一番手強い相手になるのは分かってる……でも、負けられない」
「僕も、トレーナーとして負ける訳にはいかない。……いいバトルをしよう!」
『それではバトル、開始!』


審判の開始の合図と共に、つばめがえしを仕掛けてくるエアームドに対抗するようにジュカインにリーフブレードの指示を出すと弾き合い、お互いその勢いで後ろに吹き飛ぶ。
ジュカインからの追撃を許さないよう上空に飛び上がったエアームドを逃がすまいと、ナマエは即座に体制を立て直したジュカインに指示を出そうとするのだが羽ばたきによって起こった風に牽制される。


「エアームド、まきびしだ」
「っく……ジュカイン、つるぎのまい!」


エアームドが撒いたまきびしが地面を覆う。今に影響は出ないけれど、ポケモンを交換する度にそのポケモンが少しダメージを負うという嫌な攻撃をされたと苦い顔をしたが、怯むことなくその隙にジュカインに指示を出す。
つるぎのまいで攻撃力が上がったジュカインに、まきびしを終えたエアームドがはがねのつばさを広げて突進してくる。


「つばめがえしで流して!」
「甘いよ、つばめがえし」


はがねのつばさを、つばめがえしで流すように弾いたがそのまま宙で身体を捻ってエアームドの嘴がジュカインを捉える。直撃した弱点もあって倍増しているその威力にジュカインは顔を歪めたが、その身体を左手で掴む。
右手に迸るのはパチパチと音を鳴らす稲妻。しまった、と思ったのもつかの間ナマエのかみなりパンチ、という声と共に右手の拳がエアームドの身体を吹き飛ばす。

地面に叩きつけられて吹き飛ぶと同時に土煙が上がり、視界が遮られる。薄くなって漸く視界が開けた所に突っ込んだ影にダイゴは指示を出すが、とどめの一撃と言わんばかりにかみなりパンチがもう一発エアームドに当たる。
煙が無くなったと同時に、ゆっくりと倒れるエアームドの体。目を回しており、それは戦闘不能を意味していた。


『エアームド、戦闘不能!』
「……参ったな。まさか、これ程までに強いなんて」


チャンピオン相手にナマエが先行した事に、熱狂していた会場にざわめきが広がる。激しくも綺麗と言わざるを得ないその戦いは、誰も見た事の無いような世界だったのだ。頂点に立つ者と、立った者の真剣勝負はチャンピオンリーグの挑戦以上に目を見張る物がある。

――あぁ、ワクワクする。
先行されてしまったけれど、悔しいと思う以上に気持ちが高揚している。こんなに心の底から楽しめるバトルは初めてかもしれない。
彼女のポケモンの動きには無駄が無い、そしてナマエの指示は一瞬の隙も逃がさないような的確なものだ。やはり、今まで出会ったトレーナーの中でナマエは一番手強く、そして追い求めたくなるようなトレーナーだった。

エアームドをモンスターボールに戻し、次のポケモンを取り出す。出てきたのは鋭い爪を光らせるアーマルド。新しく出て来たアーマルド相手に鋭い眼差しを向けるジュカインだが、直撃したつばめがえしが効いているのか苦しそうに膝を折る。

「っ、ジュカイン、まだいける?」

ナマエの心配そうな声に大丈夫だと返すように立ち上がり、また威勢よく構える。ナマエは安心したようにほっと一息付き、集中した眼差しへ変わった。


「アーマルド、きりさくだ!」
「ジュカイン、飛び上がって!」


爪がジュカインを襲うその瞬間、空高く飛び上がったジュカインはその攻撃を避けて腕に付いた葉を尖らせる。ただでさえつるぎのまいで威力が高まっているというのに落下の速度を加えた攻撃をもろに食らえば大打撃を食らう。
すぐさまアーマルドに避けるように指示を出すと、つい先程まで居たそこに叩き付けられたリーフブレードによって地面が抉れて瓦礫が飛び散る。隙も無く体制を立て直したジュカインは足をばねにアーマルドに向かって飛び込んでくるが、ダイゴは冷静に指示を出す。


「みずのはどう」
「っ、しまっ……!」


正面からみずのはどうを食らった事で体が水に流されて勢いを失い、足が宙を浮いたその瞬間。水を爪で切り裂くように飛び出してきたアーマルドが、受身が取れない状態のジュカインに連続でつばめがえしを繰り出す。
宙に浮いた身体はそのまま重力に従って地面に落ち、ドサリと音を立てて倒れこむ。
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