恋歌とピエロ
- ナノ -



Queen's lie


バトルタワーでのバトルのお陰で久々に凄く気分が良かった。ここ最近は色々と気が滅入る事が立て続けにあったから、純粋に楽しむことが出来た。リュウ達も私が居ない間に大分強くなっていて、苦戦を強いられたものだ。
その日は実家に帰ったのだが、久々に帰ってきたこともあって知り合いが勢ぞろいしての騒ぎになった。お陰様で今日は少々寝不足。

駅まで見送ってくれたトオイ君達にまた帰ってくる約束をし、ラルースシティを後にする。やっぱり、来てよかったな。
これから帰らなければいけない場所を考えると気が重くなってくる。折角溜まりに溜まっていた憂鬱な気分を忘れることが出来たのに、これじゃあ意味がない。
あぁ、だめだだめだ。マイナス思考になっている考えを振り払うかのように自分の頬を軽くぺちりと叩く。

ミナモシティに着きリーグ本部へ戻る為に船のチケットを取ろうとしたのだが。


「えぇ、船が出せない!?」
「申し訳ございません……ただいま船が出せない海の状態でして……」
「一昨日は大丈夫だったのに……」


申し訳無さそうに深くお辞儀をする船員に教えてくれてありがとうと礼をし、船乗り場を出て空を見上げるのだが、至って快晴。眼下に広がる海も荒れている様子は一切ない。
見た感じでは絶好の船出日和だというのに、何故船が出せないのだろうか。不思議に思いながらも、海に繋がる砂浜へ移動した時にようやく明らかな異変に気が付いた。

ホエルコやホエルオーが不自然に一直線になって海を塞いでいるのだ。野生だろうか、と一瞬思ったが近くに人が居たのに気が付いて手持ちだろうとすぐさま察し付く。
……それにしても、何か嫌な感じだ。ホエルコ達に指示を出しているその人はバンダナを頭に締め、見た目はさながら海賊のよう。耳に届く言葉も荒っぽい。


「お前らもう一回だ!……ん?誰だあんた、何見てるんだよ」
「忙しそうな所悪いけど、一体何してるの?そのホエルコ達はあなたの手持ちみたいだけど……」
「そりゃあ、道を塞げっていうリーダーの命令だからな!」


鼻高々に言うこの男に眉を思いっきり顰めてしまい、頬がぴくりと動いた。リーダーって、何かの組織のトップだろうか。しかも、その組織はあまりいいものではない様な気がする。
というか、この人は自分の悪事をこんなにも明け透けに言っていいのだろうか。


「このホエルコ達を退ければまた船は出せるようになるのね」
「はぁ!?そんなことリーダーが、っていうか俺が許すわけねぇだろ!邪魔するなら民間人でも容赦しねぇぞ!」
「へぇ、容赦しないって?」
「へ」


威勢良く男がモンスターボールを構えたのだが、ナマエの雰囲気が変わったことに馬鹿でも気が付いたのか目を丸くした。下を向いていた顔を上げて視線を男に向け、口角を上げて笑ったナマエからは沸々と湧き上がっている静かな怒りを感じ取れる。

リーダーの命令か何かは知らないけど、勝手なことをされて迷惑被るなんて我慢ならない。船が出せないなんて、一体どれだけの人に迷惑をかけていると思ってるの。
ナマエはモンスターボールを開き、ルカリオを出す。ルカリオの強い視線にひっ、と逃げ腰になる男はぶんぶんと首を振ると海に居るホエルコ達に向き直る。


「行けっ、ホエルコ、みずの……」
「ルカリオ、はどうだん」


男の指示よりも早く、ルカリオは海に向かってはどうだんを打つ。激しい水しぶきと共にホエルコ達が吹き飛んでいるのが遠くに見える。
それを見た男の顔は青く、そして引き攣っていくのが目に見える。残りのホエルオー達もサイコキネシスで退かし、船一つ通れる隙間がなかった海に十分な広さの通路が出来る。


「さて、これでも容赦しないって?」
「ひいっ、な、何だよこいつ……!」
「船が通れないから海くらいは空けて欲しいんだけど」


まずいと思ったらしい男は脱兎の如く駆け出した。報復、とかされないといいけどなぁ、なんてぼんやり考えながら軽い足取りでルカリオと共に船着場へと向かう。
ルカリオに無茶しますね、と言われたが、彼だって結構乗り気だったのは私にもよく分かる。図星を指されたのかルカリオは気まずそうに唸った。

任務を終えてアクア団のアジトに戻って来たアオギリは何時もと違う様子に目敏く気付いた。ホエルコやホエルオーが海に出ていないし、アジトの雰囲気が落ち着いていないのだ。
アオギリは眉を潜め、入り口付近に居たホエルコの担当だった筈の男に声を掛けると、男はびくりと肩を揺らした。明らかな動揺に確信を持つ。


「何故今日はホエルコ達をアジト前に出していなかった?それはお前の役目だろう」
「ひっ、い、いや……なんか変な女に邪魔されまして……」
「変な女?」


変な少年、なら察し付いたのだが、女となれば心当たりがない。デボンの荷物の件からこのアクア団にもマグマ団にも何かと邪魔をしてくるあのユウキという少年。彼ならば納得した所だが、アクア団に楯突く女とは一体?


「あ、な、何か珍しいポケモン使ってました!ホウエンじゃ見ないポケモンなんですけど……た、確かルカリオとか言ってたような」
「ルカリオ?……その女の歳は?」
「二十代前半とかですかね?あれ、アオギリさん?」


恐らくだが、予想が付いた。
最近噂になっている前ホウエンチャンピオンの女だろう、ルカリオをパートナーにしている話もそれなりに有名だ。まさか今日邪魔してきた女が前チャンピオンとは、面倒だ。現チャンピオンも密かにアクア団やマグマ団の活動に探りを入れているみたいだし。

計画を穏便に進める為にも是非とも関わって欲しくない人間だ。


「ただいま戻り……」
「ナマエ!」


ホエルコ達を追い払って三十分後程に安全確認が取れたのかようやく船が出て、このリーグ本部に戻って来た頃には辺りはもう既に真っ暗になっていた。時計を見ると十時を指していて、通りで欠伸が出るわけだ。
長い船旅でふら付きながらもリーグの自動扉を潜る。出迎えてくれたのはジョーイさん…ではなく、珍しく焦ったような顔をしているツワブキダイゴだった。

期待外れの人物が真っ先に目に入ったことで一気に気持ちが沈んだ。何で、ダイゴがこのフロアに居るの。手には本が握られており、恐らくこのフロアのソファに座って読んでいたのだろう。
ルカリオはナマエが急に不機嫌になったのに気付いたのか、顔を顰めないで下さいと軽く注意をする。


「急にリーグを出て行ったから本当に驚いたよ……それに、帰って来たのも夜遅いし」
「……遅くてもいいでしょ?ダイゴには、関係、ないんだから……」
「あるよ、これでも結構心配したから」
「っ、私がもう帰ってこないとでも思ったの?」
「そうだね」


ペースを掻き乱されるのが無性に腹立たしくて、それと同時にどくりどくりと嫌な脈打つ音が耳に届く。突き放すように冷たく言うのに、ダイゴは照れ隠しをすることもなく返してくる。
やっぱり、この人が苦手だ。何時も何時も、気が付いたときにはペースを乱される。それも無意識にしているから余計に、いや、時々意識してわざと人の思考を掻き乱そうとしている節がある。


「僕としては勿論帰って来て欲しいけど、僕以外にもそう思ってる人は沢山居るんだ。それと同時に心配だってする、総部長も話を聞いてなかったのか心配していたよ?ナマエにしてみたら、その心配だって余計なのかもしれないけどね」
「……それは」
「でも、帰って来てくれたからいいよ、顔見ただけで安心したから。今日はもう早く寝て、総部長に会いに行くのは明日にしなよ」
「あ、ありがと……」
「!ナマエ、いま何て……」
「っ、な、何でもない!」


今、わたし、何て言った?
先程言った言葉を頭の中で繰り返すと、恥ずかしさが込み上げてきて顔に熱がこもる。ダイゴの顔をとてもじゃないが見ていられなくて、ルカリオの手を取ってそのまま自室に向かって駆け出した。

――何時の間にか、嫌に感じていない自分が居る事に嫌気が差した。


(……)
(ダイゴさんどうなさいました?先程、走っていくナマエさんと会ったのですが……)
(え、あ、あぁ……ジョーイさん……何でもないよ)
(……ナマエさんと同じ顔をしていますね)
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