Veloce palpito
ジョーイさんに聞いて血の気が失せて卒倒しそうになった。
久々にチャンピオンとして挑戦を受けていた僕は暫くバトルフィールドに居たから、その間に自分に入った連絡など知らなかった。(例えチャンピオンの仕事が無くてもリーグに居なかったら僕に連絡は入らないけど)
だから、デボンコーポレーション社長、所謂父親からの呼び出しにまさかナマエが応えてしまったとは思わなかったのだ。どうやら代理なら誰でもいいと言ったらしいけど、どうせ何時も通りお見合いやら何やらの書類に目だけは通せという物を押し付けに来るだけだ。
だからこそまずい。
何がまずいって対応してしまったのがナマエだからだ。
今までは適当な理由を作ってあしらってきていたけど、今は断る理由がちゃんとある。
好きな人が出来たから、なんて人に感心をそれ程抱いてこなかった僕からしてみれば大層な理由だ。だから余計、ナマエには一番関わって欲しくない事だったのに。
「ダイゴ君、勝ったのにあまり嬉しそうじゃないね」
「え?あぁ、あまりそれは関係ないよ。勿論、僕としてもバトルは楽しかったし」
私は負けた相手なのに、と拗ねた顔をしながら尋ねてきたのはソファに座って足をぶらぶらさせているフヨウだ。
チャンピオンが故に公式戦をする機会は非常に限られていて、久々に楽しめたのは事実だし噛み締めたかったけれど、ジョーイさんから先程受けた連絡でそんな余裕は一気になくなってしまったのだ。
「全力のバトルが自由に出来ないっていうのもアレだよね。つまらないというか」
「まぁ、バトル自体は別にチャンピオンとはいえ規制されてないけど6対6のフルバトルとなると難しい話かな。とはいえ趣味もあるからそこまで気に留めてないんだけど……全力のバトル、か。ミクリが羨ましいよ」
「あれ、どうしてミクリさんが?」
「セレモニーバトルだったけど、トレーナーなら誰しもあんなバトルをしたいと思うよ」
「私も見てたけど、確かに凄かったからね。……それならダイゴ君も設定してもらったら?そういう、リーグは関係してない公式戦とか」
フヨウの思いがけない提案に、ダイゴは目を丸くしてゆっくりと数回瞬きをする。リーグとは関係ない公式戦、か。自分では一度も考えたことのない案だったから新鮮だった。
おくりびやまに用事があるからとソファから立ち上がったフヨウを見送った後、ダイゴは先程彼女に提案された事をぼんやりと考えていた。
普段、リーグに熱意が表立って見られない事を心配されている分、総部長にバトルをしたいと申し出れば結構いい返事を貰えるのではないだろうか。でも別にいい試合が出来るなら誰でも良いって言うわけじゃない。そうなるとやはり。
「ダイゴ……?」
正面入り口の自動扉が開くと同時に聞こえてきたのは聞き慣れた声で、ルカリオと共に不思議そうにこちらを覗きこんでいた。
そういえば、ナマエがリーグを出た頃はまだフルバトルをしていた時だ。僕がここに居るのを不思議に思うのも無理はない。
「ごめん、ナマエ。くだらない用事に付き合わせて」
「え?あ、別にそれは全く気にしてないんだけど結局何の用事だったのか良く分からなかったのよね……」
「それってどういう…?」
「雑談、で終わった、というか」
ダイゴに質問に詳しい内容を答えることなく、苦笑いを浮かべて流そうとする。だって、ダイゴについて質問されたなんて本人が知ってもあまり面白くないような話だろうから。
しかし、ダイゴにしてみれば不思議で堪らなかった。今回も何時もと同じ話だろうに、何故ナマエには全く話さなかったのだろう。……もしかして、無駄に鋭く何かを察したのだろうか。
「雰囲気が似てたからツワブキって名前聞いて納得したなぁ。心配はしてるみたいだけど、応援してたよ。この様子だとバトルは勝ったみたいだけど……」
「ゲンジ達を破った位だし余裕で、とは言わないけど勝てたよ。まったく、父さんも僕には直接言わないで人に言うから……それもナマエに」
ばつが悪そうに肩をすくめるダイゴはもう一度ナマエに謝ると、それで話を終わりにしようとしていた。ナマエが必要以上に自分と話すを嫌がっていると思っていたからだ。
最近はミクリの気遣いの甲斐あって大分仲は良好になってきた方だが、やはり一度失った信頼の大きさはダイゴ自身よく分かっていた。
しかし、それを引き止めたのは腕を掴んだナマエの手だった。吃驚して振り返ると、気持ちにそれ程余裕がないのか顔を俯かせている。
「ダイゴ、ちょっといい?……ひ、独り言だと思ってもらっても構わないから!」
「勿論いいけど、……?」
取り合えず落ち着いて、とでも言うように掴んでいた手を取ると、ナマエは視線を泳がせてから深呼吸をして幾分か自分より背の高いダイゴを見上げて真っ直ぐな視線を向ける。
いざ言おうとすると、頭が真っ白になる。あれだけ突っ撥ねて来たのに、今更ダイゴにどう伝えればいいの?
でも、今だからこそ。今だからこそ言わなくちゃいけない。
ゲンさんがあの時私に言ったのは、こうなる事をきっと読んでいたのかも知れない。
――何れチャンピオンの考えが見えてくるよ。今はまだ理解したくないだろうけど、それでもいい。時間をかけて物事を見てみると、自分の望む物が見えてくるかもしれないよ。
ダイゴが強引になる原因は全て自分にあった。私が理解したくないと初めから相手を拒絶していたから見える筈の物も見えなくなってしまっていたのだ。
「私、ダイゴに謝らなきゃいけない。自分のことばかりで、勝手に勘違いして遠ざけて……一度もまともに考えようとした事なかった」
「それは僕が、」
「ううん、ダイゴに全部責任押し付けて逃げようとしてた。心の何処かで引っ掛かってた図星指されたのが嫌で拒絶しようとして。でも!間違ってるって、思いたくないから、ダイゴに……」
「ナマエ」
最後の方は声が震えていて、ナマエの横に居るルカリオも心配そうな顔をし始める。名前を呼んで制すると、はっと我に返ったように言葉を呑み込む。
頭に手を乗せてそっと撫でるとナマエは目を開いて、悲しそうにそれでも安心したような表情に変わる。
――不謹慎かもしれないけど、正直嬉しかった。
この先ずっと、良く言えばお節介と言えるけれどそのエゴにも近い僕の勝手な行動が理解されない事を覚悟していたから。
「僕に、謝らないでほしい。そうじゃないと僕はそれに甘えてしまうし……調子に乗ってしまうから」
「けどそれじゃあダイゴが……」
「……僕がした事を忘れてくれとは言わない、でももしナマエがほんの少しでも信用しようと思ってくれているなら…もう一度だけ、僕の我侭を聞いてくれないかな?」
「……我侭?」
これでナマエを僕のエゴで振り回すのを最後にするから。
何の為にカントーリーグの四天王を辞めてホウエンに戻ってきたのか。一番、彼女が本当は何を求めているのか気付いて欲しいから。
幸せになって貰いたいと願いながら、彼女を不幸にしてきた自分がこれ以上何かを求めるなんて許されないことだけど、所詮僕は何処まで言っても欲に忠実な男だと自嘲する。
ナマエに謝られたらそれに甘んじて、僕は自分勝手な我侭を自分の中で正当化してしまおうとする。
――全てに、終止符を打たなければ。
「僕と、バトルして欲しいんだ」