恋歌とピエロ
- ナノ -



Sunt convins


ルネシティに寄った後にダイゴの家があるトクサネシティに来ていたのだが、リーグ本部を出る時とは明らかに違う面持ちだった。

ダイゴに対していい印象を持っていなかったのは事実だし、会う事すら憂鬱だったのだ。けれど、ミクリの話を聞いていて小さくても確かな変化が自身の中で起きている事を感じ取っていた。
その変化に多少の戸惑いはあるものの、嫌悪感は覚えていなかった。それこそ私のダイゴに対する見方が変わった点だろう。

いったい、何時から変わっていた?
思い返してみるのだがはっきりとしたきっかけがよく分からないのだ。これは単なる思い過ごしなのかも知れないのだけど、もしかすれば、初めから私はダイゴという男を心の底では信用していたのかもしれない。

彼が居るとしたら家か、それか洞窟だ。この近くで言えば浅瀬の洞窟なのだが、石が取れる場所かと言われたら微妙な所。つまり、私が彼を探せる場所は家という残り一箇所だけなのだ。
ルカリオと共にトクサネシティのポケモンセンター近くに建っている一軒の民家の前で足を止め、不安げな表情をしたままナマエは家を見上げる。

「……、ダイゴ?」

扉を叩こうかどうか迷って手が泳いでいたが意を決して扉を叩き、そっと開けて中を覗くのだが、中には誰も居なかった。
安心したような、残念のような。今の私は一体どちらの気持ちが強いのか自身の気持ちとはいえ判断できなかった。ナマエが複雑な感情を抱いているのに気付いてかルカリオは心配そうに主人を見つめる。

ここで会わなかったのも縁かもしれない、と諦めてリーグ本部に帰ろうとしたのだが。


「ナマエ……?どうしてここに、」

その聞き覚えのある声に振り返ると、目を丸くしたダイゴがそこに居た。

確か、何時かと同じような状況だ。トクサネシティで偶然ばったりと出くわしたあの時と。ただ、違うのはお互いを取り巻く環境や感情は大分変化したことだ。あの頃はダイゴのことを挑戦者と思っていたのだから。
ミクリと話して決心していたと言うのに、いざこうしてダイゴを目の前にすると言おうとしていたこと全てが頭から抜けていくようで真っ白になる。

何を言えばいいんだろう。変化に気づく前と同じ対応をするべき?それとも謝るべき?
会った時の対応を散々考えていたと言うのに情け無い限りだ。伏せていた視線をあげるが、やはりダイゴを真っ直ぐ見られない。


「あ、の、総部長がダイゴを探してて……目を通してもらいたい書類があるからって……」
「そっか……確かそんな話があったような気がするな。わざわざ伝えに来てくれてありがとう」
「ダイゴ、一つ聞いてもいい?」
「え……」

「どうして私をリーグに入れたの?」


気まずそうに話しかけてくるナマエを気遣い、ダイゴは話を早々に終わらせようとしたのだが、間髪入れず口を開いたのはナマエ本人だった。
彼女を振り回している張本人が言うのは流石にダイゴも悪い気がしたが、何時ものような戸惑いが見られなかったのだ。真っ直ぐと見据えたその視線に何か嫌な予感がした。以前にもリーグに何故入れたのか、責められるように尋ねられたことがあるが、その時とは違う確信を持っているようだったのだ。

――もしかして、ミクリが余計な事を言ったのではないだろうか。いや、彼のことだからやりかねない。


「……前に言ったことに嘘偽りはないよ。君に個人的に協力したいから……ホウエンに戻ってきたのは目的があると思ったからだ」
「それはミクリに聞いた」
「やっぱりミクリか。……でも、もしかしたら、ワタルさんに嫉妬したのかもしれないね……」
「え……、ワタルに?なんで」
「彼は君を変えた大きな存在だ。同じチャンピオンとして、男として羨ましかったのかもね」


ダイゴの言葉にナマエは不思議そうにゆっくりと瞬きを数回した。

確かに、彼は自分の考え方を大きく変えた存在だった。彼の強引な手段のお陰で四天王をする羽目になったけれど、それは私にとっての転機だったのだ。始めは大嫌いだったけれど、今はむしろ慕っている。
慕っているけれど、彼女にとってワタルは自分を引っ張り見守ってくれた兄のような存在なのであって、恋愛の対象として目に映ったことがなかったからダイゴの羨ましいと言う言葉を理解できていなかった。

そんなナマエの感情をまるで分かっているかのように、ダイゴはくすりと小さく笑う。


「こんな事を言う資格がないって分かってるけど、僕は君にリーグに入って欲しかった。個人的な感情を抜きにしてもね」
「……、やっぱり腹立つこともあるけど…でも、理解する努力、していこうと思う」
「……え、」
「じゃ、じゃあそれだけだから!先に帰るから」


ルカリオと共に逃げるように早足で立ち去ってしまったナマエの頬が朱に染まっているのに当然気づかないわけもなく、ダイゴはふと笑みを零した。こうして転機が訪れたのもきっかけがあったからだろう。

――ミクリには、お礼を言わなくちゃいけないかな。
そんなことをぼんやりと考えながらリーグに帰るためにモンスターボールからエアームドを出し、表面は冷たくも暖かい背をそっと撫でた。
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