恋歌とピエロ
- ナノ -



Tagesanbruch


「ワタルは、どうして私を四天王にしようって思ったの?」
「藪から棒になんだ、また寂しくなったのか」
「だからそうじゃないってば……こっちは結構真剣に考えてることがあるんだから」


久々にモニター越しに見えるワタルはにやりと悪戯っ子のような笑みを浮べてナマエをからかうのだがそれは一瞬だけで、本当に思い悩んでいる様子を察して直ぐに真剣な表情に戻る。
直接連絡を貰っていないのもあるが、何せカントー地方とホウエン地方は海で隔てられているから細かいニュースが別の地方に入ってくることもそうないのだ。ナマエが今どうしているか詳しく把握していなかったワタルだが、大会のセレモニーバトルを勤めていたことだけは知っていた。


「今更言うような話か?」
「今だから聞きたいの。……私が、トレーナーとして何も目的を持ってなかったから?」
「……まぁ、それもある。このまま見過ごすのは惜しいと思ったんだ、可能性を見出していたのかもしれないな。その分嫌われに嫌われる羽目になったけどな」


懐かしい思い出を笑いながら語るワタルにナマエは目を丸くする。チャンピオンになる目的を持たずに挑戦者としてやって来たホウエンの女性チャンピオンには致命的な欠陥があった。無自覚なのだろうが本人もその欠陥を感じていたから満足していなかったのだろう。
その欠陥に気付き、自ら次の段階に踏み出すことで彼女は大きく成長出来ると思ったし、その時確実に自分を超える存在になる人間だと確信したからこそ、バトルを始める前にナマエが四天王入りすることを賭けたのだった。

彼女はこの一年で大きく変わった、しかし、だ。
自分には彼女を本当の意味で変えられることが出来ていない。そうでなかったら、四天王に引き止められたし、ホウエンに行かせることもなかったのだから。


「わざと、ってこと?」
「はは、確かに言いようによったら確信犯だな。悪い所ばかり上げられると俺としては辛い所だ」
「何かそれって……」
「ナマエ?」
「ううん、何でもない……」


今まで気にしたことなんて無かったから気付かなかったけれど、ふと昔のワタルの行動がダイゴの行動と重なってみえたのだ。
私に欠けたものを伝える為だけに反感を食らってでも無理矢理リーグ入りをさせたワタル。そして今度もまた。


「……、ありがとうワタル」
「あぁ、力になれたならよかったよ。ところでホウエンでは元気にやってるのか?」
「うん……私、ホウエンに来て良かったよ、最近になってそう思うようになった」
「そうか、安心したがいざそう言われると寂しいものだな……未練は無いつもりだったが」
「寂しいって……どうして?あれだけ私の事からかってたくせに」
「そう不機嫌になるなよ、あの時も言ったけど俺としてはお前にカントーリーグに残って欲しかったんだ。実力的にも、勿論個人的にもな」


それでもナマエが幸せそうならばそれでいいと人の良い笑みを浮かべ、挨拶を交わしてから通信を切る。黒くなった後の画面をぼうっと見つめ、ナマエは物思いにふける。
自分に無駄に無理矢理干渉してくるワタルの事が大嫌いでたまらなかったというのに、今は大切な人となっている。誤解が解けたというのもあるけれど、疎ましいと思っていた彼の行動は全て誠意に基づいていたから受け入れられたのかもしれない。

あぁ、それって。

「私、何にも成長してないんだなぁ……」

ダイゴに対して抱いていた思いはワタルの時と同じ。要は、干渉されて変わるのが怖かったのだ。変化を求めてこの土地に戻ってきたというのに本末転倒というか、意味無い。
肩をがっくり落として深い深い溜息をついていると、ナマエさん、と明るい声で名前を呼ばれる。振り返るとリーグのポケモンセンター担当のジョーイさんがこちらに向かって手を振っていた。


「ジョーイさん、どうしたんですか?」
「今連絡が入ったんです。デボンコーポレーションの社長からダイゴさんへの連絡だったのですが、今居ない事を伝えると代理人でも良いとおっしゃっていたのですが……」
「そうですか、ダイゴは今日チャンピオンとして挑戦を受けてるから無理なんですけど……私でもいいなら。あれ、でも何で総部長の所じゃなくてポケモンセンターに連絡が?」
「ふふ、ダイゴさんに連絡が早くいく方法が分かっているんでしょうね」
「……?」


リーグに居ることの方が少ないダイゴを総部長が血眼になって探すことも珍しくはない。居たとしても彼の小言を避けて部屋に居ない事も多く、連絡が遅れることはしばしばある。それに比べてポケモンセンターに帰ってきている日は一回は立ち寄るから連絡が一番伝わりやすかったのだ。
でも、何故デボンコーポレーションの社長がそんなことを熟知しているのかナマエには不思議でたまらなかった。

代理人として行くのに自分でいいものかとも思うが、ダイゴが行けない今は仕方が無い。それに、一応建前上はチャンピオンの補佐としてリーグに入っていることになっているのだ。

「カナズミシティか……あそこに行くのは久しぶりかも。よく考えてみれば一つ目のバッジを手に入れた所なんだよね」

思い出に浸りながらルカリオと共にリーグを出るのだが、彼は旅を共にした経験がないからか首を傾げている。
今やパートナーとなっている彼と共に旅をしていたらまた違った楽しみがあっただろうと考えを膨らませるが、旅をしていない時に出会ったからこそ良いパートナーになれたのかもしれないと思い直す。

「デボンコーポレーションといえばポケナビで有名な大会社よね。チャンピオンにまでなるとそんな人とも知り合えるのね……でもワタルはそうだったかなぁ」

思い返すが、ワタルはポケモンの研究に携わる有名人やトレーナーには顔が広かったけれど企業の社長とは縁があまりなかった気がする。ダイゴの気品溢れる出で立ち故にだろうかとぼんやり考えながら久々のカナズミシティへと足を運ばせた。
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