恋歌とピエロ
- ナノ -



What'bout your sincere?


――僕と、バトルして欲しいんだ

ダイゴの申し出に、躊躇う事なくゆっくりと頷いた。

前の私だったら身構えて、彼を避ける為に聞く耳を持たなかった筈だ。それを考えるとどれだけ私が変わったのか、改めて思い知らされる。
片意地張って、心の奥底では変わろうなんて考えてもいなかった。まったく、何のためにホウエンへ戻って来たの。これじゃあ、ワタルに馬鹿にされたって文句言えない。

「ダイゴと……いや、チャンピオンと、フルバトル……」

リーグ内にある自室のソファに寝転びながら読んでいた雑誌を放り投げ、起き上がって壁に背を付けて目を瞑るルカリオをじっと見つめると、視線に気が付いたのか目を開けて不思議そうに覗き込んでくる。
冷静に考えてみれば、とんでもない事を二つ返事してしまったのではないだろうか。
ミクリとのセレモニーバトルの時だって必要以上の注目を集めたというか、悪目立ちをしてしまった。でも、それが現ホウエンチャンピオンとなると。

「ルルルカリオどうしよう!」

急に慌てたように顔を真っ青にする主人に、ルカリオは落ち着いてくださいと声を掛けると、深呼吸を二回三回として気持ちを落ち着かせる。

ルカリオはナマエが何を焦っているのか分かっていた。チャンピオンと元チャンピオンのバトルとなればセレモニーバトルの比にならない程の関心を集めるに違いない。しかも、あの時とは違いフルバトルなのだ。
カントージョウトチャンピオンであるドラゴン使いのワタルには半年幾度と無く挑戦していたが、それとは違う緊張感があるみたいだ。

「大ごとにならないように祈ろう……またグリーンに、送ってもらわなくちゃ」

ベットから腰を上げ、中央フロアにあるポケモンセンターに足を運ぶ。通信装置を押し、電話を掛けると数回コールした後繋がったようで映像が映し出される。眠たそうな顔をしている辺り、昼寝でもしていたのだろう。
でも、結構ジムに居ない事が多いのに連絡が取れたのは運がいいのかもしれない。


『またどうせ面倒事か愚痴だろ』
「う……なんで私が掛けてくるのがそうなってるの。聞いて欲しいことがあるのは当たってるけど」
『やっぱそうじゃねぇか』


呆れたような声を掛けてくるけれど、楽しそうに笑っているグリーンに安心感が沸く。文句を言っていても何だかんだ聞いてくれる辺り、やっぱり人が良い。
現役時代に使っていたポケモンをもう一度送ってほしいと伝えると、驚いたように瞬きをする。またセレモニーバトルとやらを引き受けたのかと予想したのだが、グリーンの想像を遥かに超える回答が返って来た。


「ホウエンチャンピオンと、ちょっとフルバトルを……」
『……、は?』


いやいやいや、これを驚くなと言われて驚かない奴が何処に居る?何がどうしてそうなった、頼むから簡単に説明してくれ。
苦笑いをしていたナマエがふと表情を緩めてふにゃりと笑ったものだから、考えていた小言が頭から吹き飛ぶ。一体、どうしたんだ?


「……自分が背けてきた問題に、真正面から向き合ってみる」
『そういうことか……ったく、俺とワタルがどんだけ心配してきたと思ってんだ。送ってやるから、絶・対。手、抜くなよ』
「あはは、了解です」
『よし!お前も、そっちで良いヤツに会ったな』


画面越しに指差されながら手を抜くなと念を押され、敬礼をするポーズを取るとグリーンは満足したように笑い、画面を切った。

良いヤツに会った、か。確かにそうだね、私はホウエンに戻ってきたお陰でかけがえのない出会いを得る事が出来た。
始めは、挑戦者と間違えて二週間近く待ち惚けを食らって、チャンピオンとは知らずに親しくなって。初邂逅から紆余曲折ばかりだったけれど、私の目を覚ますにはこれ位無いと駄目だったのかもしれない。

転送されてくる五つのボールを受け取り、安心したような溜息を一つ付く。また、全力でバトルする時が来た。セレモニーバトルの時だって勿論真剣だったけれど、今回はまるで私がホウエンリーグに初挑戦した時並みの緊張感だ。
周りの音が一切聞こえなくなるような、勝ちだけを見詰めてバトルだけに集中する例えないようの無いあの高揚感。

私は、挑戦者に戻ってるんだ。


「ルカリオ、凄く楽しみって顔してる」

ルカリオは緊張、というよりも期待に目を輝かせていた。ダイゴとのバトルを楽しみにしているようで、指摘すると照れ隠しにふいと顔を背けられる。今の私の切り札と断言してもいいくらい、結構、頼りにしてるんだけどな。

チョコを取り出してルカリオの目の前にちらつかせると、先程のように目を輝かせてチョコを視線で追うから我が相棒ながら可愛い。
ふふと微笑ましく笑っていると、急にドタドタと騒がしい足音が廊下の方から聞こえてきた。吃驚して振り返ると、息を切らした総部長がポケモンセンターに駆け込んできた。


「ナマエ君、ナマエ君!」
「わっ、どうしたんですかそんなに慌てて」
「こ、これが落ち着いていられるかい!?」
「総部長、落ち着いてください」


あれ、さっきは私がルカリオに落ち着くように言われて、今度は私が総部長に落ち着くように言って。あ、その前にグリーンも慌ててたからパニックがどんどん伝染していってるみたいだ。
総部長は息を整え、ばっとナマエを見上げる。一体、何があったんだろうとぼんやり思ったけれど、次の瞬間出て来た言葉に納得するしかなかった。


「ダイゴ君と、フルバトルするんだって!?」
「え、そ、そうですけど……聞くの早いですね、総部長」
「これは大変だ、直ぐに日程やら場所やら色々と設定しないと……!」
「ちょ!?ちょっと待って下さい!場所と日程って、うわぁあ、総部長!」


手帳片手に走り去ってしまった総部長の背に向かって伸ばされた手は寂しく空を掴む。大ごとにならないように祈ろうって言ってたばかりなのに、総部長の気合の入りようから安易に予測できる。
とんでもないことに、なりそうだ。
面白がってダイゴも止めてくれないだろうし、むしろ笑顔でいいですねと肯定しそうだからここまで来た以上は腹を括るしかない。

「……ルカリオ、私は一度も見たこと無いけど……絶対、ダイゴは凄く強い。だから」

――最後、お願いしていい?

そう訊ねるとルカリオはふと笑みを零して頷いた。トレーナーと真剣勝負をするのはダイゴでたった三回目で、他のポケモン達と比べて経験は浅いかもしれないけど、私が安心して最後を任せられるのはルカリオしか居なかった。
ダイゴのポケモンはエアームドしか見たことが無いけれど、あの眼差しは油断すれば相手をあっという間に呑み込んでしまうような威圧感がある。

私は、ダイゴに勝ちたい。そう強く思うのは久々で、でもトレーナーとしては極当たり前の事で。
受け取った五つのボールをカバンに仕舞い、リーグを飛び出してチャンピオンロードへ向かった。最高の状態で、ダイゴとバトルしたいから。


「……君が私に連絡を入れて来る時は大抵穏やかな事ではないともう慣れていたが、流石にその連絡は驚いたよ。まさか君達がフルバトルをする事になるとは……」
「あぁ、是非ともミクリにも来て欲しいかな」
「ふふ、トレーナーでなくてもそんな一生に一度あるかも分からないバトル、見逃すわけにはいかないさ。……これはホウエン中騒がしくなる事は間違いないだろうな」
「そうだね、……今まで一番手強い相手になりそうだ。ミクリなら分かるだろう?」


それに返事をする事は無かったが、電話越しに僅かな笑い声が聞こえてくるから肯定しているのだろう。
セレモニーバトルを見ていたけれど、ジム戦の時には決して使用しないポケモン達でバトルをしていたあのミクリがナマエに圧倒されていたのだ。

こっそり奥のバトルフィールドを借りてフルバトルをしようかとも考えたけれど、総部長が許してくれなさそうだ。そうなるとホント、お祭り騒ぎじゃ済まなくなりそうだ。それはそれで楽しいだろうし、より一層気合も入る。

現ホウエンチャンピオンとして、そしてツワブキダイゴとしても絶対に負けられない。


「ふふ、こうなるまで助力を惜しまなかった私に一番良い席を用意するべきではないか?」
「まったく、揚げ足を取るんだから。勿論そのつもりだったけど。これでも感謝仕切れない気持ちなんだよ」
「ふ、それはありがたいな。親友として誇る事にするよ」
「嘘臭いんだから。それじゃあそろそろ……」
「あぁ、そうだダイゴ」


切る前に何かを思い出したように声を上げたから、受話器をまた耳元に戻すと何かを企む時のような声で言葉を紡ぐ。
きっと、受話器越しで意地悪く口角を上げているのだろう。

ナマエにもう一度告白するのは何時だい?


――あぁもう馬鹿言うなよ。
通話を切り、テーブルに手をついて深い溜息をつく。顔が熱いのは気のせいだと思いたいが、不意打ちを食らったと認めるしかなかった。
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