Oltre oltre
グリーンから受け取った五つのボールを呆然と見つめ、そして溜息を付く。どうして全てのボールを一方的に、それもいきなり送りつけてきたのか分からない。ルカリオは信じてみましょうと言うものの、何を信じるべきなのかさえも分からないのだ。
全く持って意図が見えない。
ボールを一つ開けると、中からアブソルが出てくる。ついこの間もミクリとのバトルの為に送って貰ったばかりだ。
「アブソル、ここ覚えてる?私たちが最後にホウエンでバトルした場所だよ」
そう言うとリーグ内だと気付いたのか、身構えたアブソルをそっと優しく撫でると驚いたようで、丸い目を向けてくる。
しかし、ナマエの穏やかな表情を見て何かを察したのか急に大人しくなり、膝を折りたたんで座った。私と同じく、アブソルを含めるリーグで戦ったポケモン達はこのリーグが好きではない。
(なのに、何でグリーンは……?)
考えていると、急に服を引っ張られた。振り向くとルカリオが真っ直ぐ自分を見てて、彼は静かに今からバトルフィールドに行こうと言った。
「バトルフィールドって、勝手に行けないし行く必要も……」
ないと言おうとしたのだが、ルカリオの意図を読み取ったのかアブソルが立ち上がってナマエの足を後ろから押して無理矢理前に進ませようとする。
それを拒もうとしたのだが、勝手にモンスターボールが開いてウインディが出てきた。ウインディはぐいぐいとナマエの背中を押して逃げられないようにする。ようやく諦めたナマエは自らの足で廊下を進み始めたのだが、その足取りは重たかった。
着いたのは最後の間、チャンピオンが待ち受けている場所。ダイゴは基本、自室や屋外に居るから少し居ても大丈夫だろう。
「……すごく、久しぶりだな……」
厳粛なる空気、常に張り詰めた緊張感。
この場所は特別だ。誰しもが憧れる場所であり、目指す場所である。
――だけど。
よみがえってくるのは嫌な思い出ばかり。
ナマエは無意識のうちに拳を握り締め、唇を噛み締めていた。その様子を心配したアブソルとウインディはナマエに擦り寄り、彼女を宥める。
そんな二匹の気遣いにナマエは笑みを浮かべてありがとうと礼を述べた。彼らも随分と丸くなったものだとぼんやり考える。私の刺々しい空気はポケモンにまで影響を与えてしまい、彼らの闘争心は尽きることがなかった。
でも今は違う。警戒こそはしていたもののとても落ち着いている。私が落ち着いたからなのか、どうなのか。
「そもそも、その先に何かあるかっていうのを考えること自体、間違ってたのかな……」
強さをもとめた先に何があるか。渇いて渇いて、強さに固執しすぎるが余り周りが見えなくなってしまう。
ワタルに一度だけ、そんなトレーナーが居たという話を聞いたことがある。ワタルを、そしてグリーンを破ってチャンピオンになった少年。
あの時に私が強さ以外に大切なものに気付いていればよかったのかもしれない。例えば新たな挑戦者を迎える嬉しさだとか。とにかく自分は逃げていた。逃げて逃げて、ワタルに捕まって。
そして今度は、
「……もう考えるの止めよう」
あの時なら挑戦者を迎える嬉しさだとかポケモン達とチャンピオンの道を歩んでいく楽しさだとかが、気付けていればあったのかもしれない。
でも、今は?
今ならどんな目標を立てられる?何に気付けるかさえも今の私には分からない。もっとも、それを見つけるためにこのホウエン地方へと戻ってきたのだが未だに答えは見付からない。
ゆっくり、ゆっくり見つけようと思っていたけれど、案外時間がないのではないか。そんな焦燥感に頭を悩ませる。
結局分からないことばかり、でも一つだけグリーンのお陰で気づけたことがある。それはリーグの時に使用していたポケモン達の成長。実力面というよりも、内面的な意味でだ。彼らが成長しているなら、私も成長しなくてはいけない。
何時までも、ずるずると引き摺るのではなくて。
「ナマエ?」
「っ、……ダイゴ」
静かだった空間にカツン、という足音と声が響いたかと思えばその主はダイゴ。振り向いて彼の顔を一瞬だけ見て直ぐに視線をわざとらしく逸らしてしまった。
今だけでなく、何時も思っていることなのだが出来れば会いたくなかった。特に、フヨウの話を聞いてから動揺していたから。
――彼は、悪い人ではない。
それは分かっている、分かっているけれど、個人的にはどうしても受け付けられない。
私のあからさまな態度にダイゴは一瞬だけ苦笑いを浮かべたが、直ぐに何時もの何を考えているのか分からない表情に戻る。その余裕を感じるポーカーフェイスは崩れることがない。
「僕としては不思議でたまらないよ、ナマエは単純なことを難しく考えようとしてる」
「単純なこと……?何も知らないくせに、適当なこと言わないで」
「あぁ、僕は残念だけどナマエのことをよく知らないよ。でも、理解しようとはしているつもりだよ」
よくもこうぬけぬけと。さらりと歯が浮くような台詞を言いのけるダイゴに苛立ちを感じる。
そんな事を思う私は、何を理解しようとしている?自分自身について理解しようとしているか、何かを認めたくないと思う気持ちを理解しようとしているか、ダイゴを、理解しようとしているか。
あぁ、そんなこと考えている自分が馬鹿みたいだ。
「僕は君の求める答えを絶対に見つける、……それに、あの日言ったことも諦めるつもりはないよ」
「……っ、待つだけ時間の無駄よ。私は絶対に、ダイゴに助けてもらわないし好きにもならない」
吐き捨てるように言ったナマエは踵を返して早く部屋から出ようとしたのだが、その背にダイゴは問いかけた。
「それは、何時まで言えるのかな?」
挑戦的な態度にナマエは湧き上がる苛立ちを抑えてそのまま部屋を出て行った。これで言い返したりすれば、ダイゴの思うつぼのような気がして嫌だったから。
彼女と共にウインディとアブソルも出て行ったのだが、ルカリオだけは違った。彼はその場に残り、ダイゴをじっと見据えていた。
ナマエが見えなくなった途端に先程までのペテン師並みのポーカーフェイスはどこへ行ったのか、自嘲気味に笑った。彼女の前では隠していた感情を、表したかのような。
「……君のご主人には僕のエゴで申し訳ない事をしてると思ってるよ。ただ、彼女に自分が求めている物に気づいてほしいっていうのは事実だ」
ルカリオはダイゴの言葉に頷く事もなく、ただ黙って聞いていた。それが、彼の望む対応だと思ったからだ。
「嫌われて嫌われて……それでも、彼女の為になるなら僕はエゴでも何でも貫き通すよ。彼女に理解してもらうなんて夢のまた夢の話だから、それは望まないけどね……」
――あぁ、この人は自分の欲望に忠実かつ誠実なのだ。多少方法が強引なのが難点だが、それでも彼は自分の信念を貫いている。
自分の主人は彼以上に、自分を認めていない。だからこそこういう人が居なければ、何時までも立ち止まったままなのかもしれない。
でも、きっと気付いているはず。
何時まで言えるのかというダイゴの問いに確かに苛立っているようだったが、それ以上に不安感を露にしていたのを見逃さなかった。
今にも泣き出しそうなのを、堪えていたような気がした。