恋歌とピエロ
- ナノ -



Prism waltz


彼女の良きパートナーであるルカリオは非常に賢い。僕の話を聞いている間はずっと黙っていたからどう思っていたのかは知らない。けれど、彼は僕の意図も彼女の状態も全て把握しているような気がする。

当の本人であるナマエには理解されていないが、分かってくれる人が一人でも居てくれるのは嬉しい事だ。分かってくれているが、やり方に賛成しているかどうかは別の話だ。ミクリもその一人であるし。
彼女の前では平静を装っているが、ナマエの事になると何時もの冷静さは何処へ行ったのか非常に感情的になってしまう。またしても彼女を傷つけ、我ながら不器用さに呆れ果てる。

それでも僕が逃げられないように、毎日会うような状況に持っていったのは自分自身だ。
書類を持ってナマエの部屋を訪ね、ノックするのだが中から返事はない。
やはり、会うことさえ嫌がられているのだろうか。内心落ち込みながら、もう一度ノックをして扉を開けると中には誰も居なかった。

「ナマエ……?」


まさか、出て行かれたなんて事は。

そんな嫌な予感を感じつつもダイゴは早足でロビーへと向かった。朝からこの場を担当しているジョーイさんなら、ナマエがロビーを通ったかどうかは分かるだろう。
だが、彼女の口から出てきた言葉は僕のを見事に打ち破ってくれた。


「ナマエさんなら朝早くにリーグを出て行かれましたよ?そういえば……キャリーケースを持っていましたね」
「まさか……、ここを出て行ったとか、そういうことですか?」


我ながら、焦った声をしていたように思える。だって、朝早くからリーグを出ておまけにキャリーケースまで持って行ったなんて、出て行かれたと思うしかないじゃないか。


「え?久々に故郷に顔を出してくると言っていましたが……」
「故郷?」


ジョーイさんの言葉に唖然とし、混乱した頭を整理し始める。そういえば、彼女はこの地方に戻ってきてから自分の生まれ育った場所へ帰って居なかったような気がする。ヒワマキシティの近くにある、近代都市ラルース。
出て行ったのだと決まったわけじゃないと分かると、湧き上がってきた安心感故にほっと溜息を付いた。

「凄く久しぶり……ルカリオは初めて来るんだよね?」

電車を降りてホームに立ち、辺りを見回せば懐かしい景色が広がっている。遠くにはこの街のシンボルとも言えるバトルタワー、そしてよく風の吹く街の端には風車が風で回っている。
ルカリオのたまごをゲンさんから貰ったのはカントーリーグに居た時だから、彼はこの景色を知らない。ルカリオは地面に長く伸びている動く歩道に興味を示しているようだ。

エスカレーターを降りて街中に入ると、すぐさまガードロボが駆けつける。パスポートを提示するように指示され、ガードロボの口にパスポートをかざすと許可が下りた。

「随分と元に戻ったなぁ……事件からそこまで経ってないのに」

事件?とルカリオに尋ねられる。
一年ほど前にあったらしいラルースを巻き込んだ事件。デオキシスという謎の生命体とレックウザという伝説のポケモンが街で戦ったらしく、人は攫われる、街は壊れる、ガードロボは誤作動を起こしたで非常に大変だったそうだ。無事に解決したから良かったものの、その話を聞いた時からずっと帰って来たいと思っていた。

街を歩いていると、遠くから自分の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。誰だろうと思いつつ振り向くと元気よく走って来るトオイ君、そしてプラスルとマイナンが彼の肩に乗っかっていた。


「ナマエさん!」
「トオイ君!久しぶり、よく私が帰ってきたこと分かったね?」
「管理室に偶々居た父さんから、ナマエさんのパスポートが登録されたのを見たって連絡が来たんだ。だから慌てて来て……」
「わざわざありがとう、……ところでトオイ君ってポケモンが苦手じゃなかったっけ?」


彼の父親には私が幼い頃からお世話になっていて、その関係でトオイ君を弟のように思い接してきた。
でも、彼は幼少期のトラウマからポケモンが苦手だったはずだ。嫌いではないのだけど、恐怖心から近寄ることが出来ない。だというのに、彼の肩にはプラスルとマイナンが乗っている。


「事件があった時に仲良くなれたんだ。僕ももうポケモンをさわれるんだよ」
「プラッ!」
「マイッ!」
「そっか……トオイ君の嬉しそうな顔見たらすごく安心した。何かすごく嬉しいなぁ……トオイ君はポケモン苦手だったのに、私はポケモントレーナーだったから悪いことしてるって思ってて」
「そんなことないよ!僕も、ナマエさんのポケモンは悪くないって分かってたんだけどどうしても触れなくて……そういえば、リーグに入ったって聞いたのは本当?」
「う……、ま、まぁ本当といえば本当かな」


曖昧に返事をしたがトオイ君はすごいと目を輝かせ、その横でプラスルとマイナンも自分のことのように嬉しそうにはしゃいだ。ここまで素直に喜ばれると、非常に複雑な気分だ。私の意思は一切ないのだから。


「ナマエさんがチャンピオンになった時も街は大騒ぎだったけど、この間のセレモニーバトルでナマエさんが出てきた時も大騒ぎになったんだよ」
「そ、そうなんだ、……なんか街歩くのが怖くなってきた……」
「それだけナマエさんが色んな人に慕われてるってことだよね、リュウさんたちが放送見てすごく会いたがってたよ」
「リュウたちね……!三人ともバトルタワーに居る?」
「今の時間なら多分居ると思うけど……」


なら早速行こうとトオイ君の手を取ってベルトコンベアに乗り、バトルタワーへと向かう。街を歩くのは怖いと言っていたのは一体誰なのか。
久しく見ていないから会いたい。一体どれ位成長して頼もしくなったのか、会うのが凄く楽しみだ。

バトルタワーの前で途切れているベルトコンベアを降りて中に入ると、丁度バトル中なのか巨大モニターで中継されている。私も旅に出る前はこのバトルタワーでよくお世話になったものだ。
そういえば、アブソルとはバトルタワーの頃からの付き合いになるんだ。モニターから視線を外した時、視界の端によく似た女の子二人が映った。


「あ、トオイ君!」
「あれ、隣に居る人……お兄ちゃーん!」


トオイ君の、知り合いだろうか。トオイ君とその双子を交互に見ていると、双子に呼ばれた兄が友人と共にやって来た。
その顔を見て直ぐに誰か分かり嬉しさに笑みを浮かべると、向こうも自分に気が付いたのか大人びている彼には珍しく嬉しそうな顔をして近づいて来た。


「お久しぶりです、ナマエさん」
「久しぶり、結構背伸びたね?」
「お兄ちゃん、すっごく伸びてるよね」
「ショウタ君は横にすっごく伸びてるよね」
「お前ら余計なこと言うなよ!ナマエさんお久しぶりですっ!」


くすくすと笑う双子にいじられているのはリュウとバトルタワーでタッグを組んでいるショウタ。外れてはいないけど、横に伸びているなんて言われて嬉しいわけがないよね。
以前は私よりも背が低かったのに、今やリュウの背は自分と同じ位になっている。二年も会わないと変わるものだ。


「放送見ましたよ、相変わらず強いですよね。相手はミクリさんなのに……」
「ありがとう、でもそこまで褒められるとむず痒いなぁ……」
「そういえば、チャンピオンにも声掛けられてましたよね!というか、リーグには入ったんですよね〜」


ショウタの明るい声にぴしりと動きが止まる。チャンピオンという肩書きから連想される名前にナマエは顔を引きつらせる。リーグを出てきたのにどうしてここまで来て彼の名前を思いだなければいけないのだろうか。
黙ったままのナマエにショウタは不思議そうな顔をしたが、リュウは何かを読み取ったのか彼の気を逸らさせた。


「何でだよ?」
「余計なことを聞くなよ、……ナマエさん、時間はありますか?」
「あるけど、どうしたの?」
「僕らとバトルしてくれませんか?こんな機会、滅多にないですから」
「分かった、勿論受けて立つよ」



(それにしても何でさっき止めたんだよ?)
(嫌そうな顔してたからだよ、気付かなかったのかい?)
(あ、そういえばリーグ入りしたこと聞いたら微妙な反応されたよ)
(……なにかあったんだろうね)
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